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19話 運命と使命

 若かりし頃の言葉遣いに戻った、筆頭宮廷魔法医師。

 この口調になったときは、周囲を地獄にすると密かに恐れられている。


「マシュー、よく聞いて。クリスティーンは、あと三年以内に死ぬ運命なんだ」

「え?」

「あの子は、先天的な鉱石病で生まれてきた。そして、心臓が鉱石に変化して、一度死んだんだ」


 嘘ではない。全部真実。

 白の特異点の猫娘は、鉱石病をわずらって生まれる。頭部のほとんどが、鉱石病に侵されていた。

 魔法医師の祖父は、子猫の治療を試みる。が、努力もむなしく、鉱石病は顔や首の方に広がっていく。

 三日後には心臓に到達し、心臓がダイヤモンドに変化して、子猫は死んだ。

 フォーサイス国民にも、幼き王女の死亡が発表され、葬式があげられている。


 公爵子息と魔法医師の会話を聞いていた、第一王子が口を挟む。


「大おじ上、クリスは生きています。死んだのなら、つじつまが合いませんが」

「エドワード王子、なんで生きてるか考えて」

「死んだはずなのに、生きてる……じゃあ、クリスは魔物なのですか!? 死んでなお生きるなど、魔物しかありえません!

人形ひとがたの魔物ならば、討伐しなければ、我が国が滅びます!」

「あー、エドワード王子は、そっちの思考回路になっちゃうか」

「なにか、間違っているのですか?」

「いや、考え方としては、間違ってはいないよ。君はシャルル国王とイザベル王妃の息子だもんね。当然と言えば、当然かな。血筋は争えないね」


 戦王の別名を持つ、武術に優れる現在のフォーサイス国王。妻の王妃は、ワード侯爵家の出身の女騎士だ。

 息子である王子達は王家の金髪と、ワード侯爵家の青い瞳を受け継いだ。青の英雄の瞳の色を。

 黒髪と黒い瞳を持つ、ワード侯爵家の従兄弟ほどでないが、王子たちは武術の才能を秘めている。


 アウトドア派の第一王子は、王家の知識よりも、侯爵家の知識や剣術を学ぶ方が好きだった。

 青の英雄に憧れ、木刀を振り回していた第一王子としては、「魔物説」は当たり前の発想である。


「……クリスは生き返った?」

「フィリップ王子は、どうしてそう思うの?」

「……魔物でないのに生きている存在として、緋色の皇子が居ます。フォーサイス王家の歴史で学びました」

「うん、正解。フィリップ王子は勤勉家だね。

クリスティーンはね、生き返ったんだ。あの子が生き返ったのは、きっと聖獣様のおぼしだよ」


 昔から、この世に生き返った者は、聖獣から使命を授かり、再び命を生きると言われている。

 赤の聖獣によって生き返った緋色の皇子が、人形ひとがたの魔物を倒す使命を帯びていたように。


「嘆き悲しんだ母親が、私に最後の望みを託したんだよ。私は無駄だと知りつつ、あらゆる薬や魔法で、死んだクリスティーンの治療を試みた」

「無駄なの?」

「そうだよ、マシュー。無駄。死んだ人は、どんな治癒魔法でも、代弁者の契約書でも生き返らせられない。

魔法医師の家系なら、知ってるでしょう? セーラから、なんて教わったんだい?」

「……ボクたちの寿命は、聖獣さまがお決めになります。いくら魔法医師があがこうと、白猫族が不服を訴えようと、世界の理が決めたことには逆らえません。って、母上は言っていました」

