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5話 法の番人の一族

 緋色の瞳を持つ、白猫の青年は、力持つ言葉を唱えた。

 空中に、白い光の輪が描かれる。内部に幾何学模様が走った。成立する魔法陣。

 魔法陣は即座に砕け散る。魔法陣のかけらは、白い粒子になった。

 白い粒子は集まり、薄っぺらで四角い形をとる。真っ白な紙のようなものが、猫青年の両手の上に現れた。


「はいはい、これが契約書になります。今から、契約文章を載せるので、しばらくお待ちください」


 猫青年は、さらに力持つ言葉を唱える。

 紙の上下左右と中央に、それぞれ五色の光の輪が描かれる。光の輪に、幾何学模様が走った。

 成立した魔法陣は砕け、五色の粒子になる。五色の粒子は契約書に吸い込まれた。

 真っ白な契約書に、虹色の文字がゆっくりと走り始める。契約書を眺めていた鍛冶屋は、一言もらした。


「ほう、『代弁者の契約書』か」

「おやおや、博識ですね。正式名をご存じなのですか?

世間一般では、五色の契約書と呼ばれているんですけどね」

「当然だろ。僕の一族も、その契約書は書ける。まあ、あんたと違って紙の色は青いがな」

「いやいや、初耳ですよ! どこの一族ですか!?

この契約書を書けるのは、うちの一族と、隣の獣人王国へ分かれた親戚だけのはずですよ!」

「僕は海の国の生まれだ。ここからだと東の方向だな」

「……なるほど、なるほど。東方の生まれですか」

「おい、ここの文章がおかしいぞ。他人とは、誰を指定してるんだ?

