前兆
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つたない文章ですがお付き合いお願いします。
「星が流れました」
鈴をならしたような澄んだ声が暗い部屋に響いた。
声の主は如何なる変化も見逃すまいと、静かに空を見つめている。
「それは何かの兆しということですか?」
かえす声は男のもので、空をみつめる少女をどこか楽しそうに眺めている。
少女は身長よりも長い銀色の髪を腰のあたりでゆるく編みこみ、銀の飾り房でまとめて流している。
その瞳の色は、いまは暗がりではっきりとは見えないが陽の下では煌めくような薄青色なのを男は知っていた。
「はい。予兆には間違いないのですが・・・」
少女にしては珍しく、なにかを逡巡して言いよどむ。
整った美しい顔を困惑に染めて言葉を選ぶように続けた。
「それ以上のことは私には解らないのです。この星の流れが一体なにを指し示すことなのか」
少女の放った言葉に男はさらに笑みを深める。
「“月読”様でも読めぬ理が存在するとは、実に興味深いですね」
それまで壁に背をあずけ、“月読”を眺めていた男はその視線を吹き抜けの空へと移した。
男にはただの夜空にしかみえないが視る者が違えば、そこには異なる意味が存在する。
このセフィロスのあらゆる事象を、星と月の動きから読み取る“月読”の少女にも解らないことがあるのだ。
「笑い事ではありません」
男の態度にも困惑しかかえさないのは、月読の育ちがいいとしかいえない。
月読が接する他の者たちなど、まるで神に対するかのように恭しく接するのだ。男も他人がこの場にいれば月読にこのような態度は決してとりはしない。
「なれば私が確かめてまいりましょう。月読様の懸念も幾分かは和らぎましょう」
言うがはやいか、壁から背を離し慇懃無礼に膝をおる。
その言葉に月読はほっと息をいく。いつもの男とは違う丁寧な態度に思うところはあるものの、この男のことは信用できた。その人柄も、能力も。
男は月読の返答など待たずに踵を返した。
「・・・東の地です。星はそこへ流れました」
その背へ向かい少ない情報を話す。自分の力が及ばないことに若干の悔しさを胸に忍ばせながら。
「どうぞお気をつけください。この世界において吉兆とも凶兆とも判りません。星が読めぬということは未だ未来が定まらず、未来を視通す神の力も及ばぬことを意味します。どうかくれぐれも慎重になさってください」
「神の力も及ばないとは、どんな珍事が待ち受けているやら」
月読の言葉に足を止めた男は振り返らずに肩をすくめると、ようやく振り返りその手を胸にあてた。
「ご忠告感謝いたします、月読様。そのお言葉胸に留めさせていただきます」
男の口の端があがる。その強い光を宿した瞳は、暗闇にあってなお輝きを損なわない。
そのまま足音もなく、男は闇に溶けるように姿を消した。
「どうか神々のお導きがあらんことを」
暗い部屋には少女の祈りが静かに落ちた
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男は苛立っていた。
セフィロスの西の大部分を治める大国アストレアではある噂が広がっていた。
とある秘密組織が近いうちに大規模な反乱を起こす、というものだ。
アストレアの北部にある、イストニア地方の深い森のなかの遺跡。そこが組織の根城になっていた。そこでイストニア領主は騎士団に、組織の討伐を命じた。騎士団の師団長である男はこの作戦の陣頭指揮を担っていた。家名だけで師団長に任じられた男は武勲を上げる好機に浮き足だっていた。
そんなときだ。
数ヶ月の月日を要して綿密に準備された組織の討伐計画が、作戦の決行まで残り数日を前にして上層部から“待った”の声がかかったのは。
「ラザルード侯も一体なにを考えておられるのか。このままでは今までの計画が水の泡ではないか」
苛立ちを隠そうともせずに、男は手に持った酒盃を勢いよく呷る。
師団長という地位はあるものの、男の矜持を満たすものではなかった。男は貴族の出ではあるが、三男のため爵位を継ぐ確率は低い。兄達は爵位とともに領地の経営を任され優雅に暮らしているのに対し、自分は男だらけのむさくるしい地方騎士団での生活に辟易としていた。
この生活とおさらばするには武勲をあげて王都の近衛騎士に叙任されるか、貴族の爵位を賜らなければならない。その為にもこの組織の討伐は失敗するわけにはいかなかった。
「クナート様、そのようなことを申されても仕方がないでしょう。なんでも各所の聖殿から圧力がかかっているとも聞きますので」
背後からの冷ややかな声に、男はこめかみの欠陥をピクリと浮き上がらせる。
振り返れば無表情の青年が直立で佇んでいた。
身分が低いにもかかわらず、師団長補佐として今回の討伐作戦にも加わっている。
男はこの成り上がり者を嫌っていた。
補佐には身分違いも甚だしく、どこの馬の骨かも知れない輩を身近に置くことも何を考えてるか分からない無表情も、何から何までとにかく気に入らなかった。
ただその実力は確かな上、クナートの命令には逆らわなかったので不服ではあったが補佐として使っていた。
「ふん、ラザルード様も腑抜けたものだな。国家反逆の大罪人を目の前にしておきながら、聖殿の日和見連中の言も退けられぬとは。まこと老いとは恐ろしいものよ」
再び酒盃を呷ると空のさか杯を力任せに床に叩きつけた。
このままでは手柄どころか賊を抑えられなかった汚名まで被ってしまう。
「・・・このままでよい筈がない」
顔をうつむけ、怒りに震える声で小さくつぶやく。
握りこんでいた拳をゆっくりと開き、胸に溜めた空気を吐き出す。
上げた瞳には野心が燃え盛っている。
それまで腰をおろしていたイスから立ち上がると、その足を扉へと向けた。
「いくぞ、ロラン」
控えていた補佐の青年に声をかけて部屋を出る。
青年は無言で男の後に続いた。