6話 五百年前の救世主たち
現在のフォーサイス王国について語るならば、五百年前の話は避けられまい。
「青の英雄物語」として、後世に伝わっている、祖国再建の物語。
青の英雄を始めとする数名は、聖獣から特別な加護を与えられる。
額に「原初の魔法陣」を抱く彼らは、「フォーサイスの救世主」と崇められた。
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五百年前、南の帝国から侵攻を受け、フォーサイス王国は滅亡した。
当時の南の帝国は、二人の人の形をした魔物に乗っ取られていた。
快楽を求めた、赤い魔女。魅了魔法で皇帝妃に納まってからは、本能のままに生きる。
恐怖を与えることを至上とする黒い軍人は、帝国最高位の将軍に就いた。
魔物たちの得意とする精神感応系の魔法の前に、抵抗できる者も、異を唱える者もいない。
現在において、精神感応系の魔法が禁術とされる所以だ。
突然現れた、黒い軍人の率いる魔物の群れと、恐怖を与える魔法を前にして、誰も動けない。
軍人の敷いた王国全土を覆う閉鎖結界から、誰も逃げ出すこともできない。
抵抗すらできないまま、フォーサイス王族や貴族は軍人に葬られた。国を守る兵士たちは魔物に惨殺されたという。
帝国の侵攻時、偶然にも獣人王国を訪問中で、唯一生き残ったフォーサイスの王女がいた。
ベイリー男爵家出身の母を持つ、銀の髪と瞳の白猫獣人。治癒魔法に長けた王家の末姫。
王国再建の祖と知られる、「祈りの巫女姫」である。
東隣のフォーサイス王国の現状を知り、慌てふためく獣人王国。
南は帝国領と接している。東と南、両方から同時に侵攻されたならば、一巻の終わりだ。
武装した獣人たちが行き交う王宮。貴賓室の一室で、故郷の現状を知った巫女姫は、ひたすら聖獣に祈っていた。
白猫族は、八百年前に白の聖獣の加護を受けた一族。
巫女姫に治癒魔法を教えてくれた、エルフが言い残した言葉だ。
エルフは、初代ベイリー男爵家当主の妻であり、巫女姫にとっての祖先。
祖先が、子孫に嘘を教えるはずがない。
聖獣は、正しき世界の理の流れと共に生きると言われる。
世界の歪が凝縮し、理から零れ落ちて生まれる魔物とは、対をなす存在。
理の流れが大きく歪む現状ならば、きっと現れるはず。
姫は信じて、ひたすらに祈った。そして、ついに王宮の空に白の聖獣が姿を現す。
白の聖獣から啓示を受けたのは、巫女姫だけではなかった。獣人王国に住まう者たち全てであった。
当時の獣人王国の歴史書には、白の聖獣の言葉が残されている。
「我が特に守護する種族は、獣人族である。守護する種族を守るため、この国から動くわけにいかぬ。
しかし、歪んだ理の流れは、元の正しき流れに戻さねば、終わりは来ない。
歪みに挑む者たちのために、わが友を呼ぼう」と告げられたそうだ。
最初に南の空から現れたのは、赤の聖獣であった。赤の聖獣の背には、緋色の髪と瞳を持つ少年が乗っていた。
父に言い寄る、赤い魔女の正体に気付き、返り討ちにあった皇太子。炎の魔法に焼かれ、命を落としたはずの次期皇帝。
身体を失い、世界の理に還った「緋色の皇子」は、赤の聖獣に救われたと語る。
再び、この世に生を受けた緋色の皇子は、額に赤い魔法陣を抱いていた。
円の中に、五芒星が走る魔法陣。聖獣の加護の証、「原初の魔法陣」である。
続いて、東の空から現れたのは、青の聖獣であった。青の聖獣は、白の聖獣の隣に並び浮く。
獣人たちの守護に力を割き、加護を与えられぬ友の代わりに、祈りの巫女姫に青い原初の魔法陣を授けた。
