act.9 そのパーティーの正体は
俺達が通されたのは、なんていうか小さな会議室みたいな部屋だった。
職員のお姉さんがすぐに、ミルクがたっぷり入った紅茶を出してくれたので、遠慮なくいただくことにする。
うわーあったかい、空腹に沁みるわー。
話があんまり長くならないことを祈るしかない。
「おう、ツァイよ。赤蛇の奴らは自分たちの仕事について、何か言ってたか?」
椅子に腰かけるのもそこそこに、副ギルド長がきりだした。
多分俺からの情報については、ほとんど期待されてないはずだ。
それでも俺はできる限り、自分の記憶を浚ってみた。
「最初に――パーティーとしては、依頼を受けて珍しい素材の収集や希少な魔獣の捕獲に力を入れている、と説明されました」
うちは魔獣をばんばん討伐して名を上げるのが目的じゃない、そもそも冒険者が皆、そうやって名をあげてるとは限らない。
ただ素材を求めて大陸中を旅してまわるから、珍しいものが見れるって部分は保障する――赤蛇のリーダーの、そんな言葉を思い出した。
確かに彼の言うとおり、全てのパーティーが魔獣討伐を目指しているわけではないんだろう。
護衛任務などを中心に実績をあげているパーティーもあれば、秘境探索に特化したパーティーもある。
ただ俺みたいな、田舎出身の新米冒険者にしてみれば……「大陸中を旅してまわる」というのは、充分に心躍るフレーズなのは間違いない。
「なので……今までどういったところを回って、どんな珍しいものを見たのか?って、聞いたことがあるんですけど。でもその時は『依頼に関わることだから、口外はできない』と言われました」
「ふん――小賢しい奴らだな」
俺もその時、彼らの表情からなんだかうすら寒いものを感じたので、その件については二度と触れなかった。
しかしその代わりと言ってはなんだけど、彼らの持ち物やなんかを気付かれないように観察して、異国情緒を匂わせる部分にささやかなロマンを見出して、これからの冒険に思いを馳せるようになった。
「パーティーの構成については、ギルドでも把握されてるとは思うんですけど」
ゆっくりと口に出しながら、俺は記憶を手繰り寄せた。
「一人……ちょっと、浮いてるというか、雰囲気の異なる人がいたんです」
赤蛇の七人はおそらく全員、このあたりの出身ではない。
かといってテオバルドさんのように大陸の西あたりってわけでもなく……メンバーの大半が、中央山脈を越えた北方の生まれじゃないかと思う。
しかしその中で一人だけ、むしろ俺の故郷のルーツとなった砂漠の民の血をひいてるんじゃないだろうか、という人がいたのだ。
俺の故郷はその昔、砂漠と草原を行き来して牧畜と交易を行う民が安定した生活を求めて移住してきた集団が作ったと言われている。
だから俺や故郷の人間の見た目はこのあたりには珍しい、癖のある黒髪に灰色がかった虹彩を持つ瞳が特徴だったりする。
俺達の肌の色はかなり抜けて白っぽくなったけど、砂漠の民は褐色の肌で……赤蛇の一人がまさにそんな見た目だったから、俺はその人に対して、妙な親近感を覚えていた。
とはいっても、言葉を交わしたことはほとんどない。
最初はただ単に寡黙で、新入りには構わないタイプなのかと思ってた。
でも多分そうじゃなくて……あれはおそらく。
「格好はこちら風だったけど、あの若い冒険者は多分砂漠の民だったと思います。普段はフードを被っててあんまり顔が見えなかったんで、気付かなかったんだけど。んで――その人は多分、西大陸語はほとんど喋れないんじゃないかって気がしました」
「砂漠の民か……交易でもやっているんじゃない限り、よほどのことがなければこっちの方には出てこない人達だね。勇猛な戦士が多いけど、自分が生まれ育った土地からはあまり離れたがらない気質だとも聞くな」
「やっぱり、珍しいんですか」
「ツァイ君みたいに、砂漠の民の血をひいてる人達の集落や町っていうのは、たまにあるんだけどね。でも代を重ねるうちに周囲との混血が進んで、見た目はともかく、生活様式や言語などは、ほとんどこちらのものになっているだろう?」
テオバルドさんの言葉に、俺は頷いた。
俺達がかつて砂漠の民だったという証はいまや、髪の毛と目の色くらいのものだ。
あとは赤ん坊に名前をつける時、ご先祖様から縁起のいい名前を引っ張ってくるとか、成人の儀式を迎える若者に母親や姉妹が手作りしたお守りを渡すとか、そのあたりに砂漠の民の風習が残っているらしい。
「北方は確か、草原地帯や砂漠の民の勢力圏と接しているところがあったはずだ。冬が近づくと北方の民が略奪に来ることもあるそうだし、正直いってパーティーを組んで一緒に行動するというのは、ちょっと考えにくいね」
