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ギルバート・クラーク『土の守護者』の場合

「ああ、あなたでしたか」

 ギルバート・クラークが、他出から自分のテントに戻った時、当たり前の様に中に居た人影にぎょっとした。だが、その特徴的な服装や纏う色彩から誰であるかに直ぐに気付いて微笑みをみせた。相手もギルバートに軽く手を挙げて応じる。

 旅も終盤にさしかかり、残る遺跡も片手で数える程となっている。陣の内部も何処か浮わついて、気が緩んでいるのを感じている矢先だった。

 予定していたよりも旅が、順調すぎる程に順調な事が理由のひとつだろう。

 そんな現状を思いながら、まじまじと眼前の人物を見て、ギルバートは独白する。

(それにしてもやはり、黒い髪というのは、不思議な物ですね……)

 決して短くも無い時間、共に旅をしているというのに、『姫巫女』達の黒い髪や眸には違和感を覚える。それだけ自分が凝り固まったこの世界の常識に囚われているのかもしれないなんて、考えるようになっただけ前進しているのかもしれないが。

 彼はギルバートを見ていつもの様に短く尋ねた。

「飲むか?」

「頂きます」

 その返答に彼が右手を動かすと、するりと彼の影が地面から伸び上がった。再び音も無く影が元の形に戻ると、彼の右手には銀色の円筒が握られていた。

 コポコポと小気味良い音と芳醇な香りをたてて注がれるのは、彼の『世界』の飲み物だった。初めて供された時には、その黒い色と苦味に驚いたものだか、 ギルバートの様にこれから夜半まで作業をする身には睡魔を払ってくれる何よりの物だった。

「この珈琲という物は……こちらででも出来ないですかねぇ……」

「探してみれば意外と有るかもしれないぞ? 食べ物なんかだと、結構似た物あるんだしな」

「この旅が終わった後に、そうしてみるのも良いかもしれませんね」

 まだ熱い珈琲を受け取って一口すすり、ギルバートは彼に微笑んだ。

「では、今日もお願い致します」


 ギルバートは学者だ。

 知識を求め、探求するのが、その業とも言える者だ。

 そんな自分が、『異世界の知識』を得られるこの千載一遇の機会を失うわけが無いだろう。と思う。

 人目を憚りながら夜半行われる、彼による『異世界』の講義は、ギルバートにとっては、何物にも換えがたい至福の時間だった。

「まぁ……どれも一概にいいとは言えないからな……一長一短の面もあるさ」

「そちらの『世界』は、それだけ多様な政治形態があるのですね……国家の数もそこまで多いとは」

 当たり前として捉えていた自分達の『世界』がどれ程狭い閉じられた物であるのかと、『異世界』の話を聞く度にギルバートは思うのだ。

 走らせていたペンの文字は、彼本人しか読み取れぬ様に暗号と隠語を交えて綴っていた。

「王家は、『異世界』の知識を自分達以外が得る事を良しとしませんから」

 羽ペンがすらすらと滑る様子を目で追っている彼の様子に、ギルバートは苦笑混じりに呟く。彼は『異世界』の文字にも関わらず、綴られるそれが普通の文字で無い事に、気付いているようだった。

「……得た新しい知識を広めて利用しようとはしないのか?」

「この『世界』の生活水準は、ずっと変化がありませんね。……おそらく『姫巫女』から『異世界』の文化や知識を得た王家が、意図的に情報を秘蔵しているのでしょう」

「その根拠は?」

「『研究塔』も無能ではありません。私達の研究が活かされていれば、緩やかであっても生活や文化、技術に進歩がみられるはずなのです。けれども何であれ革新的な研究や論理を発表した者は、総じて短命なんですよ。そして 何故か 研究成果は失われてしまう」

 ギルバートは穏やかな顔をして微笑んだ。

 作り物めいたその表情が、ギルバートの憤怒をより感じさせた。

「現状維持を最良とする王家にとっては、変革も進歩も忌避するものです。『異世界』の知識なんて、最たる物でしょう」

「それでも王家の支配権は絶対的なのか? 」

「民衆の支持は、揺るがないですね。何よりも、自分達を脅かす『魔のモノ』への唯一の対抗措置である『姫巫女』の召喚を担うのは、王家と神殿の二つです。その意思は絶対ですよ」

 彼も自らの黒髪をかき回しながら、ギルバートのその言葉に呆れた顔をした。

「つくづく腐った『世界』だな」

「返す言葉もありません」


 そう言うギルバートも、少し前までは、王家と神殿を絶対とするこの『世界』の在り方に疑問を抱いてはいなかった。

 ギルバートが、疑問を抱くきっかけとなったのは、この旅の助けにと、『研究塔』に保管されていた先代の『土』の守護者の手記を譲り受けてからであった。


「表向きには、旅の行程が書き留めてあるだけでしたけどね。所々の不自然な記述に規則性を見つけて読み解けば、彼の懺悔が綴られていましたよ」

 珈琲を口にしてギルバートは語った。

「懺悔か……」

「ええ。『異世界』の少女の一生を、王家の権威付けの為の道具とした事に対する悔恨ですよ。どうやら先代は、先の『姫巫女』を本気で好いていたらしい。民衆の『姫巫女』への妄信に似た支持を得ようと、媚びを売る他の『守護者』への嫌悪と、『姫巫女』の心を射止めた当時の王子への嫉妬。それに、先代の『月』の従者の事……」

 もともと『月』の従者についての情報というものはほとんど無いのだ。

 過去の『月』の従者は皆、旅の序盤で、『魔のモノ』に敗れその命を落としている。

 前回の『月』の従者の様に、他の守護者たちと並び『魔のモノ』と戦えるなどという者は存在しない。正史では後の王となった当時の王子を最強の守護者だと伝えているが、真実は『月』の従者が最強であったとも。

「彼がどんな人物であったかも、綴られていましたよ。その記述だけでは半信半疑でしたが、旅を続けるにつれ、確信に至りました」

「そんな露骨だったか?」

「露骨ですよ。隠し扉も、遺跡の罠や仕掛けも全て、答えを知っているのですからね。こちらを意図的に動かそうとする姿にも、それが毎回であれば嫌でも気付きます。まぁ、私の方で上手く合わせていましたから、他の面々は気付いていないとは思いますけどね」

 ギルバートの呆れた顔に、彼も苦笑を浮かべる。

「せっかくならば、迷宮の道案内もしてくだされば良いものを」

「……それは無理だ」

「おや? それは何故?」

「道が覚えられない」

 予想もしていなかった返答に、ギルバートが小さく吹き出す。

「それは……最強の『黒き迅雷』にも、意外な弱点があったものですね」

「可愛い面もあるだろ」

 しれっとそう言って、彼は新しく注いだ自分の珈琲を口に運んだ。


 夜も更けて、ギルバートのテントを後にする前に、彼は一層声を潜めて言う。

「じゃあ……お前も、この仮説を認めるんだな」

「検証する価値はあるでしょう。必ず『姫巫女』は『従者』と共に召喚される……その事自体の意味を考えるならば……ですが」

 ギルバートはその穏やかな風貌に隠す事なく嫌悪を浮かべ、吐き捨てた。

「そうであるなら、心底救えませんね。王家も神殿も」


他の三人の守護者の皆さん、名前も設定も決めてあるのですが……結局出ません。なんかごめん。

悪い人たちじゃ無いんですけど、優先する物が違うんですよね。

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