表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/29

4話 国宝職人の弟子

「ちょっと、ちょっと、クリス! 泣いてるんですか!?」


 応接間の扉を開いたのは、金の髪と緋色の瞳を持った、白猫獣人の青年。

 五色の粒子の漂う部屋に踏み込む。が、異様な雰囲気に、しっぽを膨らませた。

 幼馴染の剣士を見つけ、猫青年の口調が厳しくなる。右手で黒髪をかく剣士。

 興味本位で、エルフが会話に割り込み、収拾がつかなくなる。


「はいはい、これはいったいなんですか? ユーイン、答えてください」

「えっと、クリスが泣いちゃってさ」

「白猫……貴方、子猫ちゃんのご家族?」

「はいはい、そうですけど。あなたは……」

「おい、うるさいぞ! 気が散る、黙っていてくれ!」


 作業中の鍛冶屋は、剣士とエルフと猫青年を一瞥する。鋭い眼光に三人は、思わず口をつぐんだ。


「クリス、じっとしてろ。左手を前に出せ」

「にゃ」


 鍛冶屋に促され、左手を前に出す猫娘。部屋の中を漂う粒子は集まり、一筋の光の帯を作る。次第に細くなり、猫娘の左手首に巻きついた。

 交じり合う粒子は、白の輝きを帯びる。細身の銀色の腕輪が現れた。

 金の装飾が細かく施され、手の甲側に小さなダイヤモンドが一つあしらわれていた。


「にゃ!?」

「まあ、きれいな腕輪ね♪」


 おどろく猫娘をしり目に、エルフは瞳を輝かす。

 一仕事終わった鍛冶屋は、軽く腕組みを。剣士の質問に答えた。


「えっと、えっと……ノア、今の何なわけ?」

「壊れた魔力制御の腕輪を、僕の魔力を込めて、新しく作り直した」

「にゃー、魔道具ですか?」

「そうだ。愛し子のあんたが作った宝珠や宝石も練りこんだから、魔道具との親和性も高いはずだ。

今度は、そう簡単には壊れない。人前で泣いても、涙は宝石に変わらないはずだしな」

「にゃ……魔法陣、刻んでないですよね? 魔道具は魔法陣を……」

「あんたのつけてた腕輪は、金細工の鍛冶師、ゴールドスミス親方の作品だろ」

「にゃ? そうですけど」

「僕の名前を忘れたのか? 僕が、親方の作品を直せないわけないだろ」

「にゃー、これは特注品なのですが」

「半年前だったか、頑固な親方が、めずらしく魔道具を作っていてな。

僕の独立祝いだと、ドワーフの秘伝の一つ、魔道具の作り方をその一回だけだが教えてくれたんだ。

冒険者ギルドで、あんたが親方の作品をつけていたのを見つけたときは、本当に驚いたぞ」


 青い瞳の鍛冶屋は、腕組みしたまま、猫娘を見下ろす。

 ヘンコツ国宝職人の名字を継ぐことを許された、一番弟子。ノア・ゴールドスミスは、職人の笑みを浮かべた。


「はいはい、話の途中ですみません。私は君のお名前を伺っていませんよ」

「うん?」

「にゃ、私が説明します♪」


 腕組みしたまま見やれば、白猫青年が緋色の瞳で鍛冶屋を見つめる。警戒を込めて。

 猫娘は、嬉しそうに兄に飛びついた。無邪気にじゃれつく。

 妹の頭をなで、兄はしゃがみこんだ。銀の瞳に、視線を合わせる。


「はいはい、クリス、どういう方々ですか? 冒険者ギルドの友人ということは、じいやから聞きましたけど」

「にゃ、前に話した、エルフの女性をかばって、穴だらけになった方です。ゴールドスミス親方の弟子で、親方そっくりの性格だから、閑古鳥のなく鍛冶屋です」

「なるほど、なるほど」

「……おい、クリス。あんた、家族にどんな話してるんだ!」

「にゃ。あっちが、親方の弟子にかばわれた、エルフの女性です。よく血だらけで診察を受けにくる、少々腕に問題がありそうな新人冒険者です」

