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17話 フォーサイス王宮の会議

 猫娘とエルフが、エステ公爵家で公爵令嬢と会う少し前。

 王都の中心にある王宮では、フォーサイス王族と忠臣たちが会議室に集まっていた。

 会議室の席に座りながら、筆頭宮廷魔法医師は、代弁者の契約書を掲げる。


「ここに集まる全ての者より、真名による署名をもらったからのう。契約書による、閉鎖結界を発動するぞ」


 ベイリー男爵家当主の持つ、白い紙のような契約書が、世界の理に溶けていく。

 契約書が溶けきった直後、周囲から白い粒子が立ち込め、会議室の丸い机の周囲は霧のようなものに包まれた。


「会議を始めるとするかのう。シャルル国王、開会宣言を……」

「それより、ダニエル魔法医師、隠居組を引っ張り出してまで、緊急会議を開いた理由を教えてほしい。何があったのだ?」


 先代国王の発言に、白猫しっぽを揺らす、ベイリー男爵家当主。猫の目を細めながら、円卓を見渡す。


「ふむ。結論から言うと、国家転覆を図ろうしている輩がおるようじゃ。また国が荒れるぞ、心して会議に臨んでほしい」


 顎に蓄えた白髭をなでながら、宮廷魔法医師は爆弾発言をした。先代国王は眉を寄せ、続きを促す。


「ダニエル魔法医師、国家転覆とは?」

「うむ。チャールズ先王。その者は、次代のフォーサイス王国を、乗っ取る気のようじゃ。

エリザベス王女を亡き者にし、エドワード王子と婚礼をあげ、王妃として君臨しようとしておる」

「私も、父上と同意見だ。エドワード王子を、昔のアンリ宰相のように、傀儡くぐつの王に仕立てようとしている線が濃厚だと思う」

「イーブ、それ本当? ルイたちみたいに、ボクを担ぎ上げて……」

「アンリは、今も昔も、単純ですね。イーブ達、白猫族の説明に口出しせず、最後まで聞いてから発言してください。邪魔です」

「……イザベル、キミは昔よりも性格がきつくなったよ。王妃って、宰相よりも大変なのはわかるけどさ」


 白猫裁判官の発言に、宰相は口を挟む。王妃の強い視線に射られ、宰相は小さくなった。


「ダニエル魔法医師、昨日のあれかね? うちの孫娘の!」

「そうじゃよ、ヘンリー前宰相。かわいいわしらの孫娘に自殺するように命じた、あの禁術じゃ!」


 前宰相は、エステ公爵家の家督と宰相の地位を、息子に譲った。息子はベイリー男爵家の娘を娶っている。

 すなわち、北の公爵家と西の男爵家は親戚であり、北の公爵家の双子は共通の孫。

 祖父たちは、かわいい孫娘が絡んでいたことで、冷静さを欠きつつあった。


「禁術? イーブ、禁術って、どの系統だい?」

「シャルル、魔物が得意とする精神感応系だ。二十年前に、この国を滅茶苦茶にした薬よりも、たちが悪い」

「そうです、兄上。ダニエル義父上とクリスにしか解けない、魔法のようです」

「あの薬よりも? そうか……ならば、エリザベスの命が危ないか」

「ダニエル、イーブ。言葉が足りませんよ」


 裁判官に尋ねた国王は、淡々とした返答内容に、顔をゆがめた。国王の双子の妹であり、裁判官の妻の発言に考え込んだ。

 凛とした声が響いた。魔法医師の妻が口を開く。先代国王の妹は金の瞳で、夫と息子を見つめながら。


「アグネスおば上、言葉が足りないとは?」

「精神感応魔法がかけられたのは、エリザベスだけではありません。

高等学校の在籍者及び、教諭すべてのようです。昨日は、わがベイリー家にも、魔法のかけられたクッキーが持ち込まれました」

「おお、そうじゃった! 忘れとったわ。南の公爵家の養女から、アンドリューに手渡されたクッキーがあってのう。

そのクッキーには、わしらベイリー男爵家の者が、翌日王宮に出向き、ある進言をするように命令を組み込んだ黄色の精神感応魔法がかけられておった」

「ダニエル魔法医師、進言とは? アグネスも、知っているのか?」

「はい、兄上。南の公爵家の双子の養女を、エドワード、フィリップ、二人の王子の伴侶とするようにという内容でした」

「南の公爵家の養女というと、赤い救世主の少女か?」

「うむ。クリスの意見では、その救世主が南の公爵家を乗っ取ったように、見えるようじゃな。

