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Act5,詩織の友達

 家に帰った後、意識を手放した俺が再び意識を取り戻したのは、スマホの着信音が部屋中に響き渡った17時頃の事だった。

 重たい(まぶた)を開け、目を(こす)りながらスマホの画面を操作し、誰からの電話かも確認しないまま電話に出る。


「……はい、宮田です」


『もしもし和兄ぃ? めっちゃ他人行儀だけど、どうしたの?』


「あ、詩織か。ふわあぁぁぁ……」


 相手が詩織である事を知ると、安心感からか大きな欠伸(あくび)をしてしまった。

 知らない人や職場の人だったらこうはいかないが、詩織が相手だと緊張が薄れるからだろう。


『もしかして寝てたの?』


「レビン壊れてさ、朝帰りだったんだよ……」


『ええ!? 壊れちゃったの!? 事故!? 大丈夫!?』


 電話越しに叫ぶ詩織の声が、心配そうに震えていた。

 壊れたとしか言っていないせいか、俺が事故ったと勘違いしているようだ。


「事故じゃない、エンジンブロー。故障だから俺は大丈夫、とりあえず修理終わるまでしばらくアルトしか乗れんって事」


『そっか、よかった和兄ぃが無事で……いや、よくはないんだけど』


 電話越しにホッとした様子が(つた)わる。


「ところで何の用?」


『んー、和兄ぃにとーっても大事なお願いがあるんだけど~』


 この甘えた感じの声、嫌な予感しかしない。

 長年、詩織と付き合いのある俺は直観的にそう思い、緊張して身構えてしまう。


「……なんだよ?」


「実はぁ……地下鉄が人身事故で止まっちゃった!! 助けて!! 迎えに来て!!」


 くだらない用事なら電話切ってやろうかと思ったが、結構切実な頼み事だった。


「は? マジ?」


「マジだよ!! こんな事で嘘言わないよ!! 家に帰れなくて困ってるんだよね」


「親は?」


「パパもママも仕事だよ」


「そうか……」


 それで会社の休業日で寝ているであろう俺に電話がかかってきたわけか。

 確かに今日まで休みなので、詩織のために動けるといえば動ける。


「わかった。準備したら向かうから、テキトーに時間潰してて」


『はーい。じゃ、着いたら連絡入れてね』


「了解」


 通話を切り、重い腰を上げてベッドから立ち上がる。

 今日は両親は仕事で不在のため、しっかり戸締(とじま)りをしてからアルトに乗り、智音が通う高校に向かい始めた。

 智音は豊平(とよひら)区にある高校に札幌の北側から通っている。家の周りは公共交通機関がバスしか無く、バスと地下鉄を乗り継いで通学しているらしい。

 札幌の地下鉄はホームドアが完備(かんび)されていて、なおかつ他の路線と直通運転をしているわけではないため、滅多に輸送障害は起きないのだが、中にはホームドアを越えて線路内に立ち入る人もいるのだろう。

 そんなわけで地下鉄が不通になれば、詩織は家に帰る事ができないわけだ。 


 創成(そうせい)トンネルを抜けて、豊平川を渡って豊平区に突入する。

 詩織が通う高校は霊園(れいえん)の横にある、小高い丘の上にある高校だ。

 校門前のストレートでハザードを()き、アルトを路駐させる。


「和兄ぃ!!」


 窓を開けて途中のコンビニで買った缶コーヒーを飲んでいると、詩織が俺に気づいて駆け寄ってきた。

 一歩遅れて歩いてくる、見知らぬ少女と一緒に。


「詩織……その子は?」


 詩織の横に並び、俺に向かって軽く会釈(えしゃく)をする少女に目を向けながら、詩織にその少女の身元を(たず)ねる。

 なんというか、非常に嫌な予感がするのだ。


「ごめーん和兄ぃ、この子も一緒に乗せてもらう事って可能? 家近いし、あたしの親友なんだよね」


「どうも……」


「…………へ?」


 遠慮(えんりょ)がちに挨拶をする少女とは正反対に、詩織は図々しさ全開。

 見ると日本人離れしているというか、外国人とのハーフっぽい容姿(ようし)の可愛らしい少女だと思った。

 プラチナブロンドのショートヘア。透き通るような紫色の瞳。長いまつ毛。白くて綺麗な肌。紺色のブレザータイプの制服を着崩している詩織とは正反対に、校則通りと思われるしっかりした着こなしで、真面目そうな印象を受ける。

