歩く
「赤龍さんは、死んじゃいました。ごめんなさい」
私は、大勢の前に立ち、頭を下げた。人生で初めて誠意を込めて謝った。
こんなことを言えば怒られるが、意外にも罪悪感はなかった。やり切った結果だろうか。
(まあ俺は、こうしているからどうでもいいけどね)
赤龍さんはそれでいいのだろうが、この村の人はそれで良いとは言えない。
「別にあんたが悪いわけじゃないんだろ」
誰かがそう言うので、声の方向を見てみた。アトカラだった。
彼は神妙なツラで、こちらを見ていた。明らかに納得していないのに、私のことを許そうと言うのである。村の人々は、全体的に納得していないのだとざわめきでわかる中で、男はまとめようとしていた。
(俺が説明しようか?)
宝玉自体は取り出せるし、赤龍さんが事情を説明することはできる。でも納得できるかと言えるかは、わからない。
私はここの人たちからはよそ者で、信用がない。私がただ単に赤龍さんを盗んだと言う疑いは、晴らせないのだ。ここから出ていく以上、ジエーデを預からせてもらう以上、少しでも信頼を稼ごうというのは、人の心理だった。
「助けてもらったのは事実だろう」
「でもマッチポンプだってあるんじゃないか」
「よそ者だからなあ」
「金でも払ってもらうか?」
口々に、村人たちは話し合う。
やはり私に信用はないのだ。リトというのを連れてきたのが私だと思われたって、仕方ない。
結局、何もせずに村を出ていくことになる。理由は、村にはそんな暇がないからだ。魔物が、赤龍さんがいなくなった以上、あそこは不安定な火山のままである。私が火山を噴火させたので、しばらくの間噴火することもなく、かつ周りの大地にも魔力を含んだ火山灰が降り注いだから、生活は安定するはずだ。が、だけど、それは数年の話である。次代の魔物を見つける手間を考えれば、私に構ってる暇はないのだ。
「良くも悪くも、魔物に依存しているんですね」
帰り道、下山道。私はそんなことを呟く。
「だからイマキターが経営していたような、魔物を住まわせられる環境は必要なんだろうけど」
岩から土へ、でこぼこから平へ。変わった道の材質を確かめつつ、歩いた。
「どこに行こうかな」
澄んで綺麗な青空。流れる雲はあてもなく。私だってあてもない。
流れに身を任せたって良いけれど、何か目標は欲しいと感じた。
「そのさ」
旅の新たな仲間、ジエーデが言う。
「王都に行きたい」
「王都?」
「そろそろそこで、剣術の大会が開かれるんだ」
ジエーデはそう言い、背中にある剣を取り出す。
「それって」
「アトカラさんがくれた。旅に出るなら、祝いにって」
「ふーん。じゃあ、その荷物は?」
「卓球のラケットとピンポンです。あとは卓球台」
「こんな小さいのが?」
「大きくなるような仕組みがあるんです。魔力で擬似的に台の面積を増やして」
「へえ」
「その、ありがとうございます」
「そう。感謝してくれるなら、こちらも気分はいいよ」
「離れてみてわかりましたが、意外と私はみんなに愛されていたんです、と知れましたから」
「はあ」
「見送り、多かったんです」
「なら、いいけど。まあとにかく、王都に行くか」
「はい」
「というか、折角男同士なんだし、敬語は無しにしようぜ」
「良いですけど」
「歳は離れてるけども、対等にね。よろしく、ジエーデ」
「そう、ですね。よろしく、リン」
数日が経てば、色々安定したりする。何が、というのは生活のことである。
「アリスト、テント建てようか」
陽が傾いて、もう直ぐ夕暮れ。なのだから、身の振り方を考える。
この日は初めて、アリストに野営の手伝いをしてもらうことにした。
「そう、そうすると、テントが風に飛ばされない」
やり方とやることの理屈を教えれば、彼女は手際良く作業をしてくれた。
完成したテントを離れ、旅の道を逆戻り。その先には川があり、魚が泳いでいる。
「アリストは、木の枝を拾ってくれる?燃料にするから」
彼女は小さな手で、木々の枝を拾い集めてくれる。私はそれを見守りつつ、川に魔法を放つ。水のレーザーが魚を貫き、こちらへ引き寄せる。
