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限界

 第一章です!誤字・脱字ありましたら報告お願いします。感想・コメント気軽に送ってください!

 見上げれば乳白色の石で造られた城がたたずんでいる。クレアの背からみたときも綺麗で大きな城だと思ったが、間近からみたそれは比較にもならない。アシュレイの話ではこれで地方の城だというのだから、王都にあるという王宮は想像もつかない。ましてや春陽は入院生活が多くて旅行など論外だったのだ、地球の海外の城はもちろん日本の城だってまともに見たことがないのだ、初めて見る城に春陽は感動していた。


 クレアは城の西側にある馬が入るよりも数倍は大きな騎竜のうまやへおりたつと、おとなしく厩番の兵士に連れられていく。何人かの兵士が常に入れ替わりで来訪者を迎えられる体制になっているのだろう、兵士がクレアからおりるアシュレイを認めたとたん脱兎のごとく慌てて城へ駆けていったのが印象的だった。――あれか、この城の兵士はアシュレイを第一級危険指定生物かなにかと勘違いでもしているのだろうか。そんなに慌てて走って行くこともないだろうに。

 またたくまに小さくなった兵士の背中に、哀れみの念を込めながら春陽は見送った。このとき周りにいる他の兵士達は、一緒にきた春陽もアシュレイと同類だと、既にみなしていることはまだ知らない。


「ようこそイストニア城へ、お疲れでしょう。どうぞ、なかへ案内いたします」

 残った兵士達の代表がアシュレイへ慇懃いんぎんに挨拶する。どうみても目の前にいる兵士のほうがアシュレイよりも年嵩が上であるのにへつらい、またそれを普段どおりの態度で受ける隣に立つ青年の姿は、年功序列社会に生きてきた春陽がもつ常識との相違に戸惑いを感じる。

「丸一日ぶりか、ラザルード侯もさぞ肝を冷やしてるだろうね」

「い、いえ、そのようなことは――」

「ま、再開は感動もひとしおに違いないよね」

 クスリ、と笑みを落とすさまに先導の兵士は顔を引きつらせつつも、なんとか表情かおを取り繕うことに成功していた。

 高名な彫刻家がその生涯をかけて彫った大作にも勝るとも劣らない美貌をもつ青年は、その白皙はくせきの美貌とはうってかわって性格が悪い。森でアシュレイと出会ってからまだ一日とたってないのに何度も思ったことだが、なかなかに食えない男だ。兵士が青い顔で冷や汗をだらだら流しているのに気付かないふりをして、では行きましょうか、なんてぬけぬけと言っている。

 低姿勢の相手をからかって遊んでいるアシュレイをみているとつくづく思う、絶対に敵にはしたくないなと。

「どうかしましたか?」

 春陽が憐れむような視線を兵士の男に送っていると、何食わぬ顔でアシュレイが言う。

「・・・・・・なんでもないわ」

 ここでアシュレイの意地の悪い性格に文句を言うのは簡単だ、だがそれを春陽はあえて言わなかった。親しい友人でもなければ、助ける義理もない、ましてや暴力を振るわれているわけでもない、からかわれているだけの、ただの初対面の男なのだ。のちにアシュレイの標的となって玩具おもちゃにされる危険性を考えれば、ここは口をつぐむのが賢明だ。だれだって他人ひとよりも自分の身がかわいいのは世の常なのだ。

「そうですか、では行きましょうか」

 ここにきてキースの偉大さにはじめて気付いた。この笑顔からは想像もつかない毒をまっこうから受けて、おまけに棘までつけてかえしていたのだから。

 促されるままアシュレイの後をついていきながら、そんなことを考えていた春陽は気付かない。平然とアシュレイと応酬をかえすことが出来るのは、キースが少なくともアシュレイと似た部分をもっているからなのだと、そんな二人の庇護・監視下にいる春陽がいちばん被害をうける確立が高いことにも。



    ***************



 来客用と思われる扉をくぐれば天井が高い廊下がまっすぐにのびていた。壁には細かい装飾が彫られており、世間知らずの春陽からみてもかなり高価なものだとわかる。

 案内役の兵士の話では、侯爵は執務室にて仕事をしているそうだが、アシュレイが来たらただちに応接室に通すように言付ことづかったとのことだ。ひろい城内を迷いなく歩く兵士はアシュレイに恐々としながらも、しっかりとその役目をはたしている。既にいくつもの部屋を通り過ぎ、なんども角をまがり、いくつかの階段をのぼっている、春陽などは一瞬で迷子になれる自信がある。