ここは、『現時点で秘密を共有している者のみ、会話の意味が通じる』に直しておけ」

「なるほど、なるほど。涙の宝石の話を聞いても、知らない者には理解できないと」

「そうだ。契約書は、世界の理に乗せるんだ。よく考えて書け。

あんたがしているのは、世界の秩序をつくる行為なんだぞ。しっかりしてくれないと困る」

「これは、これは、申し訳ありません」


 鍛冶屋は、契約書に視線を走らせた。唐突に、虹色の文章の一つを指摘する。

 本来なら、白猫族にしか扱えない契約書。猫青年が契約内容を直す前に、鍛冶屋がさっさと書き換えてしまった。

 驚きで膨らむ、猫しっぽ。さっき鍛冶屋が「僕の一族も、その契約書は書ける」と言ったが、真実だったのだ。


「あの、あの! 君は、本当に東の法の番人の一族なのですね?」

「法の番人? 西の言葉は、よく分からん」

「そうですね、そうですね……世界の理の代弁者から、世界の理の流れを守ることを託された一族とでも言いましょうか。

一言でいえば、聖獣様の代理人です。正しき理の流れを保つため、様々な秩序を守るのが仕事ですね」

「ああ、そういうことか。僕も、子供のころから、『世界のために動くことが仕事だ』って、爺さんや親父から聞かされている」

「なるほど、なるほど。祖父君そふぎみ父君ちちぎみが出るあたり、一族ぐるみでの番人なのでしょうね。

ぶしつけな質問ですが、君の一族は、何を守っているのですか?」

「……おい、ずいぶんと踏み込んで聞くんだな。あんたには、関係ないだろ!」

「いえいえ、関係ありますよ。同じ法の番人として、興味があります。それ以前に、我が一族の義務ですね」


 鍛冶屋は腕組みをして、猫青年をにらんだ。髪と瞳が青い鍛冶屋は、世界の理の内、青色の影響を受けやすい。

 青色の理が司る感情は、怒り。軽い怒りを込めてにらんでくる相手を、猫青年は王家の微笑みで受け流す。


「はいはい、我が家の場合、普段は裁判官や魔法医師として、この国を守ります。

この国の秩序を守る、法の番人の一族として、私には異邦人である君のことを知る義務がありますので。

……場合によっては、排除しなくてはなりませんからね」


 王家の微笑みを浮かべたまま、猫青年は言い放つ。緋色の瞳は、鍛冶屋を見つめ続けた。

 鍛冶屋は、数回またたきした。怒りを鎮め、諦めるように、ため息を。


「あんた、間違いなく、クリスの兄貴だな。頑固で退かない。そっくりだぞ」

「……いえいえ、妹は養女です。僕は一人っ子ですからね。祖父が魔法医師の跡継ぎにするために、遠戚から貰ってきたんですよ」

「ふーん。まあ、いい。僕の一族は、見守るのが仕事だ。

あらゆる成長や可能性を信じて、見守る。慈愛をもって、すべてを受け入れようとする。

だから、妹を守るためのあんたのうそも、受け入れて見守ってやるよ」

「おやおや、お見通しですか。さすが、東の法の番人ですね」

「言っとくが、見守るにも限度がある。世界の理を大きく捻じ曲げるほどなら、遠慮なく動くぞ。

僕の一族は慈悲深いが、怒らせると怖いんだからな。覚えておけ」

「はいはい、肝に銘じておきますよ」


 猫青年と鍛冶屋が話している間、猫娘と剣士とエルフも会話に興じる。雑談に夢中な三人には、鍛冶屋と猫青年の会話は聞こえていなかった。

 否。好奇心旺盛な子猫だけは、鍛冶屋と兄の会話に聞き耳を立てていた。

 子供は早耳という。子猫も早耳だった。

 早耳とは、うわさ話や事件などを人より早く聞きつけること。実際にやってのける猫の聴力、恐るべし。


「子猫ちゃん、ユーイン君、あれ、なあに?」

「五色の契約書だよ。白猫族にしか扱えない、特別な契約書だったよね、クリス。……クリス?」

「子猫ちゃん、眠たいの? お昼寝の時間かしら」

「……クリス、聞いてる? クリスってば。眠たいわけ?」

「にゃ?」


 兄と鍛冶屋の会話を聞き取るため、目を閉じていた猫娘。何度か目をこすり、あくびをする。極めつけは両手を伸ばしての背伸びだ。

 エルフと剣士は、子猫が居眠りしていると見えたらしい。エルフは猫娘の前にしゃがみこんで、視線を合わせた。


「子猫ちゃん、五色の契約書ってなあに? お昼寝の前に、おしえてちょうだい」

「にゃ? あ、はい。大昔、白の聖獣さまから我が一族に授けられた、ことわりによる契約方法と伝えられています」

「理による契約方法って、なあに?」

「にゃー、聖獣さまが、契約内容を誰にでも理解できるように、授けてくれたらしいです。

うちの一族では、世界の理から具現化させた契約書に、世界の理の力を借りて文字を記していく方法と言われています」


 代弁者の契約書。白猫族では、世界の理の代弁者である聖獣が、新しい世界の秩序を作るために授けたと、言い伝えられている。

 世間一般的には、聖獣が授けた、絶対に破られない契約方法と言われている。

 世界の理から具現化させた契約書に、世界の理の力を借りて文字を記していく方法。