事実、わしの妹も亡くなった今、マイケル先代騎士団長の義理の弟しか、南の公爵家の者は残っておらんよ」


 魔法医師は、先代の騎士団長に視線を移す。沈黙していた先代騎士団長は、ようやく重い口を開いた。


「……救世主は、聖獣の加護を持つはず。正しき生き方をする者の味方である聖獣が、そんなことを許すとも思えないが」

「うむ。聖獣の加護ならばのう。じゃが、もしも魔物が絡んでおるとすれば、話は別じゃ」

「……六年前の災いが、まだ続いているというのか、ダニエル? 魔物のせいで、俺の孫が殺されたのに!」

「そいつが生き残っているなら、探し出して叩き切る!」

「父様、兄様、落ち着いてください。まだ話しの途中です」


 声を荒げる先代騎士団長と、円卓をたたく騎士団長。家族である王妃は、父と兄をなだめる。

 青の英雄の子孫たちは、青い瞳に悲しみを浮かべながら。

 南の公爵家の一人娘の婚約者は、東のワード侯爵家の次男坊だった。


 不可解なことが多すぎる、六年前の魔物襲撃事件。

 若手騎士として有望だった青年が、婚約者と一緒に南の地で亡くなった。南の領民を助けるための薬を運搬中に。


 六年前の南地方は異常な暑さが続き、田畑が枯れ、水源が干上がった。

 異常な暑さに加え、岩石病と鉱石病、そして火傷病が流行した。

 どれもこれも、治癒が難しく、命を落としやすい難病ばかり。


 飢えと病気に苦しむ民を助けるために、白猫魔法医師は、孫娘と一緒に寝る暇を惜しんで薬を作る。

 白猫魔法医師は、難病に少しでも効果の認められた薬を。魔法医師の勉強を始めたばかりの子猫は、祖父に教えられるまま、飢えをしのぐための薬を作った。


 薬は収納用の魔道具に詰め込まれ、速度の速い王家の箱舟で運ばれることに。

 運び役に立候補したのは、騎士になったばかりの南の公爵令嬢と東の侯爵子息。婚約していた二人。

 将来、東の侯爵子息は婿入りし、南の公爵家の当主になる予定だった。領民を助けると、二人は張り切って出かける。


 王都を出発した小型箱舟は、軽快に空を飛ぶ。あと三十分で、南の公爵家に着く予定だった。

 そこで悲劇が起きる。


「……ミシェル騎士団長、最後の通信は『襲われた』じゃったのう?」

「そうです。『父上、箱舟が襲われた。岩と炎から逃げきれない、助けて!』でした。

俺は、息子を助けらなかった。助けを求められたのに!」


 騎士団長は、拳を握る。きつく、きつく。悲痛な声を絞り出す。

 あの日を思い出しながら、魔法医師は、ぼんやりとこぼした。


「……まこと、奇怪な魔物の襲撃じゃったな」


 緊急通信を受け、騎士団長は箱舟部隊の一隻を王宮から離陸させる。

 父親が空から発見したのは、大岩に押しつぶされ、燃え上がる小型の箱舟。

 同行した、魔法医師が水を呼び出し、鎮火させた。大岩は、大型箱舟の体当たりで、無理やりどかせる。

 誰の目にも、生存は絶望的と分かっていたから、強硬手段をとった。


「遺体は黒焦げで、判別がつかん。命を失おうとも、虹色魔法で外見の修復は可能じゃから、治癒魔法をかけた。

二人の顔は、恐怖に彩られ、生き地獄をみたような顔つきじゃったわ。穏やかな寝顔になるようにしてやったがのう」


 無言の騎士団長に代わり、魔法医師が言葉を続ける。魔法医師の息子は、無表情で父を見た。


「父上、奇怪とさっき言いましたが、何がひっかかるのですか?」

「あの当時、空を飛べる魔物の報告はなくてのう。箱舟がどうやって襲われたのか、わしにも想像がつかん。

一番不可解なのは、薬の入った収納魔道具が、全部消えておったことじゃな。薬が無くなったせいで、犠牲者が増えたからのう」


 南地方を助けるための薬が、すべて無くなった。助かるはずの命も、若き命も、すべてが失われた。

 魔法医師にとって、やるせない思い出。


「……神聖帝国の襲撃の線は? 隠匿魔法で気配を消して、箱舟に接近……」

「イーブ、それはわしも考えたが、あの国にはそれほどの魔法使いがおらんじゃろう」

「神聖帝国に居ずとも、フォーサイスに居る可能性はあります、父上。

くだんの破壊者は、赤色と黄色の魔法使いですから」

「南の公爵家の養女の仕業とでも、言いたそうじゃのう。額にある聖獣の加護を、どう見るつもりじゃ?

