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3話 英雄の子孫

 エルフが鍛冶屋を指さした。金色ポニーテールを揺らし、大声を上げる。


「わかったわ。ノア君が、青の英雄の子孫ね!」


 エルフの指摘に、固まる鍛冶屋。辛うじて、声を振り絞った。


「違うぞ」

「うそ、青い髪と瞳じゃない! 青の英雄は青い髪と瞳だったって、お父さんも、お母さんも、言ったもの!

今日はここに居るって、クリスちゃんも証言したわ!」

「おい、クリス! あんた、こいつに何言ったんだ? 子猫のいたずらは、止めてくれ!」


 勢いに押され、じりじりと下がる鍛冶屋。黒髪剣士の後ろに隠れながら、毒気づく。

 剣士は、幼馴染を見下ろした。猫娘は猫耳を伏せながら、答える。

 いつの間にかしぼむ、子猫の怒り。金の腕輪は、輝きを消す。


「コラッ、クリス、何やったわけ?」

「にゃ……青の英雄の子孫が、ここに要ると伝えただけです。ここまでの反応とは、予想してなかったですけど」

「……どうするつもりなわけ?」

「にゃー、リリー嬢、私の実家に来ませんか? 青の英雄も含め、歴史的な資料がたくさんあります。

さっきの階級の話も含めて、お茶でもしながら話しましょう。ユーインも来てください」

「まあ、良いわね。行くわ! 子猫ちゃんのお茶って、すごく美味しいのよね♪」


 剣士の提案に飛びつくエルフ。不思議な踊りをおどりながら、手をたたく。

 見上げる猫娘の視線に、身の危険を察知した剣士。さりげなく、鍛冶屋を巻き添えにする。


「えっと……ノアも、クリスの家に行ってみる? 古い魔道具があるから、面白いと思うけど」

「骨董品の魔道具か? そうだな。今後の参考に見てみたい。クリス、僕も連れて行ってくれ」

「にゃ、構いませんよ。ついてきてください」


 猫しっぽをふりふり、案内を始める猫娘。ただ、十才くらいの外見の小柄な体は、歩みが遅かった。

 急かすエルフに手をつながれ、引きずられるように、実家を目指した。



*****



 王宮に近い場所に、猫娘の本来の家はある。猫娘が祖父と二人だけで暮らす、王都外れの家とは真逆の建物。

 塀と立派な装飾が施された門構え。金の装飾を施された剣を持つ兵士たちが、門番として守っている。

 エルフや鍛冶屋は知らなかったが、門番や屋敷を警護する兵士は、国王陛下直属の近衛兵である。

 門番たちは、敬礼で猫娘を迎える、騎士見習いの剣士は、門番に敬礼を取った。

 家屋の中から、連絡を受けた使用人が出てくる。


「クリス様、おかえりなさいませ。そちらの方々は?」

「にゃ、皆さま、お疲れさまです。彼らは冒険者ギルドを介した、私の友人たちです。

調べ物があるので部屋を貸して欲しいのですが、誰か帰っていますか?」

「アンディ様が、そろそろ学校からお帰りになるかと。お部屋にご案内します。皆さま、どうぞこちらへ」


 使用人に案内され、絨毯の敷かれた廊下を歩く。それ相応に飾られた、応接間に通された。

 シャンデリアからこぼれる、優しい明り。魔道具を惜しみなく使った、由緒ある骨とう品だ。

 椅子と机に使われた木は、ご先祖様がエルフの森で分けてもらったという、国宝級の木材。

 ふわふわのクッションは、東方の綿と絹と技術を使った贅沢なもの。

 代々、王宮に使える古い家系というのが、ありありと見て取れた。

 勧められるまま、椅子に腰かける一行。エルフと向かい合わせに座った猫娘は、本題に入る。


「リリー嬢。先ほどの続きですが、ユーインが青の英雄の直系の子孫です」

「えー、ユーイン君が、英雄の子孫?

