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最凶

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 篠宮春陽は現在、切実に身の危険を感じていた。春の麗らかな日差しが部屋に差し込んでいるのに、春陽の背後では身も凍る絶対零度の猛吹雪ブリザードが吹き荒れていた。極寒の中心は、氷も砕ける殺人光線を今にも目から出しそうな形相のキース・ネイカーだ。その死線は春陽に注がれ、一瞬たりとも離されることはない。

 深く眉間に刻まれたしわ、かたく引き結ばれた口もと、怒りでつりあがった目は、あまりにも有名なソレに酷似している。

 ――おお、リアル仁王像!――なんて呑気に考えている状況じゃない。

「……ハル。なんで言いつけの一つも守れないんだ、お前は?」

 なにせ怒りの矛先は春陽に向けられているのだ、表面だけでも神妙にしているフリをしなければ火に油、いや特大火薬増量の爆弾を放りこむだけだ。いくら無謀な人間でも躊躇うだけの神経は持ち合わせている。

 いくら怒り心頭でも、爆発するのではなく溜め込んでいく怒りかたをするキースは、低い声に怒りを込めて静かに言い放つ――キースに背を向けて椅子にすわる春陽に向けて。

 背を向けている理由は単純明快そのものだ――振り返ってキースを見る勇気がない、それだけだ。

 いくら溜め込む怒りかたをするといっても、その容量には限度が存在する。いつ爆発するかと肩を竦めていた春陽は、どうにか助け舟を得られないかと隣で椅子に縮こまっている男を横目で見る。その姿はなんとも情けなさを漂わせていたが、いまは一縷の望み、それが藁以下だとしても、たとえ埃のごとく軽く飛んでいきそうな薄い存在だとしても、このさいは見ない振りだ。頼みの綱は不運にもこの場に居合わせてしまったラザルード、彼しかいない。

 確かに春陽の視線を感じているだろうラザルードは、あからさまに不自然に顔を背けて目を合わせようとしない。若干青ざめているその顔色から、彼も不用意な言葉でキースが暴発してしまうのを恐れているのだろう。春陽を庇庇う気配はまるでない。 

 十七歳になってここまで本格的なお説教を喰らうとは思ってもみなかった。それも全面的に春陽が悪いので反論も出来ずに、小さくなって懇々と続くお説教に耐え忍ぶしかない。

「ユマラ医師に言われたことを忘れたのか、それとも侯爵の部屋に一人でむかわせた俺が悪いとでも?」

「ゴメンナサイ」

 ひたすら逃げの一手を打つしかない――ひたすらに余計なことは一切合切言わずに謝り続けるというものだが――三十六計逃げるが勝ちだ。敵前逃亡バンザイ!

「自分が悪いってことは分かってるんだな? じゃあもうちょっと自重しようとは思わなかったのか? 驚いたな、城に戻ってきてパメラが青い顔して駆け寄ってくるし。くわえてハルが戻ってこないと騒ぎたてられるわで」 

「……うぅ」

「朝に侯爵の執務室に行くといって出てったきり戻ってないときたもんだ。あげくに侯爵のところにも顔を出していないと大騒ぎになってたのは、どういう了見だろうな」

 逃亡者も容赦なく切り捨てる男、それがキース・ネイカーだ。逃亡も許されないなんて厳しすぎる。

 春陽が意識を取り戻して早三日が過ぎ、体調もだいぶ回復したことをユマラに確認したキースは朝食の席でラザルードのもとへ行くように指示した。本当ならキース自身も付き添って――監視・監督という名目でだが――行ければよかったのだが、彼にもウィダの森で捕えたムーラ・シュトラールへの尋問が残っていたのだ。

 ムーラを捕えたのはもう六日も前になる。

 イストニア郊外に設置してある断罪者だけが知る重要犯罪者の牢獄に入れたはいいが、キースは城から離れられなくなってしまった。常ならばとうに尋問は終わっているものだが、春陽の容態が安定するまで城を離れるわけにはいかず、今日の今日まで延びに延びてしまっていた。これ以上は延ばすわけにもいかず、やむおえず春陽を一人でラザルードのところへと向かわせたのだが。

「ユマラ医師の診断では一週間は安静にしていろ、と言われたと俺は記憶しているんだが。ハルには違うように聞こえたらしいな? 侯爵の執務室へも行かず、みなが探しているなか温室で堂々と昼寝とはな、その太い神経には恐れ入る。ああ、弁明があるものなら聞くぞ? 弁明が出来れば、だがな」