「ね、まだなの?」

 もともと体力のない春陽にとって今日ほど濃密な一日は経験がない。異世界に落とされ、数時間も竜の背にのってイストニア城まで来たのだ。無意識に緊張をし続けた春陽の体は体力の限界に近く、もう足においてはは感覚がない。

「も、申し訳ありません、あ、あともう少しですので」

 ビクリ、と一瞬体を跳ねさせると冷や汗をかきながら答えてきた。

 これはアシュレイ効果か、春陽まで兵士の男に恐れられている。まさかとは思うが同類と盛大な勘違いをされているふしがある。

「・・・・・・」

 ――私が何をしたよ?

 無駄にビクつく兵士を思わずジト目で見据えてしまう。これではアシュレイが彼に意地悪くしてしまうのもわかる、何もしていないのに脅えられるのも気分が悪いものだ。

「疲れたかい?」

 そんな春陽をみかねてかアシュレイは苦笑しながらも、半分は本気で心配している。春陽の顔をのぞきこんで顔色を確認するしぐさは優しい。

「・・・・・・ちょっと遠いなって思っただけ。大丈夫、疲れてなんかないよ」

「本当?」

 そう、大丈夫。

 自分を言い聞かせるためにも言葉にした。いままでだって同じようにしてきた、自分に負けるわけにはいかない。

 心配してくれるアシュレイには悪いが、彼は“違う”のだ。彼がいるのはたまたまで、春陽が支えにしているのはただ二人、彼女の両親だけだ。アシュレイに寄りかかってはいけない、それは彼の負担になるだけだし、彼もそんなことはきっと望んでいない。

「しつこい! お城なんて入ったのはじめてだから、こんなに広いなんて知らなかったのよ」

 できるだけ明るく、疲れをみせないように、彼に負わせる負担ではないのだから。

「とくに広い城ではないんですけどね」

「は?」

 これで!?思わず辺りを仰ぎみれば、やはり高すぎる天井に広い廊下、充分に光がはいる大きな窓が並んでいる。これで城として標準サイズだったのかと、呆れてしまう。

「厩から入ったのがマズかったですね、正面からだとそんなに遠くないんですよ」

「クレアがいたからしかたないのね」

「もう、すぐそこですから」

 アシュレイと春陽の会話をビクビクしながら聞いていた兵士が安堵の息をつく。城を守る一兵士が、若年じゃくねんの二人がする会話に一喜一憂していていいのだろうか。虎の尻尾しっぽを踏んだわけでもあるまいに、もっと堂々としていて欲しいものだ。まるでこちらが化物になった気分じゃないか。

 そんなことをつらつらと考えているうちに、応接室についてしまう。本当にすぐだった。

 一段と豪奢な細工がほどこしてあるのは賓客をもてなすのに恥じないためだろう。充分すぎるほど豪華な扉の前には兵士が二人たっていて、ここまで案内をしてきた兵士となにやら話している。

「どうぞなかへ、領主様はすでになかでお待ちです」

 一人が告げると、もう一人は両開きの扉の片側だけを開く。

「行きましょうか」

 ここでの生活をかける面会に知らずと春陽の体は緊張で硬くなる。

 アシュレイはなんとでもなるとは言っているが、なぜそんなにも自信満々に言い切れるのか不思議でならない。衣食住確保を胸に掲げ、いざ室内へと足を踏み入れたのだった。

 

 

     ***************      

 

 

 厩番の兵士が執務室に慌てて駆け込んできたとき、ラザルードは一種の諦念に肩を落とした。

 

 昨晩いきなりイストニア城を訪れた守護者ガーディアンは、よりにもよって断罪者ジャッジメントの管轄になっている事件の舞台、つまりはウィダの森であるが、捕り物の当夜にそこへの立ち入り許可を求めてきた。

