18話 猫もなれば虎にもなる
高等学校から、王子たちが帰宅した直後に時間は戻る。
王宮の医務室で、筆頭宮廷魔法医師に診てもらった王子たち。父方の親戚である魔法医師から、小言をくらっていた。
「ほれ、エドワード、フィリップ。心臓の岩石病は治ったからのう。明日からは、毎日、わしの診察を受けるんじゃよ?」
「えー、毎日ですか?」
「エドワード。面倒くさいと言ってすっぽかし、定期的に検診を受けんからじゃ!
クリスが見つけとらんかったら、半年後には心臓が岩になって、死ぬところじゃったぞ。分かっておるんか?」
「……大おじ上、今回は偶然。兄上を叱らないでほしい」
「偶然じゃないわい!」
筆頭宮廷魔法医師に怒られ、第一王子は逃げようとする。静かなる第二王子は、兄をかばった。
なんだかんだ言っても、弟は兄を慕っている。同い年の従兄弟を生贄にして、怒りの矛先を反らせようとした。
「……それより、マットも診察。クリスは、火傷病だと言っていた。命の危険があると」
「火傷病じゃと? マシュー、すぐに創部を見せるんじゃ!」
「そうぶ? えっと、火傷したのは右手の甲だよ。おじいさま」
創とは、ケガのこと。創部とは、ケガした部位を指す、魔法医学用語。
公爵子息は魔法医師の孫だけあり、少し考えるだけで、すぐに手袋を脱いで火傷を見せた。
「これは……進行したらどうなるか、クリスティーンから説明を受けておるか?」
「一番ひどい火傷で、治しても再発を繰り返すって。肩まで広がったら死んじゃうって、言われたんだけど。
クリスちゃんは、大げさに説明しただけだよね?」
「大げさじゃないわい。ここまでひどい火傷になっておるとはのう……ほっといたら、三か月後には死んでしまうぞ」
軽く笑っていた公爵子息、笑顔のまま固まった。余命三か月宣言は、さすがに度肝を抜かれる。
「おじいさま、治して! ボク、まだ死にたくないよ!」
「完治はできん。治す薬は研究しとるが、開発はできておらん。
一生の間、毎日治癒魔法で火傷を治療して、進行せんようにするのが唯一の生存方法じゃ」
「……毎日、おじいさまの診察を受けるしかない?」
「火傷の治療だけなら、セーラにもできるぞ。寮生活は中止して、家で生活するのが一番簡単かのう」
「そこの者、アンリ宰相を呼んでまいれ。ダニエル魔法医師から、大事な話があるとな」
「はい、先代様」
医務室に同席していた先代国王は、傍にいた使用人に命じた。
現宰相は、公爵子息の父親。息子が不治の病にかかっているなど、まったく知らないはずだ。
「そうだ。クリスちゃんはこの病気の薬を開発できないかな? ほら、おじいさまと一緒に、鉱石病の薬を開発したって言ってたじゃん」
「そうか! クリスなら開発できそうだ。頼めばいい」
「……兄上、マット、どれだけかかるか分からない」
「フィルは心配性だな。クリスは子供だし、大人になるころには、開発できるだろう。
研究するための環境は、王家の名のもとに存分に提供できる」
「開発できれば、ボクも病気は治るし、万々歳じゃん♪
薬の流通経路は、二年前の鉱石病のときを参考にすれば、国内に混乱をもたらさずに行き渡らせられるしね」
「……兄上、マット、お気楽すぎ。クリスの負担が多すぎる」
「それもそうか。じゃあ、フィルは将来、薬草地帯でもある南の公爵領を継ぐから、継いでから手伝ってほしい」
「そうそう、クリスちゃんに役立つような薬草を選んで、ボクたちの所に送ってきてよ」
「……兄上、マット、丸投げすぎ」
平和な時代に生きる若者は、お気楽な世代。
