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室町陽菜『東雲の姫巫女』の場合、再び

相変わらずサクサク進んでおります。


 陽菜が初めて竜車を見た時の印象は、「家を引っ張っているみたい」という物だった。

 大量の荷物を運ぶ関係などもあり、一台の竜車の客車にあたるスペースはそれほど広くはなかったが、それでも彼女の想像を軽くこえた豪華な内装の立派な空間だった。魔法が使われているらしく、驚く程揺れも無い。快適と言って差し支えない旅路だった。

 先行隊が補給と次の野営地の整備もしてくれているので、到着すれば、あっという間にキャンプ地というよりテント村と言った風情の宿泊所が出来上がる。そこはキャンプと言って想像するような物ではなかった。ベッドが当たり前のように設えてあったり、入浴設備まで用意してあるなんて、思ってもいなかった。


「皆、大丈夫かって心配してくれるけど……キャンプから遺跡までの移動だって、ちょっとしたトレッキング位だし……私が考えていたより、全然大変じゃないから」

「『魔のモノ』なんて化け物に襲われる事が、『大変じゃない』はず無いだろう、陽菜?」

 守護者たちが異形の『魔のモノ』と戦う様子を前に言い放った陽菜を背中に庇いながら、彼は呆れた様に答えた。

 最初の頃は、戦闘になるたびに、血の気の失った顔でガクガクと震えていた陽菜だったが、今ではだいぶ落ち着いていられる様になっていた。

 すぐ傍らに居てくれる彼が、初めから動揺の欠片もなく、終始冷静で居てくれるからかもしれない。

(先生の近くにいれば大丈夫な気がする……)

 見るからに強そうな騎士さんや、自信に満ちた様子で凄い魔法を使う王子さまの側よりも、なんとなく安心感があるのだ。

 実際、守護者たちが『魔のモノ』と相対している場所から、陽菜がいる所までそう離れてもいないのに、何故か『魔のモノ』はこちらに向かって来ない。

 いや、時折こちらに向かって来る個体もいるのだが、何故か途中で見えない壁に阻まれた様に動きを止め、戻って行ってしまうのだ。

 そんな事が続くうちに、陽菜は戦闘を必要以上に恐れなくなった。

「でも、なんだか……思っていた『世界を救う旅』よりもずっと楽なような気がして……」

「それはそうだろうな。……王族やお貴族さま仕様の豪勢な旅程を、普通の人間の感性で捉える方が難しい」

 そう呆れた顔で言った後で、陽菜に微笑みを向けて、

「だが、陽菜が辛い思いをしない位には役立ってくれているなら、悪くは無いな」

 なんて、優しい声を掛けてくれるから、陽菜は頬を赤く染めて俯いてしまった。

 そんな彼が何かに気付いた様に、急に眉をひそめた。

「ん……これは……陽菜、少し下がって」

「先生?」

 言われた通りに陽菜が一歩下がると、彼は何処からともなく取り出した一振りの刀を抜いた。刀の良し悪しなど陽菜にはわからないが、それでも曇り一つない煌めく刀身に、美しいものだと思う。時代劇で脇差しと呼ばれていたような気がする、やや短い刀だ。

 ひゅん、と風切る音と共に彼は数度刀を振るう。

 まるで剣舞の様な流れる動きに見とれていた陽菜は、それが、自分たちの直ぐ側まで迫っていた『魔のモノ』を断ち切る動きであることに、遅れて気付いた。

「……流石に、ここまで増えてくると、この程度の防壁を破る個体も出てくるか……」

 彼は呟いたが、それは小さいもので、陽菜までは届かなかった。

 そして、眼前で守護者たちが『魔のモノ』を倒す為に、魔法や幾度もの剣撃や打撃を繰り広げているのを見慣れていた陽菜は、彼が『魔のモノ』を切り捨てた事も、あまりにもあっさりとバターでも切る様に行った為に、かえって気に止めなかった。素人が一撃で倒せる程度の弱い『魔のモノ』なのだと、勝手に思い込む。

(先生、何処から、この刀、出したのかなぁ)

