惑う胡蝶
新年初投降です!!感想・コメント気軽に送ってください!待ってます。
――寒い――
暗く沈みこむ意識のなかで夢をみる。
辛くて、苦しくて、悔しくて。
でも何よりも幸せだった現実。
誰にも否定することなんて許さない、たった一つの誇り
儚く淡い日々は簡単に終りを告げる。
夢であって欲しい。
だけどそれは受け入れなければいけない現実で。
ひらひら、ひらひらと儚く、美しく舞い落ちる。
儚く美しく飛んでいく。
***************
熱い、苦しい、そうやって身体に力を入れれば、誰かのひやりとした冷たい手がゆっくりと春陽の頬をなでる。春陽のなかで渦巻く不安や孤独を包むように、いたわるように、それはひどく安心できる手だった。
おぼろげな意識のなかでも伝わってくる優しさに溢れた手は、離れてしまった愛しい人たちに似ている。無償の愛で春陽を守り、慈しみ、育ててくれた優しい人たち、春陽の全てだった二人はここにはいない。
深い闇に沈んだ意識のなかで、春陽は再び眠りについた。
「・・・で・・・さい」
「で・・・さま・・・で・・・か?」
「ああ・・・に・・・な・・・せん」
瞼の裏から弱い光が差し込むように入り、春陽の意識は段々と浮上する。
さらりと肌触りのいい感触が更に意識の覚醒を促したからだろうか、聞き覚えのある声が春陽の耳に届く。なにを言っているかまでは分からないが、声の大きさから近くで話しているのだろう。
「・・・・・・ん」
薄く瞼を上げると強い光が春陽の目を襲い、その眩しさから声をあげてしまう。
耳ざとく春陽の声を捉えたのか近寄ってくる衣擦れの音がする。いまだに光に目が慣れない春陽は、光を遮るために腕を目の上にかざした。
「ハルヒ! 目がさめましたか?」
――誰?――
まだ覚醒しきっていない頭は、自らの視界を占領する白皙の美貌の持ち主を捉えられない。
「医者を呼んでまいります」
「ネイカーにも知らせてください」
「わかりました」
もう一人は声だけでその姿は見えなかった。だが二人とも確かに聞き覚えのある声をしている。
「・・・・・・よかった、心配したんですよ?」
「・・・・・・ここは?」
「イストニア城の客室の一つです、ハルヒが倒れてしまったのでこの部屋に運びこんだんです」
――倒れた?それにイストニア?――
そこまで考えたところで春陽の脳は急速に回転し始めた。
(・・・・・・そうだ、夜に病院を抜け出したあと、急にセフィロスとかいう異世界に迷い込んだんだ。それからアシュレイとキースに会って帰るためにもイストニア城へ、ラザルード侯爵様に会わなきゃってなって)
「・・・・・・アシュレイ?」
「はい」
やはり夢ではないようだ。どうせならこのまま夢おちでもよかったのに、そんなことを思ってしまう。篠宮春陽という人間は地球の日本という国のとある病院で、これは春陽の見る変わった夢なのではないか?
だがこんな現実味のある夢は、夢ではないだろう。春陽にとっては紛れもない現実なのだ。現実から逃げていては何も始まらない、受け入れ、それから向き合うことが大切なのだと春陽は身をもって知っていた。
身体の調子から倒れて数日はたっている。身体の容量を大きく超えてしまったのだ、日本にいたときもしたことがない無茶っぷりに春陽は溜息しか出てこない。
とりあえず体を起こそうとしてみるが、腕に入れたはずの力は簡単に霧散してしまった。
「危ないっ!」
支えを失った体は崩れるだけだったが、アシュレイがすばやく腕を差しこんだおかげで倒れこむことはなかった。春陽は思ってた以上に力が入らないことに愕然とする。
「ハルヒ、急に体を動かしてはいけません」
「あ、ありがとう」
異世界での初日を完遂できずに倒れてしまった、なんとも幸先の悪い出だしにも程がある。
暗い気持ちを押し込めて顔を上げれば、間近にある美貌に動揺する。それでもなんとか礼を言えば、当然のことですと、笑みを深める。
春陽は枕を背もたれに、アシュレイに起き上がらせてもらい、安心した顔をしている青年について考える。最初から不思議な青年だった。キースやラザルードには平気で嫌味も言えば、笑顔で凄むような腹黒い一面を出すが、春陽には一度もそんなことはしない。本気で心配して、安心しているのだ、まだ会って間もない春陽に。
「・・・・・・」
「どうしました?」
つらつらとアシュレイの顔を見ながらそんなことを考えていると、またどこか具合が悪いのかと心配して声をかけてくる。
やっぱり優しい――なんで?