 つまるところ猛吹雪を作りだしているキースの怒りを鎮められて、春陽を探しまくったパメラやラザルード、その他の使用人の方々に納得のいく正当な理由があれば話してみろ、と言っているのだ。

 ――そんな理由ものあったら苦労しない!――というのは春陽の心の叫びであり、決して声に出してはいない。もっともな理由があればいいとは思うが、そんなものありはしないのだから。

「……ゴメンナサイ」 

 なにせ食事を終えた春陽はふらふらと、外のポカポカ暖かい陽気に誘われ城内をふらつくうちに迷子になってしまった。困りに困った挙句に、近くにあった温室に入りこんだまではよかったのだが。そこに置かれた長いすに座り、観賞用に育てられ、見事に咲き誇っている花々を見ているうちにものの見事に寝入ってしまったのだ。

 完全に春陽の落ち度であるために言い訳の仕様もなく、温室で寝ていた理由を話した途端にキースの怒りに油を注いでしまい、現在に至る。ここで弁明なるものなど出来るはずがない。

「反省してるなら態度で示すべきだとは思わないか?」

「そりゃあ――」

「じゃあ示してもらおうか」

 春陽の声にかぶせながら、口端を上げてニヤリと笑う姿は美形ながら様になっている。

「明日から四日間の室外への出入り禁止、それと食事、茶の時間に出されるデザートは禁止だ」

「えぇ!? ヤダ! 無理! そんなの横暴だ」

「うるさい。たった四日間なんだ、これくらいで済んで良かったと思っとけ。俺としてはハーネットが戻ってくるまででも構わないんだ」

「……そんなぁ」

「どうせ一週間は安静にして、腕輪の経過をみなきゃいけないんだ。ちょうどいいだろう?」

 春陽の人生に於いてこれ以上ないくらい体調が良くなり、最近はベッドで過ごすことが苦痛に感じてきていた直後にこのお仕置き。春陽がガックリしてうな垂れるのを見てキースは気がすんだのか、愉しそうに春陽を見ている。

「……少しよろしいですか」

 それまで我関せずと、無関心を貫いてきたラザルードがおずおずとキースに声をかける。若干和らいだ空気を逃すわけにいかなかったのだろう。

 春陽を見つけたと一報を受けたラザルードが部屋をおとずれると、すでに冷気をはらんだ緊迫した空気がキースを中心に部屋中に充満していたのだ。入ってしまったが最後、踵を返すことは自殺行為に等しい――肉食動物が逃げる獲物を追いかけるのと一緒だ――気が立っている肉食動物キースを刺激することは極力避けたほうが賢明だと、本能で判断した草食動物ラザルードは嫌々だが部屋に入るほかない。

 逃げ出したくても逃げられない雰囲気で、ラザルードは胆が冷える思いを巻き添えでくうことになったのだ。不運にも程がある。

「どうした?」

 先程までの重苦しい雰囲気を払拭したキースは完璧にラザルードの存在を忘れていたようだ。ああ居たのかと、改めてラザルードへと顔を向ける。

 一方のラザルードは意を決してキースに言う。

 元々はそれを言うために春陽を執務室に呼んでいたことだし、やっと本来の目的を果たせる機会が来たことにラザルードは焦ってしまった。 

「ハルの四日間を私にください!」

 結果として焦ってしまったがゆえに色々と言葉が抜け落ちてしまう。

「……はぁ!?」

 部屋に春陽の間抜けな声が響いた。



     ***************



「調子はどうだい、お嬢さん」

 扉の前には小柄な老人――ユマラが立っていた。白く染まった髪は相変わらずボサボサで、丸眼鏡の奥に隠れた薄い青色の瞳はいきいきとしている。

「部屋に入るときはノックをしなさい、常識でしょうが。それが女性であれば尚更です」

 ユマラはノックもなしに入室するのが常らしく、ラザルードはウンザリ気味に注意を促す。しかし当のユマラはラザルードの苦言などなんのそのと、飄々と春陽に近寄ってくる。

「ユマラ先生! 診察ですか!? 診察に来たんですよね、大歓迎です!」

 春陽は嬉々として座っていた椅子から勢いよく立ちあがってユマラを迎える。春陽が女であることは診察を受けた時点でバレており、秘密にするよりは事情を話して協力してもらうほうが得策だと結論づけたキースは、ウィダの森での出来事を全て話していた。全ての事情を知っているユマラは、春陽が気兼ねしないで接することのできる数少ない人間の一人だ。

