とりあえず、兄貴が酷い。まぁ仕方ないか。
視点変更が慌ただしいのですが……
慌ただしいそんな空気感と共にお読み頂ければ幸いです。
透は陽動の為に動く事となり、薫とギルバートと別れる事になった。その直前、ギルバートは
「ああ、そういえば」
と、思い出した様に透を呼び止めた。
「先代の『姫巫女』をめとった国王陛下は、誠実なお方ではあったようですよ」
幸せであったかは、当人以外が知るものではない。
だが、後世の記録から分かる事もある。
「不幸にも妃殿下が産んだお子は早くに亡くなられましたけどね。その後お子を授かる事もなかったにも関わらず、側室も置かなかったとか。親族から養子を迎え、後継としたそうですよ」
何かが、胸の内にストンと落ちた。
これ程の事をされながら、何故自分が、この『世界』の『王家』に、それほど悪感情を抱かなかったのかを。
『彼女』の子孫だと思っていたから。だから、自分は。
「大切には、してくれたんだな……」
「そうですね。それだけは確実ではないでしょうか」
ギルバートが、朗らかだが、何処か黒い笑顔で言う。だが、透は気にとめなかった。
「なら、仏心を加える必要も無いな」
もとより、この『世界』に仏もいないだろうが。
それより暫く後の事。
陽菜の居室前で、薫と対峙したソフィアだったが、
「カオルさま……? でも……いいえ! あなたはカオルさまではっ」
彼女は勿論、透に双子の兄が居る事など知るよしも無い。はっきりと感じた違和感に声を荒げると、それを聞きつけてしまったのか
「ソフィア……? どうしたの?」
部屋の奥から陽菜の声がした。
「ヒナさまっ、奥にっ……」
「2年C組、出席番号33番、室町陽菜っ!」
「はいっ!」
ソフィアの静止を遮り、薫が上げた声に、扉の向こうで、陽菜が直立不動になった気配がする。
「…………?」
ソフィアが目をぱちくりする中、薫が躊躇なく扉を開くと、そこにはソフィアと同じような顔をした陽菜が立っていた。
「…………先生?」
「はい。高遠先生ですよ」
なんとなく、眠そうな顔。今日はいつもより整えてあるが、収まりの悪い寝癖のような髪。学校でよく見かけた『高遠先生』の姿。
「元の服装って制服だったかな? 出来れば早く着替えてー、そんで、家に還るぞ?」
薫はにこり笑って、状況が掴めていない二人の少女にそう言った。
「俺が薫。室町とソフィアさんが、『カオル』って呼んでいるのは、俺の弟の透。こんな『異世界』なんてもんに喚ばれた室町を、必要以上に不安にさせない様にって、俺の名前を名乗っていたらしいな」
にこやかな薫の姿は、明らかに透と双子の兄弟であることが分かる程よく似ているのだが、何だか漂う残念臭にはっきりと別人だと分かるという、不思議な相違を主張していた。
「何で、先生が?」
「弟を迎えに来るのは、おにーちゃんの仕事だからだよ」
理由になっていない。だが、混乱する少女たちに、突っ込みを入れる余裕は無かった。
「ソフィアさんもね? これからここはちょっとばかしきな臭くなるから、お家に帰りましょうねー」
薫がちらりと後ろを振り向けば、そこにはギルバートに連れられたクリストファーの姿があった。
「ちょうど護衛も到着したところだしね」
呆然とする陽菜の前で、薫がギルバートとハイタッチを一度交わす。
「じゃあ、健闘を祈ってる」
「星の巡りが合えば、また会いましょう」
陽菜が、薫に手を引かれた所で、その意味を悟ると、慌ててソフィアに向き直り声をあげた。
「ソフィアっ、本当にありがとうっ! 元気でっ! クリスさんっ、ソフィアの事、よろしくねっ!!」
「ヒナさまっ! ヒナさまこそ、どうかご無事で……っ!」
駆け出した薫に急かされた、急な別れの言葉だったが、それで良かったのかもしれない。時間があったとしても別れが辛くないはずがないのだから。そう思いながらグスリと鼻をすすった陽菜を見る事もなく。
「この『世界』とも、縁深くなったからな、勝手に喚ばれるのはお断りだけど、友達に逢いに来るのは良いんじゃないかな」