 詩織の親友とは思えないが、無邪気な詩織の様子から嘘ではないのだろう。


「すみません。詩織が無茶ぶりを言って……あの、迷惑だったら全然大丈夫です」


「え? あ、いや、家……どこらへん?」


 わけがわからないという混乱と、高校生とはいえ美少女を前にした緊張感から、言葉がうまく出ずどもってしまった。

 格好悪い。圭吾や愛奈さんが目の前に居たら、絶対バカにされるだろうな。


屯田(とんでん)です」


「屯田……ホントに近所だな」


「あたし達、同中(おなちゅう)だもん」


「そうなのか……」


 詩織との付き合いは長いが、流石に詩織の交友関係までは把握していない。

 社交的な性格なので心配はしていなかったが、こうして詩織に友達がいる事を知ると、兄貴分としては安堵感を覚える。


「えっと、名前は?」


野中(のなか)(りょう)です」


「野中さんね。狭いクルマで申し訳ないけど、後ろでよかったら乗っていいよ」


「本当ですか? ありがとうございます、お言葉に甘えさせてもらいますね」


 ぺこりと頭を下げる野中さん。

 もちろん俺が従兄妹(いとこ)だからというのもあるだろうが、俺に対しては図々しさすらある詩織とは正反対で、本当に礼儀正しい子だな。


「詩織、ナビシート前に出して。野中さん乗れないから」


「わかった」


 俺に指示された詩織はレバーを(ひね)り、ナビシートを前に出してから、乗り降りがしやすいように座面を前に倒す。

 後部座席の乗り降りがしづらいのは、3ドアゆえの宿命である。


「ごめんね。これ貨物のバンだから、後ろの乗り心地最悪だと思うけど……」


「いえ、大丈夫です。乗せてもらえるだけで本当に助かりますから」


「でも和兄ぃのクルマ、人数乗れるのコレだけだもんね」


「うるせえ黙っとけ。お前はもう少し野中さんみたいに遠慮ってものを覚えろ」


「えー、でも和兄ぃあたしが困ったら大体助けてくれるじゃん」


「お前なぁ……」


 我儘(わがまま)な奴だと思いながらも、弱いんだよな詩織には。

 2人がシートベルトを着けた事を確認して、クラッチを(つな)いで発進する。

 1速から2速へ、シフトアップをする際にアクセルから足を離すと、ターボ車特有のバックタービン音が(いさ)ましく鳴り響く。

 元々630キログラムの軽量ボディ。ブーストがかかり、K6Aターボがトルクを発揮する3000回転付近から、Gを感じるほどの加速感を覚える。

 軽快に走り出したアルトのバックミラーを覗く。

 野中さんがきょとんとした顔で、アルトの加速に驚いているようだった。


「加速いいですね、この車」


「和兄ぃがよくわからない改造してるからだよ」


「よくわからないって……まぁ軽にしては速いと思うよ。ターボのエンジンに載せ替えているし、他にも色々やっているからね」


 このアルトは、俺にクルマ弄りのアレコレを教えてくれた1台だ。

 仲間内でエンジンとミッションを載せ替えて、それから伝手(つて)で流れてきたHT07タービンを入れて、デミオ用のインジェクターを流用して、ネットオークションで落とした(あお)マネを入れて、そういう知識がある圭吾にセッティングを取るのを協力してもらい……。