さらに考え込んだ春陽は一つの結論に達した。
「そうか! フェミニスト!!」
女子供には無条件で優しくなるに違いない!野郎には優しくする必要を感じてないのか、と勝手に見当をつけてしまう。
「フェミニスト?」
「やっ、こっちのことだから気にしないで!!」
慌てて手を振る春陽を訝しげに見ながらも、アシュレイは突っ込まずに流してくれたみたいだ。
ほっと胸をなでおろす姿はいたずらを見咎められなかった子供にそっくりだ。
「ハルヒ――」
「失礼します」
コンコン、アシュレイがなにか言いかけたところで、ちょうど扉をノックする音と入室を断る声がした。
扉の軋む音と共に入ってきたのは小柄な老人だ。鼻が低いからか、丸い眼鏡がすこし下がってずれている。鮮やかな青い服はしわくちゃだが、真っ白な頭髪によく馴染んでいる。
人のよさそうな顔には深い皴が刻まれており、ずり下がっている眼鏡に目線を合わせているために少しだけ上目遣いで春陽とアシュレイを順繰りに見た。
「よう寝ていましたな」
言いながら真っ直ぐに春陽のもとへ近寄るとその笑みを深めた。見た目からかなりの高齢を予測させるが、すうっと伸びた背や、しっかりとした足取りから若々しさを感じる。
「お目覚めしてなによりです。このまま目が覚めんかったら患者がもう一人増えるところでした」
「もう一人?」
「ユマラ師、そんなことより早くハルヒを診てください」
(・・・・・・せんせい? この人お医者さんなんだ)
「やれやれ、君はせっかちだねぇ。のぅお嬢さん?」
「え!? い、いやぁ、あはは」
(私に振るなよ! アシュレイの顔が怖くて見られなくなるじゃない!)
曖昧に返事を返しながら今にも冷や汗が流れてきそうだ。とぼけた顔しながら話しかけるユマラは春陽のなかで狸爺に決定した。きっと海千山千の経験豊富なご老人なのだろう、笑いながら軽々と越えてきたこと間違いなしだ。でなければアシュレイ相手に恐れ知らずな行動はとれない。
「ユマラ師」
「はいよ。アシュレイ殿も急かしてくることですし診察を始めましょうか」
「お願いします」
ぺこりと頭を軽く下げると、ユマラは愉しそうに言った。
「わしはアレクシス・ユマラ、この城で医師をしておりましての、まだ耄碌はしておらなんので安心なさい。これからお嬢さんのことはわしか、わしの弟子が診ることになる。よろしくの」
「ありがとうございます」
「ほほっ、それでは始めましょう」
ゴソゴソと手に持った皮製のバッグのなかをあさると、一枚の羊皮紙を取り出した。ボロボロのそれはいかにも年季がはいっており随分黄ばんでいる。
「この上に手を置いて」
羊皮紙を広げてみると、中央に複雑な図形が描かれている。
よく分からないがユマラに言われたとおりに描かれた図の上に手を置く。とくに変化は見られないようだが、ユマラは春陽の手に自身の手を重ねると目を閉じて何かに集中している。
「大丈夫ですよ、ユマラ師が診察にはいっただけです」
訳がわからずおろおろしていると上から優しい声が降ってきた。
ユマラが黙って診察するなか春陽が声を出しても大丈夫か躊躇っていると、大丈夫ですよ、とアシュレイが促す。
「これが診察なの?」
どこが診察なのかさっぱりわからない。ハ春陽が受けてきた診察とは似ても似つかない。
「彼の診察は珍しいんです。ユマラ師は医師では珍しく魔術士でして、彼の診察も魔術を使って行われています」
「魔法を使ってるってこと?」
「魔法とはちょっと違います。魔法は空気中のエーテルを己の体内に集めてから魔力に変換します、その変換した魔力を使って事象変換を行うのが“魔法”です。魔法は体内でエーテルを魔力に変換しなければ使えません、そのために開発されたのが“魔術”です。魔術は魔法が使えない人間が扱うものです。まあ魔術も誰にでも使えるものではありませんが」
「よくわかんない」
