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1話 隠された宝石姫

『公爵令嬢の猫耳参謀』  エルフ書房発行


  リリー・ファウラー著   フォーサイス王家監修



  前書き


 この物語を手に取ったフォーサイス王国の人々は、あの事件について、詳しく知りたいのだろう。

 世の中では、「傾国の美女と尊き賢女の物語」「王子と婚約者の恋物語」として知られている、国家転覆未遂事件についてだ。

 そして、王国を破滅に導こうとした傾国の美女から、国と王太子を救った尊き賢姫について、知りたいのだろう。

 たおやかながら勇敢なる公爵令嬢は、見事に事件を解決し、伝説の聖獣まで呼び寄せたのだから。


 だが、この物語の主役は、公爵家の尊き賢姫ではない。

 賢姫を陰ながら支えた、男爵家の上級魔法医師。

 由緒正しき王家の血を引く、白猫獣人の姫君である。


 幸いなことに、あのときの私は姫君の近くで過ごし、様々なことを知ることができた。

 ゆえに、「傾国の美女と救国の医者の物語」を記すことにする。



*****



 ――――二年前。


 王都の外れの一軒家。質素な作りの部屋の中で、一人の剣士が家臣の礼をとっている。

 騎士見習いは右膝を床につき、左膝を立てた。両手で家宝の聖剣を、鞘ごと持ち上げる。切っ先を自分の方に、柄は前方に向けた。


「本日より、貴方を護衛する近衛役に任命されました。外出されるときは、私がお供します」

「……なるほど。ようやく私一人での外出許可が出たのは、そういう意味だったのですね」


 柄の先に居る相手は、騎士見習いに歩み寄る。腰で切り揃えた、銀の髪が揺れた。

 白いワンピース姿の白猫獣人は、はっきりと言葉にしながら、聖剣の柄に触れる。


「あなたに、聖獣さまのご加護があらんことを」


 剣の鞘に口づけすると、騎士見習いに剣を押し戻した。剣士は剣を胸元に抱え込み、頭を垂れる。

 白猫獣人の子供は、王家のお得意の微笑みを浮かべた。


「あなたが、私を処分する係になったのですね。もしものときは遠慮せずに、心臓を貫いてください。

あなたは破壊者を葬った英雄として、国に迎えられるでしょう」


 幼い猫娘は、平然と言い放つ。他人事のように。


「クリス? 何言ってるわけ?」


 剣士は、思わず顔をあげてしまった。幼馴染と視線が合う。感情を凍らせたままの銀色の瞳と。


「黙りなさい。発言を許可した覚えは、ありません。

今のあなたは、王家に使える兵士として、ここにいるのでは無いのですか?」

「……申し訳ありません」


 十才の子猫とは思えないほど、しっかりした口調。五才年下の幼馴染に気圧され、剣士は引き下がる。

 剣士が頭を下げるのを見届けると、猫娘は淡々と話しだした。


「おじ上……いえ、国王陛下から、命じられたのでしょう?

