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20話 王子たちの魅了クッキーの影響

 魔法医師のやんちゃ子猫時代を知る、先代国王。猫の目を王子たちに向ける、白猫魔法医師に命じた。


「ダニエル魔法医師、そろそろ猫をかぶってくれ。このバカどもも、少しは懲りたであろう」

「はいはい、了解したよ。チャールズ先王。ただ、この者たちの性根が変わったかどうかは、わしにも分からん。

わしらとは違い、平和な時代に生きる、腑抜けどもじゃからな」

「うむ。もっと王族としての自覚と資質が育たねば、いずれ、王位継承権の剥奪も考えなければなるまい」


 先代国王と筆頭宮廷魔法医師は、フォーサイス王族の重鎮。重鎮たちの決定は、そのまま王族の最終決定にもなりえる。


「ねえ、おじいさま、クリスちゃんは知ってるの? あと三年以内に死んじゃうって」

「知っておる」

「そっか、知ってるんだ……しかたないよね」


 女性を口説く趣味のある公爵子息は、祖父に確認する。そして、軽く落ち込んだだけで、考えることを放棄する。

 祖父が、魔法医師の視線で、観察しているとも知らずに。否、感知できずに。


「おじいさま、クリスが高等学校に行きたいと言っていました。アンディがなだめると、へそを曲げて、怒っていましたが」

「クリスティーンが、学校に行きたいと言ったのか?」

「……アンディが昨日、学校のことを話したのが原因」


 第一王子は、高等学校の前で出会った猫娘の様子を、先代国王に伝える。見たままに、見たことだけを。

 兄の言い忘れたことを、第二王子が補足した。聞いたことを、聞いたままに。


「エドワード、フィリップ。それだけか? 他には?」


 孫たちの意見を待っていた先代国王は、続きを促す。

 だが、二人の意見はそれだけ。それ以上は、何も浮かばない。何も言わない。


 なにも、言えない。なにも、考えられない。


「来年度の入学試験は終わっているから、ボクが体験入学を勧めたんだよ」

「マシューは、体験入学中に数学と統計学で満点を取って、入学を決めたのであったな」

「はい。先王様」


 魔法医師は、孫の観察を続ける。公爵子息は笑顔を浮かべたまま、しゃべらなかった。


 三人の王子たちの態度は、表面上変わらない。だが、内部がまったく違う。

 いつもの三人なら、こういうやり取りが続くはずだ。


『今度は、ボクがクリスちゃんに勉強を教えてあげます』

『……無理。マットが、法学を教えて貰う番。白猫族のクリスの方が専門家』

『フィルはうるさいな。基礎法学だけだよ、ボクが劣るのは! ボクは数字に強いの!』

『マットは、アンディに勉強を教えてもらってるくせに、よく言うな。クリスはアンディの最初の生徒だぞ?』

『エドだって、アンディに教えて貰ってるじゃないか。ボクと条件は一緒じゃん!』


 胸を張る公爵子息。第二王子が突っ込みを入れ、第一王子がからかう。

 幼いころから一緒に育った三人は、気が置けない仲。軽口を叩きあうことも、日常茶飯事。


 ところが、最近は、見られなくなった光景であった。

 王宮の使用人も、祖父である先代国王も、筆頭宮廷魔法医師も、喜んでいた。

 ようやく、やんちゃな王子たちに王族としての自覚が芽生え、ベイリー男爵家のアンドリュー王子のように落ち着いたのだと。



 銀色の目を細め、王子や公爵子息を観察していた筆頭宮廷魔法医師。

 白や銀を多く持つ人物は、白色の世界の理の影響を受けやすい。

 物事を冷静に、深く鋭く見通す思考回路が特徴だ。

 白猫しっぽを不機嫌そうに揺らし、人間には聞こえない声でつぶやいた。


「……巧妙な相手じゃのう。会話できる程度の思考力は残しつつ、深い思慮はさせぬか。

わしですら、あざむかれておったわ。さじ加減と言い、手慣れた感じがするのう」


 気づかなかった、誰も。分からなかった、誰も。


 筆頭宮廷魔法医師は、魅了クッキーにかけられていた黄色魔法を思い、嘆息する。