それに何より、交易や隊商の護衛などの任についていたなら、多少なりとも西大陸語は話せるはずだ――そう言われてようやく、俺はあのパーティーに対してうっすらと感じていた違和感の正体に思い至った。
俺を勧誘した赤蛇のパーティーの七人目……砂漠の民だと思われるあの彼はおそらく、何か理由があってパーティーに同行していたか、あるいはさせられていたんじゃないだろうか。
思えば彼に話しかけるのはいつも決まった人間で、しかも西大陸語とは違う言葉を話していた……ような気がする。
砂漠の民の彼が俺に近づかなかったのは、他の奴らから何か言い含められていたのか、それとも俺を警戒していたのか。
よくよく考えれば怪しさ満点なのに、赤蛇の奴らと行動していた時の俺は何も感じていなかったってわけだ。
それどころか「大陸中を旅しているんだから、やっぱりいろんな地方の人が集まってるんだな」くらいにしか思わなかった。
「おい、お前ら、こいつを見ろ」
いつの間に席をはずしていたのか、副ギルド長が手に一枚の書類を持って会議室に戻ってきた。
テーブルの上に置かれたそれは赤いインクで「部外者閲覧禁止」の書き込みがあったけど、見ろって言われたんじゃしょうがない。
「――あっ、これもしかして、あの赤蛇のパーティー名簿ですか」
「おう。名前見た限りじゃ全員、北方周辺の出身だな。あとギルド登録前の経歴にまるっきりの出鱈目を書いてるんでなけりゃ、全員西大陸語が話せるはずだ」
「……あの、あとひとついいですか」
俺はテーブルの下でぐっと拳を握りしめて、腹の底から湧きあがってくる怒りを抑えつけた。
そんな俺の様子に何かを察したのか、テオバルドさんが心配そうな顔をする。
何度か深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着けると、俺は口を開いた。
「パーティーのリーダー以外は、俺に対して全く違う名前を名乗ってました」
「――思ってた以上に悪質な連中だね」
使い捨ての囮に情報を与えないためというのを差し引いても、メンバーのうち何人かは入れ替わっているのかもしれないな……テオバルドさんのその言葉に、副ギルド長が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ったくこれだからよ……だから俺は認可証の登録時に、顔の映写も撮っとけって言ってんのによ」
「冒険者の仕事内容を考えれば、そう簡単に入れ替わることなど出来ないわけですが――今回はそこを逆手に取られたようですね」
こいつは俺にとっても、正直いってなかなかきつい現実だった。
俺があいつらの顔を覚えているとはいえ、ばらばらに行動して潜伏されたら、足取りを追うのは難しくなるだろう。
おまけにギルドでおさえているデータと俺の情報が食い違うとなったら、いったい何を基準に探せばいいのか。
「――ないよりゃマシ程度だが、一応手は打ってある。シュルケの森への立ち入り禁止を出す直前に、精霊の泉の依頼を受けたパーティーがあるってのを聞いた時点でな。ギルド長が速攻で領主に頼んで、関所を閉じたんだよ。まあ、街の外から森林オオカミが入ってくるのを防ぐのが一番の目的だったんだけどな」
今現在、よほど緊急の用か公務、あるいは人命にかかわるんでない限り、この街を出入りすることはできなくなっているらしい。
しかしそうやって関所を閉じていられるのも、あと二日が限度だと副ギルド長は言った。
「商業ギルドの奴らを抑えておける限界がそこまでなんだよ。それ以上はどうやってももたねえし、元々今日一日で森林オオカミをできるだけ駆除して、それから調査に入れってせっつかれてたんだ」
「怪我の功名ですね……関所を通らずに街から出るには、マレー山を大回りして南側に出るか、あるいはシュルケの森を抜けるしか手がない。奴らの目的が瑛月草だったなら、時間のかかるマレー山の経路は選ばないはずだ。シュルケの森は危険だから、どのみち街に戻らざるを得ないというわけですね」
「シュルケの森ん中じゃ、新鮮なうちに手間のかかる瑛月草を処理することはできねえからな。もし薬師のところに瑛月草を持ちこんだとしても、ここいらの薬師連中は勘がいい――加工を引き受ける奴はいねえだろうよ」
あまりにもめまぐるしい展開に、俺は唖然としながら副ギルド長とテオバルドさんの会話に耳を傾けることしかできなかった。
俺をオオカミの餌にしてまで手に入れようとした薬草に足元をすくわれるって、いったいどんな気分なんだろう……ふと、そんなことを考えてしまう。
「おらツァイ、呆けてる暇はねえぞ。奴らの正確な人相書きを作るから、しっかり思い出せ」
「その前に何か喰わせてください……」
空腹がかなり切羽詰まってきたので、俺は恥を忍んでそう懇願した。
だって頭が働かなけりゃ、思いだせるものも思い出せなくなるもんな!