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賢者の塔

お久しぶりです。どうにも長くなりすぎてしまうようなので、いったん区切らせていただきます。読みづらかったら申し訳ございません。

誤字・脱字ありましたら報告お願いします。感想・コメント気軽に送ってください。作者のはげみになります。

 地道に長すぎる階段をのぼりきった春陽の目に飛び込んできたものは、整然と区画された街並みだった。石造りの家々は同じ石を使っているのか、全て同色である。そのため城下に広がる街全体が白っぽい煉瓦に茶褐色の屋根で統一されていた。

 春陽は感無量の感銘を受けて、ただひたすら無言で塔のへりから身を乗り出すようにイストニアの城下を見おろした。

「どうだ、きれいだろう?」

 言葉もなく城下を見おろす春陽に、カーティスは誇らしげに言った。

「このイストニアの城下街はミュゼっていってな、王国でも美しい街並みってんで有名なんだ」

 春陽からみても、きちんと計画的に整備されていることがわかる街並みは、美しいといって過言ではない。それはイストニアしか知らない春陽にも充分にわかった。

 イストニア城の正面には、街の中心を縦断する一際大きいみちが敷かれている。街の中心と思わしきところは広場となっており、そこから放射状に路がのびているのだ。

 カーティスが自慢したくなるのも十分にうなずける。カーティスの言葉に首肯しながら、春陽は思ったことを言ってみた。

「ずっと寝込んでたから知らなかったけど、かなり大きいんだね」

 このミュゼの街をみて確信したが、城の造りや服装などから、地球で言えば中世の西洋程度の文化レベルに相当している。街の家や建物は石造りであって、コンクリートなど近代的なものはなく、ここら一帯で最も高い建築物はイストニア城だけだった。道路と思われるものも石畳で、そこを馬車などが走っている。

 中世にタイムスリップしたような錯覚を起こしそうになりながら、改めてここが地球とは異なる世界だと実感するしかなかった。

 改めて考えれば、いま春陽が着ている服を含め、衣服などは洋装に似ているが、やはり世界が違えば当然として服飾も異なるのだろう。春陽が知っている西洋の服とは多少つくりが異なっている。さすがは異世界だといえよう。

 そんな春陽の感慨をこめた感想だったのだが、このとき側にいたのはカーティスだけだ。そんな春陽の感情になど気づくはずもなく、ミュゼの街並みに感じ入っただけととられたようだ。

「ああ、ミュゼはアストレア王国北方最大だからな。イストニアはラザルード侯爵家が治めてるってのは知ってるだろ? ラザルード家がここイストニア地方を治めるようになってからというもの、いまだ戦火に焼かれたことは一度もない。恵まれてるよ、人にも土地にも」

「……」

 ――聞きたい! が、春陽は無言でカーティスの言葉を聞いた。いや、無言を貫くしかなかった。

 ラザルード家がイストニアを治めてどれくらいになるとか、いまでも戦争があるのかとか、聞き返したいことはいくつもあった。特に戦火に焼かれるなどと物騒な言葉があったからには、どこか他の都市は戦争に巻き込まれたことがあるということだ。

 だがここで聞き返せば、カーティスに不審に思われること間違いなし。春陽はいまだこの国の一般常識がどの程度かを知らない。ここで迂闊なことは言えなかった――おもに自分自身のために。

「いまの侯爵さまも良くできたお人でな、イストニアの領民の為に領地で執務をとってくださってるんだ。奥方さまは王都にいるってのに」

「……別居中? 侯爵さまって夫婦仲悪いんだ、意外~」

 いつの時代、いつの世界でも夫婦仲が問題になっているのだろうか? 

 ラザルードはちょっとヘタレでお人よしなところはあるが、面倒見はいいし、優しいし、なにより誠実だと思う。それは春陽に対する態度からも、城で働く人たちの好意からも感じられたのに。

「おいおい、勘違いすんなよ。言っとくけどな、侯爵さまと奥方は夫婦仲良好だぞ?」

「だって別居してるって――」

「それは末っ子のテオドールさまが王都の学院に通う間だけって話なの。ラザルード侯爵家は、王都でイストニアの特産品を卸してるから、テオドールさまが学院に通う間は、そっちを奥方さまが直々に取り仕切ってるってわけ。それまでは年に数回、ご夫婦そろって視察と監督なんかをしに王都へ行ってたんだよ」

