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天使x死神x礼儀知らず

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 篠宮春陽は風が収まるのを待っていた。

 目も開けられない、不自然なくらいの強風は春陽を中心に渦巻くように吹く。

 顔を腕で護っていると風が収まっていくのを感じる。すでに強風ではなくフワリと春陽の頬を撫ぜるのは、少し冷たい春の風だ。


 ――あれ?――


 胃の辺りを襲う浮遊感に春陽は疑問を感じた。

 病院の中庭に落とし穴はなかったよね?と薄く目を開けば、反転する視界。目の前には薄明るい空が広がっている。


 ――なんでっ!?――


 まさか落ちてるの!?


「きゃあああああぁぁぁぁぁぁ・・・・」


 乗ったことなんて無いけど、ジェットコースターてきっとこんな感じなんだわっ!!生まれてこのかた17年、初めての落下体験に現実逃避してしまう。でも逃げてばかりはいられないのが現実。終着点じめんは確実に迫ってくる。

 このまま落ちたらマズくない!!?ワタシッ!!新体操選手になりきるのよ!華麗に着地を決めるなきゃまさかの人生の終着点へまっしぐらよ!!!やればできる!!ハズっっ!


 

 グシャッ!!

 

 ろくに運動もしたことがない春陽にとって神業にも等しい無謀な行為は、当然のようにに失敗する。着地の体勢をとるよりも早く地面に落ちたのだ。ろくな受身も取れずに。

 何ともいえない音をだして。



「いっったい!! お尻!!」


 涙目でお尻をさする春陽は、結構な高さから落ちたのにも関わらず『お尻が痛い』だけで済んでいることには気がつかない。あまり柔らかくはない“クッション”の存在にも。


「なんでいきなり落ちたの!! 落とし穴なんて掘った奴は誰よ!?」


 お尻を押さえながら、息巻く春陽が顔を上げると一人の青年と目が合う。かなりの美形だ。モテるんだろうな、なんて考えながら青年を上から下まで眺めて気付く。

 なぜか刀が自分に向けられており、男は不思議そうな目を春陽に向けていることに。

 だけど、とりあえず聞きたいことは...。


「・・・誰?」


 そう!!私、こんな美形さん知らない人なのよ。そこらのアイドル顔負けね。不本意ながら繰り返す入退院、長期入院で病院関係者の顔と名前はばっちりなのに!!調査不足だったわ。しかしその誰とも一致しないこの人は誰かしら?しかも刀なんかもっ...て?

 溜息をつく美形兄さん。美形さんは何をしても様になるんですね~。

 じゃなくて、ちょっと待て? 日本で刀の所持は鉄砲刀剣類所持等取締法、つまり銃刀法で禁止されている。いやいや、この兄ちゃんは外国人っぽいし当てはまらいのかな? ここ日本なんだからそんな訳はないか。じゃあ...不審者か!! この兄ちゃんは美形を活かしきれないで不審者になった残念な人なの!?

 謎の珍思考を展開していると、お尻の地面の感触に違和感を感じる。

 なんで地面が柔らかいんだろ? しかも微妙にあったかいような...? 顔を下に向けると、何かを下敷きにしていた。


 「きゃっ! チカン!?」


 自分の尻の下で白目を剥いている男がいる。厳つい顔をしたオッサンだ。そう、オッサンと例えるのが一番しっくりくるような中年顔をしている。

 イヤ!! もうこの先が短い命でもこんなオッサン顔の人の上にはいたくないわ! これでも本来なら花も恥らう女子高生なんだもの!! 乙女のお尻は安売りなんかしないのよ!

 バッっと音がしそうな勢いで、オッサンもといクナートの上から飛びのく。その際にお尻を味わった報復としてさりげなく蹴りを入れることも当然忘れなかった。乙女の柔肌を傷つけた罰よ! 天誅!!!


 強烈な蹴りを入れた春陽はこの上なくイイ顔をしていた。



 ――あれ? ちゃんと地面に立ってる?


 チカン男が転がっていった方を見て、ようやくそこが落とし穴ではないことに気付く。病院の中庭ではないことにも。

 風化してあちこちが崩れた石造りの建物に、周囲には大勢の男達が倒れている。生きているのか死んでいるのかは分からない。病院の中庭とは程遠い景色だ。

 ただ桜の花びらがヒラヒラと舞い落ちていることだけが、病院の中庭と一緒だ。

 目の前には刀を持った残念な美形さん。

 その隣にはこれまた壁画から抜け出たような美形のお兄さん。

 

 ――もしかして...死んじゃった?


