表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

Act4,ハチロク復活計画

「おい、大丈夫か和也!?」


 路肩でハザードを()き、エンジンルームを呆然(ぼうぜん)と見つめていると、圭吾のロードスターが到着。降りてきた圭吾が慌ただしく()け寄ってきて、不安そうな表情で俺に声をかけてくれた。


「……エンジン()っちまったわ」


「マジ?」


「まぁ、恐らく新車時から一度もオーバーホールしていないエンジンだ。酷使(こくし)されてきたんだろうし、寿命だったんだと思う」


 ハチロクのボディに()れながら、状況を圭吾に説明する。

 ショックはショックだけど、40年以上も走り続けてきた車だ。ボディはまだ生きているが、これまで回し続けられてきたエンジンはとっくの昔に限界を迎え、命の(ともしび)が今日消えたというわけだ。

 意外とこの状況に対し、俺は冷静だった。


「それより圭吾、ここ電波ねえんだわ……悪いんだけど、下まで降りて中山(なかやま)さんに連絡入れてもらえないか?」


「中山さんか、わかった。ちょっと時間かかるけど、目いっぱいすっ飛ばすよ」


「サンキュー、恩に着るぜ」


 圭吾はロードスターに戻ろうとしたが、途中で足を止めた。


「なあ……あのセリカって」


「圭吾も見たよな。やっぱりアレが、噂の……」


「どうだった?」


 圭吾が質問しながら固唾(かたず)を飲む。

 奴は俺より早く、あのセリカの異常な走りを目の当たりにしているハズだ。

 俺とセリカのバトルの()(すえ)が、気になって仕方がないんだろう。


「どうって、俺の完敗だよ。テクでも車でも、全てが負けていた……」


 部分的に切り取れば、俺のほうが上だと思ったポイントはあった。

 それでもトータルではセリカの方が速かったし、現状どう考えてもセリカに勝つ方法が思い浮かばない。


「そうか……」


「すげえよ、あんなのがいたなんて……一体どんなヤツが乗ってるんだ?」


 俺のぼやきに対し、圭吾は無言だった。

 というより、答える事ができなかったいうべきだろう。


「……まあ、そう落ち込むなよ圭吾。このまま引き下がるわけじゃねえからよ」


「え? いや、え? 落ち込んではいないけど……え、まだやるの?」


 俺の発言に、圭吾は心底驚いた様子で目を見開いた。


「当たり前だろ。エンジン載せ替えて、このリベンジは必ず()たす──」


 動かなくなってしまったレビンを見つながら、俺は決意を(かた)くする。

 走りでも車でも負けていた。俺みたいな酔狂者(すいきょうもの)にとって、それは屈辱(くつじょく)以外の何物でもなく、たとえ相手が都市伝説で有名な亡霊だったとしても、負けっぱなしではとても気が済まない。

 (ゆえ)に俺はレビンを直し、片目のセリカへのリベンジを(ちか)った。


 ◇ ◇ ◇


 それから幾時間が経過した事だろうか。

 圭吾が下に降りて連絡を入れ、俺が世話になっているラブリーオートという中古車販売店の店主、中山(なかやま)雅樹(まさき)さんが到着したのは、空が明るくなってからだった。

 レビンを積載車に()せ、ラブリーオートまでは圭吾に送ってもらった。


 石狩市の札幌に近い場所に所在(しょざい)し、店先には軽自動車やミニバン、SUVなど、ぱっと見は普通の中古車屋といった外観だった。

 しかし中山さんはオヤジの元走り仲間で、オヤジも世話になっている店で、中山さんは俺の事を赤子の頃から知っている人だ。そのため俺が車を買ってから、自分では難しい事や車探しなどで中山さんには世話になっている。


「それにしても意外に早かったな、ハチロクのエンジン()くの」


「すみませんホント。夜分遅くというか、朝早くというか……」


「なあに、気にする事はないさ。俺もお前のオヤジも、若い頃は山で車壊すなんてしょっちゅうだったよ」


 灰色のツナギを身に(まと)い、白髪が()じった短髪の中山さんが、車を壊した俺に対して優しく微笑(ほほえ)みかけてくれる。

 この人は本当にいい人だ。

 オヤジの無茶ぶりにも、こんな感じで付き合ってきたのだろうと思う。


「しかし片目のセリカか……俺が現役の頃、速いセリカは確かに居たんだがな」


「ホントですか?」


「ああ。俺が学生時代だから、お前たちが生まれる前の話だけど、その人は俺や裕彦の師匠みたいな存在でな。元レーシングドライバーだったんだけど、もう高齢で何年も前に()くなっちまったよ」


 昔を(なつ)かしむように、遠くを見つめながら語る中山さん。

 オヤジは自分の昔の事をあまり話してくれず、過去ミラージュやランエボでラリーに出ていた事しか知らないため、峠時代の話は中山さんの口から初めて聞いた。


「そんなすごい人がいたんですね……」


「中山さん、その人のセリカって今どうなったか知ってるんですか?」


 圭吾がそう質問すると、中山さんは腕を組んで(うつむ)いたまま、しばらく黙る。


「……残念だが、あの人が亡くなった後、セリカがどうなったかは知らない」


「そうですか……」


「まあ世の中は広い。ダルマセリカは人気の車だったし、他に乗っている人がいても不思議ではないだろう。最もセリカでそれほどイカれた速さの奴は、俺もその人以外では初めて聞いたがな」


