act.5 冒険者はライセンス制
「冒険者ギルドに登録する時、基本的な説明は受けたんだよね?年に一度手数料を払って登録を更新するとか、ある程度実績を達成してポイントが溜まれば、試験を受けてより上級の認可を取れるとか」
「あっはい、そのあたりは一応。パーティーに誘われる前に、ギルドの職員の人が説明してくれたんで」
俺を見捨てたパーティーの奴らは、ギルドの職員から説明を受けたと聞くと「じゃあもう大丈夫だな!」と言って「あとは実戦で覚えればいい」と、今思えば巧妙に説明を回避していた。
俺がギルドに顔を出す時は大概誰かがついて来たし、新入りの下っ端がやらされるような買い出しも、ほとんど任されなかった。
とにかく俺に「冒険者としての常識」という、彼らからすれば余計な知恵がついて、パーティーのやることに不信感を持たないようにしたかったんだろう。
「冒険者の階級は上から白、黒、紫、青、赤、緑、灰になってるんだけど、このうち白については、まあ特別枠だと思ったほうがいいだろうね。いわゆる『伝説の冒険者』みたいな人達に贈られる、名誉的な称号ってとこかな。少なくとも現在、現役の冒険者の中に『白』は存在しない」
「だから青級つったら、実質上から三番目みたいだって」
「ああ、それね……青でも初級から上がれない連中がよく言うやつだよ」
テオバルドさんによると、現在どのロッジでも、青級と赤級に冒険者の数が一番集中しているらしい。
しかし実力の伴わない者を簡単に上のクラスに上げるわけにもいかず、かといって青と赤を玉石混交の状態にしておくのもまずい。
ということで、二十年ほど前から、青級と赤級それぞれに上級・中級・初級の三階級が設けられたそうだ。
よっぽどの特例でもない限り、この階級を飛び越すことはできないし、そもそも今まで飛び級が認められた冒険者もいないとのことだ。
「だから自分のことをただ単に『青級』とか『赤級』っていう手合いはだいたい、初級から先に上がれない連中だと思ったほうがいいね。これは冒険者だけじゃなく、パーティーのランクも一緒だよ。パーティーのランクは、赤級から全て二級と一級になっていて、冒険者のランクとはまた別の設定だから、ずっと二級どまりだとしても、腕が悪いとは限らないけど」
「……あのパーティーの奴らは全員、青とか赤とかしか言ってなかったです」
「まあ青級や赤級が実は三階級に分かれてるなんてのは、実際冒険者になってみないと耳に入ってこない情報だろうからね。君さっき、地元のギルドで戦闘訓練の手ほどきを受けてたって言ってただろ?冒険者を夢見てる若手にあんまり現実を教えちゃうと、冒険者やーめた!ってなるかもしれないからさ。ギルドの職員も登録が済むまでは、余計なことは言わないんだよ」
「……なんかちょっと詐欺っぽくないすか、それ。まあでも戦闘訓練はきっちりつけてくれたから、いいですけど」
「戦闘訓練の手ほどきや初心者向けの魔術講座なんかも、ギルドにとっては結構重要な収入源だからね。俺も時々、講師役を頼まれるよ」
やっぱり強いんだ、テオバルドさん。
青の上級っていえば、次のライセンス試験に受かれば紫級……白がお飾りの名誉階級だってことを考えると、現時点でテオバルドさんもギルドから認められるだけの実力は持ってるってことなんだろう。
「テオバルドさんて青の上級だけど、結構若いですよね。何年くらい冒険者やってるんですか?つか、今何歳なんですか」
「俺はこの業界に首を突っ込んでから、だいたい八年ってとこかな。ある程度魔術適性に恵まれて、大きな怪我もせず、真面目にこつこつやっていれば、青の中級くらいなら充分なれると思うよ」
「大きな怪我をしてないって時点で、少なくともかなり運はいい気がしますけど……」
「ははっ、そうかもね。俺は今年で二十四だけど、こっちで女性に年を尋ねるのは、なるべくやめておいた方がいいよ。特に上流階級の女性相手なら、尚更だね。まあでも、俺は前世でも別に、年のことは気にしたことなかったなぁ――だいたい前世も二十四くらいで記憶が途切れてるし。多分それ以上生きてないんじゃないかな?結婚したり、子供産んだりした記憶もないからね」
俺は思わず、口に含んでいたお茶を噴き出した。
「ってええええええええええええええ、テオバルドさん、日本じゃ女だったんですか!?」
「うん。俺は記憶が結構しっかりしてるわりに、前世には引きずられてない方なんだけど……それでも気をつけないと、口調とか物腰に、ちょっと出ちゃうことはあるかな」
びっくりしたー……でもなんか納得した。
