act.3 チートは俺だけじゃなかった模様です
「その気になれば異能については教会である程度調べて貰えるし、ギルドカードにも記載できるけど……正直、今のあんたにはあまりお勧めできないかもねえ」
かあちゃん系美女のその呟きに、俺ははっと現実に引き戻された。
そうだった……自分には縁がないと思ってすっかり頭から抜け落ちてたけど、基本的に「異能持ち」つまり鍛練などで習得できるスキルからかけ離れた能力ってのは「異能」と呼ばれ、強制じゃないんだけど教会や神殿に登録するのが望ましい、とされている。
しかし安易に教会に行くことが「お勧めできない」理由は幾つかあって、まずひとつはこの異世界における宗教が、わかりやすく言うなら一神教と多神教が水面下で勢力争いを繰り広げている、という部分にあるだろう。
なんていえばいいんだろうな……俺は五、六歳の頃にだいたいの記憶を取り戻し、自分が置かれてる状況をなんとか把握できたんだけど、一番びっくりしたのは「中世風ファンタジーな異世界だけど、一神教がメインになってるわけじゃない」って部分だったかもしれない。
うちの田舎でも一神教の教会や多神教の神殿が混在してて、その様子はどっちかというと、神社や寺や教会が当たり前に存在している現代日本を思わせた。
だからこそ、希少な異能持ちがどの宗派に属するかで、まあいろんなしがらみが発生するわけだ。
もし俺が子供の頃、あるいは成人の儀式の時に超回復持ちなのが発覚していたら、地元の一神教系と多神教系との間で、壮絶なスカウト合戦が発生したに違いない。
「やばいんですかね、超回復って」
「言っただろ、あたしは今まで見たことないってさ。教会もしくは神殿に行けばまあ、祝福を与えられるのは間違いないね。ただし宗派によっちゃ、その国から出られなくなるかもしれないよ?教義によっては神と同一視、あるいはとんでもない異端扱いされるかもねぇ」
「っあー……わかります。国との結びつきが強いとこに行ったら、そこで飼殺しにされるかもしれないってことですね。でも異端扱いすか?それはちょっとやだな……」
「とりあえず、ここいらの一神教系はやめときなよ。祝福を受けたくなったら、なるべくゆるいところを選ぶんだね。なんなら仲介するからさ」
まああんたの場合は、別口の心配をしたほうがいいかもね……そう言われて、俺は首を捻った。
いやほんと、今まで異能って縁がないと思ってたから、ぴんとこない。
魔術適性はそこそこあるって言われたから、冒険者として経験を積みながら、肉体強化系でも身につけるかな?なんて考えてたんだ。
そこへいきなり、降ってわいたように「多少時間はかかるけど、瀕死レベルの重傷でも治っちゃう超回復」能力だもんな。
かなりのチートだってのは判るけど、でもたとえばそれこそ「魔術属性全部網羅した魔力持ち」とかのほうが、断然使い勝手がいいんじゃないだろうか。
「その様子だとあんた、魔術についてはあんまり詳しくないね?真紋とか、今まで聞いたことないのかい?」
「聞いたことはありますけど……でも真紋ってそれこそ、異能持ちでも属性魔術に特化した人が生まれながらにして持ってる、みたいなものじゃないんですか?」
この世界において魔術を発動しようと思ったら、いったいどんな手順が必要になるのか。
まず基本的に、この世界に生きとし生けるものはすべて、生まれながらにして「魔力」を持っている。
でもってこの世界では、生活と魔術ってのは、わりと近しいところにある。
魔術適性があれば、火打石を使わずに簡易魔術で火を熾せるし、夜暗くなってから家に戻る時、カンテラを灯す必要もない。
ただこれが、治癒や攻撃系の本格的なタイプ……いわゆる上級魔術を身につけるとなると「魔法陣」と「呪文」を扱えるようにならないといけないのだ。
