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15話 北の公爵家の白猫夫人

 猫娘とエルフの乗ったベイリー男爵家の箱舟は、エステ公爵家の屋敷に到着する。

 エステ公爵家の門番たちは、猫娘に臣下の礼を取った。箱舟から顔を出した猫娘は、軽く頷く。


「姫様、ようこそ。お嬢様のお見舞いでしょうか?」

「にゃ、出迎え、ありがとうございます。おば上とリズに会いに来たと伝えてください。

それから、兄上から私の友人を、おば上たちに紹介するように言われました」

「御意。しばらくお待ちください」


 フォーサイス王国において、王族と対等なのは、白猫族のベイリー男爵家のみ。

 国民には、ベイリー男爵家の養女と発表されている猫娘。一応、王族の一員とみなされている。

 だから、フォーサイス王国に忠誠を誓う騎士たちは、騎士道にのっとり、王女と目する猫娘に臣下の礼を取った。


 猫娘の出自は、ベイリー男爵家の遠戚と説明されている。が、国民には別の噂が流れていた。

 いわく、「先祖帰りで、白猫獣人として生まれてしまった、獣人王国の姫。きっと白猫族の契約書に従い、隣国のフォーサイスに預けられたのだ」と。


 根拠なき噂だが、国民が信じた理由がある。猫娘は父方の曾祖母と、よく似た外見をしていた。

 西の男爵領地で暮らす曾祖母は、獣人王国の王女だ。猫娘と同じ、銀の髪と瞳を持っている銀猫獣人。

 銀色は、獣人王国の王族が代々継承する、王家の色であった。

 フォーサイス王国の王族が、代々金髪か金の瞳、金色を継承するのと同じように。


 猫娘の場合は、フォーサイスの人間の王女から生まれた、生粋のフォーサイス王族。

 ただ、白の世界の理の影響を強く受けて生まれた、白の特異点だから、銀色をまとっただけだ。

 銀色を持って生まれたがために、猫娘がフォーサイス王族として、国民に姿を見せられない理由でもあった。



*****



 公爵家の使用人に案内され、応接室に通される。しばらく待っていると、白猫獣人の公爵夫人が現れた。


「おば上、ごきげんよう。今日は、私の友人も一緒です」

「クリス、こきげんよう。友人ですの? あら、エルフの方ですのね。うちのエルフ国の親戚ですの?」

「いいえ、青の英雄の冒険者仲間、エルフ夫妻のご息女です。祈りの巫女姫による、青の英雄と父君との契約書を確認しました」

「そうですの。私は、セーラ・エステと申します。見ての通り、白猫族ベイリー男爵家の出身ですわ。

本日、あなたと知り合えたことを、聖獣様に感謝しますわ」

「こんにちは、あたしはリリー・ファウラーっていうのよ。よろしくね、子猫ちゃんのおばさん」


 優雅に会釈する、公爵夫人。金髪ポニーテールのエルフは、フォーサイスの礼儀作法を知らない。

 明るく自己紹介すると、元気よく笑った。


「クリス、どうしてそのような方が、うちへ来ましたの?」

「国王とか、王子とかの階級を知りたいそうなので、おば上の所で勉強させるように、兄上に言われました。

リリー嬢は、高等学校へ行きたいそうで、エドが王家のおじ上に体験入学の話をしてくれることになっています」

「そうですの。シャルル国王は兄上の影響で、勉学を大事にする方ですもの。良い返事をくれますわ」

「子猫ちゃん、おじさんって、勉強が好きなの?」

「にゃ。私の父上や、目の前にいるセーラおば上と一緒に、王宮で色々と勉強したと言っていました」

「王宮が学校っていう場所だったのかしら?」

「にゃ、そうみたいです。母上の赤色魔法や、父上の治癒魔法は、王宮で習ったそうです。

ここ二十年ほどで、国民のために学校として細分化し、基礎教育や、魔法や法律などの専門知識を教えるようにしたようですね」


 公爵夫人は、猫の目を細めながら、姪っ子とエルフの会話を見つめる。

 王族は勉強好きなのではなく、『勉強しなければ、生き延びれなかった』というのが正解だ。


 二十年ほど前のフォーサイス王国は、陰謀が渦巻く国だった。国を牛耳る悪党によって。

 陰謀を見抜くために、様々な知識を身につけた。生き延びるために、魔法を磨いた。

 白猫族も、王族も、常に暗殺の危機にさらされていたから。

 先代国王の『賢王チャールズ』、現国王の『戦王シャルル』親子二代にわたる長い戦いに勝利し、今のフォーサイス王国の平和がある。