テオバルドさんって「あなたはどこのお坊ちゃんですか」って尋ねたくなるくらい穏やかで品の良い、冒険者らしからぬ物腰なんだけど、そこがなんとなく、えーと……そっちの人なんですか?なんて疑惑が、俺の中で生じつつあったんだよな。
でも元女性ってことなら、なんか納得する。
本人いわく「前世には引きずられてない方」らしいけど、物腰や口調の柔らかさは確かに、どことなく女性的だった。
しかしそれを差し引いても、テオバルドさんてすっごいイケメンですけどね。
この人絶対モテると思う、くっそ。
「もしまだ冒険者を続けるつもりなら、とりあえず二年以内に緑級への昇級を目指して、頑張ってみたらどうかな。灰級の間なら、冒険者のスキルに関する講義は無料で受けられるし、更新を忘れて失効しても、ペナルティは発生しないからね」
「ですね……ちょっと考えてみます」
冒険者を続けるつもりなら、かぁ……。
森林オオカミに喰われかけたのがきっかけで判明した俺の異能――「超回復」。
回復薬や治癒の魔術を必要としないといえば、ぱっと見かなりのチートに思える。
が、問題は山積みだ。
まずひとつ、この異能は持ち主である俺にとってもつい先ほど知ったばかりのものなので、どの程度の性能なのか全く見当がつかない。
少なくとも森林オオカミに息の根を止められそうになっていたのがけろっと治ってしまうくらいにはチートなんだけど、これってイコール不死ってことになるんだろうか。
そしてふたつめ、この「超回復」ははたして、何らかの成長が見込める能力なんだろうか?ということ。
鍛えて伸ばすにしても、たとえば回復速度を速めたり、怪我だけじゃなく毒にやられても回復するなどといったことが可能になるのか。
そして異能を鍛えるためにはもしかしたら、実際に怪我してみたり……なんてことをしなけりゃならないのではないか。
さらに三つめ……この部屋で目を覚ました時、俺はそれなりに疲労感や空腹も感じていた。
ということは、肉体的な損傷などのダメージは回復できても、蓄積されたダメージや疲労などはそのまま、という可能性が高い。
つまり「戦闘中に片腕を切り飛ばされたり胴体ブチ貫かれたりしてもみるみるうちに傷口が塞がり、そのまま戦闘を続けられる」なんて超常バトル系漫画に出てくるような現象は、少なくとも現時点では起こりっこないってことだ。
少なくとも喰われかけてた時はすっげー痛かったし、痛みに慣れるといっても限度があるだろう。
なんだろうこれ、意外とあんまりチートじゃない気がするぞ?
パーティーの役割でいうなら、どう考えてもタンク向きだし……いや別にタンクでもいいんだけどさぁ、超回復持ちで壁役なんていったら、どう考えても無茶振りされるフラグじゃね?
「せめてウル○ァリン並みの回復速度だったらなー」
思わず声に出して呟いた瞬間、テオバルドさんが「ぶふッ」と、イケメンらしからぬ噴き笑いをした。
「あっはははは、アダ○ンチウム注入はどうかと思うよ!」
「あっわかります?テオバルドさんもアレ系の映画好きだったんですか?」
「懐かしいなあ、あの手の実写映画は大概観に行ってたね!」
そうやってしばらくの間、テオバルドさんとはアメコミ実写の話で盛り上がった。
うん……話してみてわかったんだけど、この人かなりの映画オタクだ。
アメコミの実写が出るたびに、原作のアメコミをわざわざ密林で買いあさる女性って……あれ、なんだか途端に残念な気がしてきたぞ?
なんだろう、日本にいた頃の俺の姉貴と同じ匂いがする。
イケメンが多数登場するゲームにはまって、それのミュージカルとか観に行って、夏と冬にイベント会場に行って、薄くて高い本を買ってたうちの姉貴と同じ匂いが……って突っ込むと「腐ってなかったから。むしろそっちは苦手なほうだったから」と、きっぱり言われてしまった。
「あー駄目だ、前世の人格とはわりと分離してるほうだと思ってたんだけど、話が通じるとやっぱり引きずられるな」
やや疲れたような顔でそういうと、テオバルドさんは溜息をついた。
前世だろうが今だろうが自分は自分なんだから、そう気にすることもないんじゃ?と思ったけど、俺は日本に居た時も今も男だし、テオバルドさんは性別が異なってる。
記憶が戻った時点でどうしても、自我というか人格みたいなものがある程度混ざっちゃう、あるいは影響を受けるというのは、俺も実感済みだ。
しかし前世と今で性別が異なるっていうのは、もしかしたらある種のすり合わせみたいなものが必要になってくるのかもしれない。
もしかしたらイケメンなだけに、余計な気苦労が多かったとか、そういうパターンなんだろうか。
だとしたら、イケメンも楽じゃなさそうだ。