「な~んだ、カーティスが変な言い方するから勘違いしちゃったじゃん。奥さんに逃げられたのかと思っちゃったよ」

 それにそてもカーティスの言う通りならば、ラザルードの奥さんはかなりのやり手ではないだろうか?王都で一人、商売の切り盛りをするなど、かなりの肝っ玉だろう。

「そりゃあ悪うござんした。それにしても、ハルは教官の側付なんだろ? 仮にもイストニア城で働くんなら、それくらい知ってたほうがいいんじゃねーの」

「……体調崩してて、それどころじゃなかったんだよ。キースにも聞いたんじゃないの?」

 ヤバイ。何気に鋭いカーティスにヒヤヒヤする。

 本当はなにも知らないことからの失言だったが、カーティスはいつから春陽が寝込んでいたかなど知りようがないのだ。本来ならイストニアに来る前に、キースの側付ならば調べていなければいけない情報だが、春陽の身分そのものがデタラメなので仕方がない。

 多少強引にでも誤魔化すしかない。普通ならここで自分の勉強不足を恥じるところだが、春陽はむしろカーティスに向けて、気遣えよ! という非難の視線をむけてみる。

 普通の反応? 罪悪感? なにソレおいしいの? 身の危険に繋がりかけないこの状況を打破するためならば、そんなものは丸めてゴミ箱へポイだ、ポイ! なんなら一生ゴミ箱に蓋をしててもかまわない。

「そういやそうだったな。オレが悪かったから、睨むなよ」

「体調管理も仕事のうちだなんて言ったらブン殴るから、覚えといて?」

「へいへい、わかったよ」

 握りこぶしを顔の前にグッとつくって見せれば、カーティスは盛大に顔を顰めた。降参とばかりに両手を上げながら。

「ふふっ、よろしい。じゃあカーティスには次の場所に案内してもらおうかな?」

 クスクスと笑いながら春陽は城壁に近い、とある建物を指した。

「ここはもういいのか?」

「イストニアの街を一望したかっただけだしね。時は金なり。時間は刻々と過ぎていくのだよ、ワトソン君」

「なんだそりゃ」

「謀有名探偵を支えた、有能な助手のこと」

「……オレは助手かよ」

「ジョークですよ、安心してください。誰もカーティスを使いっぱしりだなんて思ってないから」

 異世界からきた春陽にしか通じないジョークだったが、あの有名すぎる謀小説の助手を知らないことに新鮮味を感じる。

「そういう事にしといてやるよ」

 どこか投げやりな様子だ。

「さて、一つ聞きたいことがあるんだが」

「なに?」

「なんで賢者の塔なわけ?」

 賢者の塔とやらに聞き覚えはなかったが、カーティスが指差す先にある建物。それは春陽が行きたいと指差した建物だ。

 賢者の塔と呼ばれるその建物は、きれいに整えられているイストニア城のなかで一種異様な雰囲気を醸し出していた。暗緑色の蔦が塔全体を覆っており、塔自体の色は外観からはすでに窺えなくなっている。その暗くおどろおどろしい空気がただよっており、どこか陰鬱とした塔だ。

 大多数の人間であれば、不気味なソレに近づこうなどとはおおよそ考えつかないだろう。

「なんでっていわれても……」

 だが悲しいかな。春陽は世にいう少数派だった。

「あえて言うとすれば、勘?」

 その行動には特に理由などない。

 春陽の疑問符付きの返答を得たカーティスが大きな溜息をついたことは言うまでもないだろう。


     *******************


「きゃあああ!」

「うわっ!?」

 廊下を疾走するカーティスの耳には、様々な悲鳴が飛び込んでくる。

 ときおり何かが壊れる音がするのも愛嬌の一つだろう。悲鳴や物が壊れるくらいで済んでいるのだから、安いものだといえよう。

 カーティスの脳裏に、あの恐ろしい鬼教官の姿が浮かんだ。

『一瞬一秒、何が何でも絶対にあれから片時も目を離すな』

『あれは俺たちと同じ人間の皮をかぶった、まさに別次元の珍獣だ。常識や普通を求めるな、時間の無駄だ』

『やつが何かやらかそうとしたら、全力で、死ぬ気で、それこそ身を挺してでも阻止しろ』

『いいか、もう一度だけ言うぞ? 死んでもあれから目を離すな』

 何度も、何度も、念を押すように言われた言葉の数々が、いままさにカーティスに襲い掛かっていた。

 呼び出されて言われた言葉は、自身の付き人に対してとは思えないものばかりだった。なぜそこまで注意したのか、今朝までのカーティスには見当も付かないものばかり。まだ少年だという鬼教官の付き人に対する評価にしては、あまりにも大げさなものだと思ったものだ。