 馬力を(はか)った事はないが、100馬力は超えているかもしれない。 

 正直、直線の加速だけならレビンより速いくらいだ。


 とはいえコーナーを含め、トータルではレビンのほうが僅かに速い。

 アルトでは片目のセリカに勝てないだろう。


 それからしばらく走って、創成トンネル手前の右コーナーを曲がった頃だった。


「お兄さんって、運転上手ですよね」


 後部座席から車窓を眺めていた野中さんが、唐突に俺の運転を褒めてきた。


「え、そう?」


「はい、乗ってて思います。サーキットとか走っているんですか?」


「え? まあ、十勝はぼちぼち走りに行く事があるよ」


 予想外の質問に少々驚いたが、馬鹿正直に公道(ストリート)を走っているとは言えないので、当たり(さわ)りのない回答をしておいた。

 嘘は言っていない。

 このアルトと、前乗っていたロードスターと、レビンでは1回だけだが、十勝には何度か行った事があるから。

 それにしても野中さんの質問、核心(かくしん)に迫るようなもので的確だ。


「野中さん、なかなか鋭いね」


「クルマと運転見ていたら、なんとなくわかりますよ」


「もしかしてクルマ好きだったりするの?」


「はい。まあ、両親がモータースポーツが好きで、特に父親はジムカーナの地区戦に出ていた事がありますから」


「それは凄いな。野中さんは好きなクルマとかあるの?」


「そうですね、MR2とか憧れますよね」


「MR2か。また随分とマニアックな車種だね……」


 MR2と言えば、トヨタが過去に販売していたミッドシップのスポーツカーだ。

 俺も後継車種のMR-Sに乗っていたから、MR2に対して憧れみたいなものは抱いていたが、結局ハチロクを買ったからな。

 今後、買う事も多分ないだろう。


「りょーちゃん、クルマ好きだったんだ」


「言ってなかった?」


「初耳だよ!!」


 親友の詩織すら初耳だったとは、まあ普通女の子同士で車の話はしないか。


「良かったな詩織。お前も漫画くらいだけど、クルマは好きなほうじゃん?」


「え、そうだったの?」


「あはは。実はそうなんですよ、親と和兄ぃのせいだけどね」


「なんで俺が入るんだよ?」


「だってあたしの周りの車バカ筆頭じゃん」


「バカは余計だ」


「……くすっ」


 俺と詩織のやりとりを見ていた野中さんが、楽しそうに声を漏らして笑った。


「詩織、お兄さんと仲いいんだね」


「えっ。ま、まあね。和兄ぃの面倒はあたしが見てますから」


「面倒見てるのは逆だろ」


 ドヤ顔で自慢する詩織にツッコミを入れてから、気づいた。

 三車線のうち、右側の車線を走っていた高齢者マークを張ったセダンが、真ん中の車線を走っていた軽商用バンに気づいていないのか、ウインカーを()いて幅寄せをかけるように車線変更を開始していた。


 ──危ない。


 そう思った時にはもう、セダンが軽商用バンに横っ腹から当たってしまい、バランスを崩した2台が蛇行(だこう)しはじめ、軽商用バンは横転。

 高齢者のセダンは弾かれてから制御ができず、左斜め前にいたSUVタイプの車に激突し、SUVタイプの車も斜め後ろからプッシュされてテールスライドを開始する。


「あっ……」


 ナビシートで驚いた声をあげる詩織に対し、俺は意外と冷静だった。

 前の3車線は塞がれた。おまけに1台は横転して完全停止しており、速度差からブレーキを踏んでも止まり切れない。

 後続車は、やや後方からトラックが迫っているのが先頭で、その後ろから追い上げてくるミニバンとSUVが見えた程度。

 