子猫ちゃん、あたしが人間の世界に疎いからって、からかわないでちょうだい」

「にゃー、からかっていませんよ。ユーインは由緒正しい直系の子孫です!」

「もう、子猫ちゃん、いたずらが過ぎるわ! 青の英雄は、青い髪と青い瞳が特徴なのよ。

ユーイン君のどこが、青いのかしら? 黒髪と黒い瞳よね」


 真剣に告げた猫娘を、エルフは笑い飛ばす。同席していた剣士は、無言になった。

 顔を反らすと、エルフに背中を向けてしまう。うつ向き、ぶつぶつ言いだした。

 幼馴染の剣士のぼやきを、猫娘の耳はしっかり捉えた。


「……どうせ、俺は黒髪に黒目だよ。

青の英雄の特徴を何一つ受け継がなかった、一族の出来損ないさ」


 剣士が一番気にしている事を、ズケズケと言うエルフ。猫娘に怒りが沸き上がる。

 猫しっぽを大きく揺らし、地面をたたいた。立ち上がると、エルフをにらむ。金の腕輪が警鐘を鳴らす。


「……リリー嬢こそ、本当に英雄の仲間の子孫なのですか?」

「本当よ。お父さんやお母さんから、たくさん冒険話を聞いたわ」

「では、証拠を出してください。口では何とでも言えますよね。私は物証を重視する主義ですから」

「お父さんが青の英雄と交わした、義兄弟の契約書を見せてあげるわ。

どういう仕組みか知らないけど、血縁者……家族にしか扱えないって、お母さんが言ったのよ」


 子猫の睨みなど、どこ吹く風。エルフはとっておきの宝物を、猫娘に見せようと、力持つ言葉を唱えた。



*****



「おい、ユーイン。おいってば!」

「……なに?」


 鍛治屋は、落ち込んでいる剣士を、何度も肘でつつく。剣士は、やっと鍛治屋に注意を払った。


「あれ、見ろ。あれ」

「なに? ……なんで、リリーが泣いてるの?」

「子猫が泣かした。止めてやれ。僕が言っても、太刀打ちできない」


 鍛治屋の指さす先に視線をやれば、金の瞳から涙を流すエルフの姿。

 エルフの前方には、猫しっぽを膨らませ、威嚇する子猫がいた。

 鍛治屋の声にも、覇気がない。こっぴどく、言い負かされた様子。


「ちょっと、クリス、何やってるわけ!?」

「にゃ? 何って、会話していただけですが」

「何でリリーが泣くんだよ!」

「知りません、あっちが勝手に泣いたんです」

「もう、やり過ぎ! 二人に謝って!」

「お断りします。私は真実を喋っただけです。

泣くも、笑うも、相手が勝手にしているだけです!」


 剣士に怒鳴られても、猫娘は引き下がらない。振り向きもせず、エルフを威嚇したまま。


「ユーイン、子猫は間違ってない。

勝手にリリーが泣いて、僕も勝手に話すのを止めただけだ。

僕は、もう帰る。魔道具は、今度見せてくれ」


 深いため息と共に、敗北を認める鍛治屋。ノロノロと立ち上がる。


「……あたしも、宿に帰るわ」

「にゃ? それは困ります!

