Ⅲ
翌日、場所は学校の教室。僕はとんでもない人物を目にする。
「――お前、なんでここにいる?」
僕の席に座り、前の席に座っている碧人と楽しそうな表情で会話をしている少女を目にして僕は硬直した。
「あら、新太クン。久しぶり。元気してた?」
「あ、あぁ。久しぶり。そっちこそ元気に――」
「何が久しぶりだゴラーーーーーーーーー!」
「ヘブシッ!」
強烈なアッパーを顎にもらい、宙にきれいな弧を描きながら地面に打ち付けられた。
とんだ怪力少女である。
「ちょっと来なさい!」
そういうと少女は床に突っ伏している僕を廊下まで引きずっていく。
「えっ、あの、ちょっと……。あ~お~と~! た~す~け~て~!!」
最後に見えた彼の顔は、とても清々しく、キラキラしてた。
あんにゃろう……。
「せっかく転校してきたというのに、挨拶もなしとはどういう了見なのかしら?」
「え、転校生ってお前なのか?」
少女の名は天宮彩歌。碧人と同じく、小学校からの付き合いで、こいつとも毎年同じクラスだったという。
容貌は確かに噂通りの美人である。長い髪を一つにまとめ、本当にポニーの尻尾のようにふわふわとした髪質をしている。体型は小柄でありながら運動神経は抜群。さらに成績も優秀。
ただ、少し上から目線のような態度を取ってしまうため、万人受けの性格というわけではないが……
彩歌は中学二年の時に引越しをして海外に滞在していた。なんでも、両親の仕事上の都合らしい。
「ったく、仮にも私の幼なじみで元カレなんだから挨拶ぐらいしにきたらどうなの?」
そう。彩歌とは以前付き合っていた。
中学二年の春に付き合い始め、その半年後に引っ越してしまったのだけれど。
引っ越してから、数週間は連絡も取り合っていたのだが、ある日を機にパタリと返信が返って来なくなったため、そのまま自然消滅となった……と、僕は思う。確認はしていないから確定ではないが。
しかし彩歌も、元カレと言っているくらいだから、もう彼氏彼女の関係とは思っておらず、ただの幼なじみだと思っているのだろう。
「すいませんね。昨日はちょっとそれどころじゃない事態になっててさ。……っていうか、今も多分それどころじゃない事態に陥る可能性が……」
「は? なに言って――」
「二日も連続で……そんなにあたしをズタボロにしたいかーーーーーーーーーーー!!」
突如、女の子の怒号が響いたと思うと声がした元からその主がひょっこりと現れた。
「ちょ……麻衣、学校にいるときは我慢しろって言ってるだろ!?」
「だったらもっとアニキがしゃんとしろよ!」
「いや、僕が悪いわけではないだろ……」
「最低でも昨日のはアニキが悪いじゃん!」
「昨日のことは謝ったじゃん!」
「謝ってないじゃん! ただアイス買ってもらっただけだぜ!」
「だから『ごめんなさい』って気持ちを込めてアイス買ってあげたんじゃん!」
「そりゃあアイス買ってくれたのはうれしかったけど……その気持ちは言葉にしてほしいな」
「あ、うん、ごめん。次からはちゃんと謝るよ……」
「うむ! よろしい」
といって麻衣は最高の笑顔を浮かべる。なんだか麻衣のこんな表情は久しぶりに見た気がする。
「え、なにこの茶番」
それまで無言でいた彩歌がついに声を出した。
「っていうかそれ人形……?」
「「あ……」」
僕と麻衣揃ってあほみたいな声を出してしまった。
「それに、今喋ってたような……? てか、服、浴衣?」
いや、この服は甚平である。
ちなみにこの服装は僕が指示したものでは無く、あくまで麻衣自身の趣味である。
趣味というのは少し違うかな。
まぁ、麻衣の日常みたいなものだ。これが麻衣の普段着。
だがそんなことはどうでもよくて……
この状況……どうしようか。
彩歌は秘密を教えた本人にすら知らないフリを徹底するほど口も堅いし、約束も守ってくれる奴だ。
いや、それはもしかすると忘れっぽいだけだったのかもだけど、それでもバラすことをしたことは一度もない。
訳を話し、黙っていてくれと頼めばきっとそうしてくれるだろう。
それに、僕と彩歌と碧人は昔はしょっちゅう遊んでいた仲なので、その旧友とも呼べる間で隠し事をするというのは正直言って気分が悪い。
僕個人としてはこの秘密を共有したいところ……だがしかし、こればかりは僕だけでは決められない。麻衣自身はどう思っているのか。
碧人の時は自分からあっさりバラしていた。
僕と特別仲良く接している人には教えるのだと本人は言っていたので今回も自分から言い出すのかと思ってはいたのだが、予想と反してポケットの中に引っ込んだままでなかなか登場しようとしない。
出合い頭にアッパーをお見舞いするやつなんて僕と相当仲の良いヤツにしかできない芸当だと思うのだが……
一旦ここは彩歌と別れて麻衣に直接訳を聞いたほうがいいのかもしれない。
「すまん、彩歌! ちょっと先生に呼ばれて職員室行かなきゃいけなかったんだ」
「はぁ? 何よ急に。そのポケットに入ってるの、何なの?」
「いやマジで急いでるから。今度飯でも奢りながらゆっくり話すって」
「えぇ~……ったく。分かったわよ。早く行きなさい」
「ホントすまんね。さいなら、元カノさん」
「はいはい、いってらっしゃい」
と、足早に廊下を駆け抜ける。
――――元カノ…………ね…………
背中越しに彩歌のつぶやきが聞こえたような気がした。
「そういえば、麻衣はアイツと会うの初めてだよな。彩歌って言って、僕とか碧人とかの幼なじみだから。ってか、もう腐れ縁の域だから」
「うん。アニキと仲がいいっていうのはわかってたんだけどよ……」
「うん?」
「あ、実は碧人君から彩歌って子がアニキの元カノだってこと聞いてたんだ。」
「なっ! 碧人の奴、勝手にプライベート情報を……ぐぬぬ」
「それで、さっきの子も彩歌っていうみたいだし、アニキと仲いい感じだったからもしかして同一人物なんじゃないかってね」
「ふ~ん? んじゃあ別に出てきてもよかったんじゃないのか?」
「いや、せっかくの再会に水を差すのもどうかなって……」
「大丈夫大丈夫。僕も彩歌もそんなの気にしてないから。むしろ友達が増えてうれしいくらいだろ」
「……うん。サンキューな、アニキ」
「どういたしまして」
いいながら僕は指で麻衣の頭をなでる。
そして麻衣はいつも通り頬を擦る。
我が妹ながら、笑っている表情は素直でかわいい。
普段の勝気な態度からのこの笑顔ならどんな男もイチコロだろう。振り幅が大きいからな。
「あーそうだ。今日は彩歌との再会記念にみんなであそこのアイス屋行くか。あそこの味は彩歌にも教えてやりたいしな」
「おぉーいいな! 賛成!」
「んじゃああとで彩歌と碧人に声かけとかなきゃな。そん時にでもお前の事も紹介するか」
「そだな」