クリストファー・ウェインライト『金の守護者』の場合
クリストファー・ウェインライトは『姫巫女』の『金』の『守護者』である。
元々庶民階級だった彼がそのような大役に任命されたのは、彼が抜きん出て優秀な『魔道具使い』であるからだった。
『魔道具使い』とは、正確に言うなら「魔法を用いて道具類の創造、補修、加工等を行う」職人の事だった。
ソフィアと別れた後でクリスは、自分のテントへと向かった。
作業場も兼ねたそこで、敷布の上に抱えていた武器群を下ろす。
「……今回の収穫は……やっぱり、街の近くで手に入る物とは比べ物にならない等級だな……」
その後で、簡素な机に腰に提げていた皮袋の中身を広げ、検分しはじめる。そこでクリスは、魔法の明かりに透かして見た、黒いガラス質の結晶に感嘆した。
「街の近くに出ている雑魚よりも、『混沌の渦』の影響をより強く受けている『魔のモノ』から採れる『黒石』の方が……大きさも、品質も段違いって事か……」
薄々感じていた事ではあったが
(今回の『混沌の渦』の活性化で、最近不足しがちだった『黒石』の調達問題は解決する……か)
クリスは苦々しい顔をして、それでも自分の仕事の為に幾つかの石を選び出した。
このような戦闘が続く旅の中で、彼のような『魔道具使い』は必須の存在だった。
『魔道具使い』がいれば、武器や防具の応急処置から本格的な修繕、場合によっては新しい物を造り出す事さえ可能なのだ。損傷に備えて武器の予備を持つ事は当たり前だったが、それでも限界はある。『魔道具使い』がいることの重要性はそれが危険で長期に渡る物程高くなるだろう。
クリスの『金』属性の魔法だけでも最低限の補修や修繕を行う事は可能だった。
だが、『魔のモノ』が体内に内包する『黒石』と呼ばれる結晶を魔法の媒介として使えば、新品同然の完璧な補修をする事はおろか、以前よりも品質を向上する事すらも可能なのだった。
聖剣や魔剣と呼ばれる程の、突出した存在も、初めは普通の武器に過ぎない。幾度も幾度も『黒石』を重ね、その品質を磨きあげた結果だった。
クリスも一人の職人として、高ランクの『黒石』を惜しみなく使用し、自らの手で伝説に残るような武器を磨きあげる事に対しての喜びや欲求はある。
だが、この旅に同行し、透けて見えてきた、「お偉いさん」方の思考には胸の中にモヤモヤした不快感を感じていた。
『火』の『守護者』である騎士の剣と、『水』の『守護者』であるこの国の第3王子のレイピアの修繕を終えたクリスは、今後はそれらを返却する為に彼等のテントへと向かう。
「……大丈夫か、陽菜?」
途中聞こえてきた声に足を止めて、そちらを伺えば、彼の仕える『姫巫女』とその従者とされる男の姿が目に入った。
「だから、言っていただろう。この『世界』の奴等に、心を許すなと……勝手に一人で、あんな奴等と会うなんて……」
「ごめんなさい……先生……」
震える少女を両の腕で抱える男の姿の中に、庇護の感情をクリスは見ていた。
……それにしては、やや過剰すぎる、反応ではあるような気もするが……まぁ、男と女の事だ。それだけだと簡単に割り切れない部分があっても仕方はないだろう。
(……まぁ……あの『月』の男の反応は、当然の物だよな……)
彼は、自分たち『守護者』への警戒心を隠そうとはしなかった。
それだけではなく、『姫巫女』にも事あるごとに、彼等への不審を植え付けようとする様子から、多くの者が彼に反発を覚えていた。
だが、クリスは少数派の彼に反発を覚えていない者だ。
(あのカオルって男には、『俺たち』が『姫巫女』を利用する為に群がっていることが、見えているんだろうな……)
「本当に『姫巫女』を守っているのは、彼のカオル殿位かもしれませんからね」
「……そんな事言って、あんたの『研究塔』の方は良いのか?」
「良くはありませんね。我が『研究塔』は常に予算不足ですから。『姫巫女』の寵愛を得れば、国からの補助は確約されます。私に、その役目を望んでいる者は少なくはありません。……けれど、それはあなた達、技術者のギルドも同じ事でしょう?」
同じ庶民階級の出身という気安さから、クリスは『土』の『守護者』であるギルバート・クラークと、食事や談話等で共に時間を過ごすようになっていた。
今も、旅先の野営とは思えないほどの豪勢な食事--一般庶民が、ハレの日に用意する『ご馳走』よりも上等な物--を終えた後だった。
本来ならば、クリスやギルバートに供される物ではないのかもしれないが、『姫巫女』が、何処で誰と食事を共にするかわからない以上、敬虔な宗教者で粗食を旨とする『木』の神官以外の皆の分が、常に用意されていた。
クリスはギルバートの言葉に、苦々しい顔を向ける。
「ギルドの意志がどうあれ、俺にそんなつもりは無い」
それは、ギルドの意向に限れば、ギルバートの言葉を肯定しているも同然の返答だった。
「あんたはどうなんだ?」
「私個人ですか? まぁ、思っていたよりも『姫巫女』は好意の持てる女性でしたね。謙虚で、奥ゆかしい」
ギルバートはそう言って、わざとらしくフムと頷いてみせた。
「だから、彼女の方が望むならば、伴侶とするのも問題ないとは思っていますよ。政略結婚など珍しくもないですしね。それに……」
一度言葉を切って、少しだけ苦い顔をする。
「殿下や騎士殿、王家や貴族社会に利用される事や、神殿に一生囲われるよりはずっと、自由な生活をさせる事が出来るでしょう?」
それは、多少なりとも陽菜という少女に好意を抱くからこその憐憫と言って良かった。
クリスもそれはわかっていたので、小さく首を縦に振ることで同意を表す。
「神殿は、全ての『混沌の渦』を封じれば、『姫巫女』を元の世界に還すと言ったんだってな? ……本当にそれは可能なのか?」
「過去の『姫巫女』が帰還したと言う記録は現存しませんね」
クリスの問いにギルバートははっきり答える。それはクリスも薄々勘づいていた答えだった。
子どもの頃から繰り返し聞かされる、『姫巫女』のお伽噺は、全てが「この世界に残って、この世界をお守り下さっている」という終わり方だ。
「じゃあ……神殿と王家は、『姫巫女』を欺いている訳だな?」
「……先代の『月』の従者は、元の世界に帰還したとの噂もあります。確実な話ではありませんが、神殿は何かしらの手段を隠しているのかもしれません」
「……先代以外の『月』の従者はどうなったんだ?」
クリスのその問いには、ギルバートは更に重苦しい表情をした。
「先代以外の『月』の従者は、全て旅の途中で亡くなっていますから」
危険な旅を無事に終える為に『姫巫女』には、幾人もの優秀な護衛が同行する。
その『姫巫女』と同郷から呼び寄せられた人物が、性別が多少頑強な男性であるという理由位で無事に過ごせる程甘くはない。
……『姫巫女』の存在には、価値がある。
だが、『月』の従者の存在には……むしろ、『月』の従者という同郷の存在を喪えば、『姫巫女』は、周囲の『守護者』たちに心のよすがを求めるだろう。
『月』の従者は、死んでくれた方が、
この『世界』にとって都合が良い存在なのだ。
この『世界』が乙女ゲーム的である理由です。
打算とか、利が無いと、あり得ないよね……と、考えれば考える程、毒ばかりとなってしまいました。