暗闇、襲来!
女というのは強い。
別に女だから生物的に優れているわけではないのだから、女にされる教育がすごいのかもしれない。
酒に眠らされた男たちは女たちに連れて行かれる。
「明日もやるんでしょ?」
私は酒を飲みつつジエーデに聞く。
アリストはもう眠っていて、高校生ぐらいの彼とだけいる。
「今日みたいには騒ぎませんよ。明日からはみんなで料理するんです」
「今日もたくさん作ったのに」
「今日は私たちの分で、明日からは赤龍様へのものですから」
「ここの魔物?」
「はい。今日食べたものは、赤龍様が所以です。それに感謝しながら恩返しの料理を作るというのが、祭りの要旨です」
「なるほどねえ」
ヌルい酒は、それでも美味い。
祭りの屋台で売っているビールだって同じくぬるくて美味しい。
私は飲み干して、空になったプラスチックのコップを見ている。
曰く、これは自然分解性のものらしい。
こんな西洋だか中世高という世界観で行われているのはエコ活動。
自然で暮らす魔物が前提のこの世の中では、あり得る話なのかもとは思うことにした。
「私はもう寝ますけど、リンさんは?」
「もう少し、ここを見てるよ」
「わかりました」
ジエーデは私の元を離れる。
静かだ。
スマホを見れば、昼の時間を指している。
つまりこの星と、地球の時間は関係がないのだ。
が、ここの一日は二十四時間である。気味が悪いことだ。
(ここに来てから、不安なのかも)
知っていることだけが世の中だった。
だから私はアイドルで成功しているし、これからもそうだった。
が、この世界はどうだ。
私はこの世界の言語しか知らない。
歴史も文化も整体も何も知らないのだ。
一般人とおつむは変わらない。
なのだから、既存の環境と違うのだから、恐怖はあるのだと言える。
(アイドルなんて、ここでは無理だろう。私の歌はきっと受け入れられない)
そもそもステージもマイクもスピーカーもないのだ、どうしようもない。
「人助け、ねえ」
金には困らない、困ってないから、犯罪なんて考えない。
ギルドでなんでもやっていれば、アリストぐらいなら賄える。
しかし私は目立ちたいから、アイドルしかやりたくないのだった。
私の起床は早い。
夜更かしをしようが、私の肌は艶々のままだから、寝る時間は短い。
つまり寝るという行為に限っていえば、私は不健康なのだ。
が、別に健康は維持できたし、病気になったことはないのだ。
「ふん、ふふん」
リラックスした鼻歌。
歌を歌うのは好きだ。
声質は、トレーニングで変えることができるけど、根っこは変えられない。
声は唯一無二なのだ。
そして私の声は、褒められるものだから、唯一の自信となる。
朝の散歩をしていると、軽めのものが落ちる音がする。
その方へ行けば、ジエーデがいた。
「あら、驚かせた?」
「いえ」
木の棒を拾い、こちらを向いている彼は、恥ずかしそうにしていた。
「卓球上手いよね、練習?」
「……どっちかといえば、練習してたら卓球がうまくなっただけです」
「あ、そうなんだ」
そういうと、彼は木の棒を縦に振る。
そういうことをされてようやく、私は剣の練習だと分かった。
剣道みたいなものだろうか。
彼は一つ一つの動作を確認しながら、棒を振る。
当たれば人は死ぬぐらいはあるだろう。
(筋がいいな、こやつ)
青龍さんが見込んで、私はそういうものだろうかと思い見る。
「……その、リンさんならどう振りますか」
私に木の棒を差し出す彼は、やはり恥ずかしそうにしている。
が、それ以上に上達したいという気概があるのだ。
なれば私は棒を受け取り、片手で構える。
生まれてこの方、暴力を振るう意味はなかったから、やり方なんて身に染みてない。
「ふんっ」
でも、自分でも綺麗にできたと思う。
風を切って、棒が割れる。
スナップを意識して降れば、それに耐えられず棒は割れたのだ。
「あっ、ごめん」
私が謝ると、彼は目をキラキラとして、私を見ていた。
「その、剣士になりたいんです」
「へえ」
「自分が有名になれば、過去の村も有名になって、栄えてくれますから」
「そうしたら、どうするの」
「お金が集まって、村が発展する」
「それが夢なの?」
「そうなれば、両親の墓が作れるというだけです」
「ふーん」
「ここは山ですから、安定した地面なんてなくて、お墓というのを作るのにも一苦労なんです」
「村の中に作るわけにもねえ」
「だからある程度土地を整備するためのお金は、村に集まってほしいなあと」
「でもさ、君がそうしなくても、いい気がするけど」
この村は、ちゃんと村単位で外交をしているのだ。
だから個人が気負う必要はないのだとも思う。