 だが今のカーティスであれば、それは甘い考えだったと言い切れる。

 額からは幾筋もの汗が流れ落ちているが、それを気にするだけの余裕がカーティスにはない。

 ただ目の前をもの凄い速さで逃げ、すれ違う城で働く人間を驚かせまくっている、この紅い物体を見失わないように追いかけるだけで精一杯なのだ。

「クソッ!!」

 このままではいずれ見失ってしまうだろう。少しずつではあるが、徐々に開いていく両者の距離に舌打ちがでた。

 休日返上ではあるが、少年のお守りならば楽な仕事であったはずだ。それなのにカーティスは今、城の中を全力疾走するはめになっている――その楽な仕事だと決め込んだ、この仕事を受けてしまったせいで。まあ、どんなに思い返してみても、いくら後悔しても、あの鬼教官からの命令だったのだ。所詮カーティスには断ることなどできなかったのだ。

 だが、それにしてもと、どうしても思い返さずにはいられない。たしかに油断はあった。だが誰がその油断のせいで、こんな事態になるなんて考えるだろうか。

 カーティスは賢者の塔で起こった一連の出来事を思い出しては悲嘆にくれた。

 ――こんなことになるんだったら絶っっっ対に連れてなんか行かなかったのに! と。


     ********************


 この日、春陽は何度目になるか分からない感嘆の声をもらした。

 なにが凄いって、間近から見上げた賢者の塔の不気味さといったら。曰付きだと言われても、あっさりと納得してしまうくらいには迫力があった。外観だけならば、夏場に涼とスリルを満喫するために、汗と恐怖と技術の粋を集めた日本のお化け屋敷にも匹敵する。なにをどうすれば、これだけの一品が出来上がるか春陽は不思議でしかたない。

「……どうしても入るのか? ここに」

 いかにも入りたくありません! なんて具合に口元を引きつらせているカーティスが、諦め悪く春陽に確認してきた。

「ここって魔法師とか魔法研究者の実験棟なんだよね? なんでそんなに嫌がるのさ」

 ここにくるまでに、目の前に建っているこの棟についてカーティスに聞いたところ、主に魔法や魔術に関する者たちがいるとのこと。一般の兵士や騎士達とは訓練内容も仕事の内容も異なるため、兵士達用の訓練場を共有することが出来ない。そのために立てられたのが、この賢者の塔だという。

 イストニアにおける魔法研究の最先端を担い、頂点に君臨することから“塔”と呼ばれるようになったらしい。円蓋状の建物をコの字で囲むように建てられた賢者の塔は、どう見ても“塔”と呼べる形ではなかった。疑問に思った春陽が聞いてみたところ、上記の答えが返ってきたのだ。

 だがどれほど思い返しても、カーティスがそれほどまでに入るのを嫌がる理由は思い当たらない。

 不気味な外観ということは、意識的に理由から除外している。まさかいっぱしの大人――加えて言えば妻子持ち――であるカーティスが、あろうことかお化け屋敷みたいな外観であるという理由だけで嫌がっているとは考えにくい。というか、そんな駄目な大人がいるとは考えたくなかった。

「……いろんな逸話があるんだよ、ここには」

「そんなことさっきは言ってなかったじゃん」

 苦々しい口調と顔で、ひたすらに目の前の建物を睨んでいるカーティス。

「言ったら、余計に興味を引くと思ったんだよ。こんな不気味な建物に進んで興味をもったり、その理由が勘だなんて理由で入りたがる人間が普通の思考回路してるわけないからな。悪いが自主規制させてもらった」

「なんかだんだんと遠慮がなくなってきてない? 本人を前にしてよくもそれだけ言えたもんだね」

「個性的だって言ってるだけだよ。教官にも事前にそんなこと言われたしな」

 春陽はカーティスの言葉を鼻で笑った。

「“個性的”? ずいぶん角を取った言い方をするんだね、カーティスは。あの、キースが、そんなお優しい言葉で済ましたとは考えられないんだけど」

「……」

 春陽の予想は当たっているのだろう。カーティスは無言だったが、眉間によったしわが真実を物語っている。

「かくさなくたっていいよ。どうせ馬鹿とか阿呆とか考えなしとでも言ったんでしょ? もしくはそれに似通ったことを。てか、キースならそれくらい言うね」

「一応聞くけど、教官って誰にでもそうなの?」

「知ってる範囲では誰にでもアレだよ。ほら、よく言うじゃん? 人類皆平等」

「いらねーな、そんな平等」

 確かに誰も欲しがらないだろう。

 言っちゃなんだが、もしキースが女であれば喜んで新境地を開く男共が続出したと聞いても納得できる。いわゆる“女王様”ってやつだ。本人が望むと望まざるを問わずに、蛆虫のごとくうじゃうじゃと湧き出すに違いない。それをまた冷たくあしらっては、新たな信者が増えるという出口の見えない無限ループに陥るのだ。

