食事
鼻から息を吸い込むと、嫌悪感が取り込まれる。耳からは、パチパチと、不安を煽る。
焦げた匂いがする。木製の、焼けた匂い。使われている木の種類によって、匂いは違うから、混じっていた。
燃え滓の中に、時々生命体もいる焼けたフォルムから察するに、蝶々だった。
そして、人間のものもあった。真っ黒なモノや、生焼けのもの。
そう言う状況で、私が見ている女の子の外見は、綺麗で整っていた。そしてなにより、髪色は白で、私と同じだったから、興味は湧いた。
「はじめまして。私の名前は光道リン。君は?」
男が少女に問えば、その対象は首だけを動かす。その声で、ようやく私に気がついて、確認したという感じ。
見ている、この私を。じっくりと、ただ見つめている。
長く、白く、手入れされた髪は、この焦げた黒い世界の中で、確かに光を反射していた。
それほどまで浮いている。特異であるのだ。もし、これが、運命というのなら、信じられた。麗しい女だけが、この燃えた村の中で、唯一生きているというのは。
色気たるものはない歳だけど、美しさは充分にあった。
「喋れないの?」
少女は首を横に振る。
「喋りたくないのか」
今度は縦だ。
「じゃあいいさ。それより、君はどうする?君の両親も死んじゃったみたいだし」
(おい)
私が話を進めようとすれば、頭の中に声がする。
すれば私の胸から宝玉が飛び出して、青い光と共に宙に浮く。
「ワシは青龍、この村の神様だ」
「ご丁寧にどうも。光道リンです」
その球体は声を出している。不思議なことだ。推力もないというのに、浮いて、話す。口の器官は無いのにだ。
私は、なんでこんなところにいるのだろう。青い宝玉は、話を始めるが、それを無視して一人考える。
私は旅行しようと思ったのに、こんな森の中の村へ来てしまった。
部屋を出れば、そこは空だったと言うのは、摩訶不思議である。
そして目の前の女には私の言葉が通じている。前提として私が話したのは、日本語ではない。
この女との共通語だから、言葉は通じるだろう。
しかし私の頭に思い浮かんだこの言語は、地球に存在しないそれであるのだから、ここは地球ではないと言うことになる。
(異世界とかって)
近年、舞台やアニメで流行っている異世界転生。
私自身そういうものには声優や俳優として参加したことがあるが故に、思いついた。
が、そういうファンタジーでなくて、煮詰めれば別の星であると言うレベルの話なのだろう。
地球の人類が観測できていない、遠い遠いどこか。
膨張を続ける宇宙なればこそ、億年単位の積み重ねがあればこそ、あり得る話。だとて、生命のかけらがある星とて、人が生まれるとは限らない。
むしろ星特有の生命体というのは作られるはずで、そういうのが私の目の前で話している青龍とかっていうのだろう。
事実、この村はそう言ったファンタジーな生物に滅ぼされているのだから、ただの人間が生物として繁殖できるとは思えなかった。
「なのだから、貴様はここに残って村を立て直すのだ。わかったか?」
「はい」
青い宝玉の次に、少女を見る。名はアリストというらしい。青龍の長い会話の中で出てきた。
「面倒ぐらいなら、みてあげるけど、どう?私と一緒に行かないかな?」
「おい!村を立て直すんだよ!」
青龍の話を無視しつつ、少女に手を伸ばすと、少女は私の手を取った。
なんでなのかは、わかりはしない。
他人だから、この子が私の手を取った理由など、私にはわからない。
しかしそんなものはどうでもよいのだ。必要なのは手を取られたこと、選択したこと。
「青龍さん」
「なんだ」
「確かに、あなたの話を聞けば、村を立て直すというのも意義があるとは思います」
「おお」
「が、だとて通りすがりの私に助けを乞うのでは死んだも同然です。素直に諦めてください」
「見捨てるというのか、アリストの故郷でもあるんだぞ」
「私はアイドルです。来るものは救います。来ないものは引き寄せます。けれどもそれは、意思がある故です」
