表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/12

歩く

「赤龍さんは、死んじゃいました。ごめんなさい」

 私は、大勢の前に立ち、頭を下げた。人生で初めて誠意を込めて謝った。

 こんなことを言えば怒られるが、意外にも罪悪感はなかった。やり切った結果だろうか。

(まあ俺は、こうしているからどうでもいいけどね)

 赤龍さんはそれでいいのだろうが、この村の人はそれで良いとは言えない。

「別にあんたが悪いわけじゃないんだろ」

誰かがそう言うので、声の方向を見てみた。アトカラだった。

 彼は神妙なツラで、こちらを見ていた。明らかに納得していないのに、私のことを許そうと言うのである。村の人々は、全体的に納得していないのだとざわめきでわかる中で、男はまとめようとしていた。

(俺が説明しようか?)

 宝玉自体は取り出せるし、赤龍さんが事情を説明することはできる。でも納得できるかと言えるかは、わからない。

 私はここの人たちからはよそ者で、信用がない。私がただ単に赤龍さんを盗んだと言う疑いは、晴らせないのだ。ここから出ていく以上、ジエーデを預からせてもらう以上、少しでも信頼を稼ごうというのは、人の心理だった。

「助けてもらったのは事実だろう」

「でもマッチポンプだってあるんじゃないか」

「よそ者だからなあ」

「金でも払ってもらうか?」

 口々に、村人たちは話し合う。

 やはり私に信用はないのだ。リトというのを連れてきたのが私だと思われたって、仕方ない。

 結局、何もせずに村を出ていくことになる。理由は、村にはそんな暇がないからだ。魔物が、赤龍さんがいなくなった以上、あそこは不安定な火山のままである。私が火山を噴火させたので、しばらくの間噴火することもなく、かつ周りの大地にも魔力を含んだ火山灰が降り注いだから、生活は安定するはずだ。が、だけど、それは数年の話である。次代の魔物を見つける手間を考えれば、私に構ってる暇はないのだ。

「良くも悪くも、魔物に依存しているんですね」

 帰り道、下山道。私はそんなことを呟く。

「だからイマキターが経営していたような、魔物を住まわせられる環境は必要なんだろうけど」

 岩から土へ、でこぼこから平へ。変わった道の材質を確かめつつ、歩いた。

「どこに行こうかな」

 澄んで綺麗な青空。流れる雲はあてもなく。私だってあてもない。

 流れに身を任せたって良いけれど、何か目標は欲しいと感じた。

「そのさ」

 旅の新たな仲間、ジエーデが言う。

「王都に行きたい」

「王都?」

「そろそろそこで、剣術の大会が開かれるんだ」

 ジエーデはそう言い、背中にある剣を取り出す。

「それって」

「アトカラさんがくれた。旅に出るなら、祝いにって」

「ふーん。じゃあ、その荷物は?」

「卓球のラケットとピンポンです。あとは卓球台」

「こんな小さいのが?」

「大きくなるような仕組みがあるんです。魔力で擬似的に台の面積を増やして」

「へえ」

「その、ありがとうございます」

「そう。感謝してくれるなら、こちらも気分はいいよ」

「離れてみてわかりましたが、意外と私はみんなに愛されていたんです、と知れましたから」

「はあ」

「見送り、多かったんです」

「なら、いいけど。まあとにかく、王都に行くか」

「はい」

「というか、折角男同士なんだし、敬語は無しにしようぜ」

「良いですけど」

「歳は離れてるけども、対等にね。よろしく、ジエーデ」

「そう、ですね。よろしく、リン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日が経てば、色々安定したりする。何が、というのは生活のことである。

「アリスト、テント建てようか」

 陽が傾いて、もう直ぐ夕暮れ。なのだから、身の振り方を考える。

 この日は初めて、アリストに野営の手伝いをしてもらうことにした。

「そう、そうすると、テントが風に飛ばされない」

 やり方とやることの理屈を教えれば、彼女は手際良く作業をしてくれた。

 完成したテントを離れ、旅の道を逆戻り。その先には川があり、魚が泳いでいる。

「アリストは、木の枝を拾ってくれる?燃料にするから」

 彼女は小さな手で、木々の枝を拾い集めてくれる。私はそれを見守りつつ、川に魔法を放つ。水のレーザーが魚を貫き、こちらへ引き寄せる。

(川魚だしな、焼けば食えるはずだ)

