Act4,ハチロク復活計画
「おい、大丈夫か和也!?」
路肩でハザードを炊き、エンジンルームを呆然と見つめていると、圭吾のロードスターが到着。降りてきた圭吾が慌ただしく駆け寄ってきて、不安そうな表情で俺に声をかけてくれた。
「……エンジン逝っちまったわ」
「マジ?」
「まぁ、恐らく新車時から一度もオーバーホールしていないエンジンだ。酷使されてきたんだろうし、寿命だったんだと思う」
ハチロクのボディに触れながら、状況を圭吾に説明する。
ショックはショックだけど、40年以上も走り続けてきた車だ。ボディはまだ生きているが、これまで回し続けられてきたエンジンはとっくの昔に限界を迎え、命の灯が今日消えたというわけだ。
意外とこの状況に対し、俺は冷静だった。
「それより圭吾、ここ電波ねえんだわ……悪いんだけど、下まで降りて中山さんに連絡入れてもらえないか?」
「中山さんか、わかった。ちょっと時間かかるけど、目いっぱいすっ飛ばすよ」
「サンキュー、恩に着るぜ」
圭吾はロードスターに戻ろうとしたが、途中で足を止めた。
「なあ……あのセリカって」
「圭吾も見たよな。やっぱりアレが、噂の……」
「どうだった?」
圭吾が質問しながら固唾を飲む。
奴は俺より早く、あのセリカの異常な走りを目の当たりにしているハズだ。
俺とセリカのバトルの行く末が、気になって仕方がないんだろう。
「どうって、俺の完敗だよ。テクでも車でも、全てが負けていた……」
部分的に切り取れば、俺のほうが上だと思ったポイントはあった。
それでもトータルではセリカの方が速かったし、現状どう考えてもセリカに勝つ方法が思い浮かばない。
「そうか……」
「すげえよ、あんなのがいたなんて……一体どんなヤツが乗ってるんだ?」
俺のぼやきに対し、圭吾は無言だった。
というより、答える事ができなかったいうべきだろう。
「……まあ、そう落ち込むなよ圭吾。このまま引き下がるわけじゃねえからよ」
「え? いや、え? 落ち込んではいないけど……え、まだやるの?」
俺の発言に、圭吾は心底驚いた様子で目を見開いた。
「当たり前だろ。エンジン載せ替えて、このリベンジは必ず果たす──」
動かなくなってしまったレビンを見つながら、俺は決意を固くする。
走りでも車でも負けていた。俺みたいな酔狂者にとって、それは屈辱以外の何物でもなく、たとえ相手が都市伝説で有名な亡霊だったとしても、負けっぱなしではとても気が済まない。
故に俺はレビンを直し、片目のセリカへのリベンジを誓った。
◇ ◇ ◇
それから幾時間が経過した事だろうか。
圭吾が下に降りて連絡を入れ、俺が世話になっているラブリーオートという中古車販売店の店主、中山雅樹さんが到着したのは、空が明るくなってからだった。
レビンを積載車に載せ、ラブリーオートまでは圭吾に送ってもらった。
石狩市の札幌に近い場所に所在し、店先には軽自動車やミニバン、SUVなど、ぱっと見は普通の中古車屋といった外観だった。
しかし中山さんはオヤジの元走り仲間で、オヤジも世話になっている店で、中山さんは俺の事を赤子の頃から知っている人だ。そのため俺が車を買ってから、自分では難しい事や車探しなどで中山さんには世話になっている。
「それにしても意外に早かったな、ハチロクのエンジン逝くの」
「すみませんホント。夜分遅くというか、朝早くというか……」
「なあに、気にする事はないさ。俺もお前のオヤジも、若い頃は山で車壊すなんてしょっちゅうだったよ」
灰色のツナギを身に纏い、白髪が混じった短髪の中山さんが、車を壊した俺に対して優しく微笑みかけてくれる。
この人は本当にいい人だ。
オヤジの無茶ぶりにも、こんな感じで付き合ってきたのだろうと思う。
「しかし片目のセリカか……俺が現役の頃、速いセリカは確かに居たんだがな」
「ホントですか?」
「ああ。俺が学生時代だから、お前たちが生まれる前の話だけど、その人は俺や裕彦の師匠みたいな存在でな。元レーシングドライバーだったんだけど、もう高齢で何年も前に亡くなっちまったよ」
昔を懐かしむように、遠くを見つめながら語る中山さん。
オヤジは自分の昔の事をあまり話してくれず、過去ミラージュやランエボでラリーに出ていた事しか知らないため、峠時代の話は中山さんの口から初めて聞いた。
「そんなすごい人がいたんですね……」
「中山さん、その人のセリカって今どうなったか知ってるんですか?」
圭吾がそう質問すると、中山さんは腕を組んで俯いたまま、しばらく黙る。
「……残念だが、あの人が亡くなった後、セリカがどうなったかは知らない」
「そうですか……」
「まあ世の中は広い。ダルマセリカは人気の車だったし、他に乗っている人がいても不思議ではないだろう。最もセリカでそれほどイカれた速さの奴は、俺もその人以外では初めて聞いたがな」