ノア殿に魔道具を作ってもらっていません」

「今日は無理だ。気が乗らない。今度の手入れ所当番のときにしてくれ」

「今すぐ作ってください。作れるでしょう?」

「断る。僕にだって、鍛冶師の誇りがある。手抜きはしない」

「ほら、クリス、わがまま言わないの」

「にゃー、わがまま違います! 作ってください!」


 優秀な魔法医師とはいえ、猫娘は成人していない子猫だ。

 感情の制御も、魔力の制御も、大人に比べて未熟である。

 異次元級のわがままを振りかざし、にゃーにゃー泣き叫んだ。


「あ、やばい! クリス、落ち着いて、泣かないで!」


 剣士が猫娘の肩を揺さぶる。が、効果はない。

 応接室に反響する、子猫の泣き声。感情の高ぶりで、暴走を始める猫娘の魔力。金の腕輪が輝くが、間に合わない。

 膨れ上がった魔力は、左手首の金色の腕輪を破壊した。砕け散る、魔力制御のための魔道具。

 抑えを失った膨大な魔力は、勝手に世界の理に干渉した。捻じ曲がる、周囲の世界の理の流れ。


 猫娘は白猫獣人。一族の特徴として、白色の世界の理と相性が良い。

 白色が司る感情は、悲しみと憂い。司る物質は、鉱石――――金属や宝石である。

 子猫の泣き声は、いつかの光景を作り出した。


「なあに? 子猫ちゃんの涙が……」


 涙を拭いていたエルフの前で、異変が起きた。子猫の涙が、絨毯の上を転がる。

 転がる。そう、しみこまずに、転がるのだ。

 異様な光景を、冷静に観察する鍛冶屋。涙の一つを拾い上げる。

 硬質な感触の球。魔力を循環させ、正体に目を見開く。宝石のダイヤモンド。

 鍛冶屋には、思い当たる言葉があった。


「……あいつ、世界の理の愛し子か?」

「世界の愛し子? なあに、それ」

「生まれつき、世界の理が偏っている存在だ。代弁者でもないのに、世界の理へ、簡単に干渉できるらしい。

爺さんから話は聞いていたが、初めて見たぞ。クリスの場合は、涙が宝石に変わるようだな」

「属性が偏るって、特異点のこと? 確か、青の英雄が、青色の特異点だったわよね」

「ああ。そうらしいな。爺さんが言っていた」

「ノア君の所では、特異点を愛し子って呼ぶのね。面白いわ♪」


 特異点。流れる世界の理が、極端に偏っている存在を指す。

 五色の理を均等に持たない存在。僅かな四色と、異様に高い一色。

 特異点は、一色だけ高い世界の理に、引きずられやすい特性を持つ。

 悲しみの感情に引きずられ、泣き叫ぶ、現在の子猫のように。


「あ、ねえ、さっきの代弁者って、なあに?」

「世界の理の代弁者だ。知らないのか?」

「あら、世界の理の代弁者って、聖獣様のことなのね」

「聖獣?」

「正しき理の流れと共に生きる、聖獣様よ」

「ふーん。西では、そう呼ばれているのか」


 聖獣は、世界の理の代弁者。正しき理の流れと共に生きる、五色の種族。

 青の英雄は、青の聖獣の加護を受けていた。有名な伝承である。


 鍛冶屋とエルフは、のんきに問答を繰り返す。その間も、猫娘の涙は増え続けた。

 青の英雄の子孫の剣士は、あの手この手でなだめるが、子猫は泣き止まない。舌足らずな言葉で訴える。


「にゃー、ちゅくってくだしゃい!」

「ダメだって、言ってるでしょう! あー、もう、勝手に泣いて。俺は知らないから。

聖獣様でも、誰でもいいから、何とかして欲しいよ!」

「……分かった。仕方ないから、何とかしてやる。僕のせいもあるしな」


 ついに剣士は大声を上げた。さじを投げる。猫娘をほっとき、鍛冶屋の隣に移動した。

 大げさにため息をつく鍛冶屋。ポケットから、五つの宝珠を取り出した。

 冒険者ギルドで猫娘が作った宝珠を、右の掌に乗せたまま、力持つ言葉を放つ。

 絨毯の上に、青い光の輪が描かれた。部屋いっぱいに広がる、大きな光の輪。

 輪の中に走る幾何学模様、成立する魔法陣。魔法陣は即座に砕け散った。青い粒子が生まれる。

 絨毯の上に転がる涙の塊……無数のダイヤモンドと、壊れた金の腕輪にまとわりつく青い粒子。

 ダイヤモンドと金の腕輪は、白と黄色の粒子に姿を変える。

 次いで、五つ宝珠に青い粒子がまとわりつく。宝珠は、五色の粒子に変化した。

 泣きじゃくる子猫の周りを、様々な色の粒子が漂う。


「おい、クリス。見えるか?」

「にゃ?」

「泣き止め。そしたら、魔道具を作ってやる」

「にゃ……ほんちょうでしゅか?」

「ああ、本当だ。魔力を落ち着かせろ」


 呼びかけられた子猫は、涙を頬につけたまま、周囲を見渡す。舌足らずな言葉で答えた。

 鍛冶屋に言われるまま、袖口で涙をふく猫娘。そのとき、あわただしく、扉が開けられた。

●作家の独り言

頑張って、3話を乗せたわよ。2話で書いたのは、短編で王家の人たちも知ってるから、早く続きをって急かされちゃったわ。


でも、黒い髪に黒い瞳のユーイン君が、青の英雄の子孫だなんて、全然見えないわね。

ユーイン君の二人のお兄さんたちは、お父さんにそっくりで、青い髪と青い瞳の人なの。

三男坊のユーイン君だけ、お母さんに似てしまったんですって。

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