「黒歴史語り継がれるって、どんな拷問ですかね」
高遠さんが本名名乗ってくれないので、本文中「彼」表記以外が使えないのです。
この『世界』には、『魔法』がある。
ファンタジーのテンプレよろしく、属性があって、それに適応した魔法が習得できるという奴だ。
『属性』なんだが、日本人には馴染み深い七曜で表されている。その中で『日』『月』の二属性は、それぞれ『姫巫女』とその『従者』、異世界から召喚された者のみが有する属性となるらしい。
更に分かりやすい事に、その外見でその人物の『属性』はだいたい見当がつく。象徴する色が髪や眸に表れるのだ。例えば今俺の前に居る、『火』の青年騎士は赤い髪に橙の眸、若い『木』属性の神官は、萌木色の髪といったように。
兄は『カラフルさん』と称していたが、この『世界』ではこれが『普通』の光景で、黒い髪や眸の方が希少な存在だ。
『月』属性に出来る事は、自分の影を起点とした、『空間』干渉能力だ。その中でも自分の影の内部に物質を保管出来る、"倉庫" なんて凄く便利だ。急な出張でも手ぶらで向かっても困らない。スーツや下着の替えを始め、部屋着や非常食まで常に入れている。お陰で、この度の召喚でも俺はある程度の備えはある。この歳で、ファンタジー的ヒラヒラキラキラの服なんて絶対に着ない。着てたまるか。
ということで、前回の召喚で俺は、魔法と武器の扱いを熟知している。まあ、戦闘の勘って物は多少錆び付いているかもしれないが、なんとかなるだろう。
いや、だって、ウチの連中の中でも『異世界トリップ』した奴なんかは、日頃表立って『能力』が使えない鬱憤を晴らすように、酒の入った宴会で、余興と称した模擬戦闘をやりたがるんだ。「魔王より、酷い」とは俺の従兄を称した、ある親戚の感想だ。
腕が鈍っていると、マジで死ねる。……宴会だから、死にはしないが、本当にキツイ。ある程度鍛えているのは自衛の為だった。
だから、断った。
訓練とかいらないから、さっさと旅だって、仕事終えて、さっさと還りたい。
どうせ『月』属性の魔法は扱える者がいないから、基本訓練だけしかできない。後は世界各地に遺された伝承を元に、なんとかしろって言うんだろ? 前回で、なんとかしたから必要ない。そんな事情は教えてやるつもりも無いが。
……だって必要ないだろう? その為のお前たち、『姫巫女』の『守護者』がいるんだろう? 始めから俺みたいな『異世界の一般人』なんかに、戦力は求めていないだろ? 様々な立場の各属性で構成されたエリートの皆さんにとっては、さ。
俺の存在は、同郷の者がともに喚ばれる事で、『姫巫女』を精神的に支える事。そう、言ったよな?
全ての『混沌の渦』を封じ、世界の安定を果たせば元の『世界』に送還してくれるって言うんなら、一刻も早く旅立たせろよ。
『姫巫女』……陽菜に、必要以上に関わる必要は無い。
お前たちの事情も、背景も、それこそどうでも良い事だろ。陽菜はお前たちの事を個人として知る必要は無い。
同情も、友情も、それ以外の感情も、知らなければ生まれる事は無いだろう。
だから、わざわざ理由を作って足止めなんてするなよ?
「高遠先生?」
陽菜の呼ぶ声に顔を向ける。必要以上に不安にさせるつもりも無いから、彼女には意図して厳しい顔を向けないよう気を付けている。
彼女が俺の事を、兄の薫と誤認しているのを良い事に、俺はそのまま薫の名前を名乗っていた。
……もしかしたら、前回の召喚の伝承とか残っているかもしれないじゃないか。そこで、俺の名前とか残っていたら……
黒歴史が、この世界の、歴史・伝説。ヒロイックサーガ?
うわぁ……死にたい……
やめてー……二つ名とかいらないから! 本名が残っているのも辛いけど、それもキツイ! 俺が名乗ったわけじゃないからな! 俺が還った後で勝手に付けられたんだから!
くそぉ……前回の召喚時のあいつらのうちの誰かか? あいつらのセンスなんだな? 還る前に殺るべきだったか……
……俺も、だけど……
『彼女』もだいぶ脚色されて伝えられているんだな……
まぁ……救世の『姫巫女さま』だからな。そう、したんだろう。
……普通の、女の子だったんだぞ? 『彼女』が『普通』の女の子だったって事だって……ちゃんと、わかってくれていたのかな?
伝説の『姫巫女さま』の偉業がどうこう、じゃなくてさ……
『彼女』が幸せであったかが、なんで、伝えられていないんだろうな?
この後しばらく、なんちゃてシリアスが続きますが、やっぱり根っこはコメディーですのであしからず。