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龍装

残念なことに、ジエーデは寄生されてしまった。

「こういうの、私の責任だよね」

 私がそうこぼせば、青龍さんがまあそうだと言う。私がもう少し立ち回っていれば、こうはならなかったのかも。

 こうなってしまって、つまり人に危害を加える奴が人に寄生してしまったから、面倒ではあるのだった。

「リトとかいうの、何する気さ」

 私は疑問をぶつけ、時間を稼ぐ。

 けれども彼は気にせず、ジエーデの体を使いステップを踏む。それで手を高く掲げれば、面倒臭いことになった。

 どこからともなく刃物が現れて、私の方を向く。きらりと輝いて、黒くて、艶のある、剣。

「ジエーデを返せ」

 赤龍の爪が、人を襲う。

 当然として巨大なそれだから、重い音はなる。けれども剣で受け止めている。

「俺を殺しても、死ぬのは肉体の持ち主だけだぜ」

「なんだって」

 理屈としてはそうなのだ。影のようなものだから、実態はなくて、寄生主が死ねば自己も共倒れなんてことはないのだ。だからジエーデだけが死ぬ、だから赤龍は手出しをやめた。

 そんなものは隙になるから、赤龍の体は簡単に切り刻まれ、黒の金属が赤を散らし、赤を倒す。

 血の色は赤いだろう、赤龍なのだから。人と何も変わらぬ、グロテスクな赤色。

 だから私は、光道リンは、自己を投影してしまう。普通の人なら死んでしまえる戦闘に。

「貴様はどうするって」

 ジエーデの瞳。けれど別人なのだ。

「倒すよ」

 私は、もしかしたら死ぬのかもしれない。意外にも自分を信じきれてないと、気づいた。私がここに立つのは、私の意思ではあるはずだけど、理由は私の意思ではない。流れ流れて流れに乗り、回りたどり着いたのは異世界の知らぬ場所。そんな場所に思い入れも、なにもない。ホームシックを加速させるだけのここに、なぜ私はいるのか。

「世の中、流れというものがある」

 私は一歩、足を踏み出す。

「渦や銀河の回転に例えられるソレに、回るための力がある」

 リトは、ジエーデは私をただ見つめて待ち構える。

「太陽のような質量、銀河同士の質量」

 村の人たちは、逃げて村へ戻っただろうか。それともジエーデの様子を観に来るかも。

「世の中は、私が回すものだ」

 私のような天才が、私のような神様が!

「それはどうかな」

 リトがそう呟き、彼が持つ黒い剣が溶けて地面に広がる。ソレが危険な、少なくとも得ではないのはわかりきったこと。

 でも私はソレに乗り、黒い液体へ溶けていく。

 着衣泳というのだろう。私は服を着たまま沈んでいく。光なんて一つもなくて、自己の輪郭すら見えない。もしかしたら浮かんでいるのかも、なんて思うが、重力のようなものがあるから、私は沈んでいるのだ。口を開ければ酸素が入る。声を出せば声が出る。

(そうか、精神世界か。人の闇に付け入る悪魔なら、人の闇を増幅させる類のものはある)

 青龍さんの結論こそが、ここの真実。ジエーデというものの精神世界であり、リトという悪魔に塗りつぶされた世界でもある。

「アリスト」

 沈んでいると、真っ暗な世界に灯りが見える。ソレは下にある。沈みゆく方の光が、私と、アリストを照らす。

(貴様あ。アリストをどうして避難させなんだ)

 青龍の苛立ち、忘れていた私。

 暗闇は、侵食式。光っている発光体を包み込もうと、影は進軍している。そしてその発光体こそがジエーデであった。

「影が全部を包めば、ジエーデは死ぬというのは、直感的な理屈だとわかるだろう」

 着地。沈み終わり、たどり着いたのそこには私と、アリストと、リト、ジエーデ。

「助けに来たよ」

私はジエーデに向かい、うずくまる彼に手を伸ばす。が、それは払いのけられる。

「もう、いやだ」

 ここは精神世界。周りの黒は、人の喪失。ここにいるだけで息苦しさを感じるから、人の精神なのだと、いつも不安な人の心の中だとわかる。

「貴様は、このジエーデとかいうのをつれて上に行けばいいと思っているだろう。ソレは間違いではない」

 リトが語る。私は嫌な予感がする。ヒビが入り足元が割れる。

「でも、お前が沈みすぎたって、いけないんだぜ」

 今度は沈まない、落下だ。

 みんなして落ちていく。いや、リトを除いてみんな落ちる。割れた床元の下は空洞であり、落ちるしかなかった。けれど、そこには映像がある。

(多分、さっきの地面は現状だ。ジエーデは現状に嫌気がさしていたのだ)