 森全体に結界をはり、特区(特別立入禁止区域)にするように指示を出したのはラザルードだったが、ラザルードに指示を出したのは齢若としわか断罪者ジャッジメントだった。アシュレイは断罪者ジャッジメントが関与している事件と知りながら、それでも森への立入を求めてきたのだ。

 守護者ガーディアンが城に訪れたと知ったときの不吉な予感は、もはや何かが確実に起きるという確信に変わっていた。そしてそれがイストニアで起こった以上、守護者ガーディアンにしろ断罪者ジャッジメントにしろ、必ずこの城に戻ってくる。もれなく厄介事をひっさげて。

 厄介事が舞い込んでくるとわかっているのだから、現実を受け入れて覚悟しておけば受ける衝撃は少なくてすむ、ハズだった。  

 ラザルードは決して聖人君子ではないし、むしろ人間くさい人間なのだ。これから国家規模の事件に対応する二人の若者がもってくる厄介事も一筋縄ではいかないだろう。人は誰しも余計な厄介事は背負いたくないものだ。そう、予想外だったのは、これから起こるであろう厄介事を受け入れることが非常に困難だったということだ。

 結局アシュレイが翌昼過ぎに戻ってくるまで、鬱々と塞ぎこんでいたのだった。


「失礼します」

 聞き覚えのある柔らかな声が応接室に響く。大きな声ではないのにラザルードまでしっかりと届き、声の主が室内へとはいってくる。

 天井近くまである大きな窓から外を眺めていたラザルードは、とうとう腹をくくるしかなかった。

「ハーネット殿、お早いお帰りですね。もう野暮用とやらはおすみで?」

「ええ、侯のご協力のおかげです」

「そうか、それはよかった。守護者ガーディアンの役にたてるとは光栄だね」

「そう言ってもらえると助かります。すみませんが、ソファーをお借りしてもよろしいですか?」

 アシュレイは後ろを少し気にしながらラザルード侯に座の許可をもとめる。

「ああ、すみません気がつかなくて。どうぞお掛けになってください」

 ラザルードはそのときになって気付いた、アシュレイの後ろからひょっこりと現れた人物に。

 あまり見かけない服のデザインは簡素で、薄紅色の毛織で作られた上掛けをまとっている。

 漆黒の髪に、同色の瞳をもち、陽のもとになど出たことがないような白い肌をしている。アシュレイの影にすっぽりと収まってしまう小柄な体は細く華奢で少女にも見えるが、その髪は肩につかないくらいに短い。

 アシュレイは面影が幼いその人物を気遣いながらソファーへ腰をかける。

「・・・・・・ハーネット殿、そちらの少ね――」

「“彼女”は、森で保護しました」

 ラザルードにかぶせながら、凄みを効かせた笑顔で言い切った。“彼女”の部分を強調させながら。

「そ、そうですか」

 ラザルードは春陽を“男”と結論付けた。セフィロスの女性では考えられない短い髪と、そのまっ平らの胸をみて。“少年”と発音しきっていれば、向かいに座る少女から更に強烈な眼光を投げつけられていただろう。なにせラザルードが男と間違えたことを敏感に察知して、いまでさえ睨みつけられているのだから。

「なぜあの森に? え~・・・・・・」

 チラリとラザルードがアシュレイの隣に座る春陽の顔を見やると、まだ名乗っていなかったと察して頭をさげてから自己紹介する。

「春陽です、名前が春陽で姓は篠宮です」

 凛とした声だった。高くもなく低くもない耳障りのない澄んだ声。

「ハルヒさんは森で何をなさっていたんですか?」

「何もしていません」

「・・・・・・」

 男と間違えそうになったことをまだ根にもっているらしく、春陽の態度はかなり素っ気ないものだ。これにはラザルードも困った、春陽の機嫌を損ねた原因はラザルードにあり、守護者ガーディアンであるアシュレイが連れてきているのだから下手に怒れもしない。

「侯爵、ハルヒはたまたま森に来てしまっただけですよ。森に潜んでいた賊の仲間でもありませんし、他国の密偵でもありません。それは私とネイカーが確認していますので安心してください」