「魔術は“陣”を使うことで魔法と同じ効果を得るものです。陣は術士が集めたエーテルを留めて、効果の方向性を指定するんです。例えば炎を出したいとするなら、陣にはエーテルを炎に変換するための方式を書き込みます。すると陣によって方向付けされたエーテルは炎に変換されて現象となります」
「じゃあ誰にでも魔術が使えるんじゃないの?」
「いえ――」
「相変わらず頭の回転がお粗末なんだな」
嫌みったらしい言葉が扉から聞こえる。
そこにはいつの間に来たのか、扉に背を預けたキースがいた。その隣にはラザルードも立っていて、その顔はなぜか青い。キースとアシュレイをちらちらと交互に見ながらその顔は不安げだった。
「あんたも相変わらず失礼ね」
ムッとした春陽は同じく嫌味で返したが、それに一番驚いたのはラザルードだ。ラザルードが見た春陽は今にも倒れそうな状態であり、アシュレイの隣でおとなしく座る少女の印象でしかない。
ラザルードが春陽を少年と間違えそうになったときに向けられた強い視線から気が強いだろうとは思っていたが、そのときも結局は何も言わずに黙っていたのだ、まさか断罪者のキースに嫌味で返すとは思いもしなかった。
「ハルヒ、落ち着いてください。ネイカーも黙っていてください」
「ふん」
絶対零度の視線が笑顔のままキースに向けられるが、その威嚇ともいえる笑顔が効く相手でもなく、アシュレイを簡単にいなすとそのまま窓辺まで行ってしまう。
割を食ったのはキースの隣にいたラザルードだ、彼は余波をまともに受けて身も凍える恐怖を充分以上に味わってしまった。
「ハルヒ、さっきも言いましたが魔術は簡単に使えるものではありません。下手をすると魔法よりも使う人は少ないくらいです」
「どうして? エーテルってのを魔法に変えるのが難しいから魔法を使う人は少ないんでしょ。そうしたらその魔力変換をしなくていいぶん誰にでも使えるんじゃないの?」
「陣です」
「陣ってエーテルを方向付けするための?」
「はい。陣はとても複雑な方程式に基づいて作られ、その術式の示す通りにエーテルを流し込まなければ術は発動しません。そのために陣があってもそれを解読できるだけの知識がなければ術は発動せず、一般的に魔術は普及はしていません。特に魔術士は秘密主義者が多くてね、新たに開発された魔術陣も発表することはないんです」
「公民を助けるために技術と知識を高めて公にする医者が秘密主義者じゃ話にならんからの、魔術士で医者なんぞやってるのはわしくらいだ。大抵の術士では医者は務まらん」
「ユマラ先生」
「つまるところ、このご老体は酔狂なんです」
いつ診察が終わったのか、ユマラはいつの間にか目を開けて春陽たちの会話を聞いていたようだ。アシュレイの言葉を繋いで春陽に話しかける老医者は好々爺然としていて、とても狸爺には見えない。あくまで表面は、だだったが。
「で、ハルヒの容態はどうです?」
「いまのところは問題ない、だが最初に言ったことは変わらん事実だ。それだけは覚えておくことだな」
ユマラは黄ばんだ羊皮紙を畳みこむとそのままバックにしまうと、同じバックから手のひらにおさまる大きさの小瓶を取り出した。
「お嬢さんは体が疲れておるからな、栄養剤だよ。食後に二錠ずつ飲むように」
「・・・・・・はい」
手渡された小瓶の中身の薬は深い緑色をしており、どう見てももの凄く苦そうだ。顔を顰めつつも、せめて錠剤だったのが救いかと、苦い粉末状の薬を飲みなれている春陽はおとなしくその小瓶を受け取った。
「それではな、お嬢さん。せいぜい気張るんですよ」
ぽんぽんと、春陽の頭を軽く撫でながら意味深な声をかけると、片手を振りながらさっさと部屋から出て行ってしまった。
何を気張れと? ユマラが出て行った扉を目で追いながらも不思議に思う。もしや錠剤のくせにこの薬がとてつもなく苦いのであろうか、春陽の手にすっぽりとおさまった小瓶を見つめてみる。だがその独特の色を除けば、やはり何の変哲も無い錠剤にしか見えない。
「ハルヒ」
薬と睨めっこしていた春陽は気付かなかった。笑顔全開で怒気を滲ませる高等技術を持つアシュレイが、背後に鬼神を従えて春陽に微笑みかけていることに。