核心に迫れたと思ったが、中山さんでも知らないとなると、片目のセリカの正体がはるか遠くに霞んでしまう。
「ところで和也君、ハチロクどうするんだ? 直すのか?」
「勿論です。俺、このまま負けっぱなしで引き下がれませんよ」
「そうか。だけどノーマルエンジンでは歯が立たなかったんだろ。という事はそのセリカ、相当エンジンやってる車だな。下手したら2TGからもっと上位の、例えば4AG、それもチューニングしたエンジンに載せ替えている可能性もある」
中山さんの言う通りだ。
敗因はもちろん、コーナーワークで負けていた己の技量不足や、コースの熟練度の差もあったと思う。
だがそれだけとは思えないほど、ストレートの伸びが全く違った。
間違いない。片目のセリカのエンジンは、絶対に普通じゃない。
「そうなるとノーマルエンジンを拾って載せても、恐らく結果は同じだろうな」
「俺もそう思います……」
「じゃあ中山さん、和也がセリカと互角に戦うためには……?」
「ま、それなりのエンジンを用意する必要があるな。例えば5バルブ、AE101やAE111のエンジンをベースに作るとかな」
ハチロクに搭載されている4AGは、トヨタにおけるベーシックなスポーツツインカムとして、熟成に熟成を重ねて進化を続けてきたエンジンだ。
AE92後期、AE101、AE111と、着実にその性能を上げ、特に最後の黒ヘッドと呼ばれるAE111用は、テンロクNAながら165馬力を絞り出せるユニットに進化した。
これをベースにチューニングしたエンジンを、軽量なAE86に搭載する。
恐らく戦闘力は今まででは考えられないほど、飛躍的に向上するだろう。
「すげえ……和也のレビン、いきなりすごいクルマになりそうだな?」
「だけど和也君、それなりにコレかかるよ?」
そう言いながら中山さんは指で輪っかを作った。
つまり俺に伝えたのは、多額の金銭がかかるという事だろう。
「わかってます。大丈夫です、信用情報クリーンなんで、ローンが組めれば……」
「まぁ、ウチで車を買った事にして見積もり出せば、なんとかなりそうか」
「そうですね。すみません、それでよろしくお願いします」
「ふふふ。俺も久しぶりに血が滾るよ……最高のエンジンを組んでやる」
不敵な笑みを浮かべる中山さん。
4AG、特にAE86を弄らせて、市内ではこの人ほど頼もしい存在はいないと個人的には思っている。
走り屋時代からハチロクを乗り継いで、自分で組んだエンジンと煮詰めた足回りを武器に、十勝スピードウェイではハチロクのレコード保持者だという話だ。
そして今でも十勝で開催されているAE86のワンメイクレース"DTCC"に、ドライバーとして出場し続けている中山さんは、ハチロクというクルマを知り尽くした職人である。
きっと最高のクルマを作ってくれると、俺は中山さんを信じている。
「まずベースのエンジンを拾ってきてオーバーホールをかける。それなりに長い期間乗る事を考えて、パワーと耐久性を両立させたエンジンを作る。パワーアップに合わせて足回り、特にブレーキも強化は必要だろう」
「同感ですね、100馬力を止めるならアレで十分ですが……」
「シャシダイで190馬力は目指すつもりだよ」
「すげえ……ま、それでもオレのニューマシンには敵わないがな」
俺と中山さんの話を聞いていた圭吾が、ニヤニヤしながら何かを匂わせていた。
「なんだ? お前まさかもう新しいクルマ買ったのか?」
「うん。車検無いから、ロードスター売って車検代にしようと思ってるんだけど」
「何買ったんだよ。その口ぶりだと相当なハイパワー車だな?」
「ナイショ」
「おいてめえ」
「ちなみにそのクルマ、うちに陸送されてくる予定なんだ。まあ小関くんの要望に応えて隠しておくけどね」
「え、なんですかそれ。めちゃくちゃ気になるんですけど……!!」
中山さんは圭吾のニューマシンを知っているようで、俺を見ながらニヤニヤしていた。
「まあ楽しみにしておきなさい。パワー任せに和也をやっつけてやるわよ!!」
「すっげえヘボく聞こえる……」
「小関くん、まずは車に慣れないとそもそものパワーが違うから危ないよ?」
圭吾の発言には中山さんも呆れていたが、俺のレビンの計画と並行して、圭吾のニューマシンの計画も着々と進行しているようだった。
これだからクルマはやめられない。
とにかくレビンの復活と、片目のセリカへのリベンジが楽しみだ──。
◇おまけ:キャラクター名鑑その4◇
名前:中子 愛奈
性別:女性
誕生日:2000年5月25日
身長:167センチ
体重:53キロ
職業:ガソリンスタンド正社員
好きなもの:VTECの高回転サウンド、煙草、お笑い、ドライブ
嫌いなもの:ゴソウダンブヒン、運輸支局の検査員、東京
得意技:バックタービン音の口真似(意味不明)
愛車:EK4 シビック SiR
ひとこと:ホンダ党のギャル。FF使いとしてはかなりの上級者らしい。