(川魚だしな、焼けば食えるはずだ)
青龍さんがそういうので、同種の魚を魔法で集める。
「理屈としては、魚の中にも魔物がいるんですよね」
(そうなるな。生物が魔力を手にした、それが魔物だ)
「青龍さんは、どうだったんですか」
(蛇じゃないか。フォルムがそうなんだから)
「適当」
(自身の生まれた瞬間なんて、わからないものだろう)
「でも、蛇から龍となるとしても、元あった意識はどうなるんですか」
(さあ?儂は自分が、自分である前など知らぬし、赤龍も同じことよ)
そうなのですか、そうなのだ。
(魔力を手に入れると、同じくして知恵が発達する。つまり急速な変化を遂げるから、記憶は失われるし、人格というものも変質する。そう、考えておる)
「じゃあもし、私がこの魚に、手に持った魚に魔力を流したら?」
(理屈としては、魔物になる。人の言葉を話す可能性や、魔法を扱えるようになる……というが、実際は爆
発するだけだろうな)
「なんで」
(器たり得ぬのだ。そういう意味では、貴様は充分、魔物二つの魔力を受け止められる器をしている)
「才能というやつか」
(魔物、というのは寄生生物と対して変わりない。もしかしたら、あのリトのようなものが本質なのかも知れぬな)
リト、それは寄生型の魔物。あらゆる生物の闇、怒りに溶け込み、絶望させればその者の体を乗っ取るやつ。
(儂だって、あのリトのように、例えば蛇の体を乗っ取って、今のように生きているのかもしれん)
「じゃあ、私もそうされる可能性は」
(ないとは言えないが、心配するほどでもない)
「なんで」
(お前は充分なアイデンティティを持っているし、寄生するにしても、赤龍という同居人が増えた以上、衝突が起こる)
「はあ」
(第一、我らにその気は無いしな)
アリストと共にテントの方へ戻る。
ジエーデが椅子やテーブルを設置し終わっていて、私はアリストの木の枝を使い、火を起こす。
こういう際に魔法は便利で、新しく覚えた火の魔法が焚き火を作る。
油を含んだ植物を投げ入れ、あたりを石で囲えば、完成だ。
周りに取った魚を置いて焼いていく。
「はい、どうぞ」
焼き上がった魚の骨を取り、アリストに渡す。彼女は箸を使ってそれを食べいくのだ。
(箸という文化があって、それは広い)
それがこの世界なのだと思えば、それ以上のことは思いはしない。
ジエーデはそれを、呆れたように、アリストに行われた私の行動を見ていた。
食事が終わり、次は入浴をする。
旅のお供、荷物を運ぶための荷台から、ドラム缶を出す。
その中を水の魔法で満たし、炎の魔法で沸かす。
アリストの服を脱がし、体や髪を洗っていく。裸の彼女を持ち上げて、ドラム缶の中に入れる。それが終わると、私はテントの中へ戻る。中にはジエーデがこちらを見ていて、開口一番こう放つ。
「過保護すぎない?」
「病人だからね」
「健康そうだけど」
「身体的には、異常なんだよ」
「はあ」
「そうだな。お前の場合だと、リトのせいで動けないことがあっただろ?」
「まあ、そうだね」
「あれは精神的な話。できるできないではなくて、やりたいかやりたく無いからという話」
「うん」
「あの子の場合は、できるかどうかという話」
「身体的な話?」
「そうだね。彼女を手助けしなければ、魚の骨を外さずに食べるだろうし、石鹸で転んで死ぬと思うよ」
「そこまで酷いの」
「あの子、ほとんど動かない生活をしていたみたいだから、何もしたことがないし、何かをするという発想がない」
「だから、過保護なのか」
「これでもマシになってきてるよ。絵を描くのは好きみたいだし、意思
表示はできるようになった」
「ジェスチャーでだけどね。話してくれたら楽なんだけど」
「それは彼女次第さ」
私はテントの外へ行き、湯に浸かるアリストを取り出す。これだって、ほっとけばのぼせて死ぬのだ。
優しく体を吹き、魔力でドライヤーを起動させ、髪を乾かす。やや乾いた長い髪にオイルを塗り、冷風で乾かす。白い肌に保湿剤を塗り、衣服を着せる。
テントに入ると、ジエーデが自分の着替えを持って入れ替わる。