私が害する存在になれば、すぐにこの世から消すようにと」

「それは……そんなことは……」

「隠す必要はありません。自分の身の上くらいは、わきまえています。

王家の金色を持たずして生まれた私は、人前に出られない存在です。

おじ上から聞くまで、私が王家の正統な血筋とは知らなかったでしょう?」

「……うん。ずっと養女だと思ってた。

あ……えっと、はい。存じ上げておりませんでした」

「王家の血を持つ姫は、生まれて間もなく、鉱石病で死亡したと世間に発表されています。

私が完治し、無事に育っていることは知りません。

だから、人知れずこの世から消えても、何の問題もないのです」

「クリス、いい加減にして! なんで、そういう事言うわけ?」


 剣士の堪忍袋が切れた。顔を上げると、怒鳴り付ける。真面目に付き合えないと、立ち上がった。

 聖剣を腰に戻し、仁王立ちになる。黒い瞳は、威圧的に幼馴染を見下ろした。

 猫娘の猫耳が伏せらせた。王家の微笑みは、恐怖の表情に変化する。

 子猫はおびえ、いつもの口調に戻りながら言葉を紡いだ。


「にゃ……私は、この世に存在してはいけないのです」

「だから、なんで、そんな事言うわけ!」

「だって、だって……ヒック、わっわたしは……」


 剣士の怒りの声。猫娘の瞳に涙が浮かぶ。罪悪感にかられながらも、剣士は追及をやめない。

 はっきり意思表示をさせておかないと、幼馴染は王家の微笑みの下に本音を隠してしまうはず。


「私は、なに? ちゃんと答えて!」

「にゃ……わじゃわいをよびゅ、せきゃいにょはきゃいにゃにゃのでしゅきゃら」


 しゃっくりを上げながら、猫娘は懸命に言葉を紡ぐ。けれども、子猫の泣き声は、言葉をなさない。

 舌足らずの発音に、眉をよせる剣士。何を言っているのか、さっぱり分からない。

 大人げなかったと、後悔しかけた剣士の前で、猫娘は本格的に泣き出した。


 部屋の中に、子猫の泣き声が響く。銀の瞳から零れ落ちる、涙。

 頬を伝い、床に転がり落ちる。


 ……文字通り、涙は転がり落ちた。硬質な音を立てて。


 一粒、二粒、三粒。頬から離れた涙は、空中で白い輝きを発し、球体を形成する。

 床に落ちても砕け散ることなく、球を保っていた。


「……何、これ」


 言葉を失い、ぼうぜんとする剣士。幼馴染が泣くところを、生まれて初めて見た。

 はいていたブーツに、床を転がってきた三粒の涙がぶつかる。涙は更にぶつかり合い、硬質な音を立てた。

 剣士は我に返るとかがみこみ、涙を拾う。手の中でキラキラと輝きを放つ、丸い塊。

 子猫は泣き続ける。床に転がる球体を増やしながら。



*****



「クリス、落ち着いた?」

「にゃ……取り乱して、申し訳ありませんでした」


 すまなそうに、猫耳を伏せる猫娘。借りてきた猫状態。

 長椅子に腰掛ける剣士は、猫娘の頭をなでる。泣き止んだ子猫を、膝に抱っこしながら。


「俺の前で、泣いたことないよね」

「人と接するときは、事前におじいさまの精神感応魔法で、感情を制御してもらっていました。

まさか、おじいさまが居ないときに、ユーインが来るなんて思っていなかったので」

「……ごめん、突然来て悪かったよ」


 剣士は頃合いを見計らい、先ほど拾った球体を猫娘に見せる。まだ、床のあちこちに転がっていた。


「あのさ、これ何?」

「にゃ、見ての通りダイヤモンドです。私が泣くと、涙が宝石に変わるのです」


 ありえない。ただの涙が、宝石のダイヤモンドに変化するなど。

 しかし、剣士の目の前で起こった。まぎれもない現実だ。


「涙だけ? 血がルビーになるとか」

「涙だけです」

「そっか。なんで、ダイヤモンドが作れ……」

「知りません! 私を特異点にした、世界の理に聞いてください!」


 剣士の言葉をさえぎり、猫娘は言い放つ。理不尽な能力など、子猫には理解不能だ。

 幼馴染の言い方に、剣士は右手で頭をかいた。質問を変える。


「あのさ、クリス、どこで特異点って知ったの?」

「にゃ……魔法医師のおじいさまから、教わりました。

私は、十五才を迎えることは、おそらくできないだろうと言われました。

特異点は、聖獣様の加護を得ない限り、十五才前後に魔力が暴走して亡くなるのが普通だと」

「そっか……もう、知ってるんだね」


 幼い猫娘は、利発な子猫だった。己に課せられた運命を、既に悟っている。

 いたたまれなくなった剣士は、わざと声を明るくした。もう一つの質問を投げ掛ける。


「あのさ、さっき、なんて言ったわけ? わじゃなんとかってやつ。子猫の泣き声って、聞き取り辛くてさ」

「にゃ……『災いを呼ぶ、世界の破壊者』です。

新しい薬を作ったときに、おばあさまの容態を伝えに来た父上とおじ上が、隣部屋で話しているところを聞きました」

「あー、なるほどね。……うん。確かに、災いを呼びそうだね」