 青龍さんがそういうので、同種の魚を魔法で集める。

「理屈としては、魚の中にも魔物がいるんですよね」

(そうなるな。生物が魔力を手にした、それが魔物だ)

「青龍さんは、どうだったんですか」

(蛇じゃないか。フォルムがそうなんだから)

「適当」

(自身の生まれた瞬間なんて、わからないものだろう)

「でも、蛇から龍となるとしても、元あった意識はどうなるんですか」

(さあ?儂は自分が、自分である前など知らぬし、赤龍も同じことよ)

 そうなのですか、そうなのだ。

(魔力を手に入れると、同じくして知恵が発達する。つまり急速な変化を遂げるから、記憶は失われるし、人格というものも変質する。そう、考えておる)

「じゃあもし、私がこの魚に、手に持った魚に魔力を流したら?」

(理屈としては、魔物になる。人の言葉を話す可能性や、魔法を扱えるようになる……というが、実際は爆

発するだけだろうな)

「なんで」

(器たり得ぬのだ。そういう意味では、貴様は充分、魔物二つの魔力を受け止められる器をしている)

「才能というやつか」

(魔物、というのは寄生生物と対して変わりない。もしかしたら、あのリトのようなものが本質なのかも知れぬな)

 リト、それは寄生型の魔物。あらゆる生物の闇、怒りに溶け込み、絶望させればその者の体を乗っ取るやつ。

(儂だって、あのリトのように、例えば蛇の体を乗っ取って、今のように生きているのかもしれん)

「じゃあ、私もそうされる可能性は」

(ないとは言えないが、心配するほどでもない)

「なんで」

(お前は充分なアイデンティティを持っているし、寄生するにしても、赤龍という同居人が増えた以上、衝突が起こる)

「はあ」

(第一、我らにその気は無いしな)

 アリストと共にテントの方へ戻る。

 ジエーデが椅子やテーブルを設置し終わっていて、私はアリストの木の枝を使い、火を起こす。

 こういう際に魔法は便利で、新しく覚えた火の魔法が焚き火を作る。

 油を含んだ植物を投げ入れ、あたりを石で囲えば、完成だ。

 周りに取った魚を置いて焼いていく。

「はい、どうぞ」

 焼き上がった魚の骨を取り、アリストに渡す。彼女は箸を使ってそれを食べいくのだ。

(箸という文化があって、それは広い)

 それがこの世界なのだと思えば、それ以上のことは思いはしない。

 ジエーデはそれを、呆れたように、アリストに行われた私の行動を見ていた。

 食事が終わり、次は入浴をする。

 旅のお供、荷物を運ぶための荷台から、ドラム缶を出す。

 その中を水の魔法で満たし、炎の魔法で沸かす。

 アリストの服を脱がし、体や髪を洗っていく。裸の彼女を持ち上げて、ドラム缶の中に入れる。それが終わると、私はテントの中へ戻る。中にはジエーデがこちらを見ていて、開口一番こう放つ。

