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第一話 その2 「アクアレムリアの長」

「で、対応に困ったから、アクアレムリアで一番権力のあるこの私。セレス・アクアライズのもとにやってきたと」

 玉座のように立派な馬鹿でかい椅子に腰掛けていたのは、俺より年下に見える女の子。

 少々不機嫌そうな顔色を浮かべながら頬を膨らませているその姿は、本当に年下の女の子なのでは思えてしまうほどだ。

しかし、本当の姿は、海巫女「セレス」

フェンリアと同じ妖魔で。魔導機関都市「アクアレムリア」の長。

水を操ることを得意とし、フェンリアと同じように古くから人々との交流がある珍しい妖魔で、領主としてこの地の人々の安全と、街の秩序を保ってきた。

見た目に似合わず、フェンリアと同い年というのだから驚きである。まぁ、恐ろしくてそんなことなど言えないが。

「今、何か失礼なこと考えてなかった?」

「滅相もない」

 ギロリとカエルを睨む蛇のような獰猛な目つきで睨むセレスに、俺はブンブンと顔を横に振った。見た目に騙されては痛い目を見る。

 よく知っている人物なだけに俺は素早く思いっきり否定した。

「まぁいいわ。フェンリアは連れてきてくれたみたいね」

「わざわざ。出向いてやったぞ。チンチクリン」

 セレスの絶壁のような胸を見て、あざ笑うようにフェンリアがニヤリと微笑んだ。

 セレスに対してフェンリアはものすごくプロポーションがいい。これは格差社会の恐ろしさを体現したなにかだった。

「ウググ……。狼の分際で小生意気な」

「全く。人ならざるモノとはいえ、同い年でもえらく違いが出るものだな。特に胸とか身長とか」

 いつものこととは言え、このふたりの言い合いは、見ていて拍子抜けしそうになる。神や悪魔などと称される程の圧倒的な力を持つ彼女達が街の片隅でよく見かける女の子同士レベルの言い合いをしているのだから、毎回毎回ずっこけそうになってしまう。

「……そろそろいいか?」

「今大事な話をしているのよ。ユーリ!」

「私としてはどうでもいい話だがな」

 はぁ。心の中でため息付きながら。ここで折れては先に進まないので、俺は次に繋げる言葉を続けることにした。

「報告したように例の女の子のことなんだが……何か分かったのか?」

「何一つ。彼女の記憶はまるで何者かによって消されたみたいに真っ白。分かったのは名前だけ」

「アリサくんだったね。あの子は不思議な子だ。初めて見たからな」

 チカテツの一件から少女が何者かも分からない状況下でこれからどうしたものかと悩んだ挙句、俺はアクアレムリアで領主であるセレスに彼女のことをあずけていたのだ。

「人とも妖魔とも言えない存在か……」

「大図書館をひっくり返す勢いで文献を当たっているけど見当がつかないのよ。この街にある情報量じゃ答えは見つけられそうにないわね」

 アクアレムリアは巨大な街だ。セーシャルの島々の中でもアクアレムリアに匹敵するほど巨大な街は東の街「エンサーガ」ぐらいしかない。

 中でも、アクアレムリアの大図書館は、セーシャルの有史の中でも一番長く存在してきた図書館だ。

 セーシャルを知りたければ大図書館へ行けと言われる程。

「となれば、残る頼みは……」

 俺にはもう一つ心当たりがあった。アクアレムリアから北東の森の中にある遺跡。異界から流れ着いた図書館「ダ・リトラ」。

 大図書館に比べれば著書数こそ少ないが、あそこには様々な世界の本が眠っていると言われている。

「ユーリ。あそこの書物は我々でも読めないモノの方が多い。宛にはならんだろう」

 フェンリアが俺の考えを先読みしたのか、俺にそう言ってきた。フェンリアの言う通り、ダ・リトラにある本の殆どが読むことができない。異界の言語は、馴染みもなければ、一つ一つ法則性を見つけて地道に解析して行く他ないのだから。

「そうだ。妖魔と人間のハーフっていうのはないのか?」

 俺の質問にセレスは、椅子に深く腰掛けながら静かに首を横に振った。

「妖魔と人の間には子どもができるケースはまずないし、あったとしてもそれは限りなく妖魔に近い子が生まれてくるのよ。そんな子なら私達がすぐに分かるはずよ」

「彼女からは、私達と同じ気は感じなかったからな」

「だからこの問題に関しては先送りにしてちょうだい」

「まぁ。仕方ないか……」

 結局のところ事態の詳細は分からずじまい。俺としても困ったことになっていた。

「そうだ。ユーリ。今日は予定無いでしょ?」

 セレスは何か思いついたのか、ポンと手を打つとこれからどうしたものかと悩んでいた俺に向かって話しかけてきた。

「ん? ああ。確かに今日の予定は無いが」

 目立ったオーレリアル・アーツの調査や依頼はない。ここ最近は新たな発見も無いので結構暇を持て余していた。

「セバスチャン。アリサをここに呼んできてくれないかしら?」

「かしこまりました。お嬢様」

 玉座の影から現れた老人がセレスに一礼すると、奥の部屋へと消えていく。

「あの人本当に人間か?」

 いつも、気配なく現れる老人。セレスに使える執事長。セレス曰く人間と言っていたが、あの身のこなしを見ていていたら到底そうとは思えない。

 そこそこ剣技や格闘技を取得している俺だが、あの老人と本気の取っ組み合いをしたら負けるのではないだろうかと思えてしまう。

「お嬢様。アリサ様をお連れいたしました」

 一体あの老人は何者だろうと思っているウチに先程まで話の中心にいた人物。俺とフェンリアがチカテツで出会った謎の少女。そして、俺に思いっきりパンチを食らわせてくれた張本人がそこに立っていた。

「あ、あのセバスチャンさん。そのアリサ様っていうのはどうにかならないんでしょうか」

「すいません。習慣になっておりましてな」

「アリサ。昨日はよく寝れたかしら?」

「セレスさん。は、はい。ぐっすり眠れました」

「それは良かったわ。ユーリ。アリサと一緒に市場でも行ってきなさいな」

 セレスのその一言は、主に2人を大いに驚かせた。

「コイツと!?」「アイツと!?」

 俺のと同時にアリサが互いを指さしながら驚き合う。周りから見れば息ピッタリの2人組みたいに見えてもおかしくないだろう。

「そうよ。アリサはこの街のことよく知らないだろうし。ユーリはアリサの案内役兼護衛役よ」

「フェンリアがいるだろうが!」「フェンリアさんがいいです!」

 再びい俺たちは息ぴったりで叫びながら互いにフェンリアを指さした。それは、もうびっくりするぐらい同じタイミングで。

「わ、私、なのか?」

 俺とアリサの間で珍しく戸惑いの顔色を見せたフェンリア。長い時を生きてきたはいえ、初めてのことだったようだ。

「フェンリアは私と話があるからダメよ」

 玉座で足を組み直しながらセレスが一言付け加える。俺たちのブーイングに少し顔をしかめながら、言葉を続ける。

「コッチはコッチで大事な話があるんだからさっさと行く!!」

 結局、俺とアリサはそう言われて2人揃って部屋を追い出された。

「仕方ない。行くしかないか……」

「それは私のセリフよ。今度変なことしたらタダで置かないんだから」

「はいはい……。それじゃ行くぞ」

 気が重いが余計なことさえしなければキックやらパンチやらが飛んでこなくて済みそうだ。

 全く、嫌な休日になりそうだ。そう思いながら俺は、アリサを連れて、市場へと向かったのである。


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