第一王子も、公爵子息も、将来、国を背負う身としての教育があだになりつつあった。
困ったことがあれば、他人にまかせて、解決すればいい。自分は、その指揮をとるのが仕事だから。
自らが魔法医師になって研究しようという、堅気な性質は持ち合わせてなかった。
若者たちの会話を聞き、白猫耳を伏せた、魔法医師。見守っていた先代国王に視線を送る。
大事な話があると、医務室に呼び出されていた先代国王。急に帰宅してきた孫たちのせいで、話を聞きそびれていた。
「……チャールズ先王、エドワードの傍若無人は、子供の頃のお主そっくりじゃのう。フィリップは、母親のイザベル王妃似じゃと思うが」
「うっ、それは言わんでくれ。あれは若気の至りだ」
「マシューは、完全にアンリじゃな。我が孫ながら、頭が痛いわい」
「いや、どちらかというと、子供の頃の君だと思う。お調子者とか、特に」
無言で見つめあう、魔法医師と先代国王。苦楽を共にした幼馴染同士。そして、義理の兄弟。
気心知れた二人は、お互いの考えを察した。
「……総括すると、フォーサイス王家の血筋のせいじゃな? それで間違いないな?」
「うむ。我らの祖先は、祈りの巫女姫と緋色の皇子に集約する」
フォーサイス王族の血筋は、五百年前に祈りの巫女姫だけになり、その次の代で二つに分かれた。
緋色の皇子に似て、人間に生まれた第一王子。祈りの巫女姫に似て、白猫獣人に生まれた第二王子。
第一王子がフォーサイス国王を継ぎ、第二王子がベイリー男爵家を再興する。
先代国王の孫の第一王子と、白猫魔法医師の孫の公爵子息。
どちらも、フォーサイス王族の血筋である。
「チャールズ先王。猫かぶりをやめてよいかのう? おバカさんたちに気合を入れようと思うんじゃが」
「ダニエル魔法医師、許可する。このバカたちを、存分にしかってくれ」
深く目を閉じ、ため息をつく、魔法医師と先代国王。
三十年前に、法廷を震撼させた「眠れる虎」が目を覚ます。
「エドワード王子、マシュー、ちょっといいかな? 私の話を聞いてくれる?」
はつらつとした声が、医務室に響いた。呼びかけられた第一王子と、公爵子息は声のする方に向く。
「なんだ? 今は、大事な相談をしている」
「うるさいな。後にしてよ!」
「君たち、茶番はいい加減にしてよね。それにさ、誰に向かってそんな口を聞いてるわけ?」
「茶番だと!? 国の将来について……えっ?」
「誰って……お、おじいさま!?」
「そうだよ、マシュー。おじい様。うるさいって、誰に向かってそんな口を聞いてるわけ?」
「ご、ごめんなさい!」
「で、エドワード王子、国の将来が何?」
「えーと、その……」
「何?」
「いえ、なんでもありません!」
第一王子と公爵子息の前には、不機嫌そうに猫しっぽを揺らす、魔法医師の姿。
ものすごく爽快な王家の微笑みを浮かべ、威圧的にたたずんでいた。
世の中には、怒らしてはいけない人がいる。
フォーサイス王国の場合、「眠れる虎」のあだ名を持つ、筆頭宮廷魔法医師もその一人。
眠れる虎が起きて、口調が変わったとき、周囲は地獄になるらしい。
「エドワード王子。まず、鉱石病の薬の主原料が何か知ってる?」
「……ダイヤモンドです」
「じゃあ、なんで南の公爵家の薬草なんて言うわけ?」
「その……医者は薬草を使うことが多いから……」
「単純すぎ。そういうのは、馬鹿の一つ覚えって言うんだよ。
君、王子だよね? 将来、国王を継ぐつもりだよね? そんなに視野が狭くて、フォーサイス王国の隅々まで見渡せると思ってるわけ?
