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26話 南の公爵家の深紅の双子

 猫娘が子猫寝入りを決め込んだ頃、南の公爵家では双子の養女が室内で会話をしていた。


「ただいま戻ったわよ、マリー」

「おかえり、カレン」

「『あら、おかえりなさいませ』でしょう? また、おじいさまに怒られるわよ」

「わかってるけど……貴族のお嬢さん言葉、めんどくさいんだもん」

「ほら、また。アタシにできるんだから、マリーにもできるわよ」


 学校の制服から着替えた、傾国の美女。全く同じ顔の姉に、話しかける。

 めんどくさそうに対応していた姉は、妹に注意され、渋々言い換えた。


「……理解はしておりますが、平民出身のワタシには、少々似合わない言葉ですわね」

「やればできるじゃない。もっと注意して、話すべきよ。お姫様は、きれいな言葉使いをするんだから」

「カレン。ワタシたちは、お姫様じゃありませんわよ。おじい様のご厚意で、尊き公爵家の一員に加えていただけただけですわ」

「大丈夫。アタシたちはお姫様だから。この国の王子様たちは、間違いなくアタシたちの虜になるわ。美しいって罪よね」


 手の甲を口元にあてがいながら、妹は笑顔を見せる。俗に言う、高笑いの仕草だ。

 妹の思考回路が理解できないと、姉はさりげなく視線を反らした。自家製の薬草茶の入った、ティーカップに手を伸ばす。


「あ、そうだわ。昨日のクッキーのことだけど……ほら、いつも太るからって食べない生徒会役員に、持って帰ってもらったやつよ」

「ああ、甘い物が好きな妹が居るから、家族で分けて食べるとおっしゃったんですっけ? どうでしたの? 妹さんのお口にあったのかしら?」

「美味しいけど、王宮の王家に献上するのは早いって、言われたわ」


 視線を外した姉は、ティーカップをつかんだまま、妹に向き直る。今、聞き捨てならない言葉が聞こえた。


「王家? 王家って、なんですの? どういうことですの?」


 深紅の目を瞬かせながら、姉は双子の妹に尋ねる。


「どうって、西の王族の王子様が、クッキーを持って帰ったのよ」

「ちょっと待ってくださる? なんですのそれ。ワタシ、初耳ですわよ!」

「マリー、すごいじゃない。慌てても、きちんと貴族の言葉遣いができてるわ。そろそろ、どこに出ても心配ないわよ」


 姉の言葉を無視して喜ぶ、傾国の美女。高笑いしていた手で、巻き毛をかきあげた。

 ティーカップから手を離した姉は、両手の指を膝の上で組みなおす。深紅の瞳で、妹を軽くにらんだ。


「カレン、きちんと説明してくださいな。ワタシに理解できるように」

「マリー、知らないの? 高校の生徒会役員って、全員、王子様よ? 王子たちが政治のやり方を学ぶ場所。貴族の常識よ?」

「貴族の常識? あら、そうでしたの。存じませんでしたわ。それで?」


 公爵家の屋敷から出歩かない、引きこもりの姉。活動的な妹のように、情報通ではない。

 ジト目で見やりつつ、妹の次の言葉を待っていた。


 傾国の美女が通う高等学校には、生徒会なるものがある。

 元々は生徒たちが「自分たちに関することを、自らの責任において処理する」という意識を育てるために作られた組織だ。

 王族の子供たちが多く通う現在では、「将来の国政を練習する場所」と認識されているが。

 あながち、間違いではないのかもしれない。一般生徒たちはフォーサイス国民が多く、生徒会役員は国民を導く、フォーサイスの王子達が務めるのだから。


「それでって……、だから、王子様の一人が、家に持って帰ったの。家族と分けたらしいわ。

美味しかったけど、見た目がありきたりらしいわよ」

「見た目って言われても、クッキーって普通あんなもんだって。おばちゃんの作る品だって、同じような見た目だし」