 文字の書けない者でも、契約書にさわれば、世界の理を介して、脳裏で契約内容が読み取れる仕組みだ。


 この契約方法は扱える人が決まっているため、現在のフォーサイス王国や獣人王国において、最上級の契約方法である。

 民間では、この契約方法を模して、世界の理の力を秘めた宝珠から作った契約書とペンを用いて、簡易契約が行われていた。


「誰にでもってことは、お父さんの契約書とは違うのね」

「いいえ、基本的な契約方法は、同一でしたよ。契約者と立ち合い人の血族にしか読めにゃいよーに、しぇーげんがかけりゃれていみゃしたが……。

にゃ! 寝てました、すみません。

えっと、契約文章には『種族の違う我ら、同じとき、同じときに死しゅことはにゃくちてぇも、わりぇりゃがきずにゃはえーえんにゃり』と……」

「ちょっと子猫ちゃん? 眠たいのね、無理して説明しなくていいわよ」

「にゃ……ちょっとちゅかりぇまちた」


 青の英雄と、冒険者仲間の義兄弟の契約書。契約書そのものを作ったのが、猫娘のご先祖様。

 契約したのは、エルフの父親と剣士のご先様。単純な話である。


 ただ、育ち盛りの猫娘は、本格的に眠たくなった。エルフへの説明途中で、意識があやふやになる。

 公爵令嬢に治癒魔法をかけたり、実家で魔力暴走を起こしかけたりして、精神的な負担が大きくなっていたのが原因。

 子猫に無理はさせられない。エルフに手を引かれ、長椅子へ。丸くなって、寝入ってしまった。


「はいはい、お待たせしました。契約書が完成しましたよ」

「あ、アンディ君。待ちくたびれちゃったわ。子猫ちゃんなんて、お昼寝よ」

「おやおや、昼寝ですか。今日は寝ずに、家に来たんですかね?」

「俺が学校から帰る途中で、会ったよ。一人でリズの家に行くって言うから、迷子になったら困るし、送って行ったんだ。

それから、冒険者ギルドで待ち合わせして帰るつもりが、アンディの所に来る羽目になってさ。

さすがに寝る暇なんてないと思うよ。疲れたんじゃないかな」

「なるほど、なるほど。ユーイン、送ってくれてありがとうございます。

今日は、家に泊めますよ。おじいさまに連絡しておきます」

「うん、頼むよ。俺は、ノアとリリーを送って行くからさ」


 剣士と猫青年の間で、話がまとまる。お昼寝中の猫娘を、王都の外れの家に連れて帰るのは忍びない。

 帰り支度を始めた剣士に、待ったをかけたのは、鍛冶屋だ。猫青年の持つ契約書を指さす。


「おい、契約がまだだぞ。僕とリリーの契約を終わらせてから、送ってくれ」

「あら、別に契約しなくても、子猫ちゃんの秘密を言いふらしたりしないわよ?」

「いえいえ、口約束より物証です。私は白の聖獣様から、争いを治めるように力を授かった一族です。

他人と大事な約束するときは、魔力による契約書を書くように、聖獣様から諭されています。

五百年前に契約をしなかったがために、一度、我が国は滅亡しましたからね」

「……聖獣様って、そんなに厳しいの?」

「どうだろうね。でもさ、滅亡したのは事実だよ。滅亡したから俺のご先祖様、青の英雄が活躍するわけだしさ」

「はいはい、その話は今度にしてください。もう暗くなりますからね」

「おい、クリスを起こさなくていいのか? この書き方だと、あいつの真名が必要だぞ」

「いやいや、そうでしたね。かわいそうですが、妹には一度起きてもらいましょうか。

当事者ですから、契約文章を読んでもらわないと。真名の署名も必要ですし」

「そうなの? 仕方ないわね……子猫ちゃん、起きて、起きて」

「にゃ?」

「おい、クリス。代弁者の契約書に、真名を署名してくれ。

契約内容は、僕とあんたの兄貴で確認したから安心しろ」


 エルフに揺り起こされ、ねぼすけの猫娘。兄の持つ契約書に、ぼんやりした視線を向ける。

 鍛冶屋に促されるまま、舌足らずの言葉で、自分の名前を唱えた。契約書に虹色の文字が走り、猫娘の本名が書かれる。

 世界の理の力を借りた、代弁者の契約書に、偽名は書けない。偽名を語ろうとも、世界の理に認められた真名が署名される。


「クリスティーン・ベイリー・フォーサイス」


 猫娘が外で名乗るとき、けっして「フォーサイス」は名乗らない。「ベイリー」男爵家の娘と名乗る。

 「フォーサイス」は、世界の理から、フォーサイス王国の王族だけが名乗ることが許された、真名であった。

●作家の独り言

子猫ちゃんって、本当によく寝るのよね。

魔力を使いすぎても寝ちゃうし、おなかがいっぱいになっても寝ちゃうし、日向ぼっこして暖かくても寝るのよ。

秩序を守る法の番人って、かっこつけているアンディ君も、学校では居眠り常習犯だったしね。

猫獣人がお昼寝しても許されるのって、フォーサイス王国と、獣人王国くらいじゃないかしら。



……誤字脱字を見つけたから、修正したわ。

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