と、薫は呟いた。
「え?」
陽菜の不思議そうな顔にも返答を返す事もなく、薫はいくつかの角を曲がる。元々人の少ない神殿内だが、誰ともすれ違わなかった。
「さぁーて、到着」
薔薇園の中、死屍累々と大勢の人間が積み上げられた異様な空間に、陽菜は言葉を失った。薫は、気を失っているだけでそれらが生きているのを確認して、笑う。
「刀ってのは、峰打ちが出来るもんな。こいつらラッキーだなぁ」
「殺人狂でもなし、わざわざ殺そうとは思わないさ」
薔薇園を抜けた先、階段の上の祭壇で、溜め息混じりに答える、太刀を提げた人物。
陽菜が会いたくてたまらなかった人の姿。
「せ、先生っ!」
駆け寄り抱きついてきた少女を、受け止めながら、透は困ったように笑い、優しい声を掛けた。
「……俺が『先生』じゃない事は解ったんだろ?」
そう言われても、陽菜はそれどころではなかった。
止まらない涙と嗚咽で、息をするのさえ苦しい。透は優しく、背中を撫でてくれた。
「さぁーて……召還の儀式が行われているこの場所。ここは紛れも無い『神様』のご加護の降りた『聖地』だ。正確にはここだけが『神聖』な場所なんだ……よな?」
薫が疑問を向けた先には、呆然とした、見慣れた顔が並んでいた。
陽菜は最初に召還された時みたいだなと、階段の下を見る。
「そんなに俺が生きているのが不思議か」
思わず透が毒を吐いた。
王子サマが怒りを含んだ視線を向けるのを、薫がさらりと受け流した。
「男でも、美人ってのは迫力あるなぁ。近付かない事をお勧めするよー」
ぱちん、と、わざとらしく薫が指を鳴らしてみせた瞬間。
ドンッと彼らたちと祭壇の丁度中間、階段の手前が、はぜた。
土を巻き上げて発生した大穴に、水色と緑は顔色を失い、赤いのは一歩前に出る。忠誠心だけは誉めてやっても良いと、聞き取れない程の声で透が呟く。
「これで終わりだとでも思うか?」
薫が悪魔のごとき笑顔を浮かべる。
「……陽菜、俺の側を離れるなよ」
「はい。先生っ」
ぎゅっと抱きつく陽菜の背中を、ぽんぽんとあやす様に叩きながら、透は諦めたような顔をした。
爆音が連鎖的に響く。
兄はどれだけの爆発物を隠し持っていたのか。弟は、"陰形" の--空間に干渉する事で認識を阻害する--魔法を行使し、兄と陽菜を連れてこの場を離脱しながら溜め息をついた。
思う存分破壊工作を行った薫は、端から見ても本当に楽しそうだ。
この日、『神殿』は、この『世界』から姿を消した。
完全な廃墟と化した訳ではないが、『聖地』と『姫巫女』を失い、その機能をも失ったこの場所に、それまでのような求心力はないだろう。
醜態を隠せない程度には派手に、建物は半壊しているのだから。
RV車を暫し走らせて、小高い丘の上に上がると、薫は車から一度降りた。透と陽菜も続けて降りる。
陽菜にとっては初めて見る、この『世界』の街並みと王城が眼下に広がっていた。
陽菜がその光景に気を取られている間に、薫は準備を整えた。"倉庫" から取り出したのは、レトロな外見のシンプルな砲台だった。それを目標へと向ける。
「たーまーやー」
どぉんっと、一発。
「かーぎーやー」
ごろんと軽そうに入れた砲弾で、もう一発。
物理法則なんて無視をした、とんでもない飛距離を、緩やかな放物線を描いて、二発の砲弾は、狙い違わす、王城へと直撃した。
遠すぎて崩壊する城の様子はよくは見えないが、
「凄いっ……綺麗……」
陽菜が思わず呟くのも無理はない。
日のあるうちにも関わらず、魔法の光で彩られた虹色の大輪の花が、空に満開の花を咲かせたのは良く見えたのだから。
「じゃあ、サービスでもう一発ーっ」
「たーまーやー」
「かーぎーやー」
王都の混乱も彼らには関係なく。
再び大空に咲いた光の花に、無邪気な歓声をあげてから。
彼らはこの『世界』を後にした。
いよいよ次回でラストです。
最後を締めるのはあの方……主人公って誰でしたっけ感に、とりあえず謝っておきたいです。