「さあ、どうでしょう。両親の死は突然でしたから、整理するために飛び出したいのかもしれません」
「ふーん。じゃあ、私と来る?」
「いいんですか」
「まあ、一人ぐらいならね。それに私以外の人がいた方が、アリストの刺激にもなる」
祭りは続く。
村の真ん中、大きな広場に全員が来て、料理をしているのだ。
「そう、そうして」
私もアリストも巻き込まれて、料理をする。
優しそうなおばあちゃんが、ゆっくりアリストにやり方を教える。
「ビッグサイズだなあ」
横目にそれを見る私は、私の担当をする。
「ビビるなよニイチャン」
誰かの声は、私に届く。
私が今やっているのは、メートル単位の揚げ物である。
コロッケを揚げるのが私の仕事なのだけど、そのコロッケのタネはあまりにも巨大だった。
私よりもでかいのだ。
それをまた、巨大な鍋と油の中に放り込む。
「うわっ」
コロッケのタネを投げると同時に、私は急いでその場を離れる。
当然重いから、そんなものが油に投げ込まれるのは危ないからだ。
飛び散る油が、地面に吸われる。
「度胸あるねえ」
大人の男がそういい、私に水を手渡してくれる。
感謝と共に水を飲み干して、容器を返す。
「これ、あと何個やるんですか」
「大食いだからねえ、あと二個かな」
今度は女が集団で揚げ物をする。
かき揚げだと分かったのは、色とりどりだからだ。
「危なくないんですか」
「度胸試しの意味もあるからなあ。ま、怪我したら火の機嫌が悪かっただけさ」
そういう風習かあ、と納得すればそれまでだった。
「定食」
出来上がった料理を見た感想は、定食だった。
米と味噌汁とキャベツと揚げ物。
それを巨人用にしたものだった。
「これをみんなで分けて運んで、今日は終わりです」
「ふーん」
「一発芸とかやらされますよ」
「はあ」
私は肩にギターケースを抱え、歩いていた。
そして手には、お椀が抱えられている。
あったかい米が、保温用のお椀に詰まっていた。
これだけで何人分かはわからないほどだが、私と同じようなものを運んでいる人は後ろにいた。
「転ばないでね」
私の前を歩くアリストは、無理を言って小さなものにしてもらった。
山道を歩く。
でもそこは、不安定なのだ。
そういうことがわかれば、道を整備するための金集めというのは必要だとわかる。
(魔物が人に手を貸そうとも、全てが平穏に住むわけではない)
青龍さんがそう言う。
結局は人に影響を与えるのは人の行動なのだから、そうなのだろう。
人が不幸になる時は、大抵人のせいなのだ。
こんなところに住んでいることは、そういうことだ。
人なのだから、そうなのだ。
魔法があろうが、魔物がいようが、何があろうが、根底が人なのなら、全てがうまくいくなんてあり得ない。
上を望むのが人であり、上がある限り、人は幸せとは言えない。
結局は納得の話でしかないのだった。
「山頂だ」
一度来たことはあるが、それでもいい場所だ。
ここだけ人に整備されていて、平に広がっている。
みんなしてそこに集まり、食事を集める。
米や味噌汁はわけて運ばれ、ひとまとめにする。
揚げ物が最後に運ばれて、用意された巨大な食器へ映される。
活性化しつつある火山口から、音がする。
噴火するのだと直感で分かった。
「赤龍様!」
代表の男がそう叫ぶと、火山は噴火する。
けど、私たちに危害はない。
奇跡的な軌道で、勢いよくマグマや岩石が舞う。
そしてその中から出てくる、赤い龍。
青龍さんがそのまま赤くなったような、そしてそこに金属の装飾をつけた龍が、現れる。
空に舞うその龍が、空中にある、噴火で飛び出た岩石を全て叩き割り、地上を流れるマグマを操る。
マグマの形を見てみれば、それは坂になっていて、冷えれば道になるのだともわかる。
これが村の長、ムラオサ。
赤い龍だった。
「うむ、今年もよしなに」
そのまま龍は、大きな口を開けて飯を食べ始める。
「こういうの、ペースあるんですか」
私はそこら辺の、やや老人寄りの男に聞いた。
「何ヶ月かに一回やってくれればいいってさ」
そういうものだろうか。
感謝を述べると、赤龍はすでに飯を食らい尽くしていた。
「見ぬ顔が多いな」
赤龍というのは、私も見ていたし、イマキターという女も見ている。
「その、私はイマキターといいます。アトカラさんと結婚させてもらいました」
ウェディングドレスではない、私服の彼女は、お辞儀をしていた。
「鍛冶屋のアトカラと結婚か。大変だとは思うが、これからよろしく頼む」
お辞儀なのだろう、竜の頭が大きく動く。
礼儀というのはあるのだ。
「そっちは」
今度は私と、私のそばのアリストを瞳に捉えている。