「子猫ちゃん、階級の話ってどうなってるの? いつ教えてくれるの?」

「にゃ……おば上、どれから教えたらいいでしょうか?」

「そうですわね。子供向けの絵本『フォーサイスの守り人』など、どうですの? 初等部で使う学習本ですわよ」

「にゃ! 兄上が小さいころに読んでくれました♪」

「じいや、リリー嬢を子供用の書斎に案内してくださる? 本をいくつか見繕って、お渡しして」

「かしこまりました」

「リリー嬢、じいやの選んだ本を、時間の許す限りお読みなさいな。本は知識の宝庫ですからね」

「本当? 子猫ちゃんのおばさん、ありがとう♪」


 エステ公爵家の使用人に案内され、子供用の書斎に向かうエルフ。

 フォーサイス王国では、宝珠から作られる簡易契約書の紙と、ドワーフの魔道具を利用し、書物が作られ国内に流通している。

 画期的な書物の作成方法は、北のエルフ国と南のドワーフ連合国の技術が融合したものらしい。


 絵本『フォーサイスの守り人』は、賢王と戦王の二十年以上にわたる戦いを、子供向けに書き直したものとされる。


『フォーサイス王国に住む、フォーサイス国民は、全員がフォーサイスの土地で幸せに暮らす権利を持っています。

王様は国全体を治める偉い人、貴族は王様から土地を預かり治める人です。

フォーサイス国民は王様や貴族に守ってもらいながら、土地で暮らします。

守ってもらう土地に住む間は、魔物に襲われる心配も、食べ物に困る心配もありません。


あるとき、悪い人がフォーサイス王国から王様と貴族を追い出そうとしました。

また、貴族の中には、悪い人の仲間になり、悪い貴族になる人もいました。

自分の治める土地に魔物が現れても、知らん顔。食べ物が取れなくても、知らん顔。

悪い貴族たちは自分たちだけ、贅沢に暮らします。

守ってくれる人が居なくなった土地の国民は、大変苦しめられました。


良い貴族は、悪い人や悪い貴族を倒すために立ち上がります。王様を助け、戦いました。

長い戦いの末、王様と良い貴族は、悪い人と悪い貴族をやっつけます。


そして、悪い貴族が治めていた土地は、良い貴族の仲間が新しく治めることになりました。

良い貴族は、魔物が出ても、やっつけてくれます。食べ物が取れなくても、他の良い貴族にお願いして、皆で助けてくれます。

国民たちは、土地で幸せに暮らす権利を取り戻したのでした。

めでたし。めでたし』


 絵本の執筆者は、現在の筆頭宮廷魔法医師。猫娘の祖父であり、公爵夫人の父。

 作家志望のエルフは「主観が偏って、文才がない。理論だって考えられない幼い子供向けならば、単語を覚えさせる意味で、読んでも良いかもしれないが」と、感想を述べた。

 孫娘から、エルフの酷評を聞かされた祖父は落ち込み、しばらく寝込んだらしい。


 猫娘は、挨拶もそこそこに、祖父から預かった簡易契約書を、公爵夫人に手渡す。

 祖父と孫娘が、公爵夫人渡して読んでもらうと契約した、白猫族の簡易契約書であった。


「クリス、この情報は間違いないんですの?」

「にゃ。セーラおば上に見せれば、理解し、動いてくれるはずだといわれました」

「……また、王国がみだれますのね」


 簡易契約書を世界の理に溶かしながら、公爵夫人は呟く。白猫耳が、悲し気に伏せられた。


「昔、似たような状況になり、混乱が起きたと、父上とおじいさまは、おっしゃいました。全て解決するのに、三十年近くかかったと。本当ですか?」

「ええ、本当ですわ。私が生まれる前の話ですけど、悪しき魔法使いが、悪しき薬を作り出しましたの。

あの違法な薬には、使用した者の精神を狂わせる作用があり、国内を混乱に落とし、悪しき魔法使いが陰で牛耳りましたわ」

「たしか、解毒薬を開発するために、おじいさまは魔法協会本部に留学したと聞いたことがあります」

「……父上は元々、司法省の裁判官でしたけど、司法省を追われ、この国も追われましたの。

家族で身を隠したのが、中央大陸の魔法協会本部ですわね。そこで五年間、上級魔法医師の勉強をし、生まれ故郷の西大陸に戻ってきましたのよ」

「にゃ……戻ってきたときは、獣人王国の王族として、王宮の悪党を論破して、王子に面会し、宮廷魔法医師になったんですよね。

『人間は、おバカさんばかりで楽だったよ。私に口で敵うわけないのに』って、猫かぶりを解いて、誇らしげに言っていました」

「……父上らしいですわね」