それに、薬草は昔の話。南の公爵領地の現状、知ってて言ってる?」
「その……荒れていて、復興に取り組んでいます」
「あ、そう。聞くだけ無駄だったよ。夏の地方巡業もいかずに、王都でのうのうと過ごししたんだから、真実を言えるわけないよね」
魔法医師に畳みかけられ、黙り込む第一王子。言い返せない。
南の公爵領が荒れているというのは、知っている。だから復興していると答えたのに。
なにが違うのだろう。
「フィリップ王子。南の公爵領地の現状は?」
「……六年前の異常な暑さで、水源が干上がって、土地の半分が砂漠化しています」
「それだけ? 他には?」
「……飢饉やはやり病で、大勢が亡くなり、土地を直すための人出が足りなくなりました。今は獣人王国の農家、エルフ国の魔法、ドワーフ連合国の技術を借りて復興しています」
「フィリップ王子、さすがにエドワード王子よりは知ってるね。君の母方の祖母は、南の公爵家の出身だ。
つまり、オフィシナリス公爵家の血筋を最も強く引く子供は、君たち王子とワード侯爵家のジェームズとユーインだけ。君は将来、南の公爵領を継ぐことになってる。
それなのに、なんで夏の地方巡業についていかなかったの? 将来、君は領主になるんだよ?」
「……王宮で勉強をしていました。領主になるには、経済理論を熟知することが必要なので」
「そういうのは、机上の空論。現場を知らないのに、何ができるの? 今、南の公爵領で一番求められてるのが何か、知ってる?」
「……人出と資金ですよね? だから、資金を得るための勉強をしていました」
「違う、水と食料だよ。手伝ってくれる人が増えたから、人が住むための場所が必要になってきたの。
ユーインはね、二年前に冒険者になってからは、週末休みは南の公爵領の辺境にでかけて、鍬を握ってるよ。水源を引く手伝いをしたり、畑を耕してるわけ。
夏の巡業のときは、やっと夏野菜が取れるようになったって、シャルル国王に領民たちと献上してくれた」
「……ユーインとは、立場が違います」
「それは言い訳。南の公爵家に嫁いだ私の妹は、王女だけど、死ぬ直前まで、領民のために鍬を握って、荒れかけた公爵領地を耕したよ。
君は、鍬を握れる? どうやって、ナスビやキュウリが作られるか知ってる?
知らないよね、できないよね。王宮で検討違いの勉強してる、将来の領主様だもんね。
民と同じ目線に立たず、見下ろすばかりの王子様だもんね」
辛辣だった。魔法医師は容赦しない。第二王子が将来の領主となるなら、なおさらだ。
南の公爵領は、魔法医師の妹が眠る土地。異常な暑さで砂漠化していく領地を、妹は最後まで心配していた。
魔法医師だった妹は、自分も火傷病なのに、はやり病にかかった領民のために魔法で治療を続けた。
合間を見ては、畑を耕し、少しでも砂漠化を遅らそうとした。
領民を救う薬が、兄から届くことを心待ちにしながら、火傷病で亡くなった。
寡黙な第二王子は、口を横一文字に結んでうつむく。騎士見習いの従兄弟と比べると、自分は自由が少ない。
だが、魔法医師の言うように、夏の地方巡業に同行すれば、南の公爵領を訪れることはできただろう。
「マシュー、私の孫なのに治癒魔法も使えないの? セーラに教えてもらったはずだよ?」
「いやー、あっはっは。白色の治癒魔法って難しくてさ。ほら、ボクは赤色魔法のほうが得意だから」
「マシュー。低級の治癒魔法は、色なんて関係ない。少なくとも、火傷を負った時点で治癒魔法をかけておけば、そこまでひどくならなかった。余命も伸びたはずだからね」
「えっ、そうなの? 空腹を満たす低級魔法だけ覚えたんじゃダメか」
「空腹を満たす? マシュー、寮で食事をしてなかったね! セーラに手紙を書いておくから、家に帰ったらきちんと家族でご飯を食べなさい!」
「はーい」
眠れる虎も、孫には甘かった。王子達とは違って、口調が軽い。
そもそも、公爵子息の口調からして軽いのだが。
「じゃあ、本題。魔法医師の血筋なのに、クリスティーンに研究を押し付けるなんて、どういうつもり?
