連なる世界
少し期間が開いてしまい、申し訳ありませんでした。
誤字・脱字ありましたら報告お願いいたします。
濃い闇は次第に薄く闇に溶け、藍色の空にはまだ僅かに星々が煌めく。イストニアはいつもと何も変わらぬ夜明けを迎えようとしている。ただ一箇所、ウィダの森の異変を除けば、だが。
アストレア王国イストニア領主ラザルード侯爵は薄く広がる闇のなかに一人たたずんでいる。卿が治めるイストニア城の自室のテラス、そこに彼はいた。
この頃は春らしい暖かい日が続き過ごしやすくなったものの、太陽が姿を見せない夜明け前はいまだに冷たい風が空を駆ける。人々が動き出す前の街は静寂に包まれており、ラザルードには不気味に感じた。いや、ラザルードの心境が不気味に感じさせるのかもしれない。
彼がここに来たときから嫌な感じがしていた。それは全ての動物が備え持つ生存本能、もしくは危機的直感とでもいうのかラザルードの野生的本能が必死に警告を発していた。
キース・ネイカーと名乗ったあの男。たかだかアストレア王国の北端に位置する森に潜む賊ごときの討伐に断罪者が出てきた。国家犯罪級の任務にしか関わらない彼ら組織が“色持ち”のメンバーを遣す意味。その重要性。
まだ若い青年の耳元を飾るピアスを見たときの信じられない、信じたくない気持ちが蘇る。
断罪者の中でも実力が高く、作戦指揮を執ることが許された数少ない者。その能力を認められ、組織の幹部連に次ぐ決定権を持つ実力者にはその証として特殊加工された結晶石のピアスが下賜される。断罪者の紋章が刻まれたそのピアスには一人につき一色が与えられる。そのピアスを持つ者を総じて“色持ち”と呼ぶ。
黒に銀糸と青糸で刺繍された断罪者の制服を着ていたのは歳若い青年。片耳に嵌められた雫形のピアスは漆黒。室内の光を鈍くはじくそれには純銀で断罪者の紋章が描かれていた。
キースは詳しいことは何も言わなかった。ただこの事件に関しては断罪者が裁定を下す旨と、彼を賊討伐の従軍に加えるよう要求しただけだ。
断罪者の要求に逆らえるはずも無い。彼らに逆らうことは国家を危機に陥れることであり、尊い王家の血を危険にさらす。その場で国家反逆罪で首を刎ねられてもおかしくないし、実際に貴族であろうとも処断する権利を彼らは持っている。
断罪者が護るのは唯国家とその正当なる統治者の血族だ。古より続く血脈は世界の中心に存在する世界樹を唯一支えられる存在として必要不可欠であり、王族は血脈を護ることこそが義務である。その尊い血が遺されているのは東西南北の大国、南のティシュトリア皇国、北のユール帝国、西のゼフィロス共和国、そして東のアストレア王国だけなのだ。
その正当な血統を害する存在は例えそれが王族であろうとも排斥する。国でも王族でもなく、世界、兼ては世界樹に害為す存在の排除、それが断罪者の矜持なのだ。
その断罪者が今回の件に乗り出したということは、ウィダの森に潜む賊がアストレア王家に何らかの害を与える可能性が高い。このイストニアからでは王都にまで被害がでるとは思えなかったが、今の状況では“もしも”を考えずにはいられない。
たかが賊、されど賊なのだ。
断罪者を筆頭にして、聖殿からは圧力がかかり、阿呆な師団長は待機命令を無視して進軍させ、止めとばかりに守護者の登場だ。
東の地平線から陽の光がこぼれ出し始めている。ラザルードは遠いウィダの森へと思いを馳せる。作戦が順当に進めば既に討伐は終えている頃だろう。あくまでも順当に進めば、だが。
森には断罪者と守護者がいるのだ。何も起こらないということは有得ない。イストニア城から森は見えず、彼の森にいる己の部下が無事であることを祈ることしかできない。
「・・・・・・前世で相当の悪事でも働いたのか」
重苦しい溜息と共に世界の終焉を目前にし、この先には光も希望もないような絶望に近い顔で呟く。これから厄介事に巻き込まれるような嫌な予感がひしひしと襲ってくるのは気のせいではあるまい。確実に巻き込まれるだろう。逃げられるものなら逃げ出したい。