幻影魔法の可能性もあるが、もしも人形(ひとがた)の魔物がかけたものなら、さすがにわしも見破れる自信がないぞい」

「ダニエル王子、ゴールドスミス親方の息子のジルなら、見破れる可能性はないですか?

魔法に()ける、エルフですよ?」

「イザベル王妃。あやつは、鍛冶師じゃろ? 魔力が高くても、魔法の勉強はしとらん。

治癒魔法も、鍛冶でできた火傷を治す初級しか使えんし、微妙じゃのう」


 堂々巡りをする会議。少なくとも、王族たちは、南の公爵家の養女を敵として見なしつつあった。


「……シャルル陛下。見破れる可能性を持つ人物がいます」

「兄様? 心当たりがあるのですか?」

「ミシェル、誰だい?」


 国王夫妻は、拳を握ったままの騎士団長を見る。


「俺が彼のことを話せるのなら、世界の理が彼の必要性を認めたということになるでしょう。

半年前に、彼と再開したときに、そう言う契約を結びました。

世界が必要としない限り、他人に彼のことを話そうとしても、しゃべれないし、誰も理解できないと」

「兄様、契約ですか?」


 国王妃となった妹の反応に、騎士団長は確信を持つ。

 妹は契約という言葉を、理解できていた。ついに話すときがきたのだ。


「陛下。我が祖先の聖剣を作った、東の鍛冶師の孫。

ノアが、半年前から、フォーサイス王国の王都で過ごしています。

ゴールドスミス親方の工房で、出会いました」


 会議室にいた者たちの視線が、騎士団長に集まった。ほとんどは、驚きを秘めた瞳で。


「……東の法の番人が来たのか!

二十年前のように、西の世界の理が乱れだし、東まで影響が出ているのかもしれない。

ミシェルに黙っている契約を結ばせたと言うことは、ノアは僕らに隠れて、原因を探ろうとしているんだろう」


 つぶやいた国王は、霧のような閉鎖結界の向こう側にかすんで見える窓に視線を移す。

 東の鍛冶師が持つ髪の色のような、澄んだ青空を見つめ、ため息をついた。



*****



「へっくしゅん!」

「あれ、ノア、風邪?」

「いや、噂だな。一回のくしゃみは、悪口の噂をされている」

「なにそれ?」

「僕の故郷の言い伝えだ。二回のくしゃみは、よい噂。三回のくしゃみが、風邪の前触れらしい」

「ふーん」


 冒険者ギルドにある、鍛冶師組合の経営する武具販売店。

 いつものように、閑古鳥の鳴く簡易手入れ所で、青い瞳の鍛冶屋と黒髪の剣士は会話をしている。

 軍事学校の帰りに、剣士は寄ったらしい。武器を持たずに、やってきていた。

 軍事学校の卒業生の中には、冒険者になる者もいる。猫娘と週末冒険者をしている剣士は、冒険者ギルドのちょっとした有名人だった。


「ユーイン、用事が無いなら、帰ってくれ。僕も手入れ所をしめて、親方の所に戻る」

「あ、ごめん。でも、いつもより早いね?」

「お茶の時間に、クリスが来ることになってる。商売の打ち合わせがあるから、遅れたら、親方やジルにどやされる」

「打ち合わせ? ノア、商売するの?」

「……しばらくこっちで暮らすから、収入源がいる」

「そっか。でも、クリスに、わがまま言われてない? あの子、時々すごいこと言うからさ」

「……白猫族の気まぐれには、慣れている。心配するな」


 簡易手入れ所の片付けを、さっさと終わらせた鍛冶屋。顎で入り口を示し、剣士と一緒にゴールドスミス親方の工房を目指して、歩き始めた。

●作家の独り言

この物語自体は、子猫ちゃんたち子供の世代のお話よ。

国王陛下とか、前宰相とか、先代騎士団長とか出てきたけど、大人たちの名前を覚えなくても、話は通じると思うわ。



そうそう、ノア君が言ってたけど……


子猫ちゃんは本当に気まぐれで、飄々としたおじいさんや無愛想なお父さんの若い頃みたいに、なにをやらかすか想像がつかないんですって。

子猫ちゃんの行動力は、おばあさんや、お母さん譲りらしいわよ。


だから、ノア君が面白がって、商売に協力する気になったんですって。


ちょっと誤字を見つけたから、直したわよ。

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