 でもってこの二人は天使と死神さん!? 今まさに天国へ行こうとしてるの!?


 だから聞いてしまった。


「...もしかして死神?」


 知らない間に死んじゃったの?

 ここはどこ?


「私を連れにきたの? それとも連れてきた後?」


 まっすぐに死神と天使の二人を見つめた。






 ――なんと言ったらいいのか


 突然なにかに気付いたように立ち上がり、その尻の下に敷いていたクナートを蹴り飛ばした子供は達成感溢れたイイ顔をしている。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 その様子を見ていた男が二人。春陽に向けた剣をどうするか迷っていたロランと、その近くにいたアシュレイだ。チカンの意味は知らなかったが、春陽の行動をバッチリと目撃していた二人は何となくその意味を理解した。男として、ましてや騎士でもあるクナートにとっては大変な汚名だろう。気を失っているのが不幸中の幸いだろう。


 当事者である子供は驚いたように辺りを見回している。

 そういえば、と改めて回りを見渡せばアシュレイが昏倒させた騎士や賊がそこらじゅうに転がっている。その前には騎士団と賊の戦闘で負傷した者もいる。なにも知らない人間がみたら生き残った二人が大量殺人でも犯したのかと思いそうな光景だ。とどめにロランはこの子供に刃を向けていた。盛大に誤解するには充分な要素が盛り沢山だ。

 

「...もしかして死神?」


 ポツリと言われた言葉は男に警戒心を持たせるには充分な威力があった。

 

「私を連れに来たの? それとも連れてきた後?」


 男を“死神”と呼ぶのは犯罪者に限られる。この子供が犯罪者? まさか、と否定するには子供に関する情報が少なすぎる。エーテルの異常収縮のあとに突然空から降ってきた子供が“死神”と言ったのだ。警戒するなという方がおかしい。

 だが『連れに来た』『連れてきた後』と子供は言っていた。

 何者かに追われている? この状況も飲み込めていない?

 チラリと隣の守護者ガーディアンを見るが、同じように驚いているだけに見える。この子供を守護者ガーディアンが追っていたのならば、この反応はありえない。

 緊迫した空気が三人を囲んだ。


「おい子供ガキ、お前の名は?」


 ピキッと辺りの空気が凍リつく。プルプルと怒りに手を振るわせ、きっと睨みつけながら大きく怒鳴る声が森中に響き渡る。

 

「...ちょっと!!」


 子供は禁止用語なのよ!! とでも聞こえそうな鬼気迫る表情の後に言われた言葉は、とてもじゃないが信じられなかった。

 

子供ガキとはなによ! 失礼ね! これでも十七歳なのよ!? だいたい死神って名前くらい調べてから来るもんじゃないの!? 職務怠慢よ!」


 ...十七歳?嘘だろう? 子供にしか見えない。

 子供だと思っていた少女の発言に目を見開いたのは自分だけではないハズだ。 






 なによ!十七歳の若い身空で死を迎えようとしてる、憐れな少女の名前さえ知らないのっ!? 身体からだだって同年代のたちよりちょっと小柄で胸が成長期をむかえてないだけよ!! 日本人なんだから見た目より若く見えて当然なのよ!! こんなデリカシーのない死神に殺されるなんてイヤだ――!!


 さっきまで見ていた病院の桜を思い出す。

 ――死ぬならあの桜の木の下と二人に見送られてって思ってたのに


「だいたい、私を殺しに来たんでしょう!? 殺しに来た相手の名前くらい知っておきなさいよ!! それが礼儀ってもんでしょ!? それでも死神!? それともこんな小娘の名前なんか知る必要ないってか!! コンチクショーめ!!」


 もうヤケクソだ。

 殺す相手に怒鳴られて死神は驚いてるし、その隣の天使様は死神が私の名前を知らないことに驚いてるし。死ぬときくらい安らかに死ねないの!? いや、安らかでも死ねって言われたら抵抗するけど!!