青龍さんの言葉が正しいのなら。

(そして今度は、過去なのだ。過去の全てに嫌気がさせば、未来なんぞ生み出せなくて、寄生さり切れる)

 ジエーデの過去。

 赤龍というのは、村を守る。火山の噴火から、村を守る。逆を言えば村以外は守らない。下手にやるのは自然の摂理に反するからだ。だから、たまたま村の外にいたジエーデの両親は死んだ。

 誰が悪いとかはなくて、でも負い目はあって、赤龍はとりわけジエーデに気を使うようになった。そんなこんなで歳をとり、高校生くらいの歳になれば、赤龍の加護を否定するようになった。誰もが黙っていた両親の死の真実を、赤龍自らが伝えたためだ。

 逃げて赤龍の世話を嫌い、一人で誰もいない、両親との家に住み始める。村の中で、自分だけ浮きたくなかったからだ。

 村の長たる赤龍に育てられるといあのは、つまり特別扱いで。自分を普通の人だと思い込んで、普通の人と友達になりたい彼は、一人暮らしをしたのだ。

「ここまでは、なんとなくわかっていた」

 ジエーデは、特段不満はないのだ。両親の死も受け止めつつある。趣味の卓球だって楽しい。剣の練習だって実を作りつつあって。何より他者がいる。友達がいる。両親の死は辛いけど、未来をなくすほどではない。

「あっ、私のせい?」

 そういう中で、卓球も、剣の腕も自分を上回る私を観てしまって、若干影ってしまう。今日みたいなピンチの時に逃げるだけの自分に、嫌気がさす。そうして彼は空虚になってしまった。

 こういうのが、リトにとっては大きな力になる。闇が大きければ大きいほど、というわけ。

 ジエーデは、自分には何もないと思い込んでしまっている。自分より優秀な人なんて、いくらでもいると。アイデンティティの喪失は高校生ぐらいの彼にとっては大きすぎた。

「さて、助けられるのかなキミに」

 リトが私たちの、落ちきった私たちの前に来るのなら、私はソレに向き合わなければならない。

 私は、いわば個人の関係を築くことになるのが、助けるということ。それは今までの私とは違う。

 アイドルという、個ではなく全を見なくてはならない仕事。ソレの、慣れ親しんだものの見方を捨てて、光道リン個人として手を差し伸べなくてはならない。それはアリストの手を取ったのとは訳が違う。なし崩しに、流れでとった手ではなくて、私が私で取る手なのだから。

