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勤め先が異常だったので相談したら

作者: 高月水都

相談相手に捕まる話

 勤め先は異常だ。

「アイラね。どっちも可愛くて選べない♪」

「そっか。じゃあ、両方にするか」

「わ~い。ありがとう。お父さま♪」

 困ったように眉を顰めた娘を抱っこしたまま告げる旦那さまに甘える娘。………微笑ましい光景だろう。現にわたくし以外の侍女やメイド。執事らはそんな親子の光景を微笑ましく見ている。


 だけど、わたくしには違和感しか浮かばなかった。


「あの……それではマリサお嬢さまにはどうするのですか?」

 微笑ましい光景を繰り広げていた面々が一斉に白けたような空気を放つ。空気を読まないわたくしが悪いとでも言いかねない雰囲気だが、わたくしはずっと見えていた。


 旦那さまのお隣で自分の分もあるはずだったのに両方奪われていくのをつぶさに見ていたもう一人の(マリサ)お嬢さまを。


「仕方ないわね。マリサにはこれをあげるわ」

 乱暴に投げ渡すのはアイラお嬢さまがいらなくなったと言っていたリボン。かなり日に焼けて色落ちしている。


「優しいわね。アイラは」

 そんな娘を褒め称える奥さまに、

「いい子に育ったなアイラは。それに比べて……」

 可愛い(アイラ)さまに頬ずりする旦那さまが冷たい視線をもう一人の娘(マリサ)に向ける。


 マリサお嬢さまが我儘を言って困らせているかのようだが、どこが我儘だ。本来なら双子のお嬢さま方のために二つ用意された髪飾りだったのに、どうしてそれを二つともアイラお嬢さまが貰っていく話になるのだ。


 ましてや、両方貰って行ったのにそれを譲らないでいらないものを押し付けたアイラお嬢さまがいい子で両方貰えないでいらないものを押し付けられたマリサお嬢さまが我儘になるのか。


 納得いかない。


 そして、それはこの時ばかりではなく、

「これいらない~♪」

「あらアイラはニンジンが嫌いなのね。しかたないわね」

「……お母さま。わたくし、ピーマンが……」

「好き嫌いなく食べなさい!! 我儘ね」

 こんなこともあったり、

「アイラ。お勉強きら~い」

「あら、ならサボってしまいましょう」

「マリサお嬢さまが熱で……」

「どうせ仮病でしょう。さっさと起こして勉強に向かわせなさい」

「…………」

 どうして、そんなおかしいことがあるのか。どうして誰も指摘しない。




「で、指摘し続けた君は仕事を首になった」

「………それを覚悟してきたから構いません。でも、マリサお嬢さまが心配で……」

 あんなすべてを諦めようとして諦めきれない悲しい眼差しをしてもらいたくない。


 そんな想いで縋るように赴いたのは魔術師協会。たかが、一メイド――しかも首になったばかりが相談するには敷居が高すぎたが、それでも放置してはいけないと思い突き進んだのだ。


 ………入る際に度胸が必要だったが。


「実際に見てみないと分からないが、可能性としてはその双子のお嬢さんは魅了の力を持っているだろうね」

 一介のメイドの相談など乗る意味が分からないと素通りしていた職員が多い中、唯一相談に乗ってくれた顔が隠れるほど大きな眼鏡を掛けた魔術師は実に面白いと笑いながら説明してくれる。


「魅了……」

「そっ、かつて、国の重鎮たちを魅了して結果的に国を滅ぼそうとした悪女も魅了を持っていたという話もあるから魅了を使える人物は注意しないといけないと報告義務があるのだけど、多分生まれた時から魅了されていて魅了の術を使える存在だと認識されないでいたんだろうね」

 それじゃあ、いくら魅了の術が危険だから見つけたら報告する義務があると言われても気づけないよね。

 感心したように告げる魔術師に、そんなおとぎ話とか現実にある能力だと思っていなかったけれど、言われてみれば確かにそんな気がすると心当たりが次から次へと浮かんでくる。