そこは当たり前でしょう。


「言っておくけど簡単に死んでなんかあげないんだからね! 私が死んだら悲しむ人がいるのよ!! 死神だろうが天使だろうが、私を殺そうとするなら末代までたたってやるんだから!! 蛇みたいに執念深くネチっこくうらんでやるから!」

「....プッ!」

「覚悟な..さ...い?」


 決死の覚悟で死神と天使に喧嘩を叩き売ったのに、天使様はなにが可笑しいのか腹を抱えて笑っていやがる。涙目に見えるのは気のせいだと思いたい。


「......。」

「...ップ、っくく! っいや、なんでもな、ない、です」

「ちょっと!! なんで笑ってるのよ!」

「い、いえ、笑ってない、で、すからっ」

「それのどこをどう見たら笑ってないように見えるのよ!! 本当に失礼な奴らね!!」

「仕方ないでしょう! 色持ちの断罪者ジャッジメント捕まえて末代まで祟るって! 傑作です!! 貴女、将来大物になりますね」

「はぁ!? 断罪者ジャッジメントってなによ! 私はあんた達を祟ってやるって言ったのよ!! 断罪者ジャッジメントなんて知らないわ!!」

 

 ビシィ! と指でロランとアシュレイを指差しながら言い切る春陽は、二人との会話の矛盾に全く気付いていない。

 そう。彼ら三人は会話が全くかみ合っていなかった。


「.....」

「アハハハ!」

「あんたは何でまた笑ってるのよ!?」 


 既に腹を抱えて笑っている天使様と、呆れたように春陽をみる死神。先ほどまでの緊迫した空気は見事なまでに木っ端微塵に吹き飛んでいる。

 それを一番感じ取っているのはその空気を作り出していた張本人であるロランだ。アレほどまで警戒していた自分が嘘のようだ。


「おい、いい加減にしろ」


 このまま黙っていたらギャーギャー騒ぐ春陽とアシュレイではいっこうに会話が進まない。ロランは片手を顔につけて溜息をつく。


「とりあえず名前だ。他にも聞きたいことは山ほどある。さっさと言え」

「なんで命令形なのよ! さっきから聞いてれば偉そうに!! 本当に礼儀知らずね。人に名前を聞くときはまず自分から名乗るものじゃないの?」

「それもそうだね、僕もちゃんと君の名前を聞いてなかったしね」


 ――なによこいつら! 名前も知らないのに一緒にいたって言うの!? やっぱりおかしいわ。


 ニッコリとロランに笑いかけるアシュレイと顔を顰めるロランは実に対照的である。アシュレイの言葉の裏にはきちんと意味が含まれているのだが、もちろんそんなことを知らない春陽には通じていない。嫌そうにロランが顔を顰めた理由も。


「ロランと言ったはずだが」

「君から聞いたわけじゃないです。それにどうせその名はここでの名前でしょう」

 

 そう、アシュレイはクナートが彼を“ロラン”と呼ぶのを聞いてそのままロランと呼んだが、断罪者ジャッジメントが潜入先で本名を名乗るなんて自らの正体を明かすようなバカなことは決して無い。犯罪者にとって断罪者ジャッジメントまさしく天敵ともいえる存在ゆえに、裏で彼らの名前は知る人ぞ知るものとなっている。そんな彼らが本名で潜伏するなど、隠しもしない罠や落とし穴に獲物がかかるのを待つようなものだ。 

 だからアシュレイは聞く必要があった。子供、いや彼女が現れたことで彼との付き合いはこの場限りではなくなってしまったのだから。


 ロランもそれを知っていた。なぜ少女がこの場に突然現れたのか、一体何者なのか。月読の“星読み”は間違いなくこの少女に関係しているだろう。先ほどのエーテル異常よりも大事だいじがそうそう他で起こってはたまったものじゃない。

 この件に関わったロランと月読の命で動いているというアシュレイが監視することになるだろう。アシュレイの話が事実ならば月読の予見した場所に現れ、“星読み”が出来ない存在なのだから。

 今日何度目か知れない溜息がでる。――今日は厄日だ――


「まず、女?」

「待てぃ!! そこは疑問じゃないから! れっきとした花も恥らう可憐な乙女なんですけど!!」 

「そうです、女性に対してその物言いは失礼です」

「...うるさい。とりあえず黙って聞け」


 十七歳の少女とは思えない痩せて小さな(貧相な)体なんだからしょうがないだろ、とは言わないでおく。

 

「俺の名はキース・ネイカー。アストレア王国国家犯罪者対策組織“断罪者ジャッジメント”の一員だ」

「こ、国家犯罪?」

「そうだ、まずこれだけは理解しておけ。断罪者ジャッジメントは闇に生きる一部の犯罪者達からは“死神”の通称でよ呼ばれることはあるが、俺はアンタが考えているような死神じゃないしお前を殺しもしない。だから安心しろ」