無常にも夜は明ける。
こんなにも夜が明けるのを恨めしく思ったことはない。いくら望まなくとも明けない夜は無い。着々と夜は退き、それに応じるようにイストニア城下の街にも人の影が動き出す。ラザルードの陰鬱とした気持ちとは反対に活々としながら。
待つ身は辛いものだ。いまほどこの言葉を切実に感じたことはない。これから騎士団の報告が上がるまで、鬱々とこの先に背負うであろう己の苦労を想像しては溜息をつく姿を容易に思い描くことができる。こんな気苦労はできれば一生背負いたくなかった。二度と目にしないように丸めて重石をつけて黄泉の川にでも捨ててしまいたい。
前世の自分に言い聞かせたい。生まれ変わっても償わなければいけない程の業は背負うな!と。五時間くらいじっくりと説教かまして反省させたい。身に余るような栄光ならば喜んで受けるが、その逆は全くごめんだ。
これから先の自分に苦悩しながらもラザルードは一つだけ決めていた。己の苦労を一つでも、少しでも減らす為に。
――とりあえずクナートの阿呆は解任するか――
これ以上阿呆の相手をして余計な苦労をする気もないし、する余裕も無くなるであろう侯爵はまず余計に背負っているお荷物から一番役に立たないものから降ろそう、そう心に誓った。
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いま目の前にいるものが信じられなかった。
口を無防備にあけ、視線は一点集中している様は、あの二人にはさぞ滑稽に映っているに違いない。ただただ唖然と見上げる先にいるのは巨大な動物だ。そう、ただの動物だ。ただ地球では決して存在が確認されず、伝説上の生き物として名高いその生物は“竜”と呼ばれているが。巨大な体躯は真珠のような光沢のある鱗で覆われており、その巨体を支える足は巨岩のように大きく太い。
低いうなり声は決して不機嫌なものではなく、主人に甘えているためのものだ。長い首を下ろし、気持ちよさそうに目を細めながらその顔を主にこすり付けている。
「・・・・・・嘘」
甘える竜を平然として撫でているのはアシュレイだ。人間など一飲みでも丸かじりでも出来そうな竜と戯れる青年。
先ほど告げられた信じられない現実が途端に真実味を持って心に圧し掛かる。
――ここは君の生まれた世界じゃない――
聞いたときは頭がおかしいのかと思った。突然擬似ジェットコースター体験という不可思議落下はしたが、ほんの数分前まで確かに日本に、あの病院にいた。それが日本国内でもなく海外でもなく違う世界?そんなのは到底認められなかったし、理解できる許容範囲をこれでもかと超えている。
だがそんな荒唐無稽の話が急に現実味を帯びて襲ってきた。
――礼儀知らず――
その言葉は春陽の頭に血をのぼらせるのには充分な効果があった。確かに礼儀知らず云々は春陽から言い出したものだったから言い返しようもなかったのだが、言われたくない相手は居るものだ。
「篠宮春陽、十七歳。生まれも育ちも日本の生粋の日本人よ!」
こいつだけからは礼儀知らず呼ばわりされたくない。目の前のキースと名乗った男は出会った瞬間から印象は最悪最低のどん底だった。年頃の乙女に対して子供だとほざいた奴は、人の劣等感を無神経にも逆撫でしまくってくれた。――体型とか、体型とか、体型とか・・・・・・。単に体型に尽きるのだが。
十七歳って知ったときキースは無遠慮にも春陽の顔を見てから胸を見つめたのだ。本人は気付いていないだろうが、わずかに寄せられた眉と表情にありありと書いてあった。
――嘘だろう? と。
だから挑むようにして言い切った。
アンタにだけは言われたくないのよ! という春陽にとって譲れない意味も込めたのだが――。
「・・・・・・ニホン? ここはアストレア王国の最北端にある森だ。そのニホン人とやらがなぜここにいる」
