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第一話 その3 「アリサの記憶」

 アクアレムリアで一番の賑わいを見せるのは、やはり港近くの市場である。セーシャル諸島の他の島から海路で運搬されてきた様々な食べ物や日用品。装飾品やマジックアイテムまで沢山売られている。中には、大海を跨いで西の国々の品物まで揃っているほどだ。

 古来よりアクアレムリアは海上貿易の要所でもあり、ここから荷揚げされた荷物が島のあちこちへと陸路を使って運搬されていく。

故にアクアレムリアの市場は商人から町の人々に至るまで沢山の人影が朝から夜まで耐えることがない。

「さて、あれじゃ、流石に目立ちすぎるからなぁ……」

 俺の視線の先には、沢山の露天商たちから次々と声をかけられているアリサの姿があった。

「お嬢さん。見ない顔だね。こんな美人がアクセサリー一つ付けないで歩いているのはもったいない。ウチの店を見て行ってくれよ」

「ルイス。アンタの店じゃ役不足だ。ウチの店にしていってくれよ!」

「なにぃ。いい度胸してるじゃねぇか。レイン!」

「お、落ち着いてください」

 てな感じで、さっきから歩くごとに露天商たちにアリサが声をかけられまくっているわけだ。

 露天商たちが言うように、アリサは一級品の美少女であることは紛れもない事実である。露天商たちがお世辞で声をかけているわけではない。

美人な上に、ここら辺では見たことのないアリサの服装のおかげもあって、注目の的だった。

「あれは先に服装から片付けていったほうがいいのか?」

 セレスの館から出てくるときに執事の老人から預かった金を見ながら、俺はどうしたものかと頭を悩ましていた。

 そもそも、女の子の服を選ぶような経験は全くしたことがなく。どうすれば、この難題をクリアできるのかと頭を抱えたくなっている。

「ちょっと。ユーリ!」

「ん? ああ。どうした?」

 どうしたものかと悩んでいた俺の目の前にアリサが現れる。不満そうな顔色を浮かべているというのに、なぜだかその整った顔だちのおかげで、不快感が全くをもって感じられなかった。

「さっきからすごい話しかけらられて進めないんだけど!」

「目立つからなぁ」

 アリサの蒼い髪自体、かなり珍しい。出会った時は、ストレートで髪も結っていなかったが、セレスに色々されたらしく。今では白いリボンでその長い髪の毛をポニーテールにしている。

 服装は、白と青を基調としたコートの様な服装なのだが、スカートが年頃の女の子にしてはかなり短い。

健康的な素肌がそこから覗いているため、男たちにとってこれはある種の目に毒なのではないだろうか。

「な、なによ人をジロジロ見て……。ユーリだって結構変な格好じゃない」

「そうか? でも確かにそうかもな」

 俺の背中に鞘に収まった太刀と細身の長剣を差している。この組み合わせは確かに珍しい。俺以外にこのスタイルは見たことがないしな。

「そうよ。街中でも武装してるの?」

「念のためだ。それに商売道具だしな」

 命を預ける道具なだけはあるため、モノ選びには結構気を使っている。太刀は、東方の国から流れ着いた業物で、柄には、俺専用に改造してもらい、耐久性の高い火蜥蜴リザードの革を使って仕上げている。細身の長剣は、自分が以前潜った遺跡で手に入れたもので、どこか異界のモノらしい。

 刀身は、燃える炎のように赤く。金属というよりはクリスタルとも言えるような透き通った色をしている両刃の剣。なんでも、こちらの世界には無い材料らしく、もし折れたら修復はおそらく不可能だといわている。最も、今まで一度も折れたこともなければ、刃こぼれしたことすらないが。

