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Act6,現車確認

 あれから数日が経過した。

 仕事終わり、一本だけアルトで支笏湖に行ったりした事もあったけが、その時は片目のセリカを見る事はできず、この数日でレビンの作業に進展が見られるはずもなく、ただひたすらいつもの日常生活を(いとな)んでいるだけだった。


 俺の職業は整備士。

 出社して朝礼で諸々の確認をした(のち)、業務を開始。その日、突然案件が飛び込んでくるという事は多々あるものの、朝の時点で何をするのか(おおむ)ねわかるため、それに(もと)づいてひたすら作業を進めていく。

 とはいえ、ここは自動車ディーラーだ。やっぱり今日も飛び込みの作業予約なしの車両が入庫する事になって、結局は所定の時間で休憩には入れなかった。


 結局、休憩自体には入れたものの、休憩時間は削られて20分。

 まあ、よくある事だ。

 これでも正直マシなほうで、()めていく人も多い業界だというのを肌で実感している。


 ──さっさと飯食おう。


 通勤路、コンビニで買ってきたおにぎりを食べ始めた。

 本当はがっつり食べたい気持ちはあるものの、休憩時間を削られる事が多いので五分以内で食べられるものを食べるのが基本だ。

 悲しいけど、これが現実なんだよな。


『今日、仕事終わったら空いてる? 例の子さえよければ、車見せれるけど』


 圭吾からそんな内容のメッセージが届いていたため、おにぎりを食べながらスマホを操作して返信を送る。


『ちょっと聞いてみる』


 そう圭吾には返して、今度は詩織にメッセージを送る。


『そういえばロードスターだけど、今夜見せてくれるらしい。夜、暇?』


『大丈夫だよー。親にはテキトーに理由つけて見に行く』


 いや、返信早いな。

 あいつ学校のはずだけど、真面目に授業を受けているのだろうか……。


『わかった。とりあえず、また仕事終わったら連絡する』


 そう送ると、親指を立てたアニメキャラが了解と言っているスタンプが瞬時に送られてきたため、すぐに話はついた。

 短い休憩時間で事が済んでよかったものの、詩織がちゃんと授業を受けているのか不安になってくる。

 まあそれはともかくとして、圭吾にも詩織の返事を送っておいた。

 流石に奴、今日は仕事だろうから返事は仕事終わりに確認となるだろう。


「あ、宮田くんお疲れ様」


 突然、休憩室のドアが開いたと思いきや、()き通った声で挨拶をするスーツ姿の若い女性の姿が目に飛び込んだ。


「……っ? 朝比奈(あさひな)さん、お疲れ様」


 さらさらしていそうな黒髪ロング。蒼く、凛とした瞳。背が高く、スーツだからこそわかりやすい、すらっと伸びた(あし)


 朝比奈(あさひな)優里(ゆうり)


 短大卒で俺とは同期入社で、確実に言えるのはうちの店舗(てんぽ)で最も美人で、仕事もできるようで上司から期待されているらしい女性だ。

 俺とは違って営業職なので、仕事で時々話すくらいしか(えん)がない。

 店舗によって整備士の休憩スペースは工場内にある事もあるが、うちは店舗がそれほど大きくはない事もあり、従業員の休憩室はどの職種でも共通である。

 休憩が被る事も時々あるのだが、こうして仕事以外で顔を合わせるのは貴重だ。


「宮田くん、今休憩?」


「うん。今日もいつも通り、休憩時間削られてるよ」


「飛び込みのお客さんでしょ? ごめんね、急に入れちゃって」


「仕方ないよ。断るわけにもいかないでしょ?」


「まあ、そうよね」


 休憩時間を削られるのは整備だけではなく、営業も同じだ。

 むしろ最初に客と接する立場なだけあって、俺たち以上に休憩を取りにくいのではないだろうか。


「朝比奈さんは? フルで休めそう?」


「そんなわけないわ、私も休めて15分くらいよ」


 俺の質問に朝比奈さんは、疲れ切った様子でため息を吐きながら答えた。


「別に繁忙期(はんぼうき)でもないはずなのに、なんか忙しいよなぁ今週……」


「新型車が出たからね、仕方ないわね」


「でもいいよな営業は。売れたらインセンティブ入るんだもんなぁ……金欲しい」


「知れた金額よ。宮田くん、いつもお金なさそうよね」


「まぁ、色々と金のかかる趣味をしていますゆえ……」


 そう言いながらおにぎりの袋を丸めて、休憩室にあったゴミ箱にそれを()てた。

 休憩時間できる時間はあと10分くらいか。

 飯を食べて、連絡を取り合っていたからそんなものだろう。


「大変よね、クルマ好きは」


「まぁ、趣味があるからこそ仕事を頑張るモチベにはなってるんだけどね」


 その趣味に給料の大半が消えていては、本末転倒な気がしなくもないが。


「そういうの、素敵だと思うわ」


「え?」


「男の子は熱中できるものの一つや二つ、あったほうが健全だと思うもの」


 朝比奈さんはサンドイッチの袋を開けながら、とても穏やかな表情でそう語る。


「そういうものなんかねぇ。世間じゃクルマ好きって印象悪い気がするけどなぁ」


「それは人によると思うわ。生活が破綻(はたん)していたり、色んな方面に迷惑をかけていたり、そういう人はよくないと思う」


「それは同感だな」


「けど、宮田くんは違うでしょ? 仕事は真面目、プライベートは全力、そういうのはいい事だと私は思うわね」


 朝比奈さん、なんていい子なんだ。

 最も職場の人に全てを(さら)け出しているわけではなく、例えば峠を走っている事やレビンの存在は内緒だが、それでも男の趣味をここまで肯定(こうてい)してくれるだなんて、たとえ社交辞令だったとしても嬉しい。