 剣士は床に目をやった。床に転がる、キラキラした輝き。あまたの人々を虜にする、妖しい輝き。

 本来なら、職人の手を経て、ようやく宝石になるダイヤモンド。

 しかし、猫娘は、泣くだけで宝石を生み出せる。猫娘を欲しがる者は、世の中にごまんといるだろう。

 幼い子猫には衝撃的な言葉だが、「災いを呼ぶ」理由は大いにあった。


「この宝石どうするわけ?」

「薬にします。だんだんと体が宝石に変化する難病、『鉱石病』の治療に使いますので」

「宝石で治療?」

「にゃー、宝石をいろいろな形の薬に変化させる、中級治癒魔法があるのです。魔法医師のおじいさまに習いました。

先日、王家のおばあさまがかかった時に、いろいろな種類の薬を試したのです。

ダイヤモンドを主体にした飲み薬や塗り薬が、一番効くことがわかりました。

完成した新しい薬は、王家のおじいさま経由で、各地の診療所へ無償で配ってもらっています」

「……先代王妃様を治した、あの特効薬、クリスが作ったわけ?」

「にゃ? 作るのはおじいさまで、私は配合や原料を研究しただけです」

「えっと……つまり、新しい薬を作り出したのが、クリスなんだよね?」

「にゃ! 王家のおばあさまが助かりましたし、国民も救えるので、本当に良かったです♪」


 のんきに白猫しっぽを揺らし、無邪気に喜ぶ子猫。王家の微笑みとは違う、無垢な笑み。

 剣士は右手で自分の黒髪をかく。幼馴染はこの前、中級魔法医師の資格を取ったと、言っていた。

 世間と隔絶して育てられた猫娘は、世間のことに疎い。自分の存在価値を、まるで分かっていない。


 鉱石病。どんな薬を試しても、治癒率が低く、かかった者の半数以上が半年以内に死ぬ。

 一月前から王国内の一部で流行し、王家の先代国王妃もかかってしまった。

 悲しみにあふれる王国内に、朗報がもたらされたのは、五日前。ある薬を飲み始めた先代国王妃が、わずか三日で完治してしまったのだ。

 難病を完治させる特効薬を作ったのは、先代国王妃の孫娘。わずか十才の子猫である。


 至高の宝石と新しい薬を生み出せる、天才魔法医師。

 ましてや、王家の正統な血筋だ。王家以外が手に入れれば、利用価値は跳ね上がる。

 猫娘をめぐって、戦争を仕掛ける国があっても、変ではない。

 国王が姪っ子を「世界の破壊者」と呼んで頭を抱えても、仕方がなかった。


 剣士は、決心を固める。英雄の子孫が、隠された姫の近衛兵に命じられた意味。


「……あのさ、俺は君を守るよ。災いなんて呼ばせないし、世界の破壊者にもさせない」

「にゃ?」

「きっと、聖獣様を見つけてあげるよ。騎士は姫を守るんだからさ」


 不思議がる猫娘の頭を、剣士は右手で優しくなでる。それから手を下に降ろし、猫娘の右手を握った。


「我が姫に、我が真名を捧げます。

ユーイン。代弁者は恵み深い。

受け取っていただけますね?」

「にゃ、いつものお姫さまと騎士の誓いごっこですね♪

親愛なる騎士に、私の真名を教えます。

クリスティーン。聖なる油で清められ神聖となった者」


 幼馴染のくだけた言い方に、猫娘の猫しっぽが、ゆっくりと振られる。肩を落とし、ため息をつく剣士。


「……騎士ごっこじゃないんだけどね」

「にゃ?」

「ううん、なんでもないよ。クリスは子供だから、仕方ないか」


 右手を繋いだまま、剣士は苦笑いを浮かべた。見上げてくる猫娘の頭を、左手でなでてやる。子猫は心地よさそうに、目を細めた。


●作家の独り言


登場人物紹介

・黒髪の剣士、騎士見習い(ユーイン)

・銀髪の子猫娘、魔法医師(クリスティーン、通称クリス)


物語の特徴として、人物名より「剣士」「猫娘」といった名称を多く用いているわ。

名前を覚えなくても、名称が分かればある程度読めるはずなの。

物語の著者である、あたしの意向って言うより、フォーサイス王家の意向よね。




●異界の舞台裏より

昨年末にコツコツと書き溜めていた、婚約破棄計画をぶっ潰す話です。

景気よく、元旦の出発を選びました。


一応、最終回できているのですが、推敲しながらなので、筆は遅めかと。

読み直すたびに見付かる、見付かる、誤字脱字……。

ついでに、ちょっと表現を修正したい欲求が。

余裕を見て、正月三が日は、毎日。あとは週一回ぐらいの掲載にしたいなと、思っています。


ちなみに上の作家の独り言は、エルフ書房世界での著者リリー・ファウラーが書いています。

不定期掲載「エルフ書房 ~作家の独り言~」の主役、金髪ポニーテールのエルフです。

あっちは、小説と言うより、「貴族って、なあに?」と言うエルフと、「王太子って、なんじゃらほい?」と言う自分のための、資料集がメインですが……。


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