 むしろ陽菜の関心はそっちの方だった。

 じっと見ていると、彼は鞘に納めた刀を無造作に地面へと落とした。

「えっ!?」

 陽菜が咄嗟に手を伸ばしてみるが届く訳もなく、まっすぐ地面へと落下したそれは、するりとそのまま地面へと飲み込まれていった。

「え? 今の……先生?」

「ん? ……ああ」

 陽菜が声をあげたことで、彼女の目線に気付くと、彼は自分の足元を見た。

「折角『異世界』なんて所にいるんだ。魔法とやらの一つでも覚えて損は無いだろう?」

「先生の魔法?……いつの間に使える様になったんですか?」

「時間は無駄にあったからな」

 彼が右手を空中で滑らす様に動かすと、足元の彼の影がするりと伸び上がった。右手に絡み付いた影は再び何事もなかった様に元の姿に戻る。彼の右手にきらきら光るフィルムに包まれた飴玉を一つ残して。

「ほら、疲れた時には甘い物が良いだろ」

 悪戯っぽい表情で、それを陽菜の手の上にのせる。

「凄いです、先生、手品みたい」

「……手品より凄いんじゃないかな」


 たった一粒の飴玉をテーブルの上に置いて、にこにこと笑う陽菜の姿に、ソフィアも困った様な、諦めた様な、微妙な笑顔を浮かべる。

「ヒナさまは、本当に深くカオルさまをお慕いしているのですね」

「えっ……うわっ……ソフィア……っ、私そんなに分かりやすい!?」

「ええ。それはもう」

 真っ赤な顔で慌てる陽菜に、神妙な顔で頷いてみせてから、ソフィアは堪えきれずに吹き出した。彼女らしい控えめな笑い方だが、旅の初めの頃には見られなかった、陽菜と同年代の少女らしい仕草だった。

「もぉー……ソフィアだって、最近、クリスさんと仲良いんでしょ? 色々聞いてるよ!」

 陽菜のその言葉に、今後はソフィアが頬を染める。

「ソフィアって、かなり良いお家の人だって言ってたよね? やっぱり、身分とかって色々難しいの?」

「……身分や格式もそうですが……家にとっては……どのような相手との繋がりが有益で有るかが全てですから……私には何も……」

 陽菜の言葉にソフィアは困った顔のまま返答する。

「クリスさまはこの旅で、殿下や次期近衛隊長となる方に認められました。王家御用達の『魔道具使い』として、今後が約束された方です。元が庶民階級であったとしても現在はギルド長の正式な養子ですし……これから、多く方からのお申し出があるでしょう……私の名がそこに並ぶかは、お父さまのお心次第です……」

 ソフィアはほんの少しだけ期待するような、だがそれを押し殺すような複雑な顔をした。

「後は……先方から、望まれれば……もしかすると……」

「クリスさんの頑張り次第なんだね!」

「いえっ……そんな事……」

 ソフィアは言葉を濁して赤い顔のまま、小さく首を振る。

 そしてぽつりと消え入りそうな声で呟いた。

「それでも……クリスさまの様な方に望まれる方は……幸せだろうなと思います……」

 その言葉を聞いて、陽菜はソフィアの手をぎゅっと包む様に握った。ソフィアが驚いて顔を上げる。

「私、この旅の間ソフィアが居てくれて本当に良かった。ソフィアと友達になれて本当に良かったって思っているの」

「ヒナさま……」

「私には『混沌の渦』を封じるっていう力しか無いけど、それでも『東雲の姫巫女』って呼ばれる位には、この『世界』の神様に近い者だったりするんなら、ソフィアが幸せになれる様に祈るよ。私の大切な友達が笑顔で居られます様にって」

 陽菜のまっすぐな視線に、ソフィアは言葉を詰まらせる。

「私も……ヒナさまのお側に居られて本当に良かった……ありがとうございます……私も祈ります、ヒナさまがあちらの『世界』に還られても、幸せでありますように……」

 少女たちはそんな言葉を交わして、同時に笑みをこぼしあった。

「全部の『混沌の渦』を封じたら、私、還れるんだよね。後もう少しだね」

「神殿が約定を違える訳がございません。ヒナさまとお別れするのは悲しいですけれど……カオルさまとの事、頑張ってくださいましね」

「うぅ……結構難しいかもぉ……」

 教師と生徒って関係は、大きな障害だろう。

 この非日常的な『特別な関係』が、もう少しで終わってしまうというのは、なかなか残念な気持ちでもあるのだった。


お読み頂きありがとうございます。

残り半分です。おつきあい頂ければと存じます。

女子二人の周りだけ、ちょっぴり恋愛要素中です。

高遠さんは自覚無しなので。

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