「あっ、それならなぜ、わたくしとマリサお嬢さまが無事だったのでしょうか?」

 マリサお嬢さまが魅了されているような感じはなく、寂しげに家族の輪から追いやられている様を見ていたから魅了されていないだろう。それにわたくしも……。


「………あくまで推測だけど、魅了を持つ存在は同性の兄弟姉妹は自分の享受する幸せを搾取する敵という認識で排除しようとする傾向があるんだ。過去の事例で年の近い姉妹を冷遇させて衰弱死寸前まで追い込んだパターンもあったほどだしね」

「そんな……」

 では、このままではマリサお嬢さまは……。


「どうにかなりませんかっ!!」

 期待をしつつ、何度も裏切られてぼろぼろになっていたマリサお嬢さまをこのまま見捨てられない。


「お願いですっ。助けてください!! わたくしに出来ることなら何でもしますのでっ!!」

「――何でそこまで赤の他人のためにしようとするの?」

 縋るように告げたとたん、魔術師の表情が楽しげに笑っていたのを止めて、じっとこちらを見つめてくる。


「なんでって言われても……」

「敷居が高い魔術師協会。相手をしてくれないスタッフ。それ以前にメイドの仕事を首にされ、紹介状も書いてもらえなかったんでしょう」

 そこまでする意味があるのか。問われて考える。


「……言われるまで」

 考えて気づいた。


「言われるまで気づいてませんでした。そうですよね……なんでここまで必死なんでしょう……?」

 何でだろう。考えてみるが分からない。


 ずっと首を傾げていたらいきなり魔術師が爆笑し始める。まるで壊れたように笑い続けるので大丈夫かと心配になるぐらいで、どうしようかと不安になっていると。


「うん。――興味が湧いた」

 魔術師の眼鏡の向こうに綺麗な紫色の瞳が輝いて見える。そう言えば、眼鏡の印象が強くて顔立ちとかあんまり意識していなかったなと改めて気づく。


「その魅了の力を封じることが先決だけど、今のままじゃ手が出せないから。提案なんだけど、君がボクと結婚してそのお嬢さまを養女にするという方法でもやれる?」

「結婚……?」

 いきなり言われてどうして結婚という話になったか理解できない。


「まず家族から引き離さないとそのお嬢さまが精神的に追い詰められ続けるだろう。すぐに助けたくても魅了されているという確信もない。だから、まず養女という話を持っていき家族から引き離す。その際、魅了に掛かっているか調べてみる。………多少でももう一人の娘に対して情があるのなら断るだろうしね。首にしたメイドとメイドが連れてきた怪しげな魔術師などに可愛い娘をやれるかってね」

「なるほど、偽装結婚と言うことですね」

 確かにそれならマリサお嬢さまを助けられる。


「分かりましたっ!!」

「なら、善は急げっていうからね」

「はいっ!!」

 さっそくマリサお嬢さまの元に向かい、養女を申し込もう。


(ここで断ってくれればいいけど……)

 そんな祈りも込めていた。



「まあ、いいわよ」

「じゃあね。バイバイ♪」

 あっさりと手放した奥さま。わたくしと魔術師をじろじろ見てからにやにやと楽しそうに笑っているアイラお嬢さま。


「……ビリーヴ」

 そして、先日やめたばかりのメイドであるわたくしの名前を憶えていて呼んでくれるお嬢さま。


 三人でマリサお嬢さまの暮らしていた屋敷を出て、魔術師が用意してくれた馬車に乗り込んだ矢先だった。

「そう言えば、今更だったけど、名前聞いていなかったね」

 魔術師の言葉に、結婚までするのに名前を聞いていなかった事実と名乗っていなかったことに気が付いた。それなのに結婚……。


(でも、名前を聞いていなかったのは奥さまもなのよね……)