 公爵夫人は、年を取り、しわの増えた父の顔を思い出す。

 法廷で『眠れる虎』が一度目を覚ませば、すべての者はひれ伏したと逸話が残っていた。


「父上は、違法な薬漬けで昏睡状態だった王子を助けだし、国王として即位させましたわ。

エステ公爵家やワード侯爵家やの親友とともに、世直しに乗り出しましたのよ」

「にゃ……父上と母上の命をかけた王家の純愛でしたっけ?」

「あの歌劇は、最後の方の婚約の儀で起こった出来事しか、再現されていませんの。

実際は、もっと困難で、感動的な道のりを経て、お二人は結ばれましたのよ」

「にゃ……父上のお話は、淡々としていて、歌劇のような感動は感じられません」

「……兄上は、感情が希薄で、そういったことが苦手でしたわね。ジャンヌは?」

「母上のお話は、戦いに偏っていて、戦記物としか思えません」

「赤色魔法を覚えたジャンヌは、『炎の戦乙女』として、『風の戦乙女』イザベル王妃と一緒に反乱軍と戦いましたのよ。仕方ありませんわね」

「にゃ……残念です」


 今では、おっとりしている猫娘の母。歴代王族でも三指に入るといわれる、実力者の魔法使いである。

 歴代王族の魔法使い筆頭格は、五百年前に赤の聖獣の加護を受けた、緋色の皇子だ。


「今度、アンリおじ上に聞いても、いいですか? 情熱的なおじ上なら、感動的な話が聞けると思います」

「期待は止めておきなさいな。アンリは、ああ見えて、武術の方が得意ですの。文才は、二番の次ですわね。

若いころは宰相の仕事も、私が補佐しなければこなせないほど、単純な脳筋でしたのよ。

ですが、かどわかされた私を助けた時のことなら、感動的に話せるかもしれませんわね」

「おば上の命の恩人でしたね」

「ええ。あの人が、悪人をなぎ倒す姿は、圧巻でしたわよ」


 公爵夫人は優雅に扇子を広げ、微笑む。王家の微笑みではない。恋に頬を染める、乙女の表情だった。


「あ、おば上、おじ上で思い出しました。マットが右手に火傷したので、王宮のおじいさまのところに連行されました」

「火傷ですの?」

「にゃ。いれたてのお茶を、右手にこぼして火傷したそうです」

「……あら、そうですの。また女性に声をかけるのに夢中で、注意力散漫だったのですわね」


 公爵夫人の白猫しっぽが、大きく床をたたいた。公爵子息の普段の素行は、あまり良くない様子。


「あとで、ここに帰ってくるので、怒ってください。どうも、学校で女性に声をかけているようです。

あれはおじ上と同じ、恋の病とかいう、病気なんですか?」

「……遺伝だと思いますわね。マシューの性格は、アンリそっくりですの。

『エステ公爵家を継ぐために、顔と頭と性格の三拍子そろった女性を射止めてくるから、待ってて母上』と言われたときには、めまいを覚えましたわ」

「にゃ? 妹が欲しいからではないのですか? 猫耳の私が妹だったらよかったのにと、よく言っています」

「……そこまで、アンリにそっくりなことを、言ってますの?」

「それから、兄上が『マットの女性を口説く癖で、和解勧告に奔走して大変。学校にもう行きたくない』って、三日前に弱音を言っていました。

詳しくは、一緒に来る予定のエドたちに聞いてください」

「……クリス、良く教えてくれましたの。帰ってきたら、お説教……いえ、お仕置きですわね。

治癒魔法と猫の爪を準備しておきますわ」

「にゃ、兄上のためにも、よろしくお願いします」


 猫娘、公爵家の従兄が嫌いではない。可愛がってくれる兄貴分と思っている。

 だが、妹としては、実兄の猫青年の方が大切だ。


 久しぶりに猫の爪を伸ばして、磨き始める、公爵夫人。実家に戻る公爵子息は、やはり父と同じ運命を辿るらしい。

●作家の独り言

子猫ちゃんのおばさん、セーラ公爵夫人が登場よ。

セーラさんは、公爵令嬢エリザベスことリズちゃんと、公爵子息マシューことマット君のお母さん。

セーラさんの旦那さんは、アンリ公爵。フォーサイス王国の宰相をしていて、王宮に勤めているのよ。


一人子だった少年のアンリさんは、姉妹が欲しくて、色々な女の子に声をかけまくっていたようね。

猫耳少女だったセーラさんは、かわいい妹の筆頭候補だったらしいわ。

誘拐された六才のセーラさんを助けたのは、アンリさんが十四才の時よ。



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