青の聖獣は、すぐに動き出す。王宮を通り過ぎ、城下町に滞空した。
そして、二人のエルフとパーティを組む、冒険者に語り掛ける。「わが友よ、力を貸しに来た」と。
冒険者は、青の聖獣に促されるまま腰の剣を抜く。東方の鍛冶師に打って貰った、両刃の剣だ。
聖獣は剣に、青色の世界の理の力を込めた。そして、額に青い原初の魔法陣を授ける。
青の聖獣と知己を持つ、フォーサイス王国辺境育ちの冒険者。青い髪と青い瞳を持つ、人間の青年。
五百年後にまで、名を轟かせる「青の英雄」が、歴史の表舞台に立った瞬間である。
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「にゃーあ、んー、にゃっ!」
「おやおや、クリス、お目覚めですか?」
「にゃ?」
長椅子でお昼寝をしていた猫娘は、目が覚めた。あくびをしながら背伸びをする。銀の髪を揺らし、眠たそうに目をこすった。
応接間に滞在し、本を読んでいた兄は、目覚めた妹に声をかける。ぼんやりした銀の瞳を向ける、猫娘。
「にゃー、いみゃにゃんじでしゅか?」
「はいはい、さっき夕方の鐘が鳴りましたよ。午後六時ですね」
「にゃ……にゃ!? おじーたみゃ……」
「いえいえ、おじいさまの家に帰らなくてもいいですよ。今夜はこっちに泊まると、連絡しましたからね。
おじいさまも、もうすぐ来るはずです。今夜は、ひさしぶりに家族団らんしましょうね」
ねぼすけの猫娘は、舌足らずで質問する。分かりづらい子猫の言葉を聞き取れるあたり、さすが兄。
猫青年は、椅子から腰を上げると、長椅子に近寄る。寝起きの妹の髪をなでながら、兄の笑みを浮かべた。
兄に促され、長椅子から立ちあがる猫娘。兄に手をつながれ、食堂を目指す。
ねぼすけ子猫は、昼間の出来事を少しずつ思い出した。公爵令嬢から聞いた、大事なことも。
緋色の瞳を持つ兄に、尋ねる。はっきりとした口調で。
「兄上、学校って楽しいですか?」
「はいはい、学校ですか? とても楽しいですよ」
「兄上の学校に、救世主が居るって……本当ですか?」
「ええ、ええ、本当ですよ」
「にゃ……どんな方ですか?」
「はいはい、カレンデュラという、深紅の髪と瞳を持つ少女でしてね。赤の特異点らしく、爪まで赤いんですよ。
子供の頃に、黄の聖獣から加護をもらったそうで、額に黄色の魔法陣を持っています」
立ち止まった兄は、饒舌に傾国の美女について語り始めた。緋色の瞳に、情熱的な光を宿しながら。
冷たい金属のような瞳で見上げる、猫娘。さりげなく、兄を止める。
「兄上、おなかがすきました!」
「おやおや、私としたことが。カレン嬢の話は食事のときにしましょうかね」
「にゃ」
祈りの巫女姫と緋色の皇子の子孫たる、王家の血を引く、白猫兄妹。手をつなぎ直して、仲良く食堂へ向かう。
兄は気付いていなかった。妹の表情が、魔法医師の仕事をしているときと同じであることに。
●作家の独り言
登場人物
・傾国の美女、深紅の少女 (カレンデュラ、通称カレン)
傾国の美女こと、カレンちゃんも、ついに名前が登場よ。今回は、名前だけだけどね。
青の英雄物語について、ちょっとだけ語るわね。
有名な青の英雄は、剣士ことユーイン君のご先祖様。
一緒にいた二人のエルフは、あたしの両親よ。
祈りの巫女姫と緋色の皇子は、黒い軍人と赤い魔女を討伐したあと、結婚したのよ。
つまり、フォーサイス王家の血を引く、子猫ちゃん、アンディ君、エド君、リズちゃんたちのご先祖様ね。
それから、東方生まれのノア君のおじいさんが、青の英雄の関係者らしいわ。
……誤字脱字を見つけたから、修正したわ。