顎に片手を当てたまま視線を伏せて考え込んでいたキースは、春陽の態度を全く気にした様子も無く訊ねてくる。アシュレイは何が面白いのか眼差しを強めるキースを楽しそうにみている。
「なぜ!! なぜって言った!? そんなの私の方が知りたいくらいよ。だいたいアストレアってどこにある国よ!? 一度も聞いたことないんだけど!」
「・・・・・・」
「では」
それまで笑顔で聞いていたアシュレイが目を細めると、その低くて甘い声が響いた。キースも一瞬だけ視線をアシュレイに向けるものの、黙ってその先の言葉をまっている。
「ユール帝国は? ゼフィロス共和国、ティシュトリア皇国のどれかは聞いたことがありますか?」
アシュレイから聞いた国名は一度も耳にしたことが無く、なぜそんなことを聞くのか春陽には分からなかった。なんでそんなことに答えなきゃならないの! という思いはあった。
「これは貴女にとって、とても重要なことです。どうですか?」
だがアシュレイの煌めく水晶の欠片でも閉じ込めたかのように繊細な色彩を持つ瞳が、真っ直ぐに春陽をとらえて聞いてくるのだ。ここで否やと言うことが出来る人間(注:乙女限定)はいるだろうか。答えは簡単だ、そんなことは出来るはずがないし、いるはずもない。敵前逃亡上等、腰抜け、腑抜けだと誰に罵られようともかまわないわ、むしろ上等よ。こんな反則紛いで破壊力のある強い眼差しに耐えられるなら、夜の繁華街で夜の帝王相手に貢がせることだってできるわよ!無論そんなものに耐えられるはずもない春陽の反抗心は、即効で白旗をあげるしかなかった。
「・・・・・・知らないし、一度だって聞いたことはないわ」
「そうですか、それはまた厄介ですね」
そういって「ネイカーさんはどう思います?」とキースの方を向いたアシュレイは厄介と思っているようにはとても見えなかった。ましてや今しがたの真剣味を帯びた眼差しの方が嘘のようだ。狐にでもつままれたような気さえしてくる。
しかしながらキースの方はそうとは限らないようで、益々眉間にしわを寄せながら難しい顔をしている。
「森の異常に集中していたエーテルが高い密度をもって爆発したことが原因か」
「それしかないでしょうね」
「もともとエーテルは世界樹から流れるエネルギーの塊だからな。それが高濃度で爆発した・・・・・・」
「ええ。それに世界は世界樹のエネルギー、生命力の恩寵を受けて成り立つものです。それゆえ世界の中心に位置する聖樹ですし」
「・・・・・・ちょっと」
「その世界樹そのものといえるエーテルの暴走とも呼べる爆発、世界樹に影響がでたとしてもなんら不思議ではないな。むしろ高い確率で影響するとみていい」
「エーテルの爆発によって、力の源である世界樹の境界が歪んだのでは?」
「ちょっと」
「ああ、境界を越えたのなら月読も流石に感知することはできない。そうだな?」
「界渡が起きた可能性が高いのは私も同意見です。ですがそれと月読様との予知は関係ありません。確かに月読様はこの世の理を読む者ですから、境界の歪みで起きる“何か”は読み解くことは出来ません。しかしこの世界に投じられた一石によって起きる善悪全ての予兆が読めない、というのは些かおかしいのです」
「ちょっとってば!!」
劈くように高い金切り声がキースとアシュレイの耳にこだまする。
我慢の限界は呆気なかった。
二人の真剣な顔つきとどこか気の張った会話から、何か重要な話をしていることを春陽は理解していた。当然それが春陽自身に関することであることも。しかし話の内容がさっぱり理解できないのだ。まるで単語だけ知っていて、文法がわからないかのようだ。
自分のことを話しているだけに内容がものすごく気になる。だからこそ最初は控えめに声をかけた。なのにそれは何事も無かったように、あっさりと聞き流されて無視されてしまう。声が小さすぎたかとあくまでも善良的に考えて、さっきよりも多分に大きい声を出してみたがこれも毛ほども耳に入っていない。この見事なまでの華麗なる無視っぷりに決して長いとはいえない春陽の堪忍袋の緒がまとめて何本か千切れとんだのだ。
