奇抜小説
「うぐぐぐ。」
皆川聡は薄くなった頭皮をガシガシと掻きむしった後、そう呻き声をあげて机に突っ伏した。駄目だ。奇抜な発想が浮かんでこない。駄目だ、もう泣きそうだ。
皆川の職業は小説家である。ただし小説家の前に『売れない』という不名誉な装飾品を付けるタイプである。いや、もしかしたら『自称』という帽子の方がバッチリ似合うかもしれない。今まで五冊の作品を世に送り出した。しかし全て初版止まり。なんとか原因を探ろうと通販サイトのレビュー欄を眺めてみたが、あまりの内容で途中でパソコンを放り投げてしまった。皆川はかなりナイーブな性格なのである。
そんな状況を打破する為に、皆川は一発逆転の作戦を考えた。その名も『奇才としてちやほやされよう大作戦』である。奇抜な発想の小説で一大ムーブメントを起こすのだ。そうすれば皆を見返せる。噛り過ぎた両親の脛にもまた旨味が復活するかもしれない。そう思いながら皆川は意気揚々と筆を握った訳ではあるが―
「うぐぐぐ。」
皆川聡は薄くなった頭皮をさらにガシガシと掻きむしった後、そう呻き声をあげて本日何度目かの机へのダイブを敢行した。駄目だ。奇抜な発想が浮かんでこない。だいたい奇抜な発想は、浮かばせようとして浮かぶものではないのだ。皆川は後先考えずに突っ走るタイプでもある。
あぁ、もう無理だ。頭が真っ白だ。そう思いながらバタリと床に倒れこんだ。もういっそこのまま死んでしまいたい。皆川は自暴自棄になりながらそっと目を閉じた。
しかし、その時、皆川の頭にあるアイディアが閃いた。頭が真っ白、そうだ真っ白だ。何故今まで考え付かなかったのだろう。なんて奇抜な発想なのだ。これは奇抜だ。皆川は意気揚々と立ち上がり、そして意気揚々と筆を走らせたのだった。
「あぁ、高杉くん。ちょっといいかな。」
ちょうど帰り支度をしていたところで店長に呼び止められた高杉誠は、露骨に顔をしかめた。
「なんすか。」
せめてもの抗議を込めて言葉の刺はそのままにしておいた。
「おいおい、そんな顔をしなくてもいいだろう。悪いのだけど、そこの新刊を平積みしておいてくれ。」
「えぇー。」
高杉は不満の声をあげた。今日は疲れているのに、その意味も込めての声だ。高杉のアルバイト先の辛町書店は駅前という立地もあり客足は上々である。しかも今は年末、高杉も今日一日は良く働かされた。先程も著者もタイトルも分からない客の要望の為に店内をぐるぐると走り回されたのだ。しかも、今はすでにタイムカードを切ってしまっている。つまりはサービス残業だ。高杉もこの店に愛着はある。しかしサービス残業となれば話は別のようだ。
「分かってるよ。ほら、これで帰りにコーヒーでも飲め。」
店長もアルバイトの手なずけ方を心得ているのであろう。そう言うと、高杉の左手に小銭を握らせた。
二百円か。高杉は左手の感触で金額をズバリと言い当てた。まぁ少ないがもらえるだけ良しとしよう。
「分かりました。じゃあ、この新刊を平積みしちゃったらお先に失礼します。」
高杉は小銭をズボンのお尻のポケットにしまい込むと、新刊が入った段ボールをヒョイと持ち上げ新刊コーナーへと向かおうとした。
「あぁ、そっちじゃない。」
店長の思わぬ発言に高杉は自分の右足に急ブレーキをかけた。
「えっ。」
「その本はあっちに運んでくれ。」
「えっ。はぁ。」
高杉は店長が指差す方を見て、首を傾げた。店長が指差す方は書店の角奥の文房具コーナーである。小説の新刊なのに文房具コーナー、意味が分からない。
「いいから。君も見れば分かるさ。」
店長はそう言うと、ほら行けと高杉に顎で指示を出した。
ますます意味が分からない。頭が混乱してきた。まぁしかし、この書店の主は店長である。店長の発言は絶対だ。さっさと終わらせてしまおう。そう思い直した高杉は、段ボールを抱え直し文房具コーナーへと足を進めた。
「全く最近のアルバイトは。」
辛町書店の店長である指原学は、アルバイトの高杉誠に聞こえないようそっと呟いた。
たかが、ちょっとした軽作業ではないか。それなのに残業代を請求するなんて。それにあの言葉遣いと態度、私が店長だということをあいつは理解しているのだろうか。だがまぁ仕方がない。もしここで説教なんかして辞められては困るのだ。高杉は仕事はできる。うちにとって貴重な戦力だ。ここは私が大人になるしかないのであろう。
それはそうと。指原は先ほどの高杉のキョトンとした顔を浮かべて思わず吹き出しそうになった。あいつ、いい顔していたな。それはそうだ、私だって中身を見ずにあんな指示をだされた困り果てた顔をしていたはずだ。
それにしても。指原は先ほど高杉に平積みを頼んだ新刊をペラペラをめくった。中には何も書かれていないページが延々と続いている。全くこんな本を出すなんてどういうつもりなのだろう。題名だけはしっかりとしてはいるが、これでは小説ではなくてただのメモ帳ではないか。皆川聡という小説家は知らないし、多分これからも日の目を見ることはないのであろう。全く、とんだハズレを入荷してしまったものだ。
「さてと、どう売るべきかな。」
店長はそう一人事を言いながら、チラリと高杉に目をやる。どうやら高杉も中身を見たようだ。的を得たりという顔で次々とこのメモ帳を平積みしていく。やはりあいつは仕事ができる。そうだあいつにこのメモ帳のポップを作らせてみよう。あいつなら良い謳い文句を考えられるかもしれない。
「ペンと画用紙はどこに置いたかな。」
店長はそう独り言を呟きながら、カウンター内を物色し始めた。だが、ペンは見つかったものの、画用紙が見つからない。どうやら昨日使い切ってしまったようだ。
「あっ、そうだ。」
そうだ、こいつを使えばいいのだ。店長は先ほどのメモ帳に手に伸ばし、中の1ページを丁寧に破り取った。
これであなたも小説家!?
文庫本型のメモ帳が登場。カバーもしおり紐もちゃんと付いて、気分は正に文学家。メモ帳に使うも、日記に使うも全て貴方の思いのままに。貴方だけのオリジナルストーリーをこの本に宿してみませんか。
皆川聡著『純白の証明』
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