 春陽がユマラを歓迎していると、対面側に座っていたラザルードはユマラが入ってきたときよりも更に疲れた顔で春陽をジト目で睨む。

「ハル、まだ終わっていないからね? 診察が終わったら再開するよ」

 春陽に念をおしながらテーブルに置かれた本をトントンと指で苛立たしげに叩くと、部屋つきの侍女へ直通のベルを取り二回ほどならす。

 普通のベルとは違って、鐘は青銅製だが振り子は魔鋼石まこうせきを加工して作ったものだ。エーテルの純粋な伝動媒体である結晶石は希少性が高く桁違いに高額で取引されるため、滅多なことでは使われない。それにくらべ魔鋼石は結晶石ほどの効力、純度は得られないが、採掘量はくらべものにならないほど高く、一般的な魔力やエーテルの媒体として普及している。

 ラザルードが鳴らしたベルには対になっているもう一方のベルが存在し、片方のベルを鳴らすことで連絡を取ることが出来るようになっている。

「侯爵のご様子だとあまりはかどってないようだね」

 ラザルードはイライラした態度を隠すことなく、呼び出した侍女にお茶のセットをするように指示している。苦笑しながらラザルードの様子をみていたユマラは肩を竦めた。

「侯爵が無謀なんです。いくら必要だと言われても、人には出来ることと出来ないことがあるんです」

「確かに四日では無理かもね」

「無謀でもやってもらわなければ困る」

 そこへ侍女を下がらせたラザルードが割り込む。

「君はネイカー殿の側付として城で暮らすことになるんだよ? 文字も読めないのでは話にならん」

 ラザルードが春陽の四日間をくれと言ったことの裏にはそういう理由があったのだ。

 ラザルードとてたったの四日で文字を完全に習得できるとは思っていない。だが基礎知識だけでも叩き込んでおかなければ、いつまでたっても春陽の生活基盤は不安定のままだ。

「文字の基礎を習得するまで部屋から出れないと覚悟しておいてくことだよ。ネイカー殿からも了承をいただいたから、逃げようなんて考えないように」

 徹底的に叩き込むつもりらしい――キースの絶対的支持のもと。

「無理に決まってるじゃない! もう一日経っちゃったからあと三日しかないし。侯爵は四日で見たこともない初見の文字を覚えられるの!? もし侯爵に出来たとしても私の脳ミソはそこまデキがよくないの、いまからでもキースに訂正してきてよ!」

「私に死ねというのか!?」

 いったん言葉にしたことを出来ないとなれば、キースの怒りを買うことは必至。一昨日のキースを見ているラザルードとしては、彼の怒りを買うような事態はぜひとも避けたいものの一つだ。

「貴女の頭のデキがそこまでよろしくないことは重々承知しましたとも、昨日のうちに! 私だって後悔しています、前言を撤回できるものならとっくにしてる。言葉には不自由してないようですから文字だとて簡単に覚えられると思ったのだが……」

 文字の習得が思うように進まない春陽にジト目をむけてしまうのは、明日のわが身を想像しているらしい。なにせ亀の歩みなみに覚えるのが遅い。いまのペースでは三日で基礎を覚えることは世界がひっくりかえっても不可能だろう。

「むちゃくちゃ勝手な言い分ね。侯爵が勘違いしたんじゃない!」

「そうなんだが、もう手遅れだよ。腹をくくって死ぬ気で勉強してくれ! それと言葉遣いも矯正してもらうよ? ネイカー殿から注意されているんだろう、直せ、と」

「くっ!」

 ラザルードが正論をかましたことで反論できない。悔しさに唇を噛む。

「話はついたかい?」

 春陽とラザルードが無言で睨みあっていると余所から声がかかる。

 侍女が用意した紅茶をくつろいで飲みながら、二人の様子を傍観していたユマラだ。春陽とラザルードは事の当事者であり、文字を覚えなければキースからなんらかのお叱りを受けるのは春陽。またその責任を取るのがラザルードであるが、ユマラにしてみればなんの関係もないし被害を被ることもない――まさに他人事ひとごと