私はアリストにストレッチをさせる。これが彼女にとって、必要なことだからだ、
彼女にとって最低限の運動は必要で、それがストレッチであり、恐ろしく固まった体を柔らかくする必要もあるのだった。
少しでも体力をつけさせなければ、この子は一生私に抱っこされながら生きるレベルなのだ。
それなのに、卓球はできたのだよな。
あの日、本当はさわりだけやるつもりだった。なのにラリーまでやってしまい、私はちゃんとやる必要も出た。
あの日のような彼女の力は、その日限りのことだった。その後いくら卓球をやらせても、初心者みたいなプレイしかできなかったのだ。
彼女は、滅んだ村の唯一の生き残り。そして村を壊したのは、リトが寄生した魔物で間違いない。が、彼女が生き残れたのは、彼女だからでは無いだろうか。
初めは奇跡的に、住んでいた家の崩壊から生き残れたと思った。けれど今は必然だと思ってしまう。
家の崩壊ぐらいでは死なないのでは無いのだろうか。
数分歩けば歩けなくなる彼女に、私は過大な期待を寄せていた。
ポテンシャルを秘めた、不思議な少女。その前に私が降り落ちたりしたのは、偶然か。必然かも知れない。
神様など知らぬが、信じないが、それに近しいものが、引き合わせたのだと思えてしまう。そういう意味では、私は何をなすのだろう。
自分の人生を他人に回されている感覚は、初めてのことだった。
「真剣ねえ」
私は銀色の剣を見る。太陽をよく反射するそれは、ジエーデが旅に出る時にもらった剣だった。
舞台用の道具では無い、本当に殺せるから、真剣。
「剣の稽古なんて、できるかな」
ジエーデたってのお願いに、私は答えなくてはいけない。そこら辺の木を魔法で削って作った二つの木剣。片方をジエーデに渡して、互いに構える。
「いくよ」
私が距離を詰め、剣を振るう。彼はそれを受け止め、弾き返す。反撃をしゃがんで避け、反動で飛び彼を飛び越す。
背後から切りつけるが、キチンと受け止められる。そのまま木剣を掴まれ、一緒に投げられる。
バク転しつつ着地、迫る剣を受け流す。隙ができた彼に、その場で一回転して切り飛ばす。ホームランの要領で飛ばされた彼を、私は追った。
着地した彼は、私の上半身だけを見ているから、私は簡単に彼の足を踏む。踏めば逃げられないから、踏まれて驚いた彼に思いっきり剣を振り翳す、というところで止める。
「武者修行というやつかね」
「はあ、疲れた」
残念、悔しそうにする彼は、その場にへたり込む。
旅の道具を買うために、街は寄る。
王都までの道のりを聞いたりもして、適当に宿を取る。
「ふん、ふふん」
私は自分のギターを路上で披露して、賃金を稼いでいた。エレキギターは魔力を流せば音を出してくれるから、そしてそれは珍しいから、客は集まってきた。
そばではアリストが絵を描いていて、私の演奏など届いていないであろうほど集中していた。
おひねりを受け取り、アリスト共にその場を急いで離れた。路上ライブはこの世界でもギリギリダメなことであり、ましてやエレキギターはうるさいから、街の兵士を呼ばれるのが早いのだ。
アリストのトレーニングは続く。
ギルドという何でも屋に入っているので、街の困りごととかを引き受けることができる。ので、家事の手伝いを積極的にやることにした。
料理店の皿洗いを受けた。やたらと大量にある皿を、急いで洗い、拭く。曰く大食いの貴族が来ているらしい。目まぐるしく動く厨房で、私たち三人は皿を洗っていた。
貴族がいる。それは社会があるということである。どうなのだろうか、そこら辺は。地球みたいに社会や裁判を自主的にやる肩書なのか、それとも別か。わからないが、金を持っていそうなことだけは確かだった。
その後、頑張ったお礼としてスイーツを食べさせてもらった。苦い抹茶の味を、疲労した体はありがたく受け入れて、アリストも同様なようで、口元が少し汚れていた。
アリストに色々やらせて、感覚というものを、自意識というものを伸ばしてもらう。それが幸せとは限らないけど、ただ生きるよりはマシだと思っている。