「過保護すぎない?」

「病人だからね」

「健康そうだけど」

「身体的には、異常なんだよ」

「はあ」

「そうだな。お前の場合だと、リトのせいで動けないことがあっただろ?」

「まあ、そうだね」

「あれは精神的な話。できるできないではなくて、やりたいかやりたく無いからという話」

「うん」

「あの子の場合は、できるかどうかという話」

「身体的な話?」

「そうだね。彼女を手助けしなければ、魚の骨を外さずに食べるだろうし、石鹸で転んで死ぬと思うよ」

「そこまで酷いの」

「あの子、ほとんど動かない生活をしていたみたいだから、何もしたことがないし、何かをするという発想がない」

「だから、過保護なのか」

「これでもマシになってきてるよ。絵を描くのは好きみたいだし、意思

表示はできるようになった」

「ジェスチャーでだけどね。話してくれたら楽なんだけど」

「それは彼女次第さ」

 私はテントの外へ行き、湯に浸かるアリストを取り出す。これだって、ほっとけばのぼせて死ぬのだ。

 優しく体を吹き、魔力でドライヤーを起動させ、髪を乾かす。やや乾いた長い髪にオイルを塗り、冷風で乾かす。白い肌に保湿剤を塗り、衣服を着せる。

 テントに入ると、ジエーデが自分の着替えを持って入れ替わる。

 私はアリストにストレッチをさせる。これが彼女にとって、必要なことだからだ、

 彼女にとって最低限の運動は必要で、それがストレッチであり、恐ろしく固まった体を柔らかくする必要もあるのだった。

 少しでも体力をつけさせなければ、この子は一生私に抱っこされながら生きるレベルなのだ。

 それなのに、卓球はできたのだよな。

 あの日、本当はさわりだけやるつもりだった。なのにラリーまでやってしまい、私はちゃんとやる必要も出た。

 あの日のような彼女の力は、その日限りのことだった。その後いくら卓球をやらせても、初心者みたいなプレイしかできなかったのだ。

 彼女は、滅んだ村の唯一の生き残り。そして村を壊したのは、リトが寄生した魔物で間違いない。が、彼女が生き残れたのは、彼女だからでは無いだろうか。

 初めは奇跡的に、住んでいた家の崩壊から生き残れたと思った。けれど今は必然だと思ってしまう。

 家の崩壊ぐらいでは死なないのでは無いのだろうか。

 数分歩けば歩けなくなる彼女に、私は過大な期待を寄せていた。

 ポテンシャルを秘めた、不思議な少女。その前に私が降り落ちたりしたのは、偶然か。必然かも知れない。

 神様など知らぬが、信じないが、それに近しいものが、引き合わせたのだと思えてしまう。そういう意味では、私は何をなすのだろう。

 自分の人生を他人に回されている感覚は、初めてのことだった。

 

 

 

 

 

「真剣ねえ」

 私は銀色の剣を見る。太陽をよく反射するそれは、ジエーデが旅に出る時にもらった剣だった。

 舞台用の道具では無い、本当に殺せるから、真剣。

「剣の稽古なんて、できるかな」

 ジエーデたってのお願いに、私は答えなくてはいけない。そこら辺の木を魔法で削って作った二つの木剣。片方をジエーデに渡して、互いに構える。

「いくよ」

 私が距離を詰め、剣を振るう。彼はそれを受け止め、弾き返す。反撃をしゃがんで避け、反動で飛び彼を飛び越す。

 背後から切りつけるが、キチンと受け止められる。そのまま木剣を掴まれ、一緒に投げられる。

 バク転しつつ着地、迫る剣を受け流す。隙ができた彼に、その場で一回転して切り飛ばす。ホームランの要領で飛ばされた彼を、私は追った。

 着地した彼は、私の上半身だけを見ているから、私は簡単に彼の足を踏む。踏めば逃げられないから、踏まれて驚いた彼に思いっきり剣を振り翳す、というところで止める。

「武者修行というやつかね」

「はあ、疲れた」

 残念、悔しそうにする彼は、その場にへたり込む。

 

 

 

 

 

 

 旅の道具を買うために、街は寄る。

 王都までの道のりを聞いたりもして、適当に宿を取る。

「ふん、ふふん」

 私は自分のギターを路上で披露して、賃金を稼いでいた。エレキギターは魔力を流せば音を出してくれるから、そしてそれは珍しいから、客は集まってきた。

 そばではアリストが絵を描いていて、私の演奏など届いていないであろうほど集中していた。

 おひねりを受け取り、アリスト共にその場を急いで離れた。路上ライブはこの世界でもギリギリダメなことであり、ましてやエレキギターはうるさいから、街の兵士を呼ばれるのが早いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリストのトレーニングは続く。

 ギルドという何でも屋に入っているので、街の困りごととかを引き受けることができる。ので、家事の手伝いを積極的にやることにした。

 料理店の皿洗いを受けた。やたらと大量にある皿を、急いで洗い、拭く。曰く大食いの貴族が来ているらしい。目まぐるしく動く厨房で、私たち三人は皿を洗っていた。

 貴族がいる。それは社会があるということである。どうなのだろうか、そこら辺は。地球みたいに社会や裁判を自主的にやる肩書なのか、それとも別か。わからないが、金を持っていそうなことだけは確かだった。

 その後、頑張ったお礼としてスイーツを食べさせてもらった。苦い抹茶の味を、疲労した体はありがたく受け入れて、アリストも同様なようで、口元が少し汚れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリストに色々やらせて、感覚というものを、自意識というものを伸ばしてもらう。それが幸せとは限らないけど、ただ生きるよりはマシだと思っている。