「では、なぜその少女を連れてこられたのですか」

 ラザルードは少女の存在が気にかかった。世界規模でみても有数の実力者である彼がつれてきた少女は、断罪者ジャッジメント守護者ガーディアンが揃ったあの森に現れたのだ、ラザルードの直感が警告を発していた。警告が働いたところで逃げられはしないのだが、きっと間違いないだろう。ラザルードが確信した厄介事とはこの少女なのだと。

「ハルヒにはあまり人に知られたくない、いや知られてはまずい事情があるんです」

「それは私も知らないままでいい、とのことでしょうか?」

「いえ、ラザルード侯爵にはご協力を仰ぎたいと思っています」

 チッっと舌打ちしたい心情を必死で押さえ込む。

 もしも知らないままでいいと言われればどんなに良かったことか。知らなかったのなら、守護者ガーディアン断罪者ジャッジメントの判断だけですむが、ラザルードが知ってしまえばとことん深入りしなければならず、けっして途中で抜けることができない。守護者ガーディアン断罪者ジャッジメントと一蓮托生なんて恐ろしすぎる運命はできれば一生背負いたくなかった。

 だが断ることはできないのだ。国家のために動く断罪者ジャッジメントと聖殿の守護者ガーディアンが動くときは、かならず国家の、兼ては世界セフィロスのためだ。断ることなどできるはずもなかった。


 

 わかりました、とアシュレイから話の続きを聞いたラザルードはにわかには信じられず耳を疑った。

『彼女は“界渡”によりセフィロスに訪れた最初の人物です』

 今まで理論だけは存在していたが、実際に“界渡”をした者を見たことはなかった。エーテルの異常収縮開放による副産物的な影響で門が開いたとのことだったが、それでも歴史的事件には変わりない。

 守護者ガーディアンの言い分としては、こちらの世界の事情に巻き込まれる形で“界渡”をしてしまった少女を無事にもとの世界に帰すことができるようになるまで協力してほしいとのことだった。

 確かに世界初の“界渡”成功者として、放っておけば研究者どもに人権無視の実験動物扱いされることになるだろう。

 言い分としては正しいことを言っているが、実際はそれと異なるに違いない。少女の保護を目的としているのに嘘はないだろうが、それだけでは決定的に弱いのだ。守護者ガーディアン断罪者ジャッジメントが双方直接に関わる案件にしては。

 なにか隠されている、それは分かっていたが聞けなかった。

 これ以上聞いてはいけないと本能が叫んでいた。それでなくても断り不可能で深入り巻き込まれが決定しているのだ、これ以上底なし沼の泥に自ら進んで足を歩みいれることはない。

 

 ラザルードは協力する旨をアシュレイに伝えた。

  


     ***************



「いいでしょう、ハルヒさんのことはイストニア領主である私が客人としてもてなしましょう」

 アシュレイからすべてを聞いたラザルードは、眉間に皴を寄せ渋々といった感だがはっきりと了承を返した。

 衣食住の確保に春陽はそれまでのしかめっ面を解した。知らず知らずに緊張して強張っていた体からも自然と力が抜ける。

 (ああ、らしくない。緊張してたのか)

 緊張が切れるとめまぐるしく過ぎた一日に津波のようにどっと疲れが押し寄せてくる。考えてみれば地球では深夜の時刻にこの世界セフィロスに落ち、そのあとすぐにイストニア城まで空の旅をしたのだ。脆弱な春陽の身体からだは体力との縁が天と地ほどもかけ離れて無いうえに、振り返った今日一日の記憶からするに遥かに体力の許容を超えているのは明らかだった。

「ありがとうございます、侯爵様」

 ラザルードに謝意を伝えたはいいが頭がぼんやりとしてうまく働かない。

「本当にたすかります。私かネイカーが王都に連れて行けば目立ちすぎますから」

 疲労を感じた体は意識を保っているのも億劫だったが、それでも今は倒れるわけにはいかない。

 ここでは守り支えてくれる人はいないのだ、春陽がどういう立場におかれるのかは自身で確かめなければならない。

「状況が状況ですからね、協力するのは当然でしょう」

「では私とネイカーもこの城を拠点に行動することになりますが、私達の身分には箝口令をしいてもらいます」

「お二方が一緒だと変に勘ぐる輩も少なくないでしょうからね、承知いたしました」

「おねがいします」

「ではお三方の身分はなんといたしましょうか? ご希望があればそのように伝えますが」

「高貴な生まれの姫と、それに付き従う従者とできれば簡単なんですが、それは無理でしょう」

 チラリと春陽に視線を移せば、ラザルードもアシュレイの視線を追って春陽をみやる。

「・・・・・・ああ、そうでしょうな」

 その失礼なやり取りに春陽は反論したい。なぜ無理だと言い切れるのだ。

「どういう意味よ」

「別に他意はありません」

「そうです、ハルヒさんが高貴な生まれには見えないからではなく――っほべぇ!」

(・・・・・・この人って侯爵様だよね)