 そんな途方もないことを頭の片隅で想像してしまった春陽は、思わず想像してしまった女王様像をふり払うたべく意図的に話題を変えた。

「そんなことよりも、“賢者の塔”の逸話ってほうがきになるんだけど」

「……そんなに気になるの?」

「そりゃあね、カーティスがそんなに嫌がってれば気にもなるよ」

 片手で頭を抱えたカーティスは大きく溜息をつく。それは彼の諦めを如実に表していた。

「じゃあ、とりあえず中に入ってからだな。いつまでもここに突っ立ってるわけにはいかないだろ?」

 カーティスは顎で後ろをしゃくった。

 二人はいまだ賢者の塔のまん前で話し込んでいた。

 どいうか一向に動こうとしなかったカーティスが原因なのだが、いつまでも動こうとしない二人組みは、いつの間にか衆目を集めてしまっていた。しかも不審者を見るような目で。 

 二人は結構な精神的痛手を負うも、いそいそと建物内へと足を踏み入れた。


     ********************


 甘く薫りたつ紅茶を前にして、春陽はやっとこさ一息いれることができた。

 なにせ賢者の塔内部の、ある一室、つまりは今現在いるこの部屋なのだが、この部屋に入るまでカーティスは終始無言をつらぬき通した。なんど春陽が話しかけても、ことごとく無視、いやあれは眼中にない様子だったのだ。

 例の逸話とやらを聞きたくてしょうがない春陽としては非常に不満だったが、仕方なしに無言でカーティスの後ろをついていくしかなかった。それこそカルガモ親子のようにピョコピョコと、歩幅の違うカーティスについていくのがやっとの状態で。

 着いた先はとある魔法師の一室だった。ここまで歩いてきたが、衝撃的な外装からは意外に、賢者の塔内部はこざっぱりとしていた。

 いくつかの通り過ぎた部屋からは、ブツブツとなにかを呟く声や、奇声が突然あがったりした。おそらくだが、個人の研究室や部屋は掃除された廊下とは別世界のように混沌と化しているのだろう。奇声やらは置いておくとしても、部屋から異臭や、紙の切れっぱしがはみ出ていれば簡単に思い浮かべることができる。それは春陽のいるこの部屋のありさまから、おおよそ間違っていないはずだ。

 廊下がきちんと掃除されているのは公共の場であり、いつ来客があっても見苦しくないようにと、城の下働きの人々が尽力した賜物だろう。なかなか混沌カオスと化してる場所だ。

 熱めの紅茶をゆっくりと傾けながら、春陽は賢者の塔の考察を中断した。

 なぜなら目の前で、最初は和やかに挨拶を交わし、近況を語り合っていた二人――カーティスと部屋の主である魔法師であるが――だが、なぜかちょっとした口論から怒鳴りあいにまで発展している。

「だからなんでお前は何に対しても無頓着なんだ!? この部屋だって前来たときよりもガラクタ増えてんじゃねーか!!」

「君に言われたくないよ! だいたいガラクタなんてこの部屋にはひとっつもないんだからね!? まったく他人様ひとさまの部屋で何様のつもりだい? 君の品性を疑いたくなるよ!」

「よく言えたもんだな、こんな部屋で客を迎えてるテメーにオレの品性を問われたくないね! そもそも毎回毎回こりもせずに、客で実験しようとするテメーら魔法師の人間性を問いただしてーよ!!」

「飽くなき知識の追求をしてなにが悪い! 筋肉馬鹿の脳筋には一生かかっても分からないだろうよ!! そのツルぺタ脳ミソに皴を刻む努力をしてみたら!?」

「白モヤシに言われたくねーよ! 引きこもってばっかの研究中毒者が!!」

「なんだと!?」

「なにー!!」

「……」

 あまりの勢いに呆気にとられていた春陽だが、二人の会話にはいくつか聞捨てならない言葉があったために聞き流すこともできない。

 いま、聞こえた言葉は、なんだろう。“実験”だの“客”だのと言っていなかったか?

 春陽は手に持った紅茶に視線を落とした。冷や汗をダラダラと流しながら。

 ……盛ったのか? 盛っちゃったのか、得体の知れない薬かなにかを!? 人体実験する必要のあるものを!? もしかしなくても、いま飲んでる紅茶に!?