 だから彼女がやりたいと意思表示をしたものは、やらせてあげたいと思っている。

「ゆっくり、手を確かめながら」

 とは言え私のギター、何百万もしたそれを扱わせるのは、怖い。

 山道の途中で、私のギターケースを引っ張った時には何事かと思ったが、なんとなく演奏したいだけだった。

「できて、るかな」

 簡単な曲の弾き方を教えると、ゆっくりとソレを弾き始める。

「気をつけてね」

 私は彼女が乗っている荷台を再び引き始める。

「ねえ」

 ジエーデが私の前を行きながら話しかける。

「ああいう楽器とかあるけどさ、何してたの?」

「いってないっけ。アイドルだけど」

「アイドル?」

「歌って踊って人を魅了し、生きる希望を与える職業のこと」

「ソレやってると強くなるの?」

「いや、関係ないけど」

「頭が良くなるとか」

「関係ない」

「そうなんだ」

「アイドルやってるから優秀じゃなくて、優秀だからアイドルやってるの」

「じゃあ、なんで優秀なのさ」

「わかんない。生まれた時からこうだったから」

「使えねえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 食料というのは買うけれど、旅に使うから非常食。だから味はアレで、出来る限り食いたくない。

 そうなると、現地調達が早い。が、現状は川などない小さな森。となると食べれるのは。

「やなの?虫」

 ジエーデが平然と掴んでいる、ウニョウニョしたみみずみたいなもの。私はそれに拒否反応を示し、汗が飛び出る。

 ヒタヒタと、流れた汗が、冷えていくと体は震える。恐怖といえば、恐怖なのだ。アイドルだから、怖いのは、無理なのだ。

「アイドルだから……」

「関係ないだろ」

 知識としてはなんとなくわかるから、おそらくカブトムシの幼虫とかそんなのだろう。

 が、嫌!

 触りもしたくないし、ましてや食すなど、アイドルのすることではない。私は売れているのだ、こんな仕事を受ける必要はない。

「ええ!?」

 で、いざ食卓に出されると、ジエーデはともかくとしてアリストも平然と食べ出した。虫を焼いて調味料をかけただけのソレを、平然と!

 しかもアリストは、よく食べている!嫌いなものなら一口も食わないあの子が!苦手だと思ったらすぐに吐き出すあの女が!?

「そんなに気になるならさ、食べりゃいいのに」

 ジエーデがフォークで虫を突き刺して、食べる。

 現状、今食べているレーションには味がしなかった。元々無いのだけど、自分だけ仲間外れのような寂しさが味を感じさせないのだ。

「ぐ、ぐ……」

虫を触るのは、最低限諦められる。蚊を叩き潰すのと同義と言えるからだ。が、食べるとなると。

 私は自分のフォークで、虫を突き刺して、口の前に運ぶ。

(理屈としては、エビを食うのと同じ)

 意を決して食べると、意外と美味しかった。

「うまい」

 調子に乗ってどんどん食べる。

 数だけなら大量に取れて、充分な量があるのだ。

 三人で全部平らげると、皆満腹になっていた。

(昆虫とか、食べたことないな)

 青龍さんはやや羨ましそうにいう。そういえば、青龍や赤龍さんは、私の中にいる。つまり繋がっているのだ。だから思考の共有はできるし、こうして話すことはできる。なら感覚はどうなのだろう。痛覚や快感は、フラッシュバックされるのだろうか。

(ある程度はされるぞ。だから怪我とかはしないでくれよ)

私たちは食事の片付けをして、その後も色々やり、寝る準備をし始める。

(あの、な)

 なにやら赤龍さんは申し訳なさそうに話し始める。

(いや、お前らが悪いんだけどな)

 何がだろう。

(食べた虫がいるだろう)彼は、バツが悪そうに、自身にも責任を感じた様子で、重く話す。(少しなら大丈夫なんだけど、死なないんだけど、一応毒を持っているんだ)

 その言葉に喉が詰まる。唾を飲み込むと、味がしない。口の中に残った香辛料が、感じられなかった。

(てっきり半分ぐらいは保存すると思ってたから言わなかったけど、今日の食事量は明らかに毒の許容量を超えていたぞ)

 それだと、どうなるだろう。

(風邪みたいな辛さが一日中続くだけだけど)

 寝床にいる、明かりを消して、眠りについている私たち。調子に乗りすぎた結果、翌日は寝たきりになってしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