 ナニかがラザルードの顔を強襲した。

 ソレは春陽の横を風を切って一瞬のうちにラザルードに届いた。そろりと隣をにれば恐ろしいまでの完璧な笑顔を張り付かせたアシュレイが何事もなかったように座っている。ソレが飛んできた方向を考えれば投げつけた人物はアシュレイしかいないのだが、当の本人はしれっとしたままだ。

 失言からソレを投げつけられたラザルードは、侯爵とは思えない品のない叫び声をあげて醜態をさらしている。みごとにラザルードの顎に直撃したソレは、無事役目を果たしたとばかりに足元に転がっている。

 痛みに涙を浮かべ、低く呻いたラザルードは未だに何が起こったのかを理解していない。彼の足元に転がる凶器の正体にも。

「侯爵、口には気をつけたほうがよろしいですよ?」

「そ、そうだな、今後は気をつけよう。どこから何が飛んでくるかわからないしな・・・・・・」

 真っ赤になった顎をさすりながら謝罪はしても、唐突にソレを投げつけられたことに不満を表していた。足元に転がっているソレを忌々しげに足で小突いている。

 なんでそんなものを持っていたのかは分からないが、アシュレイが投げつけたソレに春陽も視線を移す。あんなものでも投げる人次第では凶器になりえるのか、と若干の戦慄を感じる。

 ラザルードの足元に転がっているのは、一つの焼き菓子だった。

 きれいに包装された菓子はふっくらとした外観とは異なり、かなりの硬度を保っているようだ。ラザルードの顎に投げつけられたのに、その形はちっとも変形していないことからうかがえる。

「どうそ、よろしければその菓子は差し上げます」

「・・・・・・受け取っておこう」

(・・・・・・侯爵様、受け取っちゃうんだ)

 ニッコリと笑うアシュレイに気圧されて、かなりの硬度をもつであろうその菓子を受け取ってしまうラザルードには同情を禁じえない。あんな煮ても焼いても食えないアシュレイをそのまま菓子にしたような物体を、はたしてラザルードは食べるのだろうか。それ以前の問題で食べられるのか分からないのだが、それは一先ず置いておくとして、捨てるにしても呪われてしまいそうなおどろおどろしい雰囲気を纏っている。

 もしかしたらアシュレイ自身も処分に困っていたのかもしれいない。そこへ憐れな子羊いけにえことラザルードがのこのこと現れたので、ここぞとばかりに押し付けたに違いない。

 春陽は隣に座る青年を見る。これで厄介なものから開放されたとでも言いたげな清々しい表情でラザルードを見るアシュレイは、確信犯だと春陽に思わせるには充分だった。

 こんな天使も赤面して逃げ出すような美貌のくせして、その性格は見事にその容貌を裏切る腹黒なんて嫌過ぎる。この世も無常だ。

 春陽のまるで人外でも見ているかの視線に気付きながらも、あえてそ知らぬふりを通すアシュレイの神経はきっと、鋼鉄でできていると言われても不思議ではないくらいに丈夫で、太くできているのだろう。もしくは母親の腹の中にえて置いてきたのかもしれない、必要いらないからという理由で。

 ――閑話休題――

「で、結局どうするの?」

「そうでしたね、我々が城に滞在する尤もな理由を考えましょう」

 話が中断されたのは九割方アシュレイが原因だが、それは突っ込まない方が賢明だ。それはラザルードも同じ考えのようであり、とくに何か言うことはなかった。「ハルヒさんの来歴を隠すとなると少々難しいですね。ハーネット殿とネイカー殿が彼女を護衛するなら尚更です」