「ひっ」
アシュレイの声に反応して手元から顔を上げた春陽はすさまじく後悔した。そこには有無を言わさぬ迫力の笑顔で、瞳だけは笑っていないアシュレイが待ち構えていたのだから。
「今回のこときっっ――っちりと説明してもらいますからね」
“きっちり”のところで必要以上に長い溜めをつくっている。
――気張るんだな――
ユマラの残していった言葉が不意に頭に蘇る。彼が言っていたのはこのことだったのかと、遅ればせながらにも気付くが時既に遅し。拒否権のない春陽はアシュレイから逃げる術はなかった。
***************
荒く浅い呼吸を繰り返しながら、ぐったりと寝台に横たわる少女は森で出あったときの様相とはだいぶ異なっていた。森では叩いても蹴っても平気そうな印象を受けたが、弱々しく息をする姿はいまにも消えてなくなってしまいそうだ。
「なにがあった?」
丸一日遅れて入城したキースは春陽が倒れたことを聞きくとすぐに運び込まれた客室にむかった。
普段は大きな窓から充分に日差しうを取り込んで明るいはずが、いまは重い紗幕が引かれており、昼間だというのに薄暗い。
部屋の南側に置かれた寝台へ寄ると、イスに座ったアシュレイが春陽の顔を心配げに見つめている。
キースはを春陽を見て目を疑った。
ぐったりと寝台に横たわっている春陽の周囲には濃密なエーテルが纏わりついており、濃度だけでいえばウィダの森で起こったエーテル爆発にも匹敵する密度だ。
春陽は意識を失って丸一日が経つのに一度も目を覚ましていないと聞いた。キースは寝台に近寄るとアシュレイに問いかけた。
――なにがあった? と――
「ラザルード侯との面会中に倒れこみました」
「それで?」
「最初は熱による貧血に似た症状でした。医者に診せれば解熱剤でなんとかなると思っていました」
「エーテルはまだ集まってなかったんだな?」
「ええ、部屋に運び込んでこの寝台に寝せてからです。医者が部屋についたころには異様なほどにエーテルが集まっていました。城にいた医者達ではどうすることも出来ず、なにが原因かもわかっていません。いまは城の医師達を取り纏めるユマラ医師を探してもらっています」
「責任者が不在だったのか、城を空ける医者だぞ? ユマラとかいう医者も他の奴らと一緒でなにも出来ないんじゃないのか?」
「ユマラ医師は定期的に城下におりて市民の治療を行っているそうです。彼はイストニアで唯一人だけの魔術士の医者だそうで、ハルヒを助けられる可能性があるとしたら彼だけとのことです」
アシュレイは深い溜息をつきながら言い切る。
ラザルードが何度言っても春陽のそばで寝ずに付き添っているらしく、顔には僅かに疲労が見て取れる。
「・・・・・・」
キースがエーテルを操れることを知っているアシュレイは何も言わない。彼も優秀ゆえに気付いているのだろう。春陽が倒れた原因がエーテルである可能性は高いが、決してそうであるとはいいきれないのだ。
もしエーテルが原因だとしても、何も分からないまま春陽の周囲に集まったエーテルを霧散することはできない。キースにエーテルを霧散させるだけならば問題はないが、それによって少女にどう影響するかが予測できない。迂闊に手を出せば、このまま目を覚まさない可能性だってあるのだ。
「で、その医者はいつ来るんだ。こいつが倒れて丸一日はたったはずだろう?」
「行き先を言わない方らしくて、目下捜索中です」
「・・・・・・いいのか、イストニア城の医師長がそれで、なあ? そこで聞き耳を立ててる不審者?」
扉へと視線を流すと微かな音を立てて扉が開く。
「いいんだよ、別に。急患なんぞそう来ないからね、余程の状態でない限り城の医者で十分に事足りる。だったら城下で患者でも探したほうが有意義だと思わんかい?」
するりと扉から入ってきた人物は、白い髪が生えた頭に同じく白い口ひげをたくわえた老人だった。
アシュレイも気付いていたようで、老人にはなにも言わなかった。おそらくこの人物が・・・・・・。