 マリサお嬢さまを養女に出すにしてもせめて養女先の名前ぐらい聞いてこないなんて……。


「ビリーヴっていうんだね」

「はい。名前負けしていますが」

 亡き祖母が付けてくれた名前だ。


「そっか、ボクの名前は……」

 馬車はどんどん進んでいく。街の中枢に。王都の中心まで。やがて、馬車は門をくぐり、ある場所に辿り着く。


「セルリアン・オルド・アルカンシェル・マゼリアって、言うんだ」

 王城に辿り着き、名乗られた名前は……。


「おっ、王弟殿下……」

 そういえば、紫の瞳は王族によく現れる色だ。特に魔力の高い王族に現れやすいと。


「えっ? わたくし、偽装結婚と言え、王弟殿下と結婚してしまったんですかっ!!」

 ただの元メイドなのに……一応親は爵位はあるけど、男爵家の何人目の子供などと貴族のうちにも入らない。というか成人したら貴族籍も抜いたばかりだ。


「偽装結婚じゃないよ。ボク言ったでしょ。興味が湧いたって」

 だから結婚したんだと笑いながら告げる王弟殿下。


「魅了された家族によって冷遇されている子供を守るためにメイドを首になって、敷居の高い魔術師協会に度胸を決めて相談するし、子供のためになら何でもすると言い切るその行動に興味が湧いた。後、君の体質も」

「体質?」

 いきなり珍獣扱いされて戸惑うが最後の言葉の意味が理解できない。


「本来なら自分をちやほやしてくれる存在である相手に毎度魅了を掛けていないなんておかしいでしょう。ビリーヴは魅了が……いや、もしかしたら魔力が効かない体質かもしれない」

 初めて聞いた。


「で、でも、王弟殿下……あの、わたくしやマリサお嬢さまを家族にって……」

 釣り合わないとかそれはいいのだろうかと不安しかない。


 不安を抱えて青ざめているのだが、王弟殿下は全く気にせずに服の下にあったたくさんの宝飾品を取り出して、

「ああ、やっぱり壊れているね」

 こちらに見えるように差し出してくると確かに壊れている。


「魅了の術を防ぐ魔道具だけどここまで壊れていると魅了の術を使っているのが確定だね。王弟だと身分がばれていたらもっと危険だったかもしれないね。ああいう輩は下扱いしていた存在が自分よりも高い場所に行くかもしれないと判断したら徹底的に邪魔するからね」

「それで正体を隠していたんですか……」

 たまたまではなく、言わなかっただけ。


「そっ、これで魅了の術も確認できた。後は兄上に報告して動いてもらった方がいいね」

「そうなんですね。よかった……」

 もしかして、これで要件が終われば偽装結婚も……。


「これで落ち着いて口説けるから。覚悟していてね」

 王弟殿下の言葉に、

「ガンバレ。ビリーヴ……」 

 横でずっと聞いていたマリサお嬢さまが力なく応援してくれる。


「解決しても家族の関係を終わらせるつもりはないよ。マリサもビリーヴがお母さんだと嬉しいでしょう」

 子供を出汁に使うとはと慌ててしまうが、お母さんと聞いて嬉しそうにはにかむマリサお嬢さま……マリサを見て、このままでもいいかなと考えを改めた。



ドアマットヒロインになる前に救出RTA

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― 新着の感想 ―
マリサお嬢様魅了持ち説も出てますが、私としてはアイラお嬢様の魅了が逆作用した説を推したいですね。 ビリーブ嬢の能力が単なる無効化ではなく、名前の通り『信じる』事に由来していたならば、双子にリボン2つな…
マリサお嬢様は、ビリーブにだけ効果のある魅了の持ち主だったのかも
魅了もここまで来ると呪われた赤子系のホラーですね まともな思考能力が奪われているし、妹の面倒以外の間は人形みたいになってそう
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