「私は光道リン。こっちはアリスト。お互い旅のものです」
「そうか。どうだ、この村は」
「いいところだとは思いますよ。温泉は気持ちよかったですし」
「そうかそうか」
それで、赤龍は別のものを呼ぶ。
この調子で村の人間全員と会話するつもりなのだろう。
当たり前だがそんなことは時間がかかるので、話しかけられない人たちは勝手に酒を飲んだり遊んだりしていた。
「距離近いのか」
「赤龍様は、よく遊んでくれるよ!」
私の周りで追いかけっこをする子供たちは、そう言う。
外から来た珍しさは子供の目に印象的で、くっつかれる。
「上手ー!」
アリストの周りに、子供が集まる。
アリストの描いている絵は赤龍であり、その巨大さや威厳というのはよく表されていた。
私も子供の後ろで見ると、アリストはコチラを見て、手を伸ばす。
子供達にどいてもらい、アリストのそばに来ると、スケッチブックを手渡される。
そして手のジェスチャー。
「破れってことね」
スケッチブックのページを切り取り、その紙と本体を返却する。
「いいの?やったー!」
アリストは自分の絵を手渡す。
そういうの、アリストの外観が整った大人びたものであるから、良く見える。
つまりは子供たちの人気を集め、自分にも絵を描いてほしいと懇願される。
それに応えるために、アリストを手を動かしていた。
「ジエーデは最近どうしている?」
赤龍の方を向けば、ジエーデと会話をしている。
「普段通りです」
「剣は上手くなったのか」
「まだまだですよ」
ジエーデは私の方を見ている。
というよりは、騒がしいアリストを見ると、ついでに視界に入った感じだろうが。
「ああいう人も、いますから」
私の話だと思い、そちらの、龍がいる方へ向かう。
「強いのか。強いな」
赤龍は私を見て、格というのを判断する。
(ワシが強いんだ)
青龍さんがその評価を自分頼りだと言うが、届くはずもない。
「ふむ、旅の方よ、光道リンよ。良ければジエーデを旅に連れて行ってくれないか」
「いいですよ。暇ですし」
そう言う話は、本人にもした。
嫌なこと、色々あると思う。
しかし最悪と呼べるものは、大抵幸福の次に来るものだ。
「狐、じゃない!?」
私が殺した、光道リンが殺したはずの、狐の魔物。
それが生きていた、のだろうか。
ともかくとしてそれは、やけにグロテスクな外観でそこにいた。
(混ざってる、こいつにはいくつもの生物が混ざっているぞ!)
青龍さんが推理したと同時、骨が剥き出しの部位から、カラスの翼が生えてきた。
「ともかく、安全!」
あんなものが突然現れてくれたから、この火山の頂点は混乱の極み。
それこそ今まさに、狐と呼べるか怪しい生物は人を潰そうとしていた。
私がそれを止めるより早く、赤龍が体当たりをぶちかました。
(光道リン!動くな!)
「なんで!」
(慌てふためいた人間がマグマに落ちたらどうする!)
「そうですね!」
ここは火山の頂点。
飛び込めばマ、グマに溶けれる穴がある。
今まさに、落ちている人がいた。
「水魔法!」
水の糸が落下する人を掬い上げ、私はそれをおろした後、他の方を向く。
「バラバラに逃げないでくれよ」
四方八方に非難するか弱い人たち。
火山と道は狭いから、落ちていく。
走って降りようなんて考えるから!
「やるだけやってやる」
私は水の糸を無数に出す。
指先から、背中から、何十本も。
転んで怪我をしそうな人を受け止め、火山の口に落ちたち人を掬い上げる。
「アリストは、いた」
彼女はなんと、一歩も動いていなかった。
それどころか絵を描いている。
「子供ってのは、意外と冷静」
魔物は赤龍が足止めているから、避難をする必要がないと分かっているのか、それとも何も考えていないのか。
(村の奴らは徐々に逃げつつある。貴様のおかげで負傷者もいない。よくやった)
「なら、あとはあの魔物だけか」
その方を向けば、今まさに決着が着く時だった。
赤龍の口から出てくる炎が、狐を焼く。
苦しみ悶えながら翼で空を飛ぶ狐は落下して行った。
それを見ていた青龍さんが、一言。
(どうも、怪しい)
「何が」
(魔物というのは、知性がある。人間のような、な。だから突然暴れるのには理屈がある)
「そうですね」
(そして儂の村にも、行商人の集落の近くにも、そしてここにも、同じような凶暴化。不思議には思えるだろう)
「はい」
(それがもし、全部同じ理由なら、あの狐は、儂の村を滅ぼせるのかもしれない)
「じゃあ」
(狐がここの村を滅ぼしたって、おかしくないのだ)
狐が、焼かれていたそれが、爆発する。
肉片があたりに飛び散り、血も舞う。
その爆発の中心的な場所に、何がある?