 核心に(せま)れたと思ったが、中山さんでも知らないとなると、片目のセリカの正体がはるか遠くに(かす)んでしまう。


「ところで和也君、ハチロクどうするんだ? 直すのか?」


勿論(もちろん)です。俺、このまま負けっぱなしで引き下がれませんよ」


「そうか。だけどノーマルエンジンでは歯が立たなかったんだろ。という事はそのセリカ、相当エンジンやってる車だな。下手したら2TGからもっと上位の、例えば4AG、それもチューニングしたエンジンに載せ替えている可能性もある」


 中山さんの言う通りだ。

 敗因はもちろん、コーナーワークで負けていた己の技量不足や、コースの熟練度の差もあったと思う。

 だがそれだけとは思えないほど、ストレートの伸びが全く違った。

 間違いない。片目のセリカのエンジンは、絶対に普通じゃない。


「そうなるとノーマルエンジンを拾って載せても、恐らく結果は同じだろうな」


「俺もそう思います……」


「じゃあ中山さん、和也がセリカと互角に戦うためには……?」


「ま、それなりのエンジンを用意する必要があるな。例えば(ファイブ)バルブ、AE101(トイチ)AE111(ピンゾロ)のエンジンをベースに作るとかな」


 ハチロクに搭載されている4AGは、トヨタにおけるベーシックなスポーツツインカムとして、熟成に熟成を重ねて進化を続けてきたエンジンだ。

 AE92後期、AE101、AE111と、着実にその性能を上げ、特に最後の黒ヘッドと呼ばれるAE111用は、テンロクNAながら165馬力を絞り出せるユニットに進化した。

 これをベースにチューニングしたエンジンを、軽量なAE86に搭載する。

 恐らく戦闘力は今まででは考えられないほど、飛躍的(ひやくてき)に向上するだろう。


「すげえ……和也のレビン、いきなりすごいクルマになりそうだな?」


「だけど和也君、それなりにコレかかるよ?」


 そう言いながら中山さんは指で輪っかを作った。

 つまり俺に伝えたのは、多額の金銭がかかるという事だろう。


「わかってます。大丈夫です、信用情報クリーンなんで、ローンが組めれば……」


「まぁ、ウチで車を買った事にして見積もり出せば、なんとかなりそうか」


「そうですね。すみません、それでよろしくお願いします」


「ふふふ。俺も久しぶりに血が(たぎ)るよ……最高のエンジンを組んでやる」


 不敵な笑みを浮かべる中山さん。

 4AG、特にAE86を(いじ)らせて、市内ではこの人ほど(たの)もしい存在はいないと個人的には思っている。

 走り屋時代からハチロクを乗り継いで、自分で組んだエンジンと煮詰めた足回りを武器に、十勝スピードウェイではハチロクのレコード保持者だという話だ。

 そして今でも十勝で開催されているAE86のワンメイクレース"DTCC"に、ドライバーとして出場し続けている中山さんは、ハチロクというクルマを知り尽くした職人である。

 きっと最高のクルマを作ってくれると、俺は中山さんを信じている。


「まずベースのエンジンを拾ってきてオーバーホールをかける。それなりに長い期間乗る事を考えて、パワーと耐久性を両立させたエンジンを作る。パワーアップに合わせて足回り、特にブレーキも強化は必要だろう」


「同感ですね、100馬力を止めるならアレで十分ですが……」


「シャシダイで190馬力は目指すつもりだよ」


「すげえ……ま、それでもオレのニューマシンには(かな)わないがな」


 俺と中山さんの話を聞いていた圭吾が、ニヤニヤしながら何かを匂わせていた。


「なんだ? お前まさかもう新しいクルマ買ったのか?」


「うん。車検無いから、ロードスター売って車検代にしようと思ってるんだけど」


「何買ったんだよ。その口ぶりだと相当なハイパワー車だな?」


「ナイショ」


「おいてめえ」


「ちなみにそのクルマ、うちに陸送されてくる予定なんだ。まあ小関くんの要望に(こた)えて隠しておくけどね」


「え、なんですかそれ。めちゃくちゃ気になるんですけど……!!」


 中山さんは圭吾のニューマシンを知っているようで、俺を見ながらニヤニヤしていた。


「まあ楽しみにしておきなさい。パワー任せに和也をやっつけてやるわよ!!」


「すっげえヘボく聞こえる……」


「小関くん、まずは車に慣れないとそもそものパワーが違うから危ないよ?」


 圭吾の発言には中山さんも(あき)れていたが、俺のレビンの計画と並行して、圭吾のニューマシンの計画も着々と進行しているようだった。

 これだからクルマはやめられない。


 とにかくレビンの復活と、片目のセリカへのリベンジが楽しみだ──。


◇おまけ:キャラクター名鑑その4◇


名前:中子(なかこ) 愛奈(あいな)

性別:女性

誕生日:2000年5月25日

身長:167センチ

体重:53キロ

職業:ガソリンスタンド正社員

好きなもの:VTECの高回転サウンド、煙草、お笑い、ドライブ

嫌いなもの:ゴソウダンブヒン、運輸支局の検査員、東京

得意技:バックタービン音の口真似(意味不明)

愛車:EK4 シビック SiR


ひとこと:ホンダ党のギャル。FF使いとしてはかなりの上級者らしい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