「マリー、おばちゃんじゃなくて、侍女長よ。いい加減、きちんと言いなさいよ。ここは村じゃなくて、王都なんだから」

「わかってるけど、つい言っちゃうんだよね。未だに慣れないっていうか」

「マリー、よく聞いて。アタシたちの言葉遣いと礼儀作法ができていないと、恥をかくのはおじい様よ。

アタシたちを引き取ってくれたおじい様のために、ちゃんと言葉遣い直して」


 妹に注意され、無言で頬を膨らませる姉。十二才で両親を亡くし、南の公爵家に引き取られて、早五年。王都に引っ越してきてから、もう二年。

 普通の村娘が突然、公爵令嬢になった。さらに、荒れた南の領地から、恵まれた中央の王都へやってきたのだ。

 環境の変化は目まぐるしかった。妹のようにすぐ順応できるほど、姉の心は切り替えが早くない。


「すねるのはマリーの勝手だけど、それとこれとは別。アタシやおじい様に迷惑かけないで」


 言いたい放題の妹。双子だけに、姉の気持ちを感じ取るが容赦しない。

 妹にとって一番大事なのは自分で、姉は二番目だ。


「じゃあ、アタシ、ちょっと出かけてくるから。夕方の鐘が鳴ったら帰路を取るって、おじい様に伝えておいて」

「……また出かけるの? さっき帰ったばかりじゃない。どっかのお茶会?」

「違うわ。今日も魔法協会の支店に行くの」

「今日も? 昨日も行ってたのに?」

「昨日は西、今日は中央よ。絶対に幻の化粧品を探してくるわ。見つけたら、マリーにもあげるわね」

「ワタシいらないよ? 化粧品なんて、カレンが買ってきてくれるから、まだあるし」

「マリー、遠慮しなくていいのよ。アタシが似合う物は、マリーにも似合うんだから」


 胸元が広めのドレスを着こみ、赤い口紅の具合を確かめる妹。外出の準備は万端である。

 妹から視線を反らし、自家製の薬草茶を口にする姉。美容に対する妹の執念が理解できない。

 理解できないが、姉として妹が興味を持っていることは感じられる。双子だし。

 一応、姉として、妹の話を聞くことにした。


「そもそも、こないだから言ってる幻の化粧品って、なに?」

「魔法学校の同級生にイボとソバカスだらけで醜い顔の子がいたんだけど、偶然出会ったら、別人みたいに綺麗になってたのよ。

マットたら、一緒にいるアタシを無視してあの子に話しかけるなんて、あり得ない!」

「カレン、怒るよりも続きよろしく」

「そうだったわね。その子に聞いたら、三か月前に魔法協会の化粧品売り場で、売られている化粧品を使ったら、イボとかが取れたっていうのよ。

『悩めるあなたの最後の砦。絶対、お肌ツルツルに生まれ変わります』って言う、うたい文句で売られてた化粧品一式らしいけど」

「なに、そのセンスのない宣伝文句」


 巻き毛を整えながら、熱く語り始める妹。傾国の美女らしく、見た目に妥協しない。

 興味ない羅列が続き、会話がめんどうくさくなる姉。姉としての義務感だけが、妹の話を聞く理由だ。


「アタシもそう思ったわ。あの子も、うさん臭く思ったんだけど、店員に絶対に効くからって、強く勧められたんですって。

普通よりも高いのに、一式買った最大の理由は何だと思う、マリー」

「えー? 化粧品でしょう? わかんない」

「なんと、化粧品の一部を王族が使っているらしいのよ。お風呂に数滴入れる水や、顔に塗る軟膏とか。

王族が使うから、化粧品売り場でも滅多に入荷しなくて、取り扱えないんだって」

「えー、信じられないよ。お風呂に入るだけで、イボやソバカスが取れるの?」

「アタシも信じられなかったけど、あの子の顔、別人よ。信じるしかないわね。

だから、ちょっと探しに行ってくるわ。一式じゃなくても、一つでも良いから手に入れたいのよ!」

「そんな不思議なものがあれば、見てみたいな。カレン、ワタシのもよろしく。最近、生え際にニキビができることがあるんだよね」

