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ソフィア・ハートクリフ『姫巫女の側仕え』の場合

脇にいる人たちの視点の話が、暫し続きます。


『混沌の渦』が現れる場所は決まっている。

 というよりは、過去の『姫巫女』が行ってきたのは、あくまでも『混沌の渦』を鎮め、封じる事。長い時間の後に、封印が弱まる事で、再び『混沌の渦』は現出するのだ。

『混沌の渦』が生み出す『魔のモノ』の脅威を恐れたかつての人々は、『魔のモノ』が人里へと現れるのを遅らせようと、『混沌の渦』の周囲を砦や迷宮で覆った。その為に、現在『混沌の渦』の元に辿り着く為には、『魔のモノ』がひしめくダンジョンと化した遺跡を踏破する必要がある。


 遺跡から離れた開けた場所に展開したキャンプ地に、ソフィアはいた。

 神殿を出発して、ここでもう3つ目の遺跡になる。

 道中の移動は、小竜に牽かせた竜車で、それを数台列ねて旅路を進んで来ていた。

 だが、遺跡の近くまで竜車で行けるとは限らない。

 また、『混沌の渦』に近付けばそれだけ、『魔のモノ』と相対する確率も上がる。

 その為に、遺跡から離れた安全が確保できる場所に陣を張り、ソフィアたち戦いの術を持たない者を護衛の兵と共に残し、『姫巫女』と守護者たちの少数精鋭で遺跡に向かう方法を取っていた。


(……どうか、ご無事で)

 自室として宛がわれているテントで、ソフィアは聖印を手に眸を伏して祈りを捧げていた。

 無論ソフィアにとってこの様な長い旅路など、初めての事であった。『姫巫女』の側控えとして、心構えをしていたとは言え、上流貴族の娘であるソフィアにとって、不自由な事ばかりだ。だが、今この時も、危険な遺跡に居る陽菜の事を思えば、不満など口に出来るはずもなかった。

 揺れる竜車で長時間窮屈な思いをされて、幾日も粗末な野営地で過ごされる。使用人も限られた人数しかいない為に、身の世話も至らぬというのに

(この様な旅にも関わらず、ヒナさまは一言も不満を申されないのですもの……なんて寛大なお方でしょう)

 彼女は自らを何も出来ないなどと卑下するが、ソフィアにとって、それすら美徳として映る。

『姫巫女』とは、存在するだけで尊い、そこに在るだけで奇跡であるお方なのだ。

 それなのに、「皆が守ってくれるから、大丈夫だよ」そんな健気なお言葉で率先して危険に身を投じられるなんて。「一刻も早く封印して回らないと、皆怖がっているものね」など、『魔のモノ』を恐れる民草に心を砕いて下さるなんて、なんて慈悲深いお方であろうかと。


(予定よりも、順調に進んでいるという事が救いでしょうか……)

 過去の封印の旅の記録は、長い時間と、その危険な旅の為か、穴だらけで、道中で順次情報を収集、解析する必要があった。

 その為に『守護者』の一人として、国内の学者や研究者たちが所属する『研究塔』の中でも、優秀な青年が同行している。

 頭脳だけではなく、身体能力や、"防壁" の魔術に秀でている事も 守護者の任をまかされた理由ではあったが。

 彼は本当に優秀な学者なのだろう。

 陽菜がソフィアに語った所によれば、隠された遺跡の入口も、戸惑う事なく発見されたらしい。遺跡の中で、本来は『魔のモノ』を妨げる為に設けられた罠や仕掛けも、難なく解き明かしているのだという。

 足止めをくう事もなく遺跡の深層まで進むことが出来ているらしい。道中の『魔のモノ』との戦闘も守護者一丸で、大きな被害もなく対処しているのだという。

『混沌の渦』の名の通り、空間の一部が歪み渦を巻くそれの元で、陽菜も『木』の神官のサポートを受け、封印の術式を問題なく発動させる事が出来たと、ほっとした様子でソフィアに笑っていた。

 予定よりだいぶ早いペースで、旅は進んでいる。


「お嬢さん? 姫巫女様を捜してんのか? 殿下の所にいたぜ」

「クリスさま」

 陽菜が帰還した事を聞き、彼女の元に向かおうと陣の中を歩いていたソフィアに声をかけたのは、短い金の髪を逆立て、幅広のバンダナで纏めた青年だった。

 彼は出会った当初は、貴族の娘であるソフィアを「お姫さん」と呼んでいたのだが、それはソフィアから丁重に辞退されていた。彼女にとって、今この場で「姫」と貴ぶべき者は一人だけであるのが理由だった。

 彼は元々は庶民階級の出身で、その有能さから、貴族でもある彼等技術者達の長の養子となった男だった。その為、本来ならば、上流貴族のソフィアと親しい口を利くなどあり得なかった。

 現在が非常時である事と、彼が『姫巫女』直属の『守護者』である事が、それを可能にしていた。

 ソフィアも『姫巫女』である陽菜を、命懸けで守ってくれる彼等『守護者』たちには敬意を払っているので、親しげな口振りにも不快感を感じていなかった。

 クリスが両手に抱えているのは数本の両刃の剣と、レイピアだった。

 それを見てソフィアも彼がこれから行う作業を悟る。

「それだけクリスさまの "補修" を必要とされるとは……この度の遺跡は、それほど過酷な物でしたの?」

「まぁ……時間が経つほど、『混沌の渦』から発生する『魔のモノ』の数は増えているみたいだからな。これから先、どんどん辛くなるだろう。……とはいっても、今のところは大丈夫だな。これは、早めに調整した方が後々楽だからって預かったものだよ」

 ソフィアの不安そうに翳った表情を安心させるように、クリスはカラッとした笑顔を向ける。

「クリスさまの "補修" 魔法と "創造" 魔法は、世界屈指の物だとお聞きしております。みなさまから武具の消耗を気にする事なく、戦いに赴けるのは、クリスさまのお陰であると」

「俺は自分の仕事をしているだけさ」

 そう言ってクリスは笑った。

 彼の朗らかな笑顔につられたように、ソフィアも微笑む。

 彼女にとってクリスは、今までの人生で関わった事の無いタイプの人間であったが、彼の快活な性質には好感を抱いていた。

(クリスさまのようなお方が、ヒナさまの『守護者』で良かったですわ……)

 心の内で、そのような呟きをする程度には。

 

早くコメディーに戻りたい……

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