 美人だし、こういう子を彼女にできる奴はきっと幸せだろうな。


「どうしたの? 宮田くん?」


「いや、なんでもない。そろそろ仕事に戻るよ」


「うん、頑張ってね」


 朝比奈さんの顔を見ていたら気恥ずかしくなって、まだ休憩終了まで五分くらいあったものの、休憩を切り上げて仕事に戻ることにした。

 まあ作業台数も多いので、これくらいでちょうどいいだろう。


 それから仕事の後半戦を着々と進め、今日は運がいい事に定時までで今日の作業分を終わらす事ができた。

 スマホを確認すると、圭吾は家の近くまで来るという事だった。

 そのため詩織に仕事が終わった事を送り、そのまま家まで車で向かいつつ、赤信号のタイミングでスマホを確認する。

 到着したら教えてほしいという事で、俺は詩織の家まで車を走らせた。


「和兄ぃ、お疲れ」


 詩織の家に着くと、玄関からグリーンのシャツにデニムを履いた詩織が、ドアを開けてアルトの助手席に乗り込んできた。


「お待たせ、ていうかよく抜け出せたな?」


「うち割と自由だからね。あと和兄ぃが来るって正直に言ったし」


「そうか……」


 詩織のご両親に信頼されているという事だろうか、まあいい事だろう。


「ねえ、どこら辺までいくつもりなの?」


「キタドラの駐車場」


「あー、近所だね」


「深夜までやってるし、駐車場広いからな」


 キタドラ=キタニホンドラッグへ向かうため、詩織と話をしながらアルトを運転する。

 詩織の家からキタドラまでは車で5分くらいの場所にある。


「着いたぞ、アレだ」


 道路の流れもよかったため、キタドラへは本当に一瞬で到着した。

 少し離れ、照明に照れされていて、なおかつ周りに車が殆ど停まっていないあたりに、見慣れた濃緑のNAロードスターが停まっていた。

 その横にアルトを停めると、ロードスターの車内から圭吾が降りてきた。


「よ、お疲れ和也」


「お待たせ。圭吾、こいつが従妹(いとこ)の詩織だよ」


「あ、初めまして。猪俣詩織です!!」


「どうも、オレは小関圭吾。猪俣さんね、話はよく和也から聞いてますよ」


「和兄ぃのお友達ですよね、ぜんぜんタメでいいですよ」


「そう? じゃあとりあえず、和也から聞いてると思うけど、このクルマだよ」


 詩織ってやっぱり、コミュ力お化けだな。

 初対面の圭吾ともいい感じで挨拶を済ませ、圭吾に(うなが)されて早速ロードスターをじっと見つめていた。


「すごい、カッコいいですね」


「距離は乗ってるし、細かいところは結構ボロいけどね。ホイールも次の車、互換性ないから猪俣さんならそのまま付けてあげるよ」


 圭吾のロードスターに装着されているTE37は高いホイールで、てっきり純正か何かに変更してから詩織に渡すのかと思いきや、そのまま渡すとは太っ腹だ。

 さては女の子が相手だし、いい顔しようとしているな。


「そうだ、せっかくだからその辺一周してきたら」


 そう言って圭吾はドヤ顔をしながら鍵を差し出す。

 こいつ、やっぱり相手が女の子だから浮かれてやがるな。


「いいんですか!?」


「初めてクルマ買うんでしょ? だったら乗って自分に合うか確かめたほうがいいよ」


「じゃ、じゃあちょっとその辺、少しだけ乗りますね」


「ああ。和也、横乗ってあげたら?」


 いきなり圭吾に話を振られ、(まゆ)をびくっと動かしてしまう。


「は? オーナーじゃなくて、俺が乗るの?」


「いや、だって初対面の女子高生と二人っきりは気恥ずかしいし……」


 圭吾が真横に来たと思いきや、小声で恥ずかしそうにそんな事を耳打ちしてきた。


「お前なぁ……まぁわかったよ」


 恥ずかしいくせに、初対面の女子高生によく車貸す気になったなと心の中でツッコミを入れつつ、俺はロードスターの助手席に乗り込む。

 俺もNBロードスターに乗っていた過去があるため、この雰囲気は懐かしい。

 ただステアリングを握るのは、あの詩織だと思うと新鮮だ。


「……よし」


 詩織も緊張しているのか、少し強張った顔つきになってキーを(ひね)った。

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