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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

えぇ……死神DEATHよ?

作者: 分福茶釜

 けたたましいサイレンの音が、灰色の空が広がるこの御陵町(みささぎちょう)に鳴り響く。


『緊急車両が通ります……緊急車両が通ります……』


 真っ赤なライトをギラギラと光らせて、大きな声で泣き喚く白い車両に、辺りの車は道の端へと寄ってその車を避けた。


『緊急車両が通ります……緊急車両が通ります……』


 異常な雰囲気の漂う道路を、その真っ白い車両は耳障りなサイレン音を響かせて、悠々と走って行った。




***




「はい……では今日はここまで、しっかりと復習をして置くように」


 御陵高校の呼鈴が鳴り響き、この日最後の授業が終わりを迎える。と、それまで静かだった校内が生徒達の声で溢れ出した。


 

 ……いつもの放課後だ……


 

 別段どうということもなく帰り支度をしていた美咲は、窓ガラス越しに薄暗くなっている空を眺めた。今にも降り出しそうな嫌な天気だ。


 

 そう言えば傘を持ってくるのを忘れたなぁ……などとのんきなことを考えていると、ポケットの中の携帯電話が振動する。


 メールだろう。


 カチャリと音を立てて確認した内容は、あまりにも突拍子もないことで、一瞬理解できなかった。




『お父さんが倒れました。すぐに御陵病院まで来てください』


 


 珍しい母からのメール。その内容が頭の中で何度も繰り返される。

 一体何があったのか、なぜ父が倒れたのか……短い文面では何一つ分からないが、恐らく自分を病院に呼び出すほど。軽くないのは容易に判断できる。


 


 言いようのない不安に駆られながら、美咲は御陵病院へと走る。薄暗かった空からはぽつぽつと雨が降り始め次第に地面に打ち付けるほどの強さに変わっていった。




 





 前も見えなくなるほど雨が強くなった頃、ようやく美咲は目的地、御陵病院へと辿り着いた。雨のせいで服も髪もグシャグシャだが、そんな事に構っている暇は無い。

 受付で自分の父の事を尋ね、美咲は水分を含んで重くなった靴を必死で動かして廊下を歩く。さすがに病院内で走ることは憚られたが、酷くそれがもどかしく美咲は小走りで院内を動いた。




 それがいけなかったのだろう。




 気付いてすぐに止まろうとしたが、運悪く院のワックスがかかった廊下と美咲の水分をたっぷり含んだ靴が摩擦を無くし、前から大きな荷物をいくつも持った、華奢な体つきをした女性にぶつかってしまったのだ。


「……っ……いててっ」


 大きな尻餅をついてしまった美咲は痛みを堪えながらゆっくりと上半身を持ち上げる。と、目の前に手が差し出されていた。


「ごめんなさい、大丈夫でしたか?」


「……っえ!? いえ、大丈夫です。こっちこそすみません」


 一瞬返事を忘れるほど、美咲は目の前の女性に目を奪われていた。年齢は自分と同じぐらいだろうか、こちらを見下ろす目は優しく細められ、柔和な笑みを浮かべている。ただし、彼女の容姿が人並より優れていたことが美咲を呆然させた訳ではない。むしろその髪色に原因がある。

 長く伸びた髪は薄い栗色がほのかに混じる程度の白髪。銀髪と言っても良いのかもしれないが、それでも異常なほど色素と言うものが感じられない。


 ふと、美咲は辺りに散らばった荷物に目を移した。大きな真四角の黒い箱が辺りに散らばっている。先程美咲とぶつかった時に落としたのだろうか。


「す、すみません……荷物が」


 自分が悪いのに相手に先に謝らせたばかりか、手まで借りることになって若干赤面しながら美咲は彼女の散らばった荷物へと手を掛けた。


「ぁ……れ?」


 重い。ちょっとやそっとではびくともしないカバンを前に美咲はうろたえた。と、そこへ目の前の彼女が、カバンに掛けられた美咲の手を、やんわりと退かす。


「……大丈夫ですよ」


 目の前の彼女は明らかに自分よりも細身で華奢だ。そんな体からすらりと伸びる手足は彼女の髪と同じように白く、こんな重い荷物を持たせたら折れてしまうのではないだろうかと思えてくる。


 よくよく考えてみれば、彼女は退院日なのかもしれない。こんなに大きな荷物がいっぱいで……そうすると妙に色の薄い髪の毛は何か強い薬でも使っていた影響だろうか。

 それにしても、やはり病み上がりの彼女にこの荷物を一人では酷ではないか?