「マシューも、世界の大原則は覚えているんだね。安心したよ。

寿命がある間は、安楽に過ごせるように援助するのが、魔法医師の仕事だからね」


 筆頭宮廷魔法医師は、さみしげに笑う。この世に生きている限りは、誰も病気やけがで苦しまずに過ごしてほしい。

 寿命は変更できなくても、五色の世界の理に働きかけて、身体の自由を取り戻すことはできる。

 白猫族の虹色魔法には、そんな願いが込められ、受け継がれてきた。


「クリスティーンは、赤ん坊だったからね。当時、鉱石病に最も効果があった薬や、虹色の治癒魔法をかけた」


 熱弁をふるう、筆頭宮廷魔法医師。見守る先代国王は、当時のことを思い出す。

 猫娘の葬式が行われた日の朝。母のジャンヌ王女は、葬式の後、一晩だけ死んだ娘と過ごすことを願った。

 翌朝になれば、西にある代々の王族の墓に埋葬すると約束して。


 王国の西には、二つの領地がある。ベイリー男爵領地とフォーサイス公爵領地。どちらも、白猫族が管理人だ。

 フォーサイス公爵領地は、五百年前の古き王国の領地が、そっくりそのまま公爵領になった場所。

 古き時代の王宮は修復され、今は王族の西の離宮として使用されている。西の離宮には、建国時からの王家の墓もあった。

 王国再建の祖である、祈りの巫女姫も、西の離宮の墓に眠っている。


 葬儀の後、ベイリー男爵一家は古参の使用人を連れ、王家の箱舟で離宮に旅立った。

 猫娘の母方の祖父母である先代国王夫妻も、王族代表として、騎士団長の率いる従者を連れ、共に西の離宮に。

 西の離宮に到着した直後、母のジャンヌ王女は、娘の亡骸とともに、一室に引きこもってしまう。

 母は、義理の父である白猫魔法医師に願った。娘の顔を、最後によく見たいと。


 祖父は引き受ける。上半身が鉱石病に侵され、顔の良く見えない孫娘に、鉱石病の塗り薬と最上級の治癒魔法で治療を施した。

 塗り薬は効果を表し、ゆっくりと表面の鉱石病が治り、柔らかな肌を取り戻す。

 生れたときから宝石の頭だった赤ん坊は、銀の髪を持っていた。

 続いて、祖父は欠損治癒のための虹色魔法をかける。

 白猫族のしっぽを持っていた、赤ん坊。頭部に鉱石病を患っていたためか、左側の猫耳が失われていた。


「あの子の鉱石病が引き、柔らかな肌に戻る瞬間を。そして、心臓が動き出して、泣き声をあげたときの衝撃を。

私は魔法医師として、命を助けられた感動を、生涯忘れることはできないね!」


 欠損が修復された猫耳が、ピクリと動いた。赤ん坊は口を開き、泣き声を上げはじめる。

 虹色の治癒魔法は、白色だけだった猫娘の身体の理を、五色の理が流れるように働きかけたらしい。


 泣きじゃくる赤ん坊の声は、離宮に響き渡る。男爵一家と先代国王夫妻、使用人や騎士たちは驚き、王女の部屋に集まった。

 赤ん坊の目からこぼれた涙は、宝石に変わり、床に転がる。おろおろする母の姿が、そこにあった。

 手慣れた祖母にあやされ、ようやく泣き止む赤ん坊。見開かれた瞳は、銀色だった。


 先代国王は悩む。王家の金色を持つ両親から生まれた、金を持たない白猫王女に。

 魔法医師の診察と代弁者の契約書で、猫娘はフォーサイス王族の王子と王女から生まれた生粋の王女と、世界の理が証明した。

 ならば、王女の銀色は、父方の獣人王国の血筋が色濃く出たのだと。

 涙の宝石は、鉱石病の後遺症だと結論付けられる。


 白の特異点と判明したのは、猫娘が二才のころだった。

 魔法医師が先天的な鉱石病について調べていて、先天性鉱石病は、白の特異点が発症する病気だと分かってから。


 生き返った幼い王女を守るために、代弁者の契約書で王女の生存は隠され、離宮に居た者たちは王女の存在を口外できなくなった。

 涙の宝石を見た者は、忘れるような契約も盛り込まれた。

 緋色の皇子のように生き返った者は、何かの使命を帯びていると、フォーサイス王族たちは信じている。