「あら?」

 俺の背中に差している剣からアリサの視線が腰に差しているあるものに目が移った時だった。

 俺の背後から甲高い女性の叫び声が市場中に響き渡った。

「ご、強盗よぉぉ!!」

「なにッ?」

 市場はすぐに騒然とする。パニックの連鎖反応が今すぐ起きても不思議ではない。

 そんな中、人だかりの奥で路地裏へと消えていく怪しい人影が俺の視界の隅に映り込んだ。

「ユーリ。これ借りるわよ!」

 アリサにもそれが見えていたらしく、彼女はすかさず俺の腰からあるモノを引き抜く。

「ちょッ! それはお前に――」

「大丈夫よッ!!」

 俺が言い終わるのよりも先にそう言って駆け出すアリサ。

そんな肩を掴んでアリサを引きとめようとするが、彼女は軽い身のこなしで俺の手を逃れてそのまま犯人らしき人物を追って人ごみを掻き分けて路地裏へと駆けていく。

「クソっ! 待てッ!」

 俺もすかさず彼女を追って人ごみを掻き分け彼女を追う。全く、厄介事を持ち込んでくれやがる。

 舌打ちしながらも、彼女が持ち去ったモノの真の力を知っている俺は少し焦っていた。

 素人では恐らく起動させることすら無理だとは思うが、もし発動して大怪我でもされたら面倒だ。

 人ごみを抜けた先にはアリサの姿は見えなくなってしまっていたが、俺は立ち止まることなく路地裏へと飛び込んでいく。

 瞬間的ではあるが、俺の視界の中で路地裏へと入っていった犯人らしき人物。ガタイの感じから恐らく男。

 どこにでもあるような地味な服を着ており、動き方からして常習犯のように思えた。道もよく熟知した奴に違いない。

 路地に入り込むと3個先の十字路を右へと入り込んでいく人影が一瞬見えた。俺は、その人影との距離を一気に縮めるために足先に全神経を集中させる。

 そして、力が集まる感覚を掴んだ瞬間に思いっきり地面を蹴りつける。魔術機構の力がブーツの先に集中し、俺の体を瞬時に5メートル程跳躍させる。着地と同時に、もう一度地面を思いっきり蹴り、再度跳躍する。

一瞬で先ほど人影が消えた角にたどり着く。

「アリサッ!」

 太刀の柄を握り、俺は角を右へと曲がる。視界の先にいたのは、青髪の少女ではなく、事の発端の不審な男だった。

 アリサではないが、彼女より先に不審者にたどり着けたのはラッキーだった。俺はすかさず太刀を引き抜いて男に斬りかかろうとした。

 だが、タイミング悪かった。前方を走る男の目の前に通りを歩く1人の女性が現れたのだ。買い物帰りの主婦らしいその女性の手を握ると男は女性を自らの元へと引っ張りこんだ。

「チッ!」

 鞘から太刀を抜く寸でのところで踏みとどまる。柄に手をかけた俺と男との間で時が一瞬止まる。

「う、動くんじゃねぇぞ! じゃないとこの女が、し、死ぬぞ」

 えらく動揺している男は、懐に隠し持っていたナイフを女性の首元へと突きつける。俺と男との距離は約3メートル弱。

 さっき使った跳躍魔術で距離を詰めることはできなくないが、きわどい距離だった。瞬時に間を詰められるとは言え、俺の太刀が男を斬る前に女性の首元にナイフが突き刺さらないという保証はなかった。

 もっと、瞬間的に尚且つ相手の不意を突いて男の手からナイフを叩き落とせれば……。

 ついさっきアリサに奪われたもう一つの商売道具が今俺の手元にないことがものすごく痛かった。

「観念しろ。直ぐ衛兵に囲まれる。余計な罪を増やして牢に長く住みたくないだろ?」

「わ、分かんねぇだろうが! まだ俺は捕まっちゃいない!」

ジリジリと男はゆっくりと路地の奥へと下がっていく。強盗騒ぎが起きてからまだ間もない。衛兵の加勢を期待するにはちょっと厳しいものがある。

しかも、人質の女性のことを考えると強行突破もできない。

俺にとっては嫌な時間が、刻々と過ぎていく。膠着状態に落ちいってから何分たったのだろうか。

いや、もしかしたらまだ数十秒ぐらいしか立っていないのかもしれない。

ほんの1秒がやけに長く感じられる。

「ここでは見逃してやる。だから、絶対その女性に手を出すんじゃないぞ」

人質の女性の安否を考え、俺は柄を握る力を弱めて手を離そうとした時だった。

 

ドウンッ!


俺の斜め上から、俺にとっては聞き覚えのある乾いた火薬の炸裂音が路地に響き渡った。位置的にはそう遠くない。

一瞬の静寂の後、カランカランと金属が落ちる音が静かな通りの時の針を強制的に回し始める。

「がぁああああああ! い、いてぇえええええええ!!」

 痛みに耐えかねた男は、さっきまで手に握っていた刃物を落とし、手の平から真っ赤な血を滴らせながらその場に座り込む。

 女性が自力で男から離れるのを確認した俺は、男の元へと歩み寄り、その足元に落ちているナイフを道の端へと蹴り飛ばす。

 そして、俺は右斜め後ろの建物の2階に目を向ける。外付けの階段の踊り場で手すりにもたれ掛かりながら男に向かって腕を突き出しているアリサの姿があった。

 その手には、漆黒色でナイフほどの小さな金属性のモノが握らている。

「使い方知ってたのか……」

 俺は激しく驚いていた。俺か俺の行きつけの道具屋ぐらいしか、その道具の使い方を知る者は今までいなかった。

 俺も初めてそれを手にした時には、それが一体なんなんなのか。どうやって使うものなのか全く知らなかった。

「知ってる。自分が何者なのか、ここがどんな場所なのかも分からないけど、これの使い方は、見たときに思い出した。私は知ってる。これがなんなのか」

「……」

「コルトパイソン.357マグナム。4インチ。この子が作らた世界でそう呼ばれていた武器。……拳銃ね」

「お前、一体何者なんだ」

 通りに残った火薬の匂いに俺はその言葉を言わずにはいられなかった。


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