  毒という可能性もあるが、まさか知り合いにいきなり毒は盛らないだろう。盛らないであって欲しい。いや、カーティスが実験がどうとか言っていたから毒ではないだろうが。 

 この魔法師の部屋にきてから、特に変わったことはなにもされていない。いま飲んでいる紅茶を出されたこと意外には。

 もしかしてキースとの初対面のとき言われた、実験動物云々はなんら誇張表現なんかではなく、実際問題として降りかかってくる問題だったのかと、いまさらながらに自身の危うい立場に春陽は顔を青ざめさせた。

「ちょっとほらー! 君が人聞き悪いこといってるから、連れのこが青くなっちゃってるだろ!? 初対面なのに印象最悪じゃないか」

 大丈夫だよ、君の紅茶にはなにも入れてないからね? なんて笑顔で言われても、カーティスの紅茶には何かを盛ってるわけで。春陽の警戒心を解くには、その笑顔一つじゃ安すぎる。

「どこが人聞き悪いだ、まごうことなき事実じゃねーか! 正直に吐きやがれ、今回はなにを盛った!? 間違いなく紅茶以外の味がしたんだ、誤魔化せるなんて思うなよ?」

「チッ!」  

「テメッ! この状況で舌打ちなんかするか、ふつー!?」

「犬並みの嗅覚と味覚の持ち主に普通を問われたくないね! おかしいんじゃないの? 異常だよ、その味覚。今回は出来るだけ無味無臭に近付けだのに、まさか気付かれるとは思ってなかったよ!」

「ああ、おかげさまでな! 毎回のように変な薬だのの実験台にされたせいだよ!!」

「それはおめでとう、脳筋にも学習能力はあったんだね。まあ野生動物の回避本能に近いような気もするけどね」

「なんなんだ、その反省のなさは!! 魔法師ってのは頭のイカれたヤツしかいないのか!? 年間の被害者数は上がる一方だぞ! しかもなにも知らない新米兵士ばっかり狙い撃ちしやがって、あれで辞めた新人が何人いると思ってんだ! 辞めた新人の半数以上が賢者の塔による心的外傷トラウマってどういうことだよ!!」

「あれしきで辞めるんなら、いつかは辞めてるよ。おかげでイストニアの兵はタフな奴が残ってるんだよ? 無償で新人をふるいにかけてあげてるんだから、感謝されてもいいくらいだよ」

「アレは無償じゃねーだろ。ちゃっかり実験結果データとってんだから。だいたい新米には賢者の塔に近づくなって口をすっぱくしていってんのに、どうやって連れ込んでんだか。オレは体験談を聞くたびに鳥肌がたってしょうがないんだよ、かつての自分とかさねちまって」

「なんだよ、ただ一週間くらい女になっただけじゃん。他のだって精力増強剤や育毛剤に若返りとか、人類の役に立つようなのばっかなにに。ちょっと実験が失敗したくらいで騒がないでよね。なかには笑って帰ってく人もいるのにさ、君ってちょっと器が小さいよ?」

「ちょっとじゃない! 精力増強剤なんて三日三晩、元気になり続け、薬が切れるころにはミイラのように痩せこけた。育毛剤とやらは全身の毛という毛が伸び放題、しかも切ってもすぐに生えてくるはで妖怪みたいになる。若返りは身体が赤ん坊にまでもどり、下の世話までやってもらうはめになった。それも意識はしっかり大人だから、人生の汚点を全部はっきりと覚えてる始末だ。他にもあげればきりがないよな? 仕事にはならないうえ、彼女や奥さんに逃げられた者多数。家族には生ぬるい目でみられ、ご近所さんにはヒソヒソと遠巻きに見られ、良ければ奇人変人、悪けりゃ変態を見るかのごとく白い目を向けられ、よく知らん男からは同類を憐れむように見られた日にゃあ、心は修復不可能にまでボロボロになってんだよ!!」

 終りが見えない堂々巡りの諍いに口を挟めないため、黙って二人のやり取りを聞いていたが。なにか聞いてはいけないものを聞いてしまった気分だ。

 頭を抱えて悶絶しながらも、魔法師に言い募るカーティス。

 聞かなくても分かってしまった。これがカーティスの言っていた逸話なんだと。

 カーティスの話だと、賢者の塔にいる魔法師全員が同じようなことをしているようだ。何人の魔法師がいるのかは分からないが、塔全体でそんなことをしていれば逸話の十や二十は簡単に出来るだろう。

 加えて言えば、カーティスも被害者の一人だったのだ。どうりで賢者の塔に入りたがらないはずだと、二人の怒鳴りあいを眺めながら、扉の前から動こうとしなかったカーティスの姿を思い出していた。


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