 きっと、聖獣が赤ん坊に何かを命じ、この世に送り返したはず。使命を果たすまでは、この子を守るのが王族の務めだと。


 そして、猫娘はベイリー男爵家古参の使用人たちと祖母や母親の手で、しばらく西の離宮で育てられる。

 国民たちには、男爵家の王女たちは深い悲しみに襲われており、しばらく療養すると発表された。

 猫娘が一才を迎え、よちよち歩きができるころに、再び国民の前に現れる。男爵家に養女を迎えたとして。


 王子たちや公爵家の双子は、十五才になったときに一部の真実を教えられた。

 養女と思っていた従妹は、血のつながった本当の親戚であり、王位継承権五位の王女である。

 フォーサイス王族の金色をもたず、獣人王族の銀色を持つがゆえ、悪意ある者から守るために男爵家の養女として育てていると。


「おじいさま、クリスちゃんの使命って、何?」

「マシュー、それはクリスにしか分からないよ。でもね、おぼろけながら、見えてこないかな?」

「エド、フィル、なんだと思う? クリスちゃんの使命」

「クリスの使命? 使命なんて迷信だろう?」

「だって、緋色の皇子が居るし。なんかあるとは思うけど、ボクは分からない」

「じゃあ、魔物を倒す事だろう。緋色の皇子がそうだったんなら」

「そっか、エドは頭いいな。ボクたちのご先祖様がそうだもんね」

「王子たるもの、当然の考えだ」


 アウトドア派の第一王子と公爵子息。即決即断が売りである。

 行動が速いのは、長所であり短所。少ない情報だけで判断してしまう癖がある。

 婚約者と弟の足りない分を補うために、公爵令嬢は努力を重ねて、賢姫と呼ばれるようになった。


「……鉱石病の治療薬の開発。そうですよね、大おじ上」

「あれ? なんで、フィリップ王子はそう思うの?」

「……兄上の近衛兵になるはずだったユーインが、クリスの近衛兵になりました。兄上やマットは、クリスが幼い王女だからと片付けます。

ですが王女の近衛兵になるなら、リズに決まる方が自然です。王位継承順位九位ですが、兄上の婚約者で、将来の王妃になる王女ですから。

不自然過ぎて、ユーインに聞いたら、父上命令だと。それで、父上に理由を尋ねました」

「やっぱり、フィリップ王子はアンドリュー寄りで慎重派かな。情報収集と分析は、基本だよね。

私も、君と同じ意見だよ。クリスティーンは、祈りの巫女姫にそっくりな外見だからね。

なにかの病気を治すために、白猫族のご先祖様から頭脳と治癒魔法の才能を授けられたんだと思って、育ててきたんだ」


 静かなる第二王子は、アウトドア派の兄や公爵子息に巻き添えにされることが多い。

 白猫族の従兄弟の助言で、二人をフォローするために、理論立てて考える癖がついた。


「あの薬は、おじいさまとクリスちゃんが開発したんでしょう?」

「違うよ、マシュー。二年前の鉱石病の特効薬はね、クリスティーンが一人で開発したんだよ。

祖母であるフォーサイシア王太后おうたいごうを治したい、病気に苦しむ国民を救いたいってね」

「……クリスが三年しか生きられないのは、鉱石病が再発しているから?」

「うん。でも、あの子にはあの特効薬は効かなかった。理由は私にも分からないんだ、先天的なものだからかもしれないね。

持って生まれた持病だから、他の患者よりは耐性が高くて、進行がゆっくりなんけどね」

「おじいさまがさっき言った、命がかかれば、薬を開発できる根拠?」

「そうだよ。あの子は、常に鉱石病の薬を研究しているよ。昨日だって、新しい薬を開発したしね」

「新しい薬とは?」

「エドワード王子、エリザベスの岩石病と鉱石病を、たった一回で治した新しい薬だよ。

今までの薬なら、三日続けて飲まないと効果が出なかったんだけどね。今度の薬は、一回飲んだだけで効くようなんだ。

普通は、少しづつ理の流れを直していく。けれども、一回だけで歪んだ理の流れが、虹色の流れに戻るような薬は見たことがないよ。