だから彼女がやりたいと意思表示をしたものは、やらせてあげたいと思っている。
「ゆっくり、手を確かめながら」
とは言え私のギター、何百万もしたそれを扱わせるのは、怖い。
山道の途中で、私のギターケースを引っ張った時には何事かと思ったが、なんとなく演奏したいだけだった。
「できて、るかな」
簡単な曲の弾き方を教えると、ゆっくりとソレを弾き始める。
「気をつけてね」
私は彼女が乗っている荷台を再び引き始める。
「ねえ」
ジエーデが私の前を行きながら話しかける。
「ああいう楽器とかあるけどさ、何してたの?」
「いってないっけ。アイドルだけど」
「アイドル?」
「歌って踊って人を魅了し、生きる希望を与える職業のこと」
「ソレやってると強くなるの?」
「いや、関係ないけど」
「頭が良くなるとか」
「関係ない」
「そうなんだ」
「アイドルやってるから優秀じゃなくて、優秀だからアイドルやってるの」
「じゃあ、なんで優秀なのさ」
「わかんない。生まれた時からこうだったから」
「使えねえ」
食料というのは買うけれど、旅に使うから非常食。だから味はアレで、出来る限り食いたくない。
そうなると、現地調達が早い。が、現状は川などない小さな森。となると食べれるのは。
「やなの?虫」
ジエーデが平然と掴んでいる、ウニョウニョしたみみずみたいなもの。私はそれに拒否反応を示し、汗が飛び出る。
ヒタヒタと、流れた汗が、冷えていくと体は震える。恐怖といえば、恐怖なのだ。アイドルだから、怖いのは、無理なのだ。
「アイドルだから……」
「関係ないだろ」
知識としてはなんとなくわかるから、おそらくカブトムシの幼虫とかそんなのだろう。
が、嫌!
触りもしたくないし、ましてや食すなど、アイドルのすることではない。私は売れているのだ、こんな仕事を受ける必要はない。
「ええ!?」
で、いざ食卓に出されると、ジエーデはともかくとしてアリストも平然と食べ出した。虫を焼いて調味料をかけただけのソレを、平然と!
しかもアリストは、よく食べている!嫌いなものなら一口も食わないあの子が!苦手だと思ったらすぐに吐き出すあの女が!?
「そんなに気になるならさ、食べりゃいいのに」
ジエーデがフォークで虫を突き刺して、食べる。
現状、今食べているレーションには味がしなかった。元々無いのだけど、自分だけ仲間外れのような寂しさが味を感じさせないのだ。
「ぐ、ぐ……」
虫を触るのは、最低限諦められる。蚊を叩き潰すのと同義と言えるからだ。が、食べるとなると。
私は自分のフォークで、虫を突き刺して、口の前に運ぶ。
(理屈としては、エビを食うのと同じ)
意を決して食べると、意外と美味しかった。
「うまい」
調子に乗ってどんどん食べる。
数だけなら大量に取れて、充分な量があるのだ。
三人で全部平らげると、皆満腹になっていた。
(昆虫とか、食べたことないな)
青龍さんはやや羨ましそうにいう。そういえば、青龍や赤龍さんは、私の中にいる。つまり繋がっているのだ。だから思考の共有はできるし、こうして話すことはできる。なら感覚はどうなのだろう。痛覚や快感は、フラッシュバックされるのだろうか。
(ある程度はされるぞ。だから怪我とかはしないでくれよ)
私たちは食事の片付けをして、その後も色々やり、寝る準備をし始める。
(あの、な)
なにやら赤龍さんは申し訳なさそうに話し始める。
(いや、お前らが悪いんだけどな)
何がだろう。
(食べた虫がいるだろう)彼は、バツが悪そうに、自身にも責任を感じた様子で、重く話す。(少しなら大丈夫なんだけど、死なないんだけど、一応毒を持っているんだ)
その言葉に喉が詰まる。唾を飲み込むと、味がしない。口の中に残った香辛料が、感じられなかった。
(てっきり半分ぐらいは保存すると思ってたから言わなかったけど、今日の食事量は明らかに毒の許容量を超えていたぞ)
それだと、どうなるだろう。
(風邪みたいな辛さが一日中続くだけだけど)
寝床にいる、明かりを消して、眠りについている私たち。調子に乗りすぎた結果、翌日は寝たきりになってしまった。