act.8 冒険者ギルドは眠らない
「竜の穴蔵」に拾われた俺はとりあえず、住み込みの従業員として働くことになった――その前に。
「ツァイ君、起きてるかい?」
転生してからというもの、俺は子供の頃から体内時計できっちり目が覚める体質になった。
本日もほぼ同じ時刻にベッドから起き出して着替えていると、テオバルドさんが部屋のドアをノックした。
「はい、今起きたとこです!」
ドアを開けるとそこには、今朝も爽やかオーラを振りまくイケメン・テオバルドさんが立っていた。
さすがにカフェエプロンこそしていないものの、昨日と大して変わらない軽装だ……と思ったら、腰に剣を下げていた。
剣っていうか――えーと、刀?
デザイン的にはあれだ、西洋風な世界観のRPGに出てくる、ちょっと無国籍ファンタジー風味にアレンジされたなんちゃって日本刀って感じだ。
「ちょうど良かった、今から冒険者ギルドに行くよ。パーティー登録の変更手続きと、他にもちょっと済ませたい用事があるからね」
朝食は屋台で奢るよと言われて、俺はテオバルドさんについて階段を下りていった。
さすがにこの時間……えーと、朝の三刻だから、現代日本でいうと六時頃だっけか、厨房にはまだ誰もいなかった。
しかしこんな早い時間から、ギルドにいったい何の用事なんだろう。
パーティー登録の変更手続きだけなら、もうちょっと日が高くなってからでも大丈夫だと思うけど。
そんなことを考えながらギルドのドアを開けて中に入ると、なんと早朝から、窓口に受付のお姉さんが座っていたので少し驚いた。
テオバルドさんによると、冒険者ギルドってのはよほどのことがない限り年中無休で、おまけに二十四時間営業らしい……まあ業務によっては、引き受けられないものもあるって話だけど。
魔獣の討伐依頼は緊急性が高いものもあるし、辺境のギルドだと最悪、ギルドの建物が緊急避難先になるって……えっ、俺の故郷のギルドは確かに年中無休だったけど、でも夜の間は閉まってた気がするぞ?
そう言うと「閉まってるように見えただけで、建物の中にはちゃんと職員がいたと思うよ」と返された。
「おはよう、朝早くから済まないね、モニカ」
「おはようございます、テオバルドさん。本日はどういったご用件でしょうか?」
さすがにイケメン相手だと、お姉さんの愛想も二割くらい増してる気がする。
「ギルド長は確か、総ロッジの会合で留守だったね。副ギルド長は出勤してるかな」
「はい――例の、シュルケの森の件で、ここ数日はギルドに泊まり込んでおられます。先程執務室に入られましたが、お呼びしましょうか?」
「済まないが、お願いするよ」
「では少々お待ちください」
受付のお姉さんの対応が丁寧なのはどうやら、テオバルドさんがイケメンだからってだけじゃなさそうだ。
黒竜級パーティーである「竜の穴蔵」に所属している青の上級冒険者ともなれば、ギルドの中ではかなりの高ランクって扱いになるんだろう。
「よーぅ、テオバルド。ったく今日もムカつくくらい男前だなテメェはよ」
しばらくして奥のドアから出てきたのは、ちょっとくたびれてやさぐれたおっさんだった。
だらしない着こなしのシャツとベストに無精髭ってスタイルなのに、それが妙に様になっている。
ちょっと古い映画でハードボイルドな私立探偵の役でもやったら、めちゃくちゃ似合いそうな雰囲気だ。
「お忙しいところを申し訳ありません、副ギルド長」
「いいよいいよ、シュルケの森に入った、赤蛇の奴らの件だろ?どうだ、痕跡は見つかったか」
なるほど、ちょっと話が見えてきた。
立ち入り制限したはずのシュルケの森に入ったパーティーがいたから、森林オオカミを退け、尚且つ無謀なパーティーを保護……違うな、捕獲できそうな「竜の穴蔵」に緊急依頼が出たんだろう。