今朝、王宮に来る前にエリザベスを診たけど、再発の兆しはなかったしね」


 第一王子の聞きたかったことを、魔法医師は口にした。

 病気の婚約者の容体は、快方に向かっているようだ。安心して、お見舞いができる。

 久しぶりに、婚約者の好きなフォーサイシア・サスペンサの花を、王宮の魔法庭園から見繕って、準備しようと心に決めた。


「でも、その新しい薬すら、あの子に効くかどうかは分からない。特別な体質みたいだからね。

あの進行速度だと、三年以内に全身が宝石の塊になってしまうだろうね。もう聖獣様の加護を得ないと、治らないかもしれないんだ」


 王子たちと公爵子息は、複雑な顔になる。猫耳の愛らしい従妹は、思ったよりも過酷な運命を背負っていた。


 白猫魔法医師も、複雑な顔で猫しっぽを揺らす。

 孫娘は、鉱石病にかかっていない。最後が宝石の塊になるのは、白の特異点だから。

 魔法協会にある過去の文献を調べても、魔力を暴走させた白の特異点は、全身が金属や宝石になって命を散らせていた。

 助かった特異点は、幼いころに運よく聖獣に出会い、原初の魔法陣を授けられた者だけ。


 未だ、猫娘は原初の魔法陣を持っていなかった。

●作家の独り言

今回の話を読んだらわかると思うけど、突っ走るエド君とマット君を、フィル君とアンディ君とリズちゃんが抑えるのよね。

それから、突っ走る子猫ちゃんを、ユーイン君が抑えるのよね。

世の中、うまく釣り合いが取れてると思うわ。


フォーサイシア・サスペンサっていうのは、フォーサイス王国の名前の元になった花の名前よ。

チャールズ先代国王様の奥さん、フォーサイシア王太后おうたいごう様の名前の由来でもある花よ。

希望の花言葉を持つ、黄色い花なの。ノア君によると、東ではレンギョウって呼ぶらしいわね。


あ、王太后っていうのは、先代国王の奥さんっていう意味らしいわ。

先代妃や先王妃でもいいと思うのに、わざわざ訂正させる王家の検閲って、意味不明よ。



それから、子猫ちゃんの名前、クリスティーンはChristine。愛称のクリスはChrisって書くのよ。

あたしも、学校に本入学してからは「クリスちゃん」って呼ぶようになったわ。

ただね、小説でクリスちゃんって書くと、エステ公爵家のリズちゃんやマット君と呼び方がかぶるのよ。

区別をつけるために、小説では、子猫ちゃんって書いてるわ。

体験入学の初めのころは「子猫ちゃん」って呼んでいたから、間違ってないしね。



追記。

ちょっとだけ、本文を書き加えたわよ。王位継承順位が分かりにくいみたいね。

フォーサイス王族は、王宮の王家の血筋に近いほど、王位継承順位が高いんですって。


王宮の王子である、エド君が一位、フィル君が二位。


三位以降は、王女たちが降嫁した、ベイリー男爵家に移るの。

シャルル国王の双子の妹、ジャンヌ王女が三位。

ジャンヌ王女の子供、四位のアンディ君、五位の子猫ちゃん。

それから、先代国王の妹のアグネス王女が六位。

アグネス王女の息子で、子猫ちゃんのお父さんのイーブ王子が七位。


八位以降は、エステ公爵家に移るの。

アグネス王女の娘で、子猫ちゃんのおばさん、セーラ王女が八位。

セーラ王女の娘のリズちゃんが九位、息子のマット君が十位よ。


十一位以降は、もう一つの王家の血筋である、ベイリー男爵家に戻るの。

男爵領地で過ごしている、子猫ちゃんのひいおじいさんが十一位。

子猫ちゃんのおじいさんで、筆頭宮廷魔法医師のダニエル王子が十二位よ。


十三位以降もあるらしいんだけど、長すぎるから割愛するわ。


王女にも王位継承がある国は、西大陸では珍しいのよ。

フォーサイス王国と獣人王国くらいだもの。女王になった、祈りの巫女姫の影響らしいわ。

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