「さっきから一人だけ除け者にしないでよ! なにか知ってるなら私にも分かるようにちゃんと教えて」
確実に春陽より頭一つ以上は高い長身の二人を睨みつけながら、無駄に整った容姿をしたキースとアシュレイを忌々しく思う。十人中十人が迷わず美形だと認める容姿に、これまたにょきにょきと伸びた身長がもろに春陽の劣等感をチクチクと刺激するのだ。
極度の虚弱体質のせいで身体の成長が著しく遅れている春陽にとって、健康で容姿や体型に恵まれた者は嫉妬の対象であり同時に羨望の的なのだ。全くの僻み妬みなのだが、気に食わないものは気に食わない。
「これは私としたことが、すみません」
申し訳なさそうに謝罪を述べるアシュレイは既に穏やかな空気を纏っており、先程までの張り詰めた空気はきれいに霧散している。
「いいから、どういうことかさっさと説明してよ。百歩じゃ足りないけど譲るわ、ここがアストレアって国だとして私は日本を出た覚えは無いんだけど?」
さっさと説明しろと睨みをきかす。黒目がちの大きな瞳で睨んだところで、たいした迫力は無く、小動物が必死に威嚇しているようで逆に可愛らしく――あくまでも子供らしく、だが―― 見せていると春陽は知らない。
「そうでしょうね、そのニホンにいて境界の歪に巻き込まれたのですから。ニホンを出ずにアストレアにきたんですよ」
馬鹿、と片手で目を覆いながらキースが嘆息する。それは専門用語並みに理解不能なアシュレイの説明の仕方に対してであって、キョトンと目を丸くしている春陽に対してではないと信じたい。
「・・・・・・ごめん、言ってる意味がさっぱりなんだけど。お願いだからもっと簡単に説明して」
「だろうな」
「そう? じゃあ簡単に言うと、ここは君の生まれた世界じゃない」
「――は?」
「ハーネット、幾らなんでもそれじゃ通じない」
「そうですか?」
「はぁ、もういい。ここからは俺から説明する」
疲れた顔をしながらキースは春陽へと体をむけた。
「おい、最初から説明してやるから俺が質問したことには正直に答えろよ」
コクコクと無言で首を何度も縦に振る春陽に苦笑しながらも、キースはゆっくりと話し始めた。
「まずここは間違いなくアストレア王国にある森の中だ。俺とハーネットは元々この森に用があって来ていて、お前のように気がついたらこの森にいたというわけじゃない。ここでお前の状況を確認しておきたい。お前はここに来る前はどこで何をしていた?」
「私は日本にある病院にいたの。深夜だったと思うけど桜がみたくて外にでてたら、いきなり落下して気がついたらここにいたわ」
春陽は落とし穴にはまったと思ったことは言わなかった。――なんか馬鹿にされる――正直に話せと言われていても、落とし穴なんて言った瞬間に馬鹿にされると春陽の直感がそう告げていた。
嘘を吐いたわけではないが、正直にはなしていない後ろめたさが鬩ぎ合っている。春陽がそんな可愛らしい葛藤をしていると、キースは意味深に声を深めて言葉を発する。
「・・・・・・そうか。そのとき俺たちはある犯罪者が仕掛けたエーテル爆弾の対処に追われていた。犯罪者が仕掛けた爆発は防いだが、森のエーテルが異常を示し始めた――」
「待って!!」
キースの言葉に被りながら春陽がストップをかける。確かにキースはアシュレイよりも丁寧に話してくれてる、丁寧なんだが如何せん春陽が理解できているかはまた別の話なわけで・・・・・・。
「さっきから言ってるエーテルってなに?」
「・・・・・・そこからか」
「私の説明で通じないはずですね」
「いいから教えてよっ!」
その知ってて当たり前みたいな反応は切なくなるからやめてほしい。そしてアシュレイは自分の説明が悪くないみたいな解釈はやめて、キースが通じないと言ってることからばっちり説明不足の意味不明だったことは間違いないんだから。