「客人として滞在するだけでも使用人たちの噂の的になるでしょうからね、いやでも詮索されるでしょう」

「城の使用人として迎えてもいいのですが、それだと“界渡”の研究には差支さしつかえてしまうでしょうし」

「私とネイカーも護衛しにくくなります」

 ああでもない、こうでもないと、いい案は全くでない。

「ねえ」

 しかも犯罪者を匿う手段を考えているような会話が連発している。だから春陽は思わず口を挟んでしまった。このままでは最終的には部屋に引きこもれと言われてしまいそうだったから。不自由な生活を強いられるのはごめん被りたい。

「なんで隠れなきゃいけないの」

 しっかりと自分の意見を言えることって大事ですよね?特にそれが不平不満の声だったら。

「ハルヒ、なにを言ってるんですか。あなたの素性がバレでもしたら、どんなに危険かわかっていないでしょう」

「だってさっきから聞いてれば、人のこと犯罪者みたいに言ってるんだもの。それにこんな小娘の素性なんかわざわざ調べようって奇特な人間はそうそういないわよ」

「ですがハーネット殿とネイカー殿が近くにいれば目立つことは必至です。なにかあってからでは遅いでしょう?」

「・・・・・・」

「でもっ!」

 声を張りあげた反動で起きた眩暈で頭の芯がぐらぐらするが、いまはそんな事に構っていられない。出来るだけ早く話し合いを終わらせるためにも。

「貴女の安全の為です――」

「待ってください、侯爵」

 アシュレイは目から鱗でも落ちたみたいになっている。なにか閃いたのだろうか、どこか楽しそうだ。鈍痛がする頭をおさえて隣のアシュレイを見る。

「ハルヒの言ったことはあながち間違っていません」

「はぁ?」

「・・・・・・」

「木を隠すなら森のなか、でしょう? 私とキースがそばで守れば、その分だけ浮くのは当然です。隠そうとすればするだけ目立ってしまう、だったら隠さなければいいんです」

「それではハルヒさんの素性が漏れてしまうのでは?」

「大丈夫です、ハルヒ自身も言ったようにただの娘を調べようとする輩はいません。要するに目立たなければいいんです。私とキースという絶好の目くらましがいるんですから、使わないてはないでしょう?」

「目くらまし、ですか。ではお二方が矢面に立たれるとおっしゃるんですか?」

「そんな大層なものじゃありません。まあ守護者ガーディアン断罪者ジャッジメントということは内密にお願いしますが、ハルヒは私たちの付人とでもしてしまえばかえって目立たないでしょう」

「お二方の盾となると豪華過ぎるきらいはありますが、素性を探られてもやましいところなど出ない上、むしろ素性を知ってしまった者の方が蒼くなりましょうな。ハルヒさんさえそれで良いのならそれが最上ですね」

 いかがでしょうと、ラザルードが春陽に問う。

「・・・・・・」

 ああ、答えなければ、早く、そう思いながらも春陽の意志を無視して口は言葉を紡がない。無理をしすぎたのだろうか。

 ――耳鳴りが酷い

 ――口が渇く

 ――思考がまとまらない

「ハルヒ?」

「・・・・・・っ」

 心配いらない、そう言おうとしても口が動くだけで声は全く音にならない。

 この感覚を春陽は以前から知っていた。間違っても懐かしいなんて言えない、悪い兆候。

 ――助けて――

 心配そうに春陽の顔をのぞきこんでいるアシュレイに言いたくても言えない言葉。縋りたくても動かない身体からだ

 視界さえ歪みはじめ、春陽は浅い呼吸を繰り返す。

「しっかりしてください、ハルヒ!」

 胸の前で硬く拳を握り霞む思考を繋ぎとめるもむなしく、視界には闇が広がり春陽の意識は次第に遠のく。

「侯爵、医者を!」

「す、すぐに呼んでまいります!」

 誰かが肩を掴んでいるのを不思議と感じる。

 寒気を感じるのに、体中からは汗がふき出て止まらない。身体からだに力が入らない。五感は全て狂っているのだろう、もう吐き気しか感じない。

 身体をかき混ぜられたような感覚に、春陽はとうとう意識を手放す。

 狂った聴覚は最後の声を届けた。

「ハルヒ!!」

 アシュレイの叫びだけを。



 

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