「でも……」


 納得いかずに開きかけた口は、目の前の彼女によって遮られた。


「とても慌てているように見えましたが……良いのですか?」


 彼女の言葉で、美咲は自分が何のためにこの病院へ来たのか思い出す。


そう、倒れた父の様子を見に来たのだ。


「あっ……そうだっ……わっ私行かなきゃ!!」


 ごめんなさいと頭を下げたら困った様な笑みを返された。

 じゃあ、と別れのあいさつを交わし美咲は今度こそ、自分の父親の元へと急いだ。




***




 美咲が走り去った後、小さくため息を吐いた彼女は、細腕で辺りに散らばった真っ黒なカバンの一つをひょいと持ち上げた。


「ひぃ、ふぅ、みぃ……」


 数えながら軽々しくカバンを積み上げていく。そうして、彼女は美咲とぶつかる前の様に真っ黒の鞄を積み上げて腕に抱えた。

 そうして、彼女が丁度一歩足を進めた時に、どこからかコロリとビー玉よりも大きな球体が彼女の足元に転がった。


「…………何してるんですか? 踏みつぶしちゃいますよ?」


 先程美咲と話していた時とは打って変わって温度の感じられない彼女の声に、球体はころころと慌てて彼女の足元から逃げるように病院の廊下を転がった。


 そうして彼女が見える位置までやってくると一見作り物の様な、若干湿ったその目玉は彼女を恨めしそうに睨みつけた。


「そんな目で見ないでください。良いじゃないですか……最後のお別れさせてあげたんですから」


 黒いバックのうち先程美咲が手をかけたものをパンパンと叩きながらそう口にする彼女。そんな彼女の言葉に目玉の視線が強くなる。


「そんな怖い顔しないで、そりゃあ私だって娘さんが到着する前に済ませてしまうのは気が引けましたよ? ……ただですね、ほらこちらも仕事ですから」


 彼女の言葉に目玉はコロリと一回転してまた彼女を見る。と急に彼女の顔が青ざめた。


「え……? ま、まさか……金曜ロードショーが見たいからじゃないですよ? 私が早めに仕事を済ませたのは円滑に事を進めるためでして……ね? そんな私情を仕事に持ちこむわけがないじゃないですか……」


 コロコロと転がって行く目玉を慌てて追いかけていく彼女。細腕の彼女が大型宅配便のような大きな黒い箱をいくつも抱えているのは異常な光景だが、すれ違う院内の人達の眼にはそれが映っていないのか、特に驚いた様子も見せない。




 美咲が通ってきた道を真逆に進んで行く彼女はとうとう、院内の玄関先へとやってきた。自動ドアを過ぎれば出迎えるのは滝のような雨。今は院の雨避けが滝から彼女達を守っているが一歩でも先に進めば一瞬でびしょ濡れ確定である。




「あ~、大丈夫ですかね……こんな雨の中で」


 空を見上げて若干顔を顰めた彼女の足元にころりと転がる目玉。彼女は持っていた荷物を側の地面に置くと、足元に転がっていた目玉を自分の掌へと持ち上げた。


「こんなに大雨では……もしかしたら到着が遅れるかも知れな……」


 と、言いかけた彼女の眼には大雨の中に光る二つの明かり。異様な動きをしながらその明かりはぐんぐんと彼女達に近づいてくる。そうして、御陵病院の前に真四角の大きなバスが姿を現した。

 ぼんやりと明かりのともる車内には人が乗っているようには見えない。


 が、プシューと音を立てて、バスのドアが開くと中から真っ黒なフードをかぶった人物が姿を現した。


「お勤め御苦労さまです、あ、コレ今日の分のです」


 積み上げられた黒い箱を指しながら彼女は黒フードの人物へと口を開いた。黒フードの人物は小さく頷くと懐から何やらびっしりと人の名前が書かれている名簿表を取りだして黒い箱に近づいて行く。


「…………」


「あ、それは三丁目の田中のおじいさん、そっちのが田所さんですからね。間違えないでくださいよ?」


 さらさらと名簿表にチェックを付けていく黒フードの人物。チェックが付け終わったと思われるものはどんどんとバスの中へ運び込まれていく。




 あれほどたくさんあった荷物が残すところあと一つ。


「あ、それは丁度さっきこの病院で手に入った物で……本当は今夜零時に送るものなんですけど……数時間くらい前倒ししても構いませんよね?」


 黒フードの人物はペンを持った方の手で頭の後ろを掻きながら、しょうがないと言った様子でバスに最後の荷物を運び込んだ。

 彼女の小さなガッツポーズは黒フードの人物には気付かれなかったみたいだ。




 ―――プシュー……


 開いた時と同じ音を立てながら閉まる扉。ギギギと金属の軋む音が聞こえたかと思うとバスはものすごいスピードで彼女達の前から雨の中へと走って行った。


「さっ……仕事も済みましたし、帰って夕食にでもしましょうか」


  掌の目玉にそんな事を言いながら、どこから取り出したのかこうもり傘を引っ張り出す彼女。丁度それを開こうとした時、彼女のポケットからピロピロと着信音が聞こえてくる。


 彼女は小さく首を捻った。


「メール? 今日の分は済んだはずじゃぁ……」


 ゆっくりと携帯の画面を確認するとメールが一件。

 送信者不明のそのメールを開いたところで、彼女の顔からは表情が消えた。


『連絡し忘れてたけど、今日そちらの町であと三人程死ぬので、しっかり魂回収するように。それが終わったら今日のノルマ達成で仕事あがって良いですよ♡』




「………………」



 携帯電話を無言でしまう彼女を、掌にのった目玉は若干怪訝そうに見上げる。そんな目玉の視線に気が付いたのか、彼女は力なく目玉を見下ろすとポツリとつぶやいた。



「…………金曜ロードショー……録画しとけばよかった」






 大昔に妄想した話を文章化してみました。

 実は、今回の話のほかにも考えていた話があるのですが、まぁ、それはまたの機会と言うことで……


 ここまでお読みくださりありがとうございました!

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