呪符に描かれた魔法陣に魔力を通し、呪文で起動させれば、魔術が発動する。
とはいっても、自分で魔法陣を書かないと効果がないわけじゃなく、ぶっちゃけ町の呪符屋で、目的に応じた呪符を買えば事足りる。
あとは呪符に対応した呪文を覚え、発動までの時間をいかに短縮するか、だろう。
ただこれが異能持ち、特に属性魔術系の異能持ちとなると、なんと生まれながらにして、身体に真紋なるものが刻まれていたりするわけだ。
しかもこの真紋ってのは一人一人違っていて、同じものは二つとして存在しない。
つまりは、生まれながらにして、かなり強力なオリジナルの魔法陣を持っている状態ってわけだ。
「そういうもんですよね?真紋って」
俺がそうしめくくると、かあちゃん系美女は「まあ概ね合ってはいるけどね」と頷いた。
「でもね、肉体強化系の異能にも真紋はあるんだよ。あんたの場合は実際、この目で見たから間違いない。傷が治ってる間、あんたの全身に真紋が浮かんでいたからね」
「うへぇ……マジすか……」
かあちゃん系美女の説明によると、真紋持ちの魔術は何が違うかというと、ずばり「呪文を唱えなくても魔術が発動する」「一般的な上級魔術に比べると高性能」という部分らしい。
特に肉体強化系となると、常時発動に近いものが多く、魔力消費もほとんどないという。
ゆえに――魔術の研究者の中には、真紋持ちを攫って、よからぬ研究を行う奴もいるんだとか。
何それおっかない!
「あたしが知る限り『肉体強化』や『皮膚硬化』みたいな真紋持ちで、研究に協力した奴は何人かいたけどね。でもだいたいは真っ当な研究者相手だったし、ひどいことをされたのはいないよ。けどあんたのように、蘇生に近い超回復持ちの真紋を研究して、その異能を再現できたとしたら……どんなことが起こるかは、まあ想像がつくだろう?」
わかりますウェ○ンXですね!と言いたかったけど、かあちゃん系美女には通じないだろうと思って諦めた。
超回復の真紋を解明して量産すれば、あっという間に不死の軍隊のできあがり……うわぁ、ぞっとしない。
「そういや……えーと、お姉さんは真紋についてずいぶん詳しいみたいですけど」
もしかして貴女も真紋をお持ちなんでしょうか?なんて尋ねるわけにもいかず、俺は続きの言葉を呑み込んだ。
けどかあちゃん系美女には俺の言いたいことがわかったらしく「ふふっ」と笑って、左腕の袖を捲りあげた。
「今のあんたなら、発動させてなくても見えるだろ?あたしも、炎の真紋持ちなのさ」
綺麗に筋肉が浮いた、女性にしては逞しい腕に巻きつくようにして、その真紋が刻まれていた。
どことなくトライバル系のタトゥーを思わせる真紋は複雑に絡み合い、うっすらと朱色の光を放っているように見える。
初めて目の当たりにする真紋はそれこそ、神秘的なまでに美しく、印象的だった。
「すごいっすね……」
「言っとくけど、あんたは異能が目覚めたばっかりで、真紋に魔力を過剰に供給してるからはっきり見えてる状態なんだと思うよ。できれば魔力を通すのはやめて、ちょっと身体を休めたほうがいいね」
「あんまり自覚ないんですけど――あーでも、じっと見てると目がなんかすっげ疲れてきました」
「ほらほら、そのあたりでやめときな?」
かあちゃん系美女はそういうと捲った袖を直し、俺に横になるよう促した。
ふと気がついて「魔力を通した」という状態を意識しながら、自分のむき出しの腕や足を眺めてみる。
するとやはりというか――かあちゃん系美女の真紋に比べるとややシンプルだけど、それでもくっきりと全身に浮かぶ真紋が見てとれた。
蛍光色ってほどどぎついわけじゃなく、薄緑色にぼんやりと光るその真紋は、時折頼りなげに明滅している。
その光を見ているうちにだんだん眠くなってきて、俺はそのまま布団に倒れ込んだ。