act.6 竜の穴蔵
「じゃあそろそろ、下に行こうか」
「え、下って……」
「ああ、ゆっくり休めないかと思って、遮音の結界を張ってたんだっけ」
テオバルドさんはそう言うと、ぱちりと指を鳴らした。
途端にこう、床下からがやがやと賑やかな話声や人の気配、食器の触れあう音が聞こえてくる。
「ここは俺達パーティーの本拠地でもあり、ベルナデットさんが経営してる酒場でもあるんだよ。『竜の穴蔵』って言うんだけどね。今君がいるのは、パーティーメンバー用のゲストルームだよ」
「なんかすごい名前ですね……」
「転生者にわかりやすい店名にしようって意見もあったんだけど、さすがに『養○の滝』とか『○笑』はね……結局、うちのパーティーが黒竜級ってこともあって、いつの間にか『竜の穴蔵』って呼ばれるようになったんだ。そしたらベルナデットさんが『いっそのこと、パーティーの名前も同じにしようじゃないか』って言いだしたもんだから『竜の穴蔵』はパーティー名でもあるってわけだ」
えっ、竜?
今このイケメン竜って言ったよな。
竜の紋章を使ってるっていったら、確か総ロッジだよな……総ロッジだけは、各地方の大ロッジから推薦を受けたパーティーが移籍する形になるっていうんじゃなかったっけ。
赤蛇の奴らも、いずれは竜を名乗るのが目標だ!って言ってたけどさ。
でも何も知らない新人を囮役にして置き去りにするような奴らは、多分どんだけ頑張っても、本部に推薦されることは一生ないだろう。
「……改めて、ベルナデットさんとそのパーティーって、すっげーチートの集まりなんじゃないかって気がしてきたんですけど」
「異能か、それに準ずる能力を持った転生者が多いからね。でも黒級はベルナデットさんと夫のホークウッドさんだけだし、あとは紫が三人かな」
紫級が三人いるってだけでも、パーティーとしてはとんでもなく強いんじゃ…あっれー、俺の基準がおかしいのかな……?
俺、もし空きがあるならベルナデットさんのパーティーに入れて貰おうかなとか思ったんだけど、そんなチートがごろごろしてるようなパーティーじゃ、灰級の俺なんて浮きまくるに決まってる。
「今日は全員じゃないけど、他のメンバーもいるからね。ちょうどいいから、君を紹介しておくよ」
「えっ、紹介って……」
「うん、君が寝てる間に勝手に話を進めて、申し訳ないとは思ったんだけど」
そう言うと、テオバルドさんは表情を改めた。
イケメンすぎてちょっとムカついた。
「君の超回復のことは伏せて、おそらくは異能だと認定される力を持ってる転生者を見つけたって話を、他のメンバーにもしたんだ。少なくとも君が落ち着いて身の振り方を考えるまでは、うちのパーティーで一時預かりってことにしたほうがいいんじゃないかってことになってね」
もし君が冒険者を辞めて固い職業に就くとしても、ある意味同郷の仲間みたいなものだから、いつでも頼ってもらっていいんだよ――そう言われて、不覚にも涙が出てしまった。
「ずみまぜん……おねがいじまず……」
「俺もそうやって助けてもらったからね。困った時はお互い様だよ」
そう言って爽やかに微笑んだテオバルドさんはキラキラオーラも眩しい優しげなイケメンで、やっぱりちょっとムカついた。
※※※※※※※※※※
テオバルドさんに連れられて階段を下りると――そこにはなんだか、見たことのある光景が広がっていた。
「なんか、日本の居酒屋って感じですね」
俺は思わず、そう呟いた。
だってさぁ、木製のカウンター席があって、壁のほうには座敷席もあってさ。
おまけになんだこれ、店の半分を占める大きなテーブル二つの真ん中はくり抜かれて、どう見ても囲炉裏になっている。
串に刺して囲炉裏ばたにぐるりと並べられた焼き魚がなんていうか……とても、日本情緒にあふれてます……。
おまけに壁にはお品書きが貼ってあるし……あっ、カウンター席のあのおっさんの手元にあるの、徳利だよ。
これ、客の見た目が欧米風でなけりゃ、完全に日本の居酒屋じゃん。
「内装はまあ……うん、皆のこだわりだよね」
そう言って苦笑するテオバルドさんが身につけてるのはおそらく、この居酒屋……じゃなかった、酒場の制服なんだろう。
だってさ、店で料理運んだり、レジ(故郷じゃ見たことない、これもこの店の為に再現したんだろう)打ってる店員さんの格好、テオバルドさんと一緒だもんな。
しかし店員の格好はお洒落なカフェ風なのに、店構えは完全に民芸風居酒屋って、すっごい組み合わせだよ。
「テオ、ちょうど良かった!ホール手伝っとくれよ!」
厨房からひょいと顔を覗かせて叫んだのは、やっぱりテオバルドさんと同じ制服に身を包んだベルナデットさんだった。
