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兄、怒っております

物語も佳境です。

今までのネタばらし回となっております。

「この『世界』の奴等は、『日』属性の者を『東雲の姫巫女』と呼んで崇め、『月』属性の者を『従者』と呼んでいるみたいだがな」

 そう言って遺跡の奥深くで薫は弟の透を振り返る。

「ギルと一緒に調べた結果だけどさ、王家と神殿が、民衆の人心を集める手段として『日』の者を神格化している事はわかった訳だが、それだけじゃ、説明の付かない事が多すぎる」

「薫……ギルって?」

「ん? ギルバート・クラーク、お前も知ってるだろ?」

 いつの間にか、『土』の守護者と呼ばれる青年の名を親しげに呼んでいる兄の姿に、弟は微妙な顔をする。

 薫は軽い調子で笑いながら話を続けた。

「一定の経過で封印が解け、活性化する『混沌の渦』は、場所も規模も予想可能な『災厄』だ。召喚した『姫巫女』と共に救世の旅に出るっていうのも、いわば、大掛かりな式典だな。王家の威光と『混沌の渦』と『魔のモノ』を殲滅する絶対的な力を『世界』中に示す式典だ」

 薫は片手のスマホを時折覗いて道を確認する。ギルバート謹製の地図を撮影して取り込んだそれは、罠や仕掛けの細かな書き込みもしてあるので、最短距離で目的地へと向かえた。

「神殿にとってもそうだ。神の遣いである『姫巫女』は、誰の目にも明らかな、神殿が起こした『奇跡』だ。信仰心も神様も疑う余地がなくなる。……この『混沌の渦』と『姫巫女』の関係ってのは、権力者にとって、手放したくないサイクルな訳だ」

「……権力者候補達が、『姫巫女』にたかるのも、『姫巫女』をこの『世界』に留めようとするのも、『姫巫女』こそが崇拝の対象だから、か」

 透も呟きながら、王族の一員や、貴族、神殿の連中が殊更『姫巫女』の周囲に集る姿を思い出す。

「さて、『姫巫女』ってのが、権力者の思惑の元の設定だとして、召喚されるのが、『異世界』の男女一組である理由だ」

『姫巫女』の心の安定の為に、『従者』が共に喚ばれるというのは、不自然な訳だと。言外にそう含める。

「召喚自体は、本来は本当にこの『世界』を救う為の救済措置だったようなんだ。んで、『日』属性の者の能力は、『活性化した混沌の渦を鎮める事』そんで、『月』属性の能力は、『空間に干渉する事』そうだろ?」

 薫はそう言って、最後の扉の仕掛けを動かす。

 重々しい音をたてて開いた先の空間には、透にとってはついこの間見たばかりの『封印』呪で縛られた『混沌の渦』が鎮座している。

「『日』と『月』は一対で召喚される。その役目も一対であるはずなんだ。……つまり、『月』の役割は」


「『日』によって鎮められた『混沌』を消し去ることだ」


 薫が『月』の魔力を解き放つ。

 彼から伸びた彼の影が、球体状の『混沌の渦』にぐるりぐるりと巻き付いていく。

 少しずつ影の面積が広がり、それが影の色一つに染められた数瞬後、風船が破裂する様に、ぱぁんと、いっそ晴れやかな音をたてて、それは破砕した。


 あっけない程に

 後には、何も残らなかった。


「『月』の能力者が、必要以上に『混沌の渦』に近付かないように、干渉されてなかったか?」

 呆然とした透に、薫がそう言うと、どうにか我を取り戻した透が首を振る。

「あ、ああ……『姫巫女』の儀式の邪魔になるからと、『姫巫女』と神官だけが、『混沌の渦』の側に近付ける事になっていた」

「万が一にも『混沌の渦』を消されたら、困るからな」

『混沌の渦』が消滅してしまえば、この都合の良い『災厄』が起こらなくなってしまう。それを避けたい王家と神殿が、『月』の『異世界人』を邪険にし、死亡する事すら歓迎しているのには、そういった側面もあるのだ。

「それに、『魔のモノ』はこの『世界』最大の資源だ。無くなったら困るんだろうよ」

「『黒石』……」

『魔のモノ』から採れる、黒い結晶を思い返して透は呟いた。この『世界』の生産活動に欠かす事の出来ない、魔力の塊の事を。

 そんな透に笑いかけながら、薫は楽しそうに言う。


「なんで、綺麗さっぱり消しといてやろうな♪」


(あ、薫怒ってる)

 それは、そうだろう。薫にとっては、赤の他人はおろか、まったく関係無い異世界のことなんて、何の痛痒にもならないのだ。

 家族を、勝手に喚びつけただけでも腹ただしいのに、利用することはおろか、命まで狙ってきたのだ。

 これで、なあなあに済ませ、三たび、透が召喚でもされたら堪ったものではない。

 薫の顔にはそうはっきりと書かれている。だが、透はなんだかんだで人が良い。そこまで割りきれない。

 兄の黒い笑顔に、弟は空に向かい、誰にとも言えない謝罪を呟いた。



 RV車が疾走し、それまでの旅路を逆走する行程で、各遺跡を猛スピードで踏破して回る。

 それまで掛かった時間が馬鹿馬鹿しく成る程だった。

 途中現れた『魔のモノ』は轢かれはねられ、同行者に能力を隠す必要の無くなった透の一撃で切り飛ばされる。時には、薫が引っ張り出したサブマシンガン的な物の乱射で一掃された事もあった。