「ここも天国ではないし私も天使ではないよ? 申し遅れました、私はアシュレイ・ハーネットといいます。そこのロランもといキースとはさっき知り合ったばかりの顔見知り以下なので、友人などとは誤解しないで下さいね?」

「えっ?」


 美しい微笑とは裏腹に言葉に存分に棘が含まれている。なぜここまで棘棘しいの!? やっぱり美しい薔薇には棘が~ってやつ!? 存外に毒舌のアシュレイの言葉に瞠目していると『ちなみに辺りでびてる奴らはこいつがしただけだから』とロラン改めキースがニコニコと笑っているアシュレイをことげに指差す。

 ...この二人私の常識の人から随分とかけ離れた図太い神経をもっているらしい。二つの整った顔から放たれるのは嫌味の応酬は本人達が気にしなくても周囲の人が胃炎を起こすに違いない。春陽はそう確信した。 


 そんな二人の分析はひとまず脇に置いておいて(永遠に脇に置き去りの方が衛生的かも...精神の)、この話が本当なら二人は死神でも天使でもなく、さらにここが天国じゃないということだ。


 ――まだ死んでない!! 生きてる!!――


 まだ死んでいなかったことに、殺される心配も無いことにひとまず胸を撫で下ろす。

 しかし話がいきなり国家犯罪とか犯罪者とか突飛過ぎる。病院で後数年、死を待つ生活を送るしかなかった春陽には到底信じられない話だ。それにアストレア王国? ここは日本で、なぜそんな聞いたことも無い国の人がいるのかが分からない。

 殺されなくても、身の危険をビシバシ感じる現状では安心などできない。


「ここが天国じゃないことは信じるわ。辺りの人たちも気絶しているだけみたいだし。でもあなたたち二人をいきなり信じろって言っても無理ね。アストレア王国なんて聞いたこともないし、ここは日本よ!? その手に持ってる刀は法律違反なんだから!! テロリストって言われたほうがよっぽど納得するわ!!」

 

 ――アストレア王国を知らない?――


 怪訝に眉を顰めたキースがこぼした言葉は、言葉には出さなかったがアシュレイも同様に感じている。アストレア王国は大陸東の大部分を占める大国だ。異国の子供でも必ず一度は名前を聞いたことがある程の大きく豊かな国をこの少女は知らないという。

 それに“ニホン”? それこそ聞いたことが無い国だ。もちろん二人もセフィロスに存在する全ての国を知っているわけではないが、それでも一般人よりは遥かに高い知識を有している。

 

 キョロキョロと辺りを見回す少女にキースの言葉は届かない。少女にとっての優先事項はもっと別のところにある。


 ――まだ死んでいないなら、ここが天国じゃないのなら、ここは一体どこなの!?――


 こんな廃墟みたいな教会なんてなかった。国の人だっていなかった。私がいたのは日本の病院よ!?こんなに鬱蒼とした樹なんて生えていない、都心から少し離れた病院。


「ちょっと!? ここはどこ! さっきの断罪者ジャッジメントとか虚言で実は誘拐犯でした、とかじゃないの!?」


 

「違う、第一お前を攫ったって特なんかないだろ。それに突然空から降ってきたのはアンタの方で、俺たちを誘拐犯扱いするのは間違ってる」

「人が空から降るわけ無いじゃない!」

「私も降ってくるところは見ました」

「...うっ!」

「大体お前だって落ちた感覚くらい残ってるだろ? 悲鳴だってあげてたし」

「...ぐっ」


 二対一じゃどうにも分が悪い。春陽にも身に覚えがあるところを突いてくるから性質たちが悪く、全く反論できない。


「そんなことより先に言うことがあるんじゃないか?」


 じっと腕を組んで睨むように見据えられ、あまりの迫力に思わずたじろぐ。

 ――何か言うことでもあったっけ?


 春陽はすっかりと忘れていた。アシュレイとキースの二人にしっかりと名乗らせていたことを、そして自分はすっかり忘れていたことも。



「...名を名乗れ、礼儀知らず?」


 

 相手に名乗らせるだけ名乗らせていた春陽は低い声音に真っ青になった。そして先刻までの自分を呪った。散々礼儀知らずと罵った挙句に暴言吐きまくった自分を消し去りたい!!


 後悔先に立たずとはこのことであった。










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