うん、胸のあたりが素晴らしいことになってます。
「わかりました、今行きます!ああ、ツァイ君はこっちな」
テオバルドさんに案内されたテーブルには、既に先客がいた。
一人はテオバルドさんと同年代に見える男の人で、いかにもインドアな研究者ってタイプだ。
何故見た目で研究者タイプって断定したかというと、この人、謎の染みがあちこちに飛び散った白衣をひっかけてるからだ。
しかも白衣のポケットの片方が不自然に膨らんでるし、おまけにこっちの世界じゃ見たことない、完全に現代日本風の眼鏡をかけている――そのフレームの細い眼鏡のインパクトが強烈だ。
黙っていればこの人も結構な二枚目なんだけど、白衣と眼鏡の組み合わせが、残念ながらものすごい怪しさを醸し出していた。
髪は茶色で、目の色は灰色がかった緑……このあたりの地方ではよく見かける色合いだから、多分地元民なんだろう。
もう一人は俺よりも二、三才年上かなって感じの美女で、さらっさらの金髪ショートボブがよく似合う、くりっとした大きな吊り気味の目が印象的だ。
研究者タイプの男の人とは違って、こっちは多分生粋の戦闘職なんだろう。
だって彼女、いわゆる鎧を身につけてるからな。
アマゾネスな印象が強いベルナデットさんに比べると、もうちょい華奢でアスリート系って感じなんだけど……多分見た目以上に筋力があるはずだ。
足元に置いてある剣と楯から察するに、片手に盾を装備して片手剣で戦うスタイルなんだろうけど――どっちも「えっそれ片手で持てるんですか」って聞きたくなるくらいゴツいから。
「よっ、テオ。彼がさっき話してた新人君?」
「ああ、よろしく頼む。他にもメンバーが来たら、紹介してやって」
テオバルドさんはそう言うと、さっさと厨房の方に行ってしまった。
残された俺がとりあえず「ツァイです」と名乗ると、二人も軽く頷いた。
「まあ、とりあえず座りなよ。僕はミケリーノ・スピネッリ。この街の魔術学院で研究者やりながら、竜の穴蔵にも所属してるんだ。冒険者としては緑級な。ぶっちゃけ戦闘とかもう全然駄目なんで、上を目指す気はないんだけどね」
「アタシはインジシュカ。青の上級、特技は剣。インジュでいいよ」
「戦闘駄目って、それ冒険者ギルドから文句とか言われないんですか?」
「あー大丈夫大丈夫、僕、戦闘以外のことで貢献してるからさ。あと素材持ってきてくれたら、魔法薬系はだいたい調合できちゃうよ。ギルドや店で買うよりも安上がり、おまけに高品質だぜ!」
なるほど、ミケリーノさんは文字通り支援系ってわけだ。
彼の言葉を受けて、インジュさんが「ミケはこんなだけど、腕はいい。保証する」と頷いた。
「名字持ちってことは、ミケリーノさん貴族の出身なんですか?」
「名前ばかりの、貧乏名誉貴族の次男坊だぜ!継ぐものなんて何もないから、高等魔術学院に入ると同時に、奨学生になってほぼ自活状態だよ」
「インジュさんも、俺とあんまり年変わらないっぽいのに、もう青の上級なんですね……強いんだ」
「アタシは――見た目だけじゃわからないだろうけど、獅子種の血をひいてるから。もともと身体能力が高い上に、肉体強化系の真紋持ってるし」
獅子種の血をひいてるから、という部分だけぐっと声量を落として囁いたインジュさんは、どことなく悲しそうに見えた。
まあ無理もないかな、と思う。
魔法が存在するこのファンタジーな異世界、いわゆるエルフやドワーフ、獣人も存在している。
広大なメルカバ大陸の中には、エルフが主な住人となってる地域や、獣人が樹立した国家もあるんだけど、地方によっては種族間差別や対立が問題となっているからだ。
獣人は俺の故郷やこの辺りじゃ特に差別の対象にはなってないんだけど、獅子種だけはちょっと事情が異なっている。
獣人の国・ベエヤードの始祖は熊種の獣人だと言われていて、その右腕となったのが獅子種の親友だったらしい。
しかしこの親友、ベエヤードの始祖たる熊種を殺して、自分が二代目の王であると宣言したのだ。
けど、親友にして主君である熊種を手にかけた獅子種に人望はなく、不当に奪った王座に就いていた期間は、僅か一月たらずだったとか。
そんな経緯があって――獣人の中でも特に勇猛果敢だと評されているにもかかわらず、獅子種だけは同じ獣人の中でも、差別の対象になりやすいらしい。
ちなみにこの世界、いわゆる人間とエルフ、獣人と人間といった異種族間であっても、子供を作るのに差し障りはない。
まさにファンタジーだ。
「んで……お二人とも、その、元日本人なんですか?」
俺のさらなる問いかけに、今度は二人揃って、大きく頷いた。
やったねツァイ、仲間が増えたよ!