「帰るよ」

 私は、無理矢理ジエーデを掴む。当然、跳ね除けられる。

「別にさ、辛いなら、死んでもいいよ」

 跳ね除けられた手をもう一度、私は伸ばした。今度の手は、届いてしまう。

「たださ、私と一緒に行くって約束しただろ。ソレはどうするのさ」

 私は、確かに貴様を不幸にしたかもしれない。ただそれ以上に、ちゃんと向き合って、話したはずだ。

「ちゃんと、うれしいことだったろ。それすら無視するのか」

「でも、今の私は死にたいんだよ」

 ジエーデは、ようやくとこちらを見た。その目は確かに悲しみ、諦め。

 そうか、見たくなかったのか。

 彼は両親の事故を受け止めてはなかった。納得なんてしていない。ただ見てない、向き合わないから気にしてない、納得したように見えていただけで。

 本当は、赤龍のことも嫌いなのだ。村の長だからと、別に赤龍に責任はないと、そういった部分だけを見て。肝心の両親を守ってくれなかったというのだけは、見ていない。

 彼という人間は、両親が死んだ幼きあの日から一歩も動いていない。

「答えは出た。かの少年は、生きることを諦め、落ちて落ちて、死んでいく!」

 また床が割れる。現在、過去、どんどんと落ちていく。生という未来から遠ざかる。

「見てないのなら、死ぬのなら、最後に見てみろよ!」

 私は叫ぶ。暗闇に壁はないから、どこまでも響く。

「死にたい感性は否定しない!されない!なら、私も、見ろ!」

 それがリトのせいだとしても、つまり作為的であっても、悲しみは本心だ。

「お前を無償で助けようとする私を!貴様の目つきにたじろがない友達を!」

 落ちる、落ちる、落ちていく。このまま沈んでいけば私も死ぬ。

「言えよ。本当に、両親に向き合わず墓も作らず夢をも叶えず約束を蔑ろにして死ぬのが、本心か!」

「辛いんだよ、動けないんだよ!一歩が踏み出せないんだよ!」

「だったら私が背中を押してやる!」

「なっ」

「助けて欲しいなら、助けてやるって、無償でやるって言ってるんだ!」

 念じろ、叶えろ、叫べ。己が願いを願えば、叶えるのが私なんだ。

 私が聞きたいのは理屈じゃなくて、本心なのだ。

「俺を助けろ!光道リン!」

 ジエーデが叫ぶ。ソレはきっと、本心だと思いたい。

「辛くて動けないし、返せるものなんてないから、タダで、俺を助けろ!」

「オーライ!私は、アイドルだからね!」

 光が、溢れる

 発光していくジエーデが、浮上していく。

 それは影を消していって、私たちを浮上させていった。

 現実である。

 黒いドロドロとした液体の中から、三個の物体が飛び出る。

 一つはアリスト、一つはリト、一つは光道リン。

「関心はしてみせるが、この俺を倒さなくちゃ、助けられないぜ。ジエーデの体を持った、この俺様をな!」

 光道リンは、私は、立つ。現実に、しっかりと足を踏み締めて。

「赤龍、手を貸せ」

「何があったか知らないが、どうする」

「決まってる。人助けでしょ」

「わかったよ。死んだ俺の残り火を、貴様に託す」

 青龍さんの時みたいに、赤い龍は宝玉となって、私の手元に来る。

(やるんだな、お前が)

 青き龍が私に尋ねる。

(ワシの魔法を実現できるほど、才のある貴様ならば、大丈夫だとは思うが)

「大丈夫ですよ」

 私は空を仰ぎ見る。青く、蒼く、澄んでいる。きっと大丈夫だ。辛いことなんてあるけれど、寂しい時もあるけれど、歩いていれば幸せなこともあるって。

「私は、アイドルだから」

 人に、嘘でもいいから勇気をもたらすのなら、それはいいことなのだと思って生きてきた。

 たとえ人に夢をあきらめさせても、その人が生き続けるのなら、いいと思った。

 生きていれば何かをする。何かをすれば、何かしらの影響を。その影響は、きっとちゃんとした、人を幸せにできるものだと思い込んでいる。私が笑顔にした人が、きっと別の誰かを幸せにするって、思ってきたから。