「あら、大変。きっとみつけるわ」


 心が揺れ動いた姉。イボやソバカスだらけの顔が、ツルツルの別人のようになる化粧品。

 イボが治るなら、最近できやすくなったニキビだって、治るはずだ。


 イボをきれいに治すには、診療所通いをすればいいらしい。魔法医師の診察を受け、原因に沿って、苦い薬を飲みながら治療を続ける。

 だが、普通の診療所では、イボくらいで診察をしてもらえない。ソバカスやニキビくらいではなおさらだ。

 ひげ面のいばりん坊には、乙女心が分からない。追い返されるのが当たり前の理不尽な世の中。


 年頃の悩める貴族の娘たちは、高名な魔法医師である、エステ公爵家の白猫夫人を頼った。

 それでも、王位継承権を持つ王女である白猫夫人の診察を受けるには、かなりの順番待ちを覚悟しなければならない。

 警備の問題や、王家との伝手、貴族の階級など、様々な要因に左右される。診察を許されず、引きこもる娘も多いと言われていた。



*****



 深紅の巻き毛を揺らし、階段を下りる双子。勝ち気な妹が先を歩き、引きこもりの姉が後ろを歩く。

 いつの頃からか、双子はそろって歩くことは少なくなった。


「行ってくるわ、マリー」

「カレン、気を付けてね」

「わかったわ」


 艶やかな笑みを浮かべ、公爵家の箱舟に乗り込む傾国の美女。使用人に命じ、魔法協会の中央販売所に急がせる。

 珍しく屋敷の入り口に立ち、見送る引きこもりの姉。帽子をかぶり、手を振っていた。


 玄関に顔を出すだけでも、大きな帽子をかぶる、引きこもりの姉。誰にも顔を見慣れないようにという、自衛策だった。


 全く同じ顔の深紅の双子。二人の外見上の違いは、額の魔法陣だけ。

 黄の聖獣から授かったと言われる、原初の魔法陣を持つか、持たないかだけなのに。


「ローズマリーお嬢様、帽子をかぶられてお出ましになられたのでしたら、カレンデュラお嬢様と一緒にお出かけなされたら良かったと思いますが?」

「おじちゃん……じゃなかった、執事長、遠慮しておきますわ。一緒に出掛けても、店員は妹しか見ませんもの。

額に黄色の魔法陣のないワタシなど、誰も相手をしてくれませんわ」

「お嬢様。旦那様も、私たちも、お嬢様たちを常に対等に見ております」

「……そうでしたわね。ワタシ、皆さまには感謝しておりますのよ。それはそうと、おじい様は、忙しいかしら? 相談がありますの」

「旦那様は、自室で読書中です」

「わかりました。『マリーが会いに行く』とおじい様に先ぶれをお願いしますわ」

「かしこまりました」


 執事長は恭しく頭を下げる。

 常に妹と比べられ、引きこもりになってしまった、ローズマリーに。


「旦那様に、『泣き虫マリーちゃんは、じいちゃんに甘えたいようです』とお伝えしておきます」

「おじちゃん!」


 ほほを膨らませる、引きこもり令嬢。その声は、それほど怒っていなかった。


 

●作家の独り言

引きこもり令嬢マリーちゃんが、やっと本格的に登場よ。


カレンちゃんの双子のお姉さんのマリーちゃん。めんどくさがりだから、会話すらめんどうに感じる時があるみたいね。

化粧品に興味津々のカレンちゃんに共感する部分があるのは、年頃の女の子って感じかしら。


実は、あたしも、この幻の化粧品の愛用者なんだけどね。

故郷のお友達に教えたら、今度、遊びがてらに買いに来るなんていうのよ。

エルフの女の子の感覚も、人間や獣人と変わらないみたい。


……まあ25話を読んでいる人は、王族が使うってあたりで、ピンとくると思うけど。

宣伝文句、センスないわよ。直球過ぎるわよね。


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