 因みに、食事は薫持参のアウトドア用の簡易バーナーと、缶詰めや、アウトドア用のフードやミリメシで賄った。意外に充実していた。

 寝るのは、車の中だ。父が余裕のあるサイズの車を愛用していて良かったと兄弟で思う。座席を全て倒せばフラットになる車内は、男二人で寝るのにも充分なスペースがある。

 軽じゃなくて良かった。



 神殿に到達するまでも、あっさりだった。


 神殿の前には、見覚えのある顔が待ち構えていた。

 人影の無い場所に誘導されながら、薫が軽い調子で挨拶を交わすのに、透は呆れた顔をするしかない。

「よお、ギル」

「お久しぶりですカオル。やっぱり、無事でしたか……えーと、なんとお呼びすれば?」

 ギルバートの言葉に透が兄を不思議そうに見る。薫はギルバートにこう答えた。

「あー、こいつの本名な。透って言うんだ」

「トオル殿ですか。……だってねぇ、誰も知るはずの無い物を、何かの拍子に口走りでもしたら不自然ではないですか」

「なあ」

 笑い合うそんな二人の様子に、透は確信に似た物を感じる。

(ああ。薫と、意気投合したんだな……)

「透お前、ギルにちゃんと礼言っとけよ?」

「は?」

 唐突な兄の言葉に反応が遅れた。透がそちらを見れば、兄は笑いを納めた真面目な顔で、きっちりとギルバートに腰を折る所だった。

「ギルのお蔭で間に合った。弟を守ってくれた事感謝してる」

「元々非があるのは全面的に『こちら』の方ですからね。咄嗟でしたが、トオル殿が助かって何よりですよ」

「え? ……薫?」

「だってお前……背後からの至近距離で急所を外すなんて、不自然だっただろ? 撤退するのを選択する位、直ぐ側まで迫っていた『魔のモノ』がお前の所に来るまで時間がかかった事だってな。気づいてなかったのか」

 今度呆れた顔をしたのは薫の方だった。

「ギルの "防壁" の魔法で守られてたんだよ、お前は」

「クリストファーがあそこまで思いきった真似をするとは驚きましたけどね。カオル殿に直ぐ連絡を入れましたが、間に合って本当に良かった。……『黒き迅雷』がそう簡単に死ぬとは思いませんでしたけどね。無事な姿を見てほっとしましたよ」

 朗らかな顔でギルバートが答えるのに、状況を理解して透も頭を下げる。薫はああ言うが、あの時の透は、出血と『状態異常』の魔術効果で朦朧としていたし、普通に激痛に耐えていたし、その後の薫のあれやこれでなんだか全部吹っ飛んでしまったので、考えるという行為に至らなかったのだが。言われてみればその通りなので、返す言葉は無い。

「『金』の小僧はどうしてる?」

「とりあえず自殺などはしていませんよ。彼にもこれから働いて貰わなくてはなりませんので」

 薫の問いに答えるギルバートの笑顔の裏に黒い物を見て、透は先程の自分の推測を反芻する。

「クリストファーは、何で俺を刺したんだ? そこまで王家への忠心が篤い人間だとは思えなかったんだが」

 そういえば、とばかりに透が疑問を口に出せば、ギルバートはそれに対しても明確な返答を持っていた。

「『姫巫女』殿の心を乱し弱めるのに、近しい者が喪われるというのは効果的ですよね。一番は、『姫巫女』殿が心寄せるトオル殿。二番目は?」

「ソフィア・ハートクリフ……」

「ご名答。クリストファーは、彼女の命を楯に脅されたんですよ」

『姫巫女』にとって、この『世界』唯一の友人である少女。

 側仕えとして近くに控える人間すら限るのは、『姫巫女』の安全を考えての事もあるのだが、それだけではない。限られたその者と深く関わらせ依存させる為だ。

 いざという時に、効果的に利用する為に。

 王家にとって、ソフィアも駒の一つでしかない。


『カオル』を殺して『姫巫女』の心を『この世界』に留める時間を作れないのならば、別の者を使うまで。


 たったそれだけの言葉で、クリストファーは動かざるを得なかった。自分の心をその凶器に込めて。自らの職人としての矜持以上の思いを込めた、おぞましくとも美しいそれを振るったのだ。

「馬鹿な奴……」

 透が呟けば、ギルバートと薫が似たような笑顔を向けた。


「ハートクリフ卿は、娘がこの『世界』の為、『姫巫女』の為に命を落としても、それを善しとされる高潔な方ですが。愛娘の命を王家の道具とされる事を善しとする程、王家を尊ばれているそうではないそうです。この度の事、お怒りですよ」

「だいぶ、力のある家柄なんだってな。『東雲の姫巫女』という『世界』の救済措置を司るからこその王家への忠誠。それが茶番だと知ったら、な♪」

「いやぁ、カオルがここに来るまでの短い時間に、私も色々大変でしたよ?」

「もう少しゆっくりでも良かったか?」

「いえいえ。遅くとも機を逃します。ちょうどでしょう」


 笑顔を交わす二人の姿に。

 最大の被害者であるはずの透は、なんとなく王家に同情した。


「あ。もちろん、ここも潰すから♪」

 笑顔の薫が指差したのは、眼前の建物だった。


ギルさんも設定当初はこんな人じゃなかったんですが……


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