 思いとおもんぱかり。あわせて思慮の感情を司る、黄色の世界の理。その力を利用した、黄色の魔法。

 魔法の感知をさせないためなのか、認識力を著しく低下させるもの。それから、思考力を停止させるもの。


 どちらも禁術だ。王子達と公爵子息には、この魔法がかけられている。

 どの程度の魔法効力か知るため、筆頭宮廷魔法医師は、治さずに観察していた。

 結果は、見ての通り。


「エリザベスの件と言い、クッキーの件と言い、そのままでは取り返しがつかんかった」


 人形にんぎょうのようにされた公爵令嬢。それから、ベイリー男爵家に持ち込まれた魅了クッキー。

 どちらも気づかず、そのまま翌日を迎えていたらと思うと、ぞっとする。


 男爵家の王族たちは、南の公爵家の傾国の美女とその姉を、王家の王子の妻にするように進言したであろう。

 そして、北の公爵令嬢は、自殺したはずだ。進言の報を聞いて、世をはかなんだとして、片付けられただろう。

 救世主のあだ名を持つ、傾国の美女の思惑通りに。


「本気で、クリスティーンを高等学校に行かせるかのう。学校に行ける年齢で、あの禁術に対抗できるのは、あの子ぐらいじゃろう」


 筆頭宮廷魔法医師は、つぶやきとしっぽの動きを止める。義理の兄に視線を向けた。


「チャールズ先王。エドワードたちにクリスティーンの秘密を教えたことも含めて、シャルル国王たちに知らせんと……」

「ダニエルおじ上、必要はありません。話は聞こえました」


 王子たちが王宮に着くなり、医務室に駆け込んだと聞いた現国王夫妻。忙しい合間を縫って、医務室にやってきた。

 筆頭宮廷魔法医師の口調がいつもと違うので、廊下で立ち聞きをしていただけ。


「ダニエル魔法医師、アンドリューは学校についてなんと?」

「あー、チャールズ先王、言いにくんじゃが……本気で王位継承権を剥奪しそうでのう」

「ダニエル魔法医師、包み隠さず申せ! 王位継承権が絡むなら、なおさらだ!」

「その……なにやら、生徒会室に毎日、美味しいクッキーとお茶が持ち込まれて、生徒会の仕事が進まないと嘆いておった。

エドワード王子の書類整理に加えて、マシューの素行不良じゃろう? 押し付けられたフィリップは、すぐにアンドリューを頼るようでのう。

アンドリューの負担が大きすぎるようじゃ。三日前には、学校を止めたいとまで言い出し、クリスティーンがなぐさめておったぞ」

「……エドワード、学校でも公務みたいにさぼっているのか?」

「父上、そんなことはありません!」

「フィリップも、人に頼るのではなく、自力でやる癖をつけるように言ってるのを忘れたのか?」

「……ごめんなさい、父上」


 魔法医師の話を聞いた国王。眉が吊り上がった。


「ダニエル義父上ちちうえ。マシューは何をしたのですか?」

「そのクッキーを持ち込むお嬢さんのお菓子がもっと食べたいから、結婚したいといっておったようでのう。

アンドリューが言い聞かせようとしたら、逃げて話を聞いてくれないようじゃ」

「マシュー! また女の子を口説いたのか!」

「父上、ボクだけじゃなくて、エドやフィルも、言ってたからね!」

「……違う。僕は、二人からカレンの姉を勧められただけ」

「エドワード、またマシューに感化されたのですね! フィリップを巻き込むのは、止めなさい!」


 宰相も、王妃も、我が子に厳しい視線を向ける。お気楽な公爵子息と第一王子に。


「二人ともお仕置きだ!」

「父上、止めて!」

「国王様、暴力反対!」

「……父上の拳骨痛い。兄上とマットには、ちょうどいいけど」


 戦王のあだ名を持つ国王は、容赦しない。右手を握り、息を吹きかけ、気合十分。

 第二王子の目の前で、第一王子と公爵子息の頭に、容赦なく拳骨が降り注いだ。


 涙目になった第一王子、頭を押さえた公爵子息を、キッと睨む


「マットが、僕にくれたカレンのクッキーを取るからいけないんだ! カレンを口説いてばっかりだし。

あのクッキーは、母上みたいに手作りで美味しいから、もっと食べたいのにさ!」

「なんだよ! エドはリズが居るのに、カレンに手を出そうとするからだろ!