 ──なら、ギリいける。


 ドカンとブレーキを踏んでフロントに荷重(かじゅう)を入れた俺は、ステアリングを素早く左に切りつつ、左手でサイドブレーキを一気に引き上げる。

 リアタイヤからけたたましいスキール音が鳴り響くと同時、アルトの車体は完全に真横を向き、完全にスピンしないように若干のカウンターステアを当てる。

 狙い通り、ドンピシャのタイミングで目の前に側道へのT字路が見えた。


 ──ここだ。


 ブレーキングと同時に1速に叩き込み、クラッチを切っていた俺は一気にドカンとクラッチを繋ぎ、既にアクセルを入れて回転数を上げていてたため、アルトはロケットスタートを切った。

 後続から来ていたトラックが瞬く間にアルトの真横に迫るが、コンマ一秒の差でアルトの加速が速かった。

 歩行者、自転車なし。

 俺は見事、側道に向かってアルトを加速させ、最悪の事態を回避できた。


「ふう、あぶねえ……」


 側道に入ってすぐ、俺は路肩にハザードを()いてアルトを停車させた。


「……サイドターン、見事」


「え?」


「あ、いや、なんでもないです。それより凄いですね、よく避けましたね」


 慌てて何かを誤魔化している様子だったが、やや強引な感じで野中さんが俺の咄嗟の行動を褒めてくれた。

 何を言っていたんだろうか。


「いやほんと。和兄ぃ凄すぎ、今なにやったの!?」


 気になるが、聞き返す前に詩織が興奮した様子で喋りかけてきた。


「何って、まぁ……緊急回避? それより2人とも大丈夫? 突然急な事してごめんね。ぶつけるよりはマシだと思って、咄嗟(とっさ)()けたんだけど……」


「私は全然大丈夫です。むしろお兄さんのおかげで、生き永らえた気がします」


「あたしも大丈夫だよ」


 とりあえず2人がなんともなさそうで、自分もアルトも無事に生還できた安心感から、胸を撫で下ろした。

 俺はもちろん、このアルトは通勤車なので廃車になったら非常に困る。


「それにしても大惨事(だいさんじ)になったな……まぁ時間かかりそうだし、迂回(うかい)するか」


 ちょっとしたトラブルはあったものの、何はともあれその後順調に北上を続け、無事に屯田付近に辿り着く事ができた。


「このあたりで大丈夫ですよ」


「そう?」


 野中さんにそう言われて、ハザードを()いて路肩に寄せ、停車させた。


「あの、今日は本当にありがとうございました」


「別に気にしなくていいよ、詩織の友達だしな」


「ありがとうございます。詩織、よくお兄さんの話をしていたので、会えて光栄(こうえい)でした」


「ちょっとりょーちゃん!?」


 野中さんによる突然のカミングアウトを受け、詩織はぶわっと顔を赤らめて狼狽(ろうばい)した。

 何の話をしているんだ?

 まあ、ろくなものじゃない気がするので、聞かないほうが(しあ)せかもしれない。


「それじゃ、俺たちそろそろ行くね」


「はい。あの、機会があればまたどこかで」


「え? ああ、うん。またね」


「詩織も、また明日ね」


「りょーちゃん、またねー」


 微笑(ほほえ)みながら俺たちに挨拶をした野中さんは、(きびす)を返してアルトから少しずつ遠ざかっていった。


「詩織の友達にしては、礼儀正しい子だったな」


「ちょっとそれどういう意味!?」


「いてて!! 耳をつねるな!!」


 それほど力が入っていたわけではないものの、反射的に痛いと言ってしまった。


 それにしても、野中涼か。


 そこまでちゃんと話したわけではないものの、父親がモータースポーツをやっているだけあってか、そこそこクルマには詳しそうな雰囲気だった。

 詩織と同い年ということは、今年で18歳。詩織も先日取ったわけだから、免許を持っていたりするのだろうか。実はああいう子がものすごいドラテクの持ち主で、片目のセリカの正体だったりして……。


 ──流石にそれはないか。


 漫画の読みすぎだな、俺も。

 そもそも今のご時世、18歳ですぐに免許を取るほうがレアケースだろう。


 結局、何やってもあのセリカの姿が頭に浮かぶんだよな。


 ──もう一度、あのクルマを見てみたいものだ。


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