あなたは、運命の人ではありません!
真夏に、クーラーのない所に行くのは、本当につらいですよね?
水もしたたるいい男っていうのはありだと思うのですが、汗もしたたる・・・は、どうなんでしょうか?
『この〇〇城の築城時、水堀の石垣が何度も崩れてしまったため、城下一の美女が人柱となり、初めて完成したとの言い伝えが・・・』
久しぶりのデートは、お城でした。
連日熱中症警報アラートが出ている、この真夏日にだよ?
しかもこのお城、構造上、エアコンついていないからね?
扇風機で、熱風を回しているだけだからね??
「で? 久々のデートが、何でココ? 」
文句を言う私、悪くないよね?
「何でって、ココ、出るんだって。だから、少しは涼しくなるかなと・・・」
ひたいや首筋から汗をにじませ、Tシャツの襟もとを掴んで、パタパタとさせている人に言われましても。
「ならんわ! 先月みたいに、涼める水場とか、考えられなかったの? 」
ああ。
ネッククーラーを、巻き付けておいてよかった。
ついでに、ハンディファンを、持っていてよかった。
ちゃんと準備していた私、グッジョブ! と心の中で自分を褒めていると。
「え? 」
突然。
ハンディファンを持っている手が、掴まれた。
私の手が、すっぽりと包み込まれるくらいの、大きくて骨ばった手で掴まれ、風向きを変えられてしまう。
「涼しい~」
ハンディファンを顔の真ん前に向けると、風を顔全体で感じながら、気持ちよさそうに目を閉じている。
あんまりくっつかれると、暑くてうっとおしいのですが。
「雪乃は、毎年カキツバタが満開の時期になると、あそこに行きたがるよね? 」
「うん。だって、思い出の場所だし? 」
思わせぶりに、話をふれば。
「うん。そうだね」
彼の顔が、ふっと緩んだ。
真夏には似合わない、やわらかくそっと心を包み込むような、春の陽だまりのようなまなざしが、目の前にある。
「!! 」
胸が高鳴るのを感じ、反射的に視線をそらしてしまった。
「? 」
不意に彼が、ハンディファンの向きを私に戻す。
私の手から、彼の手が離れていくことに、一抹の不安を感じ、彼のへ方へと視線を戻した。
「あれ? なんか寒くない? 」
彼は、体をブルリと震わせると肩をすくめ、両腕で体を抱えている。
その姿を見て、
「はぁ~、またかぁ・・・」
と、大きくため息をつくのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ピチャ・・・ピチャ・・・。
水滴の落ちる音が、聞こえる。
ズズズッ・・・ズズッ・・・。
何かを引きずっている音が、聞こえる。
それらの音が気になって、目を開けようとした。
が。
瞼が、思い通りに動かない。
起き上がりたくても、身体が全く動いてくれない。
金縛りにあったかのように、身動きできないでいると、その音は突然、私のすぐそばで止まった。
「! 」
首筋に冷たい何かが触れ、驚いて声を上げようとするも、出ない。
「!! 」
冷たく湿ったソレは、私の首をギューッと、力を込めて絞めつけ始めた。
『ふざけんな! 』
その強い思いが、体の自由を奪い返す。
とっさに、サイドテーブルに置いてあった塩をわし掴みにして、力いっぱい投げつけた。
「キーーーーーーーーーーーーッ! 」
目が覚めるほどに甲高い声が、寝室中に鳴り響く。
ベッドから起き上がり、声のする方を見てみれば、そこには女がいた。
白装束を泥まみれにした、全身びしょぬれの長い黒髪の女。
女は、塩が当たった場所がとても痛いらしく、水にぬれた黒髪を振り乱しながら体をくねらせ、膝をついてもがき苦しんでいた。
動くたびに、何かが腐ったような、生臭いにおいが、鼻をつく。
足元には、どす黒い水たまりができており、ビチャ・・・ビチャッと音を立てて、濡れた範囲を広げていた。
ふと、もう一人いることを思い出し、ベットの方へチラリと視線を向けてみる。
「誰のせいで、こんなことに・・・」
あの耳障りな奇声が、聞こえていないのか?
スヤスヤと寝息を立てて、のんきに寝ている彼氏の姿があった。
正直、その顔に一発入れたい!
・・・という気持ちを飲み込んで、女の前で腕を組んで、仁王立ちをした。
「で? 何の御用かしら? 」
一応、聞いてみる。
すると、女は顔を上げた。
まるでブラックホールのように、吸い込まれては二度と出てこれないような、真っ黒な目。
瞳のない空洞と化したその目から血の涙を流し、私を睨みつけている・・・ように感じた。
『ワタシノ、ウンメイノヒトニ、チカヨラナイデ! 』
口から血の泡を飛ばしながら、女性にしては低く唸るような声で、怒鳴りつけてきた。
「ウンメイノヒト? 」
はて?
そんな話だったっけ?
