Ⅳ
教室に戻ってくるなり、何やらクラスメイトたちがどよめいた。
まぁ無理もないだろう。昨日転校してきたばかりの噂の女子生徒がいきなり男子に拳を振るい、挙句の果てどこかに連れて行ったのだから。僕だって蚊帳の外の人間だったら動揺する。
「あ~。おかえりなさ~い」
「た……ただいま……。転校生って彩歌の事だったんだな……」
「そ~だよ~」
「……」
「……」
「なんで知ってんだよ」
「あれ~。昨日電話で言いませんでした~?」
「言ってねぇよ! 昨日はお前が忘れたから学校で話すって言ったんじゃん!」
「あれ~? そうでしたか~?」
こいつ……あほだ! いや、知ってたけど。いや、テストでは毎回校内順位が一桁なんだけどさ。
え? 僕の順位はどのくらいかって? それは聞くな。
「それにしても、彩歌が帰ってくるなんてな。もう会えないとばかり思ってたよ」
「そ~ですか~? ぼくは絶対会えると思ってましたよ~。ほら、言うじゃないですか~『一期一会』ってやつですよ~」
……そうだな。昔っからの仲だし、これから先もずっと一緒にいるというのも悪くないだろう。碧人の臭いセリフに僕はふっと笑みを溢した。
それを見た碧人がため息を漏らし、麻衣の居場所へと眼を向けた。しかし何を言うわけでもなく、すぐさま僕の顔に視線を戻す。
「あ、そうそう。今日、彩歌との再会記念に――あ!!」
「え~? ど~したんですか~?」
「今気づいたけど、『彩歌との再会記念』って、ダジャレになってたわ」
「ど~でもいいですね~」
うぅ、ワザとじゃないんだ……
だからその蔑むような眼はやめてくれ……。新たな扉が開きそうだ……
「結局、ど~したんですか~?」
「おっと、そうだった。今日彩歌との……さい……かい……記念にあのアイス屋にでも行こうかと思ってんだけど」
「いいですね~。ぼくも行きますよ~」
「そういってくれると思ったぜ。んじゃあ放課後、彩歌も連れて行こうか」
碧人からの了承をもらい、一安心する僕。
あとは彩歌だが……
キーンコーンカーンコーン……
ちょうど始業を告げるチャイムが鳴ってしまった。
しょうがない、誘うのは次の休み時間にしよう。
とりあえず授業が始まってしまうので席に着く。
放課後、昇降口でたたずむ僕、碧人、麻衣。
あのあと彩歌の教室に赴き、アイス屋の誘いをした。
もちろん返事はオーケーだった。
今何をしているかというと、今日の主役、彩歌を待っているところだ。
その主役が今何をしているかというと、体育館裏で一人の男子生徒と一緒にいる。
理由? わかれよ。
若い男女が体育館裏ですることといったらそりゃあもう、エッ……か、告白でしょうが。
もちろん後者だ。
彩歌はあの容姿もあって結構モテるのだ。
あの上から目線な感じも一部の男子からはかなりの好感度アップならしい。
「お~っす、おまたせ~」
と、主役が戻ってきた。
「おつかれさまです~。結局相手はどうなったんですか~?」
「ん? 普通にことごとくフッてあげたわよ。」
「普通にことごとくってなんだよ……。お前の中ではことごとく振るのが普通なのか……」
「まぁ、そうなっちゃうのよね。どうしても……ね」
「ふ~ん。なんだ……その……がんば!」
「えー……」
「え、どうした」
「……なんでもない」
ダメだこいつ……みたいな顔をされた。
「ま~とりあえず歩きましょ~よ。麻衣ちゃんの話もするんでしょ~う?」
「そうだな。話をするのは校門を抜けてからで」
そういって僕たち三人は歩き出す。
校門を出て少ししてからまた話題を戻す。
「で、麻衣ちゃん? っていうのはもしかしてさっきのしゃべる人形の事?」
「まぁ、正確には人形じゃなくてホントの人間だよ。麻衣、もう学校から出たし、出てきていいぞ」
僕が呼びかけると、胸ポケットからひょっこりと顔を出す麻衣。
そして麻衣の方を見て少し恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「えっと、古渡麻衣、です。兄がお世話になってます」
「なんでそんな仰々しいんだよ……」
「だって! ……こう見えて実は人見知りなんだよぅ」
「そういえば碧人の時も最初はあんましゃべんなかったな。忘れてたけど。」
うんうんと首を振る麻衣。
そんな麻衣の様子を見ながら目をキラキラさせるする彩歌。
「かわいーーーーーーーーーーーーーー!」
急に叫びだす始末。
「え? え? なにこの子!? 妹なの!? えーちょっとどういうことーー!?」
「ちょ、落ち着け彩歌。お前がかわいいものに目がないのは分かるけどちょっと落ち着け」
「むりむりーーー! もー麻衣ちゃんかわいーーーー!」
麻衣を僕から奪う彩歌。
そして自分の頬にスリスリと擦りつける。
「あーうー……アニキーー……」
「っぷ……はははははは!」
笑いを堪えていた碧人もついに噴き出した。
「で、落ち着いたか?」
「いや、まだたりな……」
「いい加減にせいっ」
ごん
「あて! チョップすることないでしょ!」
「だまらっしゃい」
無駄な時間を過ごしてしまった……とは思わない。
こういった時間も懐かしいものだ。
昔からこうやってよく三人でふざけあってた。
そこに麻衣が加わってより一層騒がしく、楽しくなった。
こんな日々がずっと続けばいいと思う。
「麻衣ちゃんって、何者なの? あんた、妹いたのね」
やっと彩歌も落ち着いたようで、本題に戻ってくれた。
「うん、言う機会がなかったから特に話さなかったけどね。まぁ、ちょっとした事情でこんなミニサイズになってるけど、ホントはみんなと変わらない姿をしていたんだ」
「事情?」
「うん。事情」
「どんな事情なの?」
「すんごい事情」
「わかんないわよ! 全然説明になってないじゃない!」
「まぁまぁ。とにかく、麻衣のこの状況を知ってるのはこのメンツ、プラスうちのクラスの担任と親だけだからあんまり口外しないでくれ」
「えぇ~。なんかうやむやにされちゃったけど……まぁいいわ、約束してあげる。その代わり、この後のアイス、奢ってくれるんでしょう?」
……ん?
「忘れないでよ! 飯でも奢りながら~って言ってたじゃん。飯じゃあないけどさ」
……あ。そういえばそうだった。完璧に忘れてた。
「自分から言っておいて……しかも全然時間経ってないのに……」
「まぁまぁ。奢るからおこんなって」
「ならいいけどさ~」
奢ると言った瞬間に機嫌がよくなった。
まったく、どうして僕の周りには『奢る』という言葉に弱い女性が多いのだろうか。楽だからいいけどさ。