 だから私はアイドルをやってきた。自分が誰かを笑顔にできるって、疑わないから。ならば今だって、大丈夫だ。私はジエーデを、幸せにできるって。

「龍装、炎」

 光が、赤い宝玉から溢れる。その光は炎となり、炎は鎧となる。

「姿が、変わった」

 髪に赤いメッシュ。赤いカラコン。ルビーのピアス。

 赤を基調とした衣装となり、その上に金色の鎧が纏われる。

 目を引くのは右腕の、拳と呼ぶには巨大な籠手。背中にある二つの筒。

「炎の輝き、私のキラメキ!キラメキ見せて、魅せて見せます!」

 私は、変わった姿で決めポーズ。ステージ衣装で格好をつける。

 どんより湿ったこの空気、晴れ渡らすのは私が炎。

「それが、どうだってんだ」

 リトが、こちらに向かい走ってくる。

「ブースター、行けるよね」

 背中にある二つの筒。それはバーニア、ブースターとか呼称できる、とにかく炎を吹き勢いをつけるものだ。

 爆発のような音がなり、ブースターが起動する。

 そこからは一瞬の出来事だった。

 右腕で思いっきりぶん殴ると、リトとジエーデが分離する。リトを、分離した影をもう一度上空へ殴り飛ばす。

 何が起こっているのか、私と私の龍以外は、理解できていない。まるで時が止まったと思えるほどの速度で動いているのだから。

 私はブースターを噴かし、上空へ。上昇するリトを追い抜き、雲を突き抜け、オゾン層へ。そこで引き返して、落下していく。

 もっと早く、もっと速く。

 落下の速度は増していく。世界の時は遅くなる。

「セイハー!」

 巨大な右手の籠手にもブースターはあり、そこからも炎を噴射する。

 勢いを乗せ、私が左足を突き出せば、それがリトに当たる。

 勢いよく繰り出されたキックが、影を下に吹き飛ばす。火山の中にまで行って、溶岩に溶けていくのが見えた。

 リトに与えた衝撃が強すぎて、溶岩に当たる時に、爆発みたいな音が鳴った。

(噴火するんじゃねえの)

 私の中に新しく住んだ赤龍さんが、疑問をぶつける。

「大丈夫ですよ」

 外からのエネルギーを受けてしまった火山が揺れ、巨大な噴火をする。

(ダメじゃねえか)

 大丈夫だって、言ったでしょ。

 私は魔法を使い、噴火を操る。新しく手に入れた赤龍さんの力、炎の力がそうできさせるのだ。

(俺がやってきたみたいに、噴火を操れるのか)

 人に危害を与える火山弾は上空で弾けさせ、溶岩は人を巻き込まないように流れさせる。

 そして火山灰や、割れた岩石の破片が空を灰色にする。

 これに魔力が込められているから、ここら辺の大地は潤ってきたのだ。

「I win,my win!」


 

 

 

 別に問題が解決したわけではない。

 村は長たる赤龍を失い、ジエーデは赤龍を殺したし、自身の不幸を気にしないようにはできないのだ。

 が、けれど、変化はある。

 少なくともジエーデは、生きると決めたのだ。リトとかいうやつに、自分の苦しみを増強されて生きる欲を無くしてなお、生きることを決めたのだ。

「死んだかなあ」

 私は、光道リンは、火山の中を見ている。普通なら死ぬだろうマグマの中に、リトを叩き落としたのだ。

(そんなので死んでくれるなら、ワシだって殺されずに済んだんだけどなあ)

青龍さんが嘆くと、もう一つ頭の中に声がする。

(先客かよ)

赤龍さんだ。

「賑やかだなあ」

私の頭の中には声がする。私の隣には人がいる。

「さ、アリスト、ジエーデ。村の人にもごめんなさいは、しなくちゃいけないから、しようか」

赤龍さんは死んでしまったと、言うしかない。これも変化であり、嫌なことだ。

というよりかは、初めてのことだ。

 私と言う人間は、真面目に謝ったことはない。大抵相手を怒らせた時は、相手に落ち度があるからだ。芸能界には多様な人がいるものだから、怒りやすい人もいるということである。

(その割には、楽しそうだな)

 赤龍さんのいう通り、私は楽しい。賑やかになることが、なってくれたことが、嬉しいからだ。

 一人きりを嘆くのが人間であり、そんなものだからSNSというのは現代ではやるのだ。

 人は密接な関係ではなく、希薄な関係の方が好きなのである。人は心の底からの共感より、浅い、ソレを求めるのである。とはいえ私は、そういうインターネットの活動を他人に任せて生きてきたので、知識の話ではある。私の公式アカウントは、私が運営しているわけではないのだ。

 私は、変わっている、変化の途中だ。これはこの世界に来てから始まったことで、自分からなったのではない。ジエーデを助けたのだって、成り行きみたいなものだ。

 それでどうなるのだろう。私は、何をするのだろう。アイドルであるつもりだけど、ここにはファンもステージも商業もない。アイドル事業の目すらなく、種を植えるなら途方もない時間がかかる。そんなことをしている暇がなく、私が働いて稼いだお金はここにはないし、あったとて価値はゼロ。アリストたちを賄うためには、アイドル以外の何かになる必要がある。

 私は一体、何になるというのだろうか

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