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ある世界の終末  作者: 牧田紗矢乃


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1

「人類はついに天国へ繋がる門を発見し、そこまで到達しました。

 我々は未知の領域である天国への第一歩を、今、踏み出そうとしています。本日の日本時間午後三時、天国の扉は開かれる予定で……」


 ある人は天国があると言い、ある人はないと言った。

 終わりがないと思われたその論争についに決着がつくとあって、ここ数日の間テレビ局はこぞってこの話題を取り上げている。


「くだらない……」


 私はカップラーメンの容器と割り箸をゴミ箱に投げ込んだ。

 ついに人類は愚かさの極みに達したのか。

 つい最近までは地球が滅亡するだなどと言い続け、各局で競うように特番を放送していた。


 そして、滅亡すると言われていたその日がやってきた。

 私はどんな風に滅亡するのかと、嬉々としてその瞬間を待っていた。

 だか、何も起こらないままにその一日は過ぎ、再びいつもと何ら変わらない朝が来た。

 次の日もいつものように日が暮れて、また朝が来た。


 どれほど待とうとも、何も変わらない。何も起こらない。

 結局、人類が滅ぶことはなかったのだ。

 しかし、その予言が外れれば、今度はどこからかまた別の何とかという予言書が現れた。そして、次はこれからまた十数年後に人類滅亡の日が来ると言い出す。


 その瞬間、私は世の中に失望した。


 滅ぶときは突然滅ぶだろうし、滅ばないときはどんなに待っても滅ばないのだ。そこに人間が介入する余地など皆無である。

 それを知っているはずの大の大人たちが、なんだかんだと騒ぎ立て、事を大きくしているに過ぎない。そして、私もそれに踊らされた一人だったのだ。


 うちの親もそうだ。

 今日の天国の扉のオープニングセレモニー(馬鹿な大人どもの考えそうな言葉だ)を見るためにわざわざ海を越えて、アメリカにある地球会場(馬鹿の極みだ)からの中継映像を見るのだといって出かけていった。

 愚か者ども(おとなたち)が天国だといっている場所は、地球(ここ)から数百光年先にある、惑星のひとつだと言う。

 何故そんなところが天国だという結論に辿りつくのかはわからないが、その惑星へ向けて発射されたロケットが今日辺り到着する『予定』だと言う。

 ただそれだけの曖昧な情報で、大人がわざわざアメリカまで出かけていくのだ。全く、手の施しようもないとはこのことなのだろうか、と、私は頭痛とめまいに頭を抱えながら思考する。


 この報送局では昨日の深夜からこの番組を放送し始め、ロケットが天国に到着するまでの間、極力生放送を続けるなどと言っていた。

 そのためだけに、下らない若手芸人達が入れ替わり立ち替わりくだらないギャグやらコントやらをやって時間をつないでいる。

 そこまでしてこれは放送されるべき番組なのだろうか。

 深夜番組を昼間から見せられているようで、私のテンションはみるみる下がり、今も尚、奈落の底へ落ち続けている。

 学校も、そのくだらない世紀の瞬間を見逃すまいという愚か者(せんせい)達のおかげで臨時休校となった。

 まあ、それだけが今回の騒動の唯一の救いだろうか。




 そして、午後三時まではあと残すところ一時間半。

 昼間、特に一時半頃というのは大抵ドロドロした昼ドラが放送されている時間帯である。が、いつも昼ドラを放送している局こそ、今私が観ているくだらない番組を放送している局なのである。

 ならばワイドショウなどを観ようと思って他の局のチャンネルを付けてみても、どこもかしこも似たような番組ばかり。

 ただ、NHKだけは律儀に国会中継なるなんとも形容しがたい番組を続けていた。


 何故人はそこまでして天国などというものに想いを馳せるのか。


 私は正直、理解できない。

 死人は死人であり、生者と関わる事はなくなった存在である。それなのに、何故、そこまでの興味を抱けるのか。




 私が物心ついた時には、父はもう、この家にいなかった。私と、一つ年下の弟を養うため、母は必死に働いた。――弟の病に気付かないほどに。


 私が小学校二年生か三年生の頃のある晩。弟が急に苦しみだした。

 その時、私はパニックになりながらも、母親の職場に電話をかけた。

 しかし母はもう会社を出た後で、結局家に帰ってきたのは電話をしてから一時間近く経ってからだった。


 その一時間、私はずっと母の名前を呼びながら泣きじゃくることしかできなかった。拓が死んじゃう、拓が……。それだけが私の頭の中にあった。


 ようやく帰宅した母は、私達の惨状に驚いて救急車を呼んだ。しかし、救急車が到着したときには、既に弟の息はなかった。

 救急車では死人は運べないから、と別の車を呼んだ救急隊員に、母は怒りをぶつけた。「あの子はさっきまで生きていたのに、なぜ?」と。

 それは、自分に対しての怒りだったのかもしれない。

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