「はあ」
「まあつまり、私は死人に何もしませんよ、ということです」
「だから、」
「私は貴方の、死んだ生命の、肉体のない言葉など聞いてあげられません」
「かぁ」
「まあ、この子はちゃんと生活させますから、安心させます」
「そう、かあ」
青龍は、ふわふわと舞う。至って不規則であり、声と共に動く。
やがて、強い声と共に宝玉は強く上下に揺れる。
「なれば私も、うぬの旅についていこう」
「いいんですか」
「私の村の忘形見、アリストを見守るには、死人のワシは貴様の体に住まわせてもらうしかない」
「なるほどね、いいですよ」
言い切るがすぐに宝玉は私の中に入り込み、それでことは終わりだ。それと同時に、エネルギーが私に宿る。先の魔法もいい、宝玉というのは、エネルギの塊なのだとは、言えた。
「というわけで、改めてよろしく、アリスト」
「すいませーん」
村を出れば森である。森を抜ければ草原であった。そして、草原には獣道があった。
土が露出した道があり、そこを通っていけば、影が見えた。
人と馬と荷台のフォルムだ。馬車というのが正しいのだろう。
馬車の、人部分の男は、こちらに気付くときてくれた。
「どうかしました?」
「この子、歩くのがたいへんで、足が欲しいんですよ」
「……村に何かあったんですか?」
「ん、まあ滅んだぐらいですよ」
「あらら。いいですよ、馬車の荷台に乗ってくだされば、近くの街まで送っていきます。アリストちゃんも、大変だったね」
「あら、知り合いさんか」
「一方的ですよ。美人じゃないですか、この子。村の交易に来るたび口説きにかかったんですけど」
「成功しなかったんだ」
「この子の父親の目がキツくて。とはいえ、そんな父親だからアリストさんは生き残ったのかな」
「ふーん」
彼女の父親。彼女がいた家にあった、黒焦げの焼死体。
子は親の影響を露骨に受けるものだから、彼女の麗しさも父親の教育によるものなのだろう。
まあ、私には関係のない話だ。
アリストと共に馬車の荷台へ乗り、発進してもらう。馬の歩は、力強く、思い私たちと荷物を、軽々と連れていく。
ゆらゆらと、不規則だ。ゴムのタイヤでさえ、空気は動くから、地面に合わせて揺れていく。それは、獣道という、土の起伏と、石の段差が作るリズム。
アスファルトというものはやはり発明ではあると、わかってしまえる。
けれども荷台から見える草原を捨てていいとは思えないのだ。
化学と自然はバランスをとって、共存すべきだとはわかる。
(魔法も、当てはまるのだろうか)
青龍が話していたことにはなるが、この世界には魔物というものがいる。
魔物というのは、魔力を持った動物のことだ。魔力というのは、エネルギーのことだ。
宇宙を作ったとされるエネルギーだからこそ、あらゆることに応用できる。その応用というのが、魔法だ。
私がしてみせたように何もない場所から水を出して、自由に操れる。
(そういうものがあって、なんで人が生まれるのか)
地球人が生き残れたのは炎を唯一操るからで、炎を唯一乗り越えられるからである。
けれど、この世界には炎は当たり前に弱い。誰も、魔物は火を恐れていない。
なのだから、あの狼は村を襲うし、青龍とかいうものは村を守るために戦う。
村の周りにあった燭台の炎を無視して。
(神様)
そういうものがいれば、人はこの世で生きていけるのかもと思えた。
その最たる例が青龍である。青龍は、水を操る魔物らしい。
それで川の増水を食い止めたり、飲み水を作ったり、農業用の水も用意する。
それで人は安定した食料を確保できて、つまり自然現象に左右されず農業ができて、潤う。
その利益の余剰を、青龍に献上すれば、青龍にも利益がある。つまり人と魔物はウィンウィンの関係であり、共存とも言える。
こう理屈にすれば、自然的ではあるのだけど、大前提は作為的だ。
(魔物と人が意思疎通を取れている。共通の言語で話している)
姿形が大幅に違う、話し方、出せる声が違うというのに!