「エーテルとは世界樹から流れ出るエネルギーで第五の元素だ」
「エネルギー?」
「世界樹自体が世界を創る高エネルギー体なので、それから流れるエーテルもエネルギーの塊ということです」
キースの言葉にアシュレイが補足して説明する。
「エーテルは空気中に含まれていて、そのエネルギーを利用変換することも出来る」
「そんなこと聞いたことないわ」
「知らないことは置いておいて、そういうものだと覚えておけ」
「乱暴な言い方ですね、でも彼の言うことにも一理あります。今は“そういうもの”とだけご理解ください」
二人に同じように言われれば黙ってしまうしかない。
「話を戻すとだな、高い密度でエーテルがこの森に集まったんだ。許容量を遥かに超えたエーテルは圧縮され続け、限界にまで圧縮されたエネルギーはもとに戻ろうとする反動で爆発を起こした」
いつの間にか大事になっていることに、春陽は思わず息を呑んだ。
「俺たちの世界では常識なんだが、あらゆる世界は世界樹のエネルギーを多かれ少なかれ享受することによって存在する。それゆえに世界樹は世界の中心で世界を支える聖樹と呼ばれるんだ。さっきも言ったがエーテルは世界樹のエネルギーが流れ出たものだ。世界樹そのものと言えるエネルギーが大きな爆発を起こしたんだ、世界樹に何らかの影響が出てもおかしくはない」
「・・・・・・影響って?」
「世界樹が繋ぐ世界と世界の境界が歪んだんです」
おかしい。彼らの言い方じゃ世界が幾つもあるみたいに聞こえる。
背中につめたい汗が流れ、だんだんこの先に待ち構えている話を聞きたくなくなってくる。
「私達の間では世界の境界を越えることを“界渡”と呼ぶのですが、それは理論上のことであり現実には不可能とされています」
不可能なら問題ないじゃん、春陽が気を抜こうとしたところでアシュレイが更に口を開いた。
「私も机上の空論だと思っていました――今日までは」
アシュレイの言葉が重みをもって春陽を襲う。これでは界渡なるものを見てしまったようではないか。誤解を招く言い方は改めて欲しい。――だってこの状況で境界を越えた人物がいるとしたら、それは一人しかいないのだから。
「はっきり言うぞ?俺たちはお前が言う“ニホン”という国を知らないし、噂でも聞いたことがない」
――やめて、これ以上は聞きたくない!――
「加えてハーネットが聞いたアストレア王国を含めたユール帝国、ゼフィロス共和国、ティシュトリア皇国の四国は、この世界で一度は耳にしない方がおかしいほどの大国だ。知らない者はまずいない」
「やめて! そんなこと信じないから」
「ですが事実です。それに貴女の反応を見る限り、“ニホン”という国も名が知れているのでしょう?そのような国はこの世界にはありません」
――信じたくない! もし彼らの言う通りなら私は――
「お前は世界樹の歪みに落ちて、異界の地から“界渡”をしたんだ。前例は無いが、お前が嘘を言っていないのならこれしか考えられない」
「信じてください」
・・・・・・私ってよっっぽど運命に嫌われているのかしら?
「・・・・・・ねえ、あなた達の話じゃ、そのエーテルが爆発したせいで世界樹が繋ぐ世界の境界が歪んだってことよね?――それって」
そうだと、キースが答えると、春陽はふるふると小刻みに肩を震わせた。その姿はなんとも痛々しくみえる。
ただこれが悲嘆に暮れてのことであったなら、だが。
「それって――」
俯けていた顔を勢いよくあげると春陽は、その日一番の怒号をあげた。
それはもう鬼も一目散に逃げ出す表情で。
「ただのトバッチリじゃないのよ――っっ!!」
森中に響き渡る春陽の声は、やっと昇り始めた遅めの朝日に吸い込まれたのだった。
評価・感想お待ちしております。よろしければ、いえ是非とも送ってください。
活動報告にて執筆状況や更新予告もしているので、よければご覧になってみて下さい。