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ある世界の終末  作者: 牧田紗矢乃


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 それから母は仕事をやめた。

 仕事をやめ、無気力に一日中虚ろな目をしている母に代わって、私が家事をした。しかし、まだ小学生だった私が働いてお金を稼ぐことはできず、日増しに暮しは貧しくなっていった。




 そんなある日。


 電気が付かなくなった。

 ガス台の火が点かなくなった。

 水道から水が出なくなった。


 そして、家を追い出された。


 泣きながら、「どうしよう、おうち無くなっちゃった。拓、帰って来れないよ」と言った私を、母ははっとした様な目で見つめた。


 それから数日後、母は再び働きはじめた。

 昔のように一心不乱にではないけれど、生活には不自由しない程度に。

 そして、ようやく日常が帰ってきた。

 そう思った矢先の、この天国発見のニュースだ。


 ふざけるな。


 私は思わず叫んでいた。

 せっかく母さんが帰ってきたのに。まだお前は私の邪魔をするのか。

 母はその報道を聞いた翌日、再び仕事を辞め、テレビやら新聞やらネットやらを駆使して天国のニュースの続報を追い続けた。

 だから、今回のアメリカ行きも薄々予想はついていた。


 でも。


 私は悔しくて仕方なかった。

 何故生きている私よりも死んだ弟が大切にされるのか。それが弟への罪滅ぼしのつもりなのだろうか。


 だとしたら、私は弟に勝てない。私は『生きて』いるから。


 死人は強い。特に幼くして死んだ子供や、出会って間もないうちに死んでしまった恋人などは。もし生きていたら、という想像の姿は、大抵現実とかけ離れているものだ。

 だからこそ、この世の中にそれに対抗しうるものなどない。

 故に、最強。


 ならばいっそ、私も死人になれば……。


 何度そう考えただろう。でも、私はそれを実行しなかった。

 友達が悲しむとか両親に申し訳ないとか、そんな欺瞞ではなく。ただ、生きて弟に勝ちたい。そんな幼い対抗心があっただけ。

 そして、私は今でも弟の仏壇に手を合わせることもない。心の片隅で、手を合わせたら負けだと思っているから。


 私の複雑な内心を嘲笑うかのように、テレビでは相変わらず、くだらない芸人がボケて、相方がそれにつっこみをいれている。

 時計は、午後二時を回っていた。

 あと一時間、どうやって過ごそうかと思いながらテレビを消し、玄関を出る。




 家の外は、心地よい風が吹き、気分を変えるのには役立った。

 だが、スーパーを始め、近所のおばさんがやっている商店やコンビニまで、全ての店が閉まっていた。公園に行っても誰の姿もない。図書館も閉まっている。

 皆が家に引きこもっている今日、私を受け入れてくれる場所はどこにもなかった。

 あてもなく歩き、ふらりと家の近くの堤防へ向かう。もちろん、そこにも誰もいない。

 私は何もせず、普段と変わらず水の流れる川を見つめ続けた。




 気付けば、さっきまで痛いほどに照り付けていた太陽は傾き、腕時計の針は三時半を指していた。

 私は家に向かって走り出した。


 そして、数分走った頃。

 何故そんなに急いでいるのだろう、という念が湧き、歩みを緩めた。

 どうせ家に帰っても誰もいないし、何もない。ただ、相も変わらずあの番組はやっているだろう。


 そこまであの番組が観たいのか? そんなにも天国が気になるのか?


 荒い息を鎮めながら、自分に問いかけてみた。


 ――答えは、「YES」だった。


 でも、それを認めるのは何だか癪に障ったので敢えてゆっくりと歩く。

 それでも興味というのは完全には抑え切れないもので、部屋に入るなり、私はすぐにテレビを付けた。

 テレビに映し出された映像を、画面すれすれの位置で食い入るように見つめる。




 画面に映し出された光景は、丁度、ロケットが惑星(てんごく)に、墜落していくところだった。




 結局、人類は天国に到達し得なかった。

 でも、それでよかったと私は思う。


 事故の原因は判明していないが、一部では天罰だなどと囁かれているらしい。

 人類はまだ、愚かさを失っていない。

 無くしてしまえば、こんなに楽しい日も無くなってしまうと思うと、何だか惜しい気がするから不思議だ。


 母は、仕事に戻り、人々は天国と呼ばれた惑星(ほし)のことを忘れた。

 あまりにも、呆気なく。

 なんだか、期待していた私が馬鹿みたいだ。


 母はまだ弟のことが忘れられないようだけど、少しずつ、私にも目を向けてくれるようになった。きっと母なりに気持ちに区切りが付いたのだろう。

 そんな母の姿を見て、私はそっと仏壇の前に座り、手を合わせて目を閉じる。




 ――拓、見ていて。お姉ちゃん、きっとあなたに勝って見せるから。

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