「それじゃ診察を始めたいんだがよろしいか?」

 いつの間にか一人呑気に茶を飲んでいたユマラは我関せずと春陽の診察の準備を始めた。

「お二人とも時間がないようですしな、急ぎましょうか」

 ニヒルに笑うと、春陽とラザルードの双方を現実に叩きつける言葉を放つ。

(ここで甘やかしてはいけんからのぉ)

 春陽にか、ラザルードにか、はたまた二人共に向けたのかは分からないが、内心で楽しげにユマラは笑った。



     ***************



 顔には厳しさを湛え、正面を睨みつけるように立つのは左耳に雫形のピアスをした男。漆黒の結晶石で作られたそれには断罪者の紋章が銀で刻まれている。

「ずいぶん時間がかかったじゃねぇか、色持ちともあろう者が。これは報告が遅れただけと思ってもいいのか? それともなんぞ不備でもでたか」

 低く濁った声がキースに問う。

 薄暗い部屋にはキース一人しかいないが、彼の目の前には羽に複雑な魔方陣を宿し、虹色の燐粉を散す黒蝶がユラユラとたゆたっている。明らかに普通では存在しない黒蝶からは低い男の声が出ており、その様はなかなかに非現実的な光景だ。

「……不備など起きるはずないだろ、誰が計画したと思ってるんだ。ムーラ・シュトラールは確保したさ」

「そうかぁ? それにしちゃあ不景気な顔してんぞ。それに事後報告が遅すぎるうえ、奴らの情報だってルカ任せでお前はイストニアから離れもしねえ。いったい何があった?」

 ルカが情報収集をしていることを知っているのであれば、ムーラ・シュトラールを捕えていることも知っているであろうに敢えてキースに訊ねている。どうせイストニアから離れていないこともルカからの報告で既に知っているに違いない。

「……人払いを」

「安心しろ、ここには誰もいねーよ」

 ではと、続く言葉には親しい者に対する気安さが浮かぶ。

「わざとらしいにも程があるだろう、そんなに回りくどい訊き方しなくとも誤魔化す気はないから安心しろ」

「べつにオメーがヘマするとも虚偽の報告をするとも思ってねーけどな、普段と様子が違うことも事実なんでね。心配はしてないが幻耀蝶を送るぐれーはするさ」

 声はカラカラと笑いながら話す男の姿を容易に想像させる。この声の様子だとまた酒を飲んでいたのだろう、酒好きの彼はよくこんなふうに声を枯らしていたことを思い出す。

「どうせ面白そうだからチョッカイかけにきたんだろ? 相変わらずだな、その癖は。とても断罪者の幹部とは思えない」

「いいじゃねーの、んなこと言ってないでちゃちゃっと話せ」

 キースの直接の上司であるこの男は、はっきり言えばハチャメチャだ。喧嘩は街の花とだと訳の分からない自論で、喧嘩および騒動があれば喜んで自らとんで行く。そしてその度に尋常でない被害を毎回懲りずにだすのだ――よく断罪者の幹部にまで昇れたものだと感心したい。

 キースは諦めて事の次第を話すことを決める。その際に盛大に溜息を出してしまったが誰も責めることはないだろう。もともと一度言い出したら他人ひとの言うことなど全く耳に入らないのだ、キースも承知しているからこその溜息なのだし。

「ウィダの森だ」

 キースはあの日を思い出しながらゆっくりと話し出した。

「そこで“界渡”をした人間が現れた。そして星の異変を読んだ月読が守護者をよこした、月読でもよめない不測の事態を確認するために」

「……月読でも読めないってのか?」

「正確には異質な存在である人間が、この世界の出来事に関わることで星の動きが変わる。これはイストニアに来た守護者との仮説だがまず間違いはない」

「情報管制はしいたんだろ?」

 ただの確認事項に男のキースへの信頼が伺える。

「もちろん。その存在を知っているのは俺と守護者のほか数人しか知らない」

 即座に危険性を予測し、“界渡”した存在を秘すという結論に至った男は、さすが断罪者の幹部を担う一端だといえよう。いくら普段が喧嘩っぱやくてだらしなくても、大酒飲みの飲んだくれだとしても、断罪者の幹部だけはある、ただの阿呆ではない。いくら実力があっても、危機的状況に対する予測や対処が瞬時に出来なければ断罪者の幹部は勤まらない。

「いまは守護者も一度イースに戻って月読に報告してると思うが、“界渡”してきた元の世界に帰すしかないだろうな。その行動一つでセフィロスにどんな影響がでるか予想もつかない状態なんだ、いまイストニアからは離れられない」