「なるほど、なるほど」

「ちょっと、子猫ちゃん! その言い方ひどくない?」


 猫兄妹の会話を聞いて、鍛冶屋は片方のまゆをあげる。エルフも、非難の声を出した。


「にゃ? 事実を家族に話してはいけないのですか?」

「はいはい、言い方の問題ですね。妹は口達者ですので、気分を害したなら謝ります。

ほらほら、クリスもごめんなさいをするんですよ」

「にゃー、ごめんなさい」


 白猫しっぽを揺らしながら立ち上がり、鍛冶屋とエルフに向き直る猫青年。優雅にお辞儀をして謝る。

 きょとんとしている妹の頭を押さえ、お辞儀を促した。

 眉を戻した鍛冶屋は、腕組みを解いた。軽くため息をつき、猫青年を見た。


「もういい。僕も、そんなに怒ってないから、気にするな」

「はいはい、ありがとうございます」

「兄上、兄上、彼はノア・ゴールドスミス殿です。ノア殿、兄上はアンディなのです!」

「こらこら、クリス。ちゃんと紹介してください。

私は、アンドリューと申します。アンディは愛称ですよ」

「兄上、あっちは、リリー・ファウラー嬢です。兄上は、アンディ……じゃなくて、アンドリューです」

「はいはい、友人を紹介するときは、その人を連れてきてからにしてくださいね」

「にゃ? リリー嬢は、家に連れてきています」

「いえいえ、私に紹介したんですよね? でしたら、兄上のそばに連れてきてくれないと、顔がわかりませんよ」

「にゃ? 世間では友人を紹介するとき、そんなことをするのですか? 勉強になりました」

「はいはい、よく覚えておいてくださいね」

「にゃ!」

「……おい、獣人って、そんなにのんきなのか? 初めて知ったぞ」


 世間知らずの猫娘は、当たり前のことが分からない。兄に諭され、納得する。

 マイペースな猫たちの会話に毒気を抜かれ、鍛冶屋は脱力した。


「はいはい、話の途中で申し訳ありませんでした。妹が、患者ではなく、友人をつれてきたのは初めてですからね」

「……初めて?」

「子猫ちゃん、友達いないの?」

「はいはい、妹は学校に行っていませんからね。仲が良いのは、親戚くらいですよ」


 猫青年の口調に、鍛冶屋は片眉を動かす。と、エルフが、割り込んできた。二人の会話を耳にとめたらしい。

 猫青年は、どこか悲しそうな声で答えた。ついで、口調が変わる。猫耳は、天を向いた。


「はいはい、それは、そうとして、ゴールドスミス殿、ファウラー女史……」

「ノアでいいぞ。未熟者の僕が、親方と同じ名前で呼ばれるのは、まだちょっとな」

「あたしも、リリーで良いわよ。森では、そう呼ばれていたもの」

「はいはい、了解しました。それでは、ノア殿、リリー嬢にお尋ねします。

妹の涙が宝石に代わるところを見ましたか?」

「ああ、見たぞ。この国に、世界の理の愛し子が、二人もいるとは思わなかったが」

「子猫ちゃんって、青の英雄と同じ特異点なのね。英雄と同じなんて、羨ましいわ♪」

「アンディ、ノアは大丈夫だよ。騎士の名にかけて、俺が保証する。

あの騎士団の武器を作る、国宝職人のゴールドスミス親方が、秘かに自慢する弟子だからね。

リリーは……付き合いが短いから、何ともいえないけどさ」


 重々しく言う鍛冶屋。反対にエルフは、あっけらかんとしていた。

 厳しいまなざしを浮かべ、二人を見やる猫青年。剣士が寄ってきて、幼馴染の肩をたたいた。

 猫娘は、兄の服を引っ張る。見下ろす兄に、小さな声で告げた。兄も、ボソボソと答える。

 人間には聞こえない、小さな声。猫の聴力を持つ兄妹しか、理解できない会話。