「城の兵士達が城下を走りまわっているというのに、よりにもよって城に戻っていたんですか」
「派手に探しまわりおって、わしが城の医師長だと知れたらどうしてくれるんだ」
「城で嫌になるほど仕事が出来るようになりますよ?」
「・・・・・・侯爵に兵士を使って捜索させるように唆したのはお主か」
「城で待機するのが職務規定のはずです、それを無視したあなたは自業自得であって文句を言う筋合いはない」
必要以上に辛らつな言葉をはくアシュレイにキースは意外感を覚える。
アシュレイと初めて会ったときから性格が良いとは言えなかったが、ここまで態度に出すことはなかった。いつも笑顔に包んで隠してしまっていた。それが言葉にも態度にも露骨に現れている。
「それは手厳しいな、これでも遊んでいたわけではないんだぞ?」
「たとえそうだとしても、それは城の医師長であるあなたがすることでも、するべきことでもない。あなたが城に常駐を義務付けられているのは、あなたにしか対応できない患者が現れたとき、あなたの居場所が分からなければ手遅れになることも有り得るからだ。現にハルヒは他の医者では手も足もでなかったし、あなたが城下に行っていたおかげで丸一日も放置されました」
――ああ、そういうことか。
アシュレイの怒気の根源にあったのは春陽を治療できる唯一の可能性のある医者が、それも城に常駐を義務付けられた医者が不在。この間に春陽になにかあればキースだって文句を言わずにはいられないだろう。春陽は月読も読めないほどの星を持っているのだ、この世界にどんな影響を及ぼすか想像もつかない。
「すまなかったな、この城の医者はみな優秀だ。まさか彼らの手に負えない患者が運び込まれるなんて思わなかった」
「もういいだろ、いまはあいつの方が先だ」
寝台で意識を失っている春陽を親指で指すとアシュレイもそれ以上は言わなかったが、単に春陽の治療を優先しただけなのは表情から読み取れる。いまだ怒りは収まりきらず老医師に敵意をむけている。
「後で正式に詫びをいれよう。わしだってお嬢さんが苦しんでいるのに諍いなどしていたくないからね、それはお主も一緒だろう?」
長い息を腹の底から吐き出し、自身の気持ちを押さえ込むようにアシュレイは己の拳を強く握りこむ。瞳をきつく閉じ、俯けた顔をさらに低くした。
「頼みます、あなたしか残っていないんです」
「当たり前だ、それがわしの仕事だよ」
アシュレイが頭を下げたことに驚きを覚えながらも、ユマラはしっかりとそれに応える。
春陽が横になる寝台へ真っ直ぐ近づくユマラの瞳には医者としての責任と誇りがみえる。力強い眼差しはしっかりと春陽を捉えている。
「・・・・・・ほぉ」
春陽の状態をみたユマラはうっすらと目を細める。
この世界の者なら誰にでもエーテルを感じることは出来る。そのため春陽の状態が只ならぬものであることは一見すれば大抵の者には感じられるのだ、それが人を診ることに特化した優秀な医者であれば尚更のことだ。
「昨夜からこの状態が続いているんです」
真剣な眼差しは春陽にむけられたままユマラは深く考え込む。それは当然と言えるだろう、エーテルとは空気中に無限に存在するものだが、人が意図的に集めない限り高密度で一ヶ所に集中することはない。その例外がいまユマラの目の前に存在するのだ。
いままでの常識に誤りがあったのか、目の前の少女が規格外なのかユマラは判断しかねていた。なにせエーテルを異常に纏っている少女が体調を崩して倒れこんでいるのだ、少女の不調の原因がエーテルにあるのか少女自身にあるのか。
まずは診察をしなければ始まらない。
ユマラは手持ちの黒い皮製のバッグから魔術陣を描いた羊皮紙を取り出した。
活動報告に載せた更新予定よりも大幅に遅れてしまいました。読んでいただいた方には申し訳ありませんでした。
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