ボクは将来のお嫁さんを見つけないと、公爵家を継げないんだ!」

「リズは、手作りができないから仕方ないじゃないか! おやつは、手作りのお菓子がいいに決まってる!

カレン以外に、将来の妻は考えられない!」


 口喧嘩を始める、第一王子と公爵子息。傾国の美女の名前を出して、お互いに譲らない。

 国王は、沈黙する第二王子に意見を求めた。


「フィリップ、どういうことだ?」

「……カレンの手作りクッキーやお茶が、母上並みに美味しい。だから、皆で取り合ってる。

アンディだけいつも食べないから、昨日、カレンがクッキーを持って帰らせた。

それを見ていたマットが、もっと欲しいと言ったら、アンディは食べないから特別と言われた。

そのすきに、兄上が最後の一枚を食べた。マットが怒って、ずっと二人は喧嘩してる」

「食べ物の怨みで喧嘩ですか。なげかわしい」

「そんなに美味だと? イザベルよりも?」

「……母上と同じ、美味しい。カレンのクッキーは、喧嘩しても当然。それだけの価値がある。

僕も、あのクッキーは毎日食べたい。母上のクッキーが無いから尚更」


 第二王子はいつにも増して、饒舌だった。傾国の美女のクッキーを、王子なりに褒め称える。


 息子の情報を聞いた王妃は、額を押えた。初めての子供だからと、第一王子を甘やかしてしまったのだろうか。

 料理上手なワード侯爵家出身の王妃。暇を見つけては、母として、幼い王子たちに手作りのお菓子を食べさせていた。

 学校に行くようになってからは、学校の同級生たちのお茶会に参加するようになり、だんだんと母の仕事は減る。

 第一王子も、第二王子も大きくなってからは、母の手作りを食べる機会が減っていた。


 王妃のお菓子は美味だ。獣人王国の王女も、ファンになるほど。

 そんな美味しい物が、たまにしか食べられなくなった王子たちは代わりを求めた。

 王妃のお菓子の代わりとして、入り込んだのが、傾国の美女の魅了クッキーである。


「……ふむ。人の心を手玉に取るか。精神感応魔法を使うだけあるのう」


 再び、人間には聞こえない声でつぶやく、筆頭宮廷魔法医師。

 魅了クッキーにかけられていた、もう一つの赤色魔法を思い出す。


 楽しみと喜びの感情を司る、赤色の世界の理。その力を利用した、赤色魔法。

 純粋に高揚感を高め、陽気で楽しい気分にさせるもの。おそらく、中毒性の正体。

 一般的に魅力魔法で知られる、興味を持つ存在に、狂うほどの愛情を持つように、誘導するもの


 やはり禁術のたぐいだ。傾国の美女に、強い興味を示している。

 このままではマズイ。


「シャルル国王、イザベル王妃。三人の再診をしてもよいかのう? 話を聞く限り、味覚に異常があるのかもしれん。

さっきはクリスティーンの診察結果があったから、患部しか調べておらんでのう。

もし異常があるなら、食事も外出も禁止じゃ。治るまで王宮で過ごし、治療じゃよ」


 猫をかぶった筆頭宮廷魔法医師は、国王夫妻に申し出る。

 食事と外出禁止の言葉に、王子たちは顔色を変えて再診を希望した。


 魔法医師は、力持つ言葉を唱える。虹色の光の輪が医務室の天井に広がった。

 走る幾何学模様、成立する魔法陣。魔法陣は即座にくだけ散る。

 虹色の粒子が、医務室に降り注いだ。診察をするための虹色魔法。


 筆頭宮廷魔法医師は、難しい顔をする。

 王子たちにかけられた精神感応魔法は、色濃かった。何度も、何度も、重ねがけをされたようだ。

 特に頭部に流れる世界の理が、黄色と赤で()められている。


「この状態を一度に治すのは無理じゃな」

「えー! 大おじ上でも?」

「エドワード王子。おぬしとフィリップ王子は、岩石病の治療が遅くなったせいじゃ」

「おじいさま、ボクは?」

「マシューは不治の病、火傷(やけど)病じゃからのう。薬ができぬ限り、根本的な治療は無理じゃな」

「……大おじ上、ほっておくとどうなる?」

「体内に流れる理が、変な風にねじ曲がりつつある。このまま進行して、大きくねじ曲がれば、おぬしたちは病気を発症する可能性があるのう。