だから作為的で、人為的な生態系なのだと、わかる。
言語なんて国規模の距離なら当たり前に、地方レベルでも違うのだ。
しかも魔物と人の関係が当たり前なのなら、村や街ごとの独立意識は高いはずで。
(しかし私が乗っている馬車のように、運行の手段はある)
まるで人が作った世界みたいだ。人が作った、物語のような。
「送りはしましたから。では」
馬車は去っていき、私たちは門の前に立っていた。とはいえ、壁はそこまで高く無いし、分厚くも無い。
学校や幼稚園の仕切りみたいに、網目状の隙間から街の様子は見えた。
「身分証みたいなもの、あります?」
門番の人が、私にそう問いかける。
手持ちには当然として日本のソレがあるが、そして見せてみたが、意味はなかった。
「随分遠いところからいらっしゃったんですね」
「そうですね。ここら辺の噂も聞けないぐらいなので」
「身分証代わりに、ギルドに登録しませんか」
「ギルド?」
「大きな組織ですよ。何でも屋みたいなものですから、旅の人は大抵入っているものです」
「ふーん」
「私もそういう手口のものですから、簡易な登録なら済ませられますし、街の中にも入れてあげます」
「商売だねえ。じゃあ、お願いします」
「この紙を持って、ギルド支部に行ってください。一応まっすぐいけばありますけど、わからなかったら誰にでも聞いてください」
「どうもです」
アリストと共に門を開けてもらい、その中へ入る。
もともと見えていた景色ではある。規則よく並んだ建物が、アスファルトで整備された道が、時代の水準を上回る。
(地球の歴史より、進むのが早いのか)
魔法というものがあるから、魔物というものがいるから、まあ当たり前なのかもしれない。
逸れないようアリストの小さい手を握り、歩いていく。
まっすぐ、まっすぐ。
行き交う人の服装はやや派手であり、財政の水準も高いのだろうか。
そういう中で、異国の私は目立つわけであるし、アリストも美貌ゆえ目立つ。
こういう視線には慣れているものだから、私はいいのだけど、アリストはどうだろう。
子供は無駄に大人を評価して怯えるものだから、大人の視線は嫌いなものだ。
「あれか」
やや目立つ色をした、高い建物がある。
そこの看板にはギルド支部と、この世界の文字で書いてあり、私はなぜかソレを読める。
そこへ入ると、やや酒臭い。
酒場も兼業しているらしく、視界の半分はそういう仕事をされていた。
「この紙を使いたいんですけど」
「はい。少し待っててください」
その受付の方へ行き、そこの女に紙を出すと、やがて二つのカードを渡された。
確かに、身分証のようなソレは、私の顔とアリストの顔がプリントされていた。
どういう理屈、技術なのだろう。
(顔写真撮っただろう?その写真を魔力で再現させたのが、プリントされたやつだ)
頭の中に声が、声質は老人だから、青龍さんか。なるほどそういう理屈。
やっていることはインターネットの画像をプリントするようなものだ。
(が、技術そのものよりもこの技術が整備されていることが、文明の高さを物語っている)
「何でも屋って聞いたんですけど」
「はい。近隣の方々の悩みを解決したり、村を襲う魔物を退治するのがギルドの仕事です」
「仕事を受けるには」
「掲示板から依頼をとってきてください」
指を刺された場所には紙が何枚も貼られた掲示板。
私はそこを眺めると、報酬や内容が書かれているのだと理解する。
(早急な金は欲しいから)
私その中で、一番報酬の額が高いソレを選択して取る。取ろうとしたその時、別の手が重なる。
「ん、悪い」
「いえ」
横にいたのは、オジサンだった。背の高い、筋肉が目立つ人で、私を見下ろしていた。
「……この依頼を受けたいのか?」
その人は私にそう聞いてくる。
イエスだと答えると、その男は私を品定めするように、私の全身を見ている。そして私の隣に立つ、アリストも。
「そういうような力があるようには、見えないが」
私たちが取ろうとしたのは、魔物退治の依頼である。ソレもやや危険度の高い奴だ。
つまりは戦闘の仕事であって、確かにアリストのような少女や、私のような清廉な人には適していないと感じるだろう。
「見かけだけですよ」
「ふむ」
「疑うのなら、証明しましょうか」
「野蛮だねえ」
どうとでも言えばいい。人に何かを言われるのは慣れている。
「おとなしくこの依頼を私に譲るか、痛い目を見て私に譲るか、という話です」
「一緒にやるってのはどうだ?」
「はあ」
「報酬自体は、三人で山分けしても十分だし、なにより」
「なにより?」
「昼飯ぐらいなら奢ってやるぞ」
私たちは、朝から何も飲まず食わずでいた。だからそういうお誘いは魅惑的であり、乗ってしまった。
「美味しい?」
アリストにそう聞くと、首が縦に振られる。この子は喋らないだけで、感じる力はあるのだ。
「まあというわけで、一緒によろしくな」
「はいはい」
大柄の男は、飲み物を片手にこちらを見つめていた。
「すいません、このケーキ二つと、リンゴジュースも二つ」
私が注文をすると、厨房はより忙しさを増す。昼時故にか、私たち以外にも客は多かった。
「遠慮しないんだね」
「飲まず食わずでしたし、こういう機会があるのなら、使うべきでしょう」
テレビの仕事で食事のレポートがあるが、ああいう場面で味わうことをしないのは勿体無いと思うタチであるのが私だ。
だからカットが入っても、オッケーが出ても、完食するのがこの私なのだ。