自分が将来、魔法医師になって、研究しなさい! 命がかかれば、研究もはかどる」
「おじいさま、無茶だって。ボクには、宰相と医者の両立は無理だよ。母上じゃなくて、父上似だもん」
「アンリは、努力家で文武両道になったの。騎士でありながら、公爵家と宰相を継いだんだからね。
セーラは、裁判官と魔法医師を両立したの。二人の子供なんだから、できて当然」
「あのさ、親は親、子は子。違うの、無理無理。ボクは宰相だけで精一杯だよ」
「じゃあ、いいよ。白猫族の代弁者の契約書で、マシューの王位継承権とエステ公爵家、宰相を継ぐ権利を剥奪するから。
魔法医師の勉強だけして、薬の研究に一生を捧げるんだね」
「おじいさま、ちょっと待って!」
「待たない。次のエステ公爵家と宰相の後継者は、筆頭宮廷魔導師にする。
アンリ宰相もマシューと同じ年頃に、宰相の勉強ができなければ、宰相とエステ公爵家を継ぐ権利を剥奪するって、私と契約したからね。
そのときに、アンリに代わる後継者は筆頭宮廷魔導師にする約束だったから」
「脅しても怖くないよ。おじいさまが言っても、父上が認めなきゃ、契約書は成立しないって」
「構いませんよ、ダニエル義父上。契約書を作ってくれれば、ボクは署名します。
宮廷魔導師の親戚にも、伝えましょう。
懐かしい義父上の言葉遣いが聞こえると思ったら、マシューが原因でしたか」
魔法医師と公爵子息が掛け合いをしていると、先代国王に呼ばれた宰相がやってきた。
「父上、待って、冗談だよね?」
「努力もしないような、出来の悪い者に、当主と宰相が務まると思うな!」
父に怒鳴られ、公爵子息はカッとなる。宰相になるために、父から勉強を強いられたのに、あんまりだ。
「だって、頭のいいクリスちゃんが、おじいさまの後継者だよ?
ボクが魔法医師の勉強したって、無駄だよ! 上級魔法医師になんて、なれっこない! 母上だって、なれてないのに。
クリスちゃんが薬を研究した方が、世のため、人のためになるって」
「……義父上、クリスティーンが研究できない理由を伝えた方がいいのでは?」
「えー、エドワードやフィリップにも、伝えてないことを、マシューに?」
「ダニエル魔法医師。ユーインとアンドリューは知っている。頃合いだと思うが?」
「……チャールズ先王も、そう思うわけ?
もう、仕方ないな。シャルル国王とイザベル王妃には、チャールズ先王から説明しておいてよ」
先代国王と魔法医師の不思議な会話。口達者な白猫は、医務室を見渡す。同席している人を確認した。
先代国王と、王子と、宰相の使用人。それから、部下の宮廷魔法医師たち。
部外者が多い。王家の秘密を全部言うわけにはいかない。
昔からお調子者だった、宰相。息子に手を焼き、深く考えずに発言したのだろう。
●作家の独り言
白猫族って、口達者な人が多いのよね。
子猫ちゃんのおじいさんが、筆頭だとは思うんだけど。
子猫ちゃんの場合は正論を言うんだけど、ものすごく心に突き刺さるのよね。
「3話 英雄の子孫」で知らなかったあたしは泣かされたし、ユーイン君やノア君ですら止められなかったし。
「9話 口達者な白猫兄弟」では、お兄さんのアンディ君の心を粉砕したし。
子猫ちゃんって頭が良いけど、子猫だけに素直だから、思ったまま指摘するのよ。
指摘した部位が直線的に心に届くから、突き刺さるんだと思うわ。
あたしも、思ったまま話すことが多いけど、子猫ちゃんほど直線的じゃないわ。
子猫ちゃんは、目に見えない、凶悪な矢を放ってるようなものよ。
敵にしたくない相手よね。