「そーかー、そりゃ災難だな。帰すとしても“界渡”の方法は確立されてなーし、守護者も今はイストニアを離れちまってんじゃ身動きとれねーな。そいつの名は?」

 災難なんてちっとも思っていないことが丸分かりの口調は、この状況を楽しんでいる節がある。いくら残念なことこのうえない上司でも、紛れもなく上司には違いないので質問には答えた。

「“界渡”をしたのは十七歳の少女で、名をハルヒ・シノミヤという。“界渡”については不運にも門を通ってしまったらしい。守護者ガーディアンの名はアシュレイ・ハーネット、イースで月読の配下だそうだ」

 “そいつ”が守護者に掛かるのか、“界渡”をした人物にあたるのか判断がつかなかったので二人一片に名前を述べたのだが。

「……プッ!」

 ――アシュレイ――ボソリと男が呟いた数瞬後には男の大爆笑が部屋中に響いた。

 いまの説明で笑うところなど皆無であるはずが、キースが言い終えると同時に男はあろうことか噴出したのだ。

「アハハハ!」

 噴出しただけでは収まらず大笑い。

 腹を抱えて笑い転げる男が手に取るように分かり、キースは苛立ちを押さえられずに額に青筋がたつ。ヒーヒーと苦しそうに笑いながらダンダンと机かなにかを叩いている音までしっかりバッチリと聞こえている。なにがそれ程まで面白いのか、ツボに嵌った男は息も切れ切れに笑い続けているのだ。

「おっ、おまっ! な、なんてっ、プっ! アハハ!!」

「……」

 苛立ちを押さえながら男の笑いが止まるのを待つ――が、それでも我慢の限界が近い。

「す、すげー、は、はらが、ひ、ひきつ、る!」

 男の笑いが止まる気配はない。男が笑い続けている以上、話が進まないのだから苛立ちは募る一方だ。相手の姿が見えないことをいいことに男は笑い放題、キースは堂々と額に手を当てて溜息をつく。

「いい加減にしてくれ」

 止めなければいつまでも笑い続けるだろう。

「そのバカみたいな大笑いの原因はなんだ」

「ハっ、す、すまんな。偶然とはいえあまりにもお前の運の良さというか、引きの良さに感心したんだ」

「意味がわからん」

「守護者のアシュレイ・ハーネットさ」

「ハーネット? あいつがどうしたんだ」

 とりあえず何とか笑いをおさめた男はとりあえず様子見で件の人物の名を出すが、当のキースはアシュレイの名が出たことでますます訝しい顔をする。このキースの反応をあらかじめ予測していたのだろう、やっぱりなーと、呑気な声で男は続けた。

「いやー、お前って噂に疎いし、話を聞いた様子から知らないとは思ってたんだけどな? 守護者のアシュレイ・ハーネットといえばかなりの有名所なんだよ」

「あれだけの若さで実力もかなりのものだった、そうなれば嫌でも名は売れると思うが――」

「ちげーよ! まあ実力もだが、奴の場合その性格というか。数年前に断罪者の一部とと守護者が揉めた事件があったろ?」

 ヒラヒラ舞う蝶が発する男の声はもの凄く楽しそうだ。キースにとってそれだけで不安を覚えるのには充分すぎる。まして男は断罪者と守護者が揉めたという、非常にきな臭い話をしはじめた。進んで聞きたいと思うような情報でないことを確信しているが、ここで聞かないという選択肢は有り得ない。

 情報は持っているだけで有利なものだ。ここで聞き逃したが最後、その情報を知らなかったばかりに後でしっぺ返しをくらうのはゴメンだ。

「ああ、もう何年前だ? 断罪者と守護者の間にある不可侵の不文律をを忘れた奴らがいたって耳にしたことがあるな」 

 なぜ厄介事をそんなに嬉しそうに喜んで話すのか蝶の向こう側にいる男に聞いてみたいものだが、碌でもない答えが帰ってくること間違いなしなので口には出さない。

「そう、それだ。その事件の守護者側を抑えたのがアシュレイ・ハーネットだったのさ」

 それでと、キースは黒蝶の先にいる男を促す。

「奴の名はその事件で一気に知れわたることになった」


 ――“最凶の守護者ガーディアン”として――


 楽しそうに話す男の声が鉛のように重みを増してキースの耳に残る。


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