『ソウ。ワタシハアノヒトノタメニ、ヒトバシラニナッタ。ミブンチガイノ、アノヒトノタメニ・・・』
「ふ~ん、もしかしてその運命の人って、あなたをだました人の事? 」
お城で流れていた、アナウンスを思い出す。
『ダマ・・・シタ? 』
そこで女の声は、ピタリと止んだ。
私の言葉に驚いたのか、声がかすかに震えている。
「そうだよ? アナウンスで言ってたじゃん。若い侍が出世のために村娘をだまして、水攻めにした後で、人柱にしたって。聞いてないの? 」
今まで何百回と、流れているはずなんだけどなあ。
「もしかして、自分の事じゃないって、そう思ってた? 」
『・・・』
どうやらアタリだったらしく、彼女は何も言い返してこない。
「ちなみにあんたが死んだ後、その運命の人とやらは、お城のお姫様と、結婚したらしいよ? 大出世だね! 」
突然。
彼女の身体から、ブワーッと黒い煙が、勢いよく噴き出した。
と同時に、蒸し暑い夏の夜の温度が、エアコンの設定温度以下だと分かるくらいに、一気に下がっていく。
『ユッ・・・ユルサナイ・・・』
その瞳のない真っ黒な目は、私の後ろを睨みつけていた。
フワリと宙に浮き、目標を定めると、今にも襲いかかろうとする女性。
「ちょ、ストーーーーーーーーーーーップ! 」
彼女の前で、反射的に両手を真横に広げた。
彼女は、私にぶつかるスレスレで、動きをピタリと止める。
『ナゼ、ジャマヲスル? ソノオトコハ・・・』
どうやら今度は、彼の首を絞めるつもりらしい。
表情が、怒りに満ちている。
「え? 待って! よく見てこの顔! コレ、あんたのウンメイノヒト? 」
私の叫び声にも反応せず、のんきに寝ている彼氏の顔を指差して、尋ねる。
『マチガイナイ、アノヒトダ! 』
大声ではっきりと、言い切りやがったよ!
「本当に? 」
むにゃむにゃ言いながら、だらしなくよだれを垂らしてますけど?
ウンメイノヒトとやらは、あんな呆けた寝顔の男で、いいのでしょうか?
ちなみに私は、そんな彼の寝顔も大好きです!
『タブン・・・』
アレ? 声が少し小さくなってきましたよ?
「あんたさ、人柱になったのいつ? 」
『ブンメイ〇〇ネンノ・・・』
彼女は、自分が人柱になったその日を、きちんと覚えていた。
「はい! 人違い! 絶対に人違い! 」
彼女の答えで、確信を得る私。
『ナ、ナゼ・・・』
声が、明らかに動揺していた。
自信満々で言い切る私の口調に対し、自分に自信がなくなったのか、怯えたような表情になっている。
「今は、令和7年なの! 」
『レイワ・・・トハ?』
聞いたことがないであろう年号に、彼女は表情無くコテンと、顔を右横に傾けた。
「今って、あんたが生きてた時より、550年くらい後なんだよ? あんたのウンメイノヒトなんて、とっくの昔に死んでいるはず。だから、この人ではありません! お分かり? 」
「シンデ・・・イル・・・」
信じられないと言わんばかりに、頬に手を当て、頭を左右に揺さぶっている。
「そうです! 死んでいます! なので、1秒でも早くあの世に行って、本人に確かめてください。本当にウンメイノヒトかどうかを・・・ 」
「・・・・・・」
今すぐ成仏してください!
もし違ったのなら、あの世で煮るなり焼くなり、好きにすればいいでしょう?
正直、私はもう寝たい!
「デモ、カレハ・・・」
せっかく提案してあげたのに、踏ん切りがつかないのか、彼をチラチラとみている。
長年、この世にとどまっていたせいで、記憶があいまいなのだろうか?
それならば。
「彼のウンメイノヒトは、今も昔も私なの! あなたじゃないの! 」
はっきりさせてあげましょう!
『ナゼ、ソウイイキレル? 』
彼女は、きつめの口調で、私に詰め寄ってきた。
「何故? だって事実だもん! 」
「ダカラ、ナゼ? 」
その一言に、信じたくないという思いが、ひしひしと伝わってくる。
まあ、分からないわけでもなんだけどね?
「ねえ、あなた。『カキツバタになったおゆき』っていう昔話なんだけど、知ってる? 鎌倉時代の話だから、あなたの生まれた時代より、随分前の話なんだけど・・・」
『ソレガドウシタ』
「私、そのおゆきの生まれ変わりでね。あの頃の身分は、あなたたちと逆で、私の方が上だった。でもどうしても、彼と添い遂げたくて。私達は、あの頃から今までずっと、一緒にいるのよ。生まれ変わった、この令和の世でもね」
そう。
時は、鎌倉時代。
私たちは、身分違いだったために、結婚を反対されていた。
父は怒って、私を屋敷に閉じ込め、彼にひどいことをした。
それなのに・・・。
わが家が盗賊に襲われたあの夜、たった一人で、助けに来てくれたのだ。
私たち親子をかばいながらも、10人以上を相手に戦っていたから、結局は殺されてしまった。
その時、私も彼と一緒に切り殺されて、あのカキツバタが咲く池に、二人一緒に沈められたの。
「私ね、彼を誰にも渡す気なんてないの」
昔話をした後の私の顔を見て、彼女はなにかを思い出したのか、両手で口元を覆い隠した。
もう、わかったよね?
「だから彼は、あなたの運命の人ではありません! 」
そう言い切ったとたん。
「ゴメン・・・ナサイ・・・」
それは、ほとんど聞き取れないほどの、ささやき。
彼女の姿は、暗闇に紛れるかのように、スーッと静かに消えていったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
カーテンの隙間から、光が差し込んでいる。
「今日も、寝れなかった・・・」
こういったことは、よくあるのだ。
彼の顔立ちは、どの時代でも人気らしい。
成仏ができない女の霊が、自分の運命の相手だと、勘違いをしてやってくる。
そのたびに、私は女の霊に説明をし、結果、夜が明けてしまうのだ。
「まあ、いいんだけどね~」
時計を見ると、まだ朝の5時少し前。
眠くて倒れてしまいそうな体を奮い立たせ、幸せそうな顔で寝ている彼を起こさないように、ベッドの中へと忍び込む。
「これからも、ず~っと一緒にいようね」
起きる気配がまったくない彼に抱きつき、彼の胸の中で、私はゆっくりと目を閉じた。
カキツバタの花言葉は、『幸せは必ず来る』です。
『カキツバタになったおゆき』という昔話は、実際に中国地方にあります。