「兄上、兄上。リリー嬢は、青の英雄の仲間である、エルフ夫妻の血縁者であることを確認しました」

「おやおや、クリス、確認したとは?」

「にゃ、ご先祖様の力が働く、契約書を持っていました。青の英雄と、父君の義兄弟の契約書らしいです。

世界の理の流れからリリー嬢が取り出し、私にも読み取れたので、本物で間違いないでしょう」

「なるほど、なるほど、物証があるのですね。クリスが読み取れたのなら、リリー嬢の素性は間違いないですね。

ですが、念のため、契約しましょうか。言っておきますが、クリスのためですよ。今度は、人前で泣かないでくださいね」

「にゃー、了解しました。気を付けます」


 結論が出た猫兄妹。兄は妹から視線を外すと、鍛冶屋とエルフに向き直る。

 兄は、二人に向かって、不思議な笑みを浮かべた。王家の微笑みを。


「はいはい、お二人が妹の友人だというのなら、秘密を守る契約をしていただけますか?

先ほど見た、涙の宝石を、他人に言いふらさないという契約です」

「契約? なんで契約しないといけないのよ?」

「はいはい、妹と国民を守るためです。宝石を作る苦労は、鍛冶師のノア殿でしたらご存知ですよね」

「……なるほどな。確かに、あれだけ苦労するもんが、簡単にできるなら、手に入れようとする者もいるだろ。

まあ、そんなことになったら、仕事を失う鍛冶師が続出するだろが。それ以前に、戦争になるかもな」

「はいはい、ご理解いただけて幸いです。私は王家の血筋として、国民の危機は見逃せませんので」


 王国内で金属や、宝石に関わる仕事をする者は、大きなくくりで鍛冶師と呼ばれる。

 宝石作りには、鍛冶師組合に所属する、多くの職人が関わっていた。


 宝石のダイヤモンドの場合、原石を含む岩石、キンバーライトを手に入れるところからすべてが始まる。

 最初の職人、採掘師の仕事は多い。山の鉱山を探し当て、岩石を掘り出す。掘り出した岩石を砕き、水で洗い、ダイヤモンドの原石を選別する。

 選別された原石は、研磨師のもとへ。原石には、石目と呼ばれる、割れやすい向きがある。

 石目を読み取って割りながら、原石の中の不純物を取り除き、きれいな形に整える。

 整えられた宝石はピカピカに磨き上げられ、やっと宝石の輝きが生まれるのだ。

 ちなみに、ピカピカの宝石を装飾品の飾りに加工するのが、宝石細工師の仕事である。


 この採掘師と研磨師の過程を、全部吹っ飛ばすのが、猫娘の涙の宝石。

 採掘しなくても、研磨しなくても、すぐに加工できる宝石が出来上がる。なんとも、お手軽な宝石量産方法。

 鍛冶屋の視線が、遠くを見てしまうのも、仕方ない。


●作家の独り言

登場人物紹介

・緋色の瞳の白猫青年、裁判官の息子 (アンドリュー、通称アンディ)


子猫ちゃんとアンディ君のお母さんが、国王陛下の妹さんなんですって。だから、アンディ君も、王位継承権を持つのよ。

アンディ君は人間のお母さんに似て、王家の金の髪と、緋色の瞳を持っているのよね。

子猫ちゃんの家は、複雑。子猫ちゃんは、アンディ君の実の妹なのに、外では養女って言ってるらしいわ。

あの涙の宝石を見たら、事情は分かるけどね。



そういえば、金細工鍛冶師のゴールドスミスって、本来は、王家に仕える騎士に金銀細工の武器や防具を作る職人さんなの。

でも、ノア君の親方さんは、頑固で有名なドワーフ。王家から依頼があっても、自分が気に入って認める人にしか、武器や防具を作らないのよ。

ゴールドスミス親方の武具を持つ騎士や冒険者は、誠実だったり、狭義にあふれる、素敵な人ばかりだわ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