影がある。
ゆらゆらと、まるで炎みたいにゆらめく黒い形は、やがて金属的な艶を持った外観を手に入れる。
(ああいいうの、寄生型!)
「なにそれ」
(生物が持つ心の闇に入り込み、精神を支配して肉体の主導権を手に入れる、寄生型の魔物!)
「私の前は、キリリリリト!長いからリトでいいぜ」
影はそんな事を話しているが、私の注目はそんなことではない。
「気持ち悪いのだけど!」
飛び散った肉片が、勝手に動き出していた。
(寄生型の名残りだ。放っておくとそこら辺の生命が寄生されるぞ!)
「そこら辺の生物って」
(逃げてる人間に決まっておるだろ)
「こんな気持ち悪いのが!」
(魔法で跡形もなく消し去るだけでいいから!)
「やるだけやるけどさあ」
気持ち悪いものに照準を定め、魔法を発射!
巨大な水の勢いが何もなかったように肉を分解する。
金属が水を切るの、動画で見たことがあるが、リアルだとこう映る。
「にしたって数が多い」
威力を出さなきゃいけない分、あまり連射はできないから、ちまちま削っていく。
無数の肉片は、それこそ無限に思えるほどだ。
むしろ現在進行形で増えていく。
(一個一個潰すのは無理だ。切断してやれば死なずとも機動力は低下する)
「それでいくか」
連射、連射、連射!
水の魔法がドンドンと肉片たちを分けていく。
「うわあああ!!」
「何さ!?」
下の方から悲鳴がする。
それも、大勢の。
逃げた方々になにかあったのだとわかり、肉片を無視して声の方へ走る。
「げっ、気持ち悪っ!」
平面的だった頂上の端っこから下を見下ろせば、無数の肉片や生物が登山していた。
(恐らく、あの狐……というかリトとか言う奴が、事前に洗脳していた奴らとかだろうな)
ピンク色のブヨブヨしたものが、波のように、視界いっぱいに広がる。
(リトの魔力に耐えられなければ、寄生された生物は皆ああなるのか)
「真面目に確認してる場合かな」
その、リトとか言うやつは絶賛赤龍と交戦している。
「互角ですかね」
(いや……とか言っている場合ではない、村の奴らはどうにかしろ)
「はい」
(儂がイメージしたこと、できるか?)
「はい!」
私と青龍さんの思考はある程度共有されている。
だから青龍さんが思いついたことは、私にもわかるのだ。
私は、魔法を使う。
イメージするは、勝つ方法。
津波のような勢いで、水が流れて、肉片を取り込む。
それで火山を囲んでいた魔物は全員水の、巨大な水の球体の中で浮かんでいる。
そして今度は頂上にいた奴らを全員飲み込む。
「圧縮!」
敵を全て飲み込んだ水は、縮んでいく。
そうしてやがて、圧縮された空き缶みたいに、ぺちゃんこになって私の前に落ちてきた。
「あとは消しとばして」
高圧の水が、圧縮された肉片をチリよりも小さくする。
「おい、終わったのなら手を貸せ!」
赤龍とリトの戦いは続いていて、私はその方へ向かう、が、足を止めた。
(まさか、取り残しか!)
「いや違う!」
目の前の、影。
リトとか言うやつは、辺な雰囲気を纏っている。
その異質なソレが、二つ感じられた。
「あれ、気づいた?」
リトはコチラを見て、にこりと笑う。
いや、顔なんてものは彼にはないのだけど、声質は笑っている、にんまりとしたソレなのだ。
(そうか、影!こいつの本質は影であるのなら、誰にも悟られず寄生ができる!)
青龍さんの言うとおり、彼の本体は影のような、ゆらゆらとしているものである。
それが地面を這いずり、誰かに寄生した。
岩っころが多いここで、その影を捉えるのは誰にも無理だった。
私は寄生された方へ行き、見る。
「ジエーデ!?」
寄生されたジエーデが、明らかに周りから浮いている。
「ははは、どうよ」
(打っても無駄だ!)
青龍さんの嗜め通り、私たちはソレを見守るしかなかった。
「リリリリリリと、寄生しましたこの体!今まさしく、キリリリリトはこの世にリライト!」
ジエーデの体はリトと名乗り、決めポーズ。
(来るぞ!)
「速っ」
リトと、私の、縦にも横にも長い距離。
それが一瞬で縮まり、私の顔面に足がぶつかりそうになる。
蹴りをかがんで良ければ、同じ高さであい見える。
「ここにいる奴ら全員、俺が殺してやるぜ!」