最悪、病気で死ぬか、人の形をした魔物になりかねんぞ」


 医務室の空気が凍る。

 人の形をした魔物と言うのは、体内の五色の世界の理の流れが、なんらかの理由で一つに片寄り、大きくねじ曲げがって生まれる。

 ねじ曲がった衝撃で一度死ぬ。そして、狂った理によって、新たなる命を生きるようになった存在だ。

 狂った一色の理に引きずられ、それのみを目的にして生きる。


 五百年前の赤い魔女や、黒い軍人がそうだった。

 赤に片寄った赤い魔女は、赤の司る感情、喜びと楽しみに支配される。快楽を求めた。

 黒い軍人は、黒の司る感情、恐れと驚きに引きずられる。他人に恐怖を与えることを至上とした。


「ふーむ。根気との戦いじゃな。ねじ曲がった流れが、癖付いておるようじゃ。

こまめに治さねば、悪化するかものう。今から一時的に治しておくから、じっとしておくんじゃぞ」


 周囲に漂っていた虹色の粒子が、医務室の天井付近に集まる。

 三つに別れると降下し、王子たちの身体に吸い込まれるようにして、消えていった。


「イザベル王妃、味覚が治ったかどうかは実験せねばわからんよ」

「ダニエル王子、ありがとうございます。

エドワード、昼の休憩のときに、母が久しぶりにお菓子を作ってげます。食べますか?」

「母上のお菓子!? 食べます、食べます!」

「えー、王妃様の? ずるい、ボクだって食べたい!」

「マットにやってたまるか!」

「喧嘩はやめなさい! 喧嘩するなら、フィリップにしか作りませんよ!

マシュー、今日は昼過ぎまで王宮で過ごすなら、あなたの分も準備してあげましょう」

「じゃあ、楽しみにしています♪ ちょっと残して、リズにも持ってやろうと」

「マットはしなくていい、リズには僕が持っていく。マットは他に持って行く女性がいるだろう?」

「だれ? どの女の子?」

「セーラおば上」

「あー! エド、よく言ってくれたよ! さすが王子様」

「当然だ」

「……兄上、マット、単純。茶番劇」


 王妃の一声で、活気づく第一王子と公爵子息。即決即断の二人は、お気楽気質。

 第二王子が、ボソッと突っ込みをいれた。


「フィリップ、たまにはケンカの仲裁に入り、兄と従兄弟を止めなさい」

「……父上、ごめんなさい。僕には無理」

「フィリップ。アンドリューを見習い、止められる王子になるのだ」

「……はい、努力します。捕縛魔法を習います」

「そういう意味ではないが……まあ、良い。素直さがフィリップの取り柄だからな」


 父にしかられる、静かなる第二王子。第二王子は、重苦しい息を吐きだしながら、決意した。


 白猫魔法医師は、ゆっくりと猫しっぽを揺らす。いつもの光景、いつもの王子たち。

 凍っていた医務室の空気は、氷解した。いつもの王子たちのお陰で。

 一時的だが、禁術の解除は、上手くいったようである。

●作家の独り言

個人的に、今回の一連の出来事は、聖獣様のお導きだと思うわ。

カレンちゃんの企みが発覚したのは、リズちゃんが発端なのよ?


試験期間中だったから、人形のようになったリズちゃんが発見されて、エド君たちにかけれた赤色と黄色魔法が分かるんだから。


カレンちゃんは、詰めが甘いのよ。学校の先生も支配下においておけば、リズちゃんを寮に引きこもらせて、どうにかできると思ったんでしょうね。


でもね、リズちゃんは生まれついての王族なの。そこが、養女のカレンちゃんとの違い。

王族が試験を無断欠席したなら、大きな問題になるわよ。

学校のシステムや教師の教え方に問題があったとか、言われかねないから、学校長はセーラ公爵婦人に連絡したんでしょうね。


正しい世界の理は、聖獣様は、正しく生きる者の味方よ。

カレンちゃんみたいに、間違った生き方をするものや、魔物には敵対する存在。


あたしは、第一話に書いたわ。リズちゃんは、聖獣を呼び出した人ってね。

正しい世界の理は、リズちゃんの味方なのよ。



……誤字を直したわ。

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