「痕跡というよりは、被害者ですね。先日こちらで赤蛇にパーティー登録を行った、灰級冒険者を保護しました」
「……その、後ろにいるあんちゃんか」
おっさん――もとい、副ギルド長の眠たげな目が、一瞬鋭い光をみせた。
うわ、さすがにちょっとおっかない。
そういやここのギルド長と副ギルド長って、確か現役の紫級だったっけ。
「初めまして、灰級のツァイです。シュルケの森で『竜の穴蔵』のベルナデットさんに保護していただきました」
とりあえずそう挨拶すると、副ギルド長が何やら唸り声をあげて考えこんだ。
「無傷で保護できた――わきゃねえか。余所の新米助けるのに回復薬を惜しまないなんざ、ずいぶん張り込んだじゃねえか、え?」
「見捨てるのは人道的に問題がありますから」
どうやら俺の超回復について触れる気は一切ないらしく、テオバルドさんはしらっとそう言った。
それを額面通りに受け取ったかどうかは知らないが、副ギルド長が「ふん」と鼻を鳴らす。
「まああれだ、大事な生き証人だからな。ウチとしちゃ有難い話だわな」
そう言うと副ギルド長は、俺の方に向き直った。
「オメェをシュルケの森に置き去りにした奴らな、どうもあちこちのギルドの管区内で同じようなことをやらかしてたらしいんだわ。今までは冒険者専門の運搬人やら、貧困街で拾った浮浪児やら、ギルドの目が届かねえ、足のつきにくいのを選んでたんだけどな」
しかし同じようなことを何度も繰り返せば噂になるし、噂が流れれば警戒される。
そこでとうとう、新米冒険者をひっかけることにした。
新米のうち一、二割は、ギルドに登録して一年も経たないうちに命を落とす……だったらそこに何人か追加しても、うまくやれば怪しまれないってわけだ。
だけど、いくら目が届かなかったとはいえ、ずいぶんと杜撰な話じゃないだろうか。
「そんな手口を繰り返したところで、いずれ行き詰るでしょうにね」
「行き詰った挙句、危険な依頼に手を出して自滅するってやつだわな」
「だが、自滅するまでどれだけ被害者が出るかとなると、見過ごすわけにもいきませんね」
言外に「なんでもっと早いうちから対処しなかったんだボケ」みたいな圧を滲ませながら、それでもキラキラ爽やかオーラは一切損なわれないテオバルドさん、ある意味すごく器用だと思う。
「あー……うちの管区でやらかしたのは、多分今回が初めてなんだわ。要注意パーティーがいるつってな、文書は回覧されてたんだよ一応。もしかしたらそれこそ、ギルドの目が届かねえところで何がしかやってる可能性はあるだろうが、追いきれてねえってのが正直なところだ」
「悪質な連中ですね。しかしここまで発覚が遅れたのは、協力者がいたからでは?」
テオバルドさんの指摘に、副ギルド長が再び唸り声をあげた。
おそらくは図星、だけど協力者の摘発には至らなかったってとこだろう。
「ギルドの職員も関わってるだろうが、それ以前に、冒険者ギルドや商業ギルドを通さずに違法な買い付けをしてる連中がいるのは知ってるだろ?そいつらを抑えねえと、根絶はできねえよ」
「まあ、そうでしょうね」
そういう奴らを根絶するのがいかに難しいかってのは、俺もなんとなく想像がついた。
話を咀嚼するためにわかりやすく現代知識に置き替えるなら、おそらくは大規模な密輸団とか、もしくはマフィアみたいな連中がいて、アンダーグラウンドでの流通を担っているんだろう。
冒険者ギルドや商業ギルドを通す手間を惜しむ奴らや、違法な物を手に入れたい場合は、そういった連中に頼らざるを得ないってわけだ。
「最近、シュルケの精霊の泉で採れる薬草は品薄で値上がりしてたからな。効率よく稼げると踏んだんだろうさ」
まあ立ち話もなんだから、こっちで詳しい話を聞かせてもらおうか――副ギルド長のその言葉に従って、テオバルドさんと俺はギルドの奥へと通された。