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風に乗せられて

 風が吹くと、草木は揺れた。その風は強くて、衣服を乱す。だから、整えようと、立ち止まる。

 それが終わると、つまりは、また正常に戻ると、足を前に出す。

 私は、歩いていた。急ぎの用はないため、マイペースに。

 平日の昼間ゆえ人通りは少なく、いたとてスーツの人だ。そんな中の私は、私服だ。

 お出かけするためのものでもあり、イヤリングやネックレスもついている。

 忙しそうに、浮かれない顔つきで歩く社会人を横目に、背筋を伸ばし、重心は後ろ。そして踵から床に足を置き、歩く。

 だから、悠々とした私は、周りからやや浮いていて、私がサングラスをつけている、そして白い髪の色をしているのもあり、尚更周りの視線は刺さった。

 とはいえ、顔つきが整っているのもあり、肯定的な目ではある。

 木陰の下を歩きつつ、新品の靴が人工的な地面を蹴る。新品のスニーカーには、足を軽くする効果がある。

 その足取りは、信号機の前で止まる。足を止めると、意識は広がり、体の熱を感じるようになる。

 ああ、今は、夏なのだ。暑い、熱い、夏なのだ。

 だから、人は日陰を歩くし、こういう横断歩道では、待ちたくない。

 日差しの元で、汗ひとつかくことなくいると、対岸にいる女が、スーツ姿のまま、携帯端末を見ているのに気がついた。

 額に流れる汗よりも、その手にある液晶を眺めている。それも、眉を顰めて、至って真剣に、祈るように。

 信号が青になる。私は歩く。その女も、私の足音で歩き出す。

 それでも、女はスマホを見ている。交差する際、チラリと見てみたら、通知を眺めていた。その、通知の一つ。

 そこまで見て、別の方へ意識が向いた。トラックが走ってきているのだ。青信号の、私たちに!

 このままでは、女は轢かれる。

 トラックが、今まさに女を轢くというその瞬間、私はトラックと女の間に割りこむ。

「うわっ!」

 右手を前に突き出せば、私の腕は、突撃してきたトラックの勢いを完全に殺した。

 大きな音が鳴れば、それより小さな音は、小さく感じる。

 赤に変わった信号に、車のブレーキの音。

 かと思えば、カメラのシャッタ。

 事故が起きたのだ、無理もない。

居眠り運転のトラックが、女にぶつかる瞬間を、男が止めた。

 人が車に勝ったのだから、騒ぐのも仕方がないのだ。

 そしてそれは、私の狙い通りでもある。

「大丈夫?」

 サングラスを外し、腰を抜かした女へ言う。

 信じられないものを見るような女は、腰を抜かしていたのか、立てぬ様子で足を震わせる。

 私はしゃがみ、女が落としたスマホを拾う。

 開きっぱなしのスマホを見てしまい、謝って、女に返す。

「チケット、当たってるよ」

「……え」

 女は、言葉の意味を確かめるためにスマホを見る。

 メール画面には、チケットが当選した旨と、振り込みの要請が示されていた。

「え、え!光道リン!?」

「うん」

女は元気よく立ち上がり、私を見る。

「ファンです!!」

「ありがと」

 彼女は思いっきり私の手を握り、上下に揺さぶった。

「怪我はないよね」

「はい!リンさんこそ、大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ、アイドルだし」













「人気アイドル光道リン、ファンを交通事故から救う、ねえ」

「いい見出しでしょ」

 私が、光道リンが話しかけているのは、一人の男であった。

 事務用の机や、客用のソファーがある部屋で、その男は新聞を見つめている。

 見出しは話した通りであり、それ以上のことは書いてないと見ると、彼はこちらを見る。

 それで、私は老けたなあ、と感じた。

 彼とは二十年の付き合いであり、初めて会った頃と比べると、とことん老けた。

 剃っていたはずの髭が、いつの間にか伸びていて、しかもそれが似合っていれば、これが歳を食うということなのだろうか。

「本当に、トラックを止めたって?」

「うん。インターネットにもそんな動画あるよ」

「はあ。まあ、お前がすごいやつというのは、わかりきってはあるけれどねえ」

 男は新聞をたたみ、机に置く。それでもってテレビをリモコンでつけると、ニュース番組だった。

「あの有名な光道リンさんが、ファンを救ったとして称賛の声が……」

テレビも、新聞と同じことを言っていた。

「バズってるバズってる」

 私はスマホの画面を男に見せつける。私がトラックを片手で止めた映像だ。拡散はリアルタイムで行われていて、何百万も再生されている。

 アイドルに肖像権はあるのだが、無視されており、私の顔写真は、私がトラックを止めるシーンは、無限にアップロードされていた。

「一応事故の映像なんだぞ、それも人がぐちゃぐちゃになる類の」

「私、ピンピン」

「貴様が変なんだ」

「どうもです」

「褒めてはない」

 男は、私を押し返すと、咳払いをし、話を切り替える。

 顔つきも切り替わり、友人、父親の顔から、社長としての、責任のある面構えになった。

「まあ今日呼び出したのは、仕事の話だ」

「別になんでもやるけど」

「やるじゃなくて、やらないと言う話だ」

「は?」

「お前は、これから2ヶ月ぐらいは休んでもらう」

「はぁ?」

「当たり前だろ。事故に遭った奴が、働くなよ」

「私、とてもピンピン」

「あのなあ、お前はいいけど、社長の俺は怒られるんだぜ。ただでさえ働き詰めなんだから、たまには休めよ」

 彼の言い分はごもっともであった。確かに、私は事故にあった。なんともないが、これは事実。社会としては、怪我人を働かせるのはダメ、というより、事故にあった人を働かせるのがダメという風潮がある。

 だから身内の不幸で休めたりする。

 で、私の場合は、光道リンの場合は、事故にはあった。幸い怪我はないし、それは病院に行ったからわかること。

 が、リアルな話、人間はトラックに轢かれたら怪我をする。だからトラックに轢かれた人間は休むべきだ。

 もし働きでもすれば、社長の、目の前の男が、そういう場所から怒られるのであった。

 だから理屈としては納得できるが、私の脳は拒んでいた。

「嫌だ。バラエティでもクイズ番組でも音楽番組でも映画でもドラマでもアニメでもゲームでもなんでもいいから仕事したい……!」

「ダメだ。強いて言うなら、今度のライブの練習だな。貴様が助けた女も来るんだろ?」

「もう振り付けは覚えたし歌もバッチリ。練習の意味はないよ」

「天才さんだねえ。じゃあ、休みな」

「動画もダメ?」

「ダメだ。無断であげたら怒るからな」















「ただいま」

「ただいま」

 カードキーを使ってドアを開け、誰もいぬ部屋に声を響かせる。

 掃除を終えたルンバとすれ違い、ソファーへダイブ。

「暇……!」

 低反発の感触を味わいつつ、うつ伏せで窓の外を眺める。

 今日も今日とて、夜遅く。しかしそれは、今日までの話。

 明日からは、歌のレコーディングも、ダンスレッスンも、ボイストレーニングも、バラエティの収録も、クイズ番組の打ち合わせも、ドラマの撮影も、舞台のお稽古も、動画サイトの配信も、何もない。私が天才が故に!

 スマートフォンのカレンダーを眺めると、空欄しかなかった。

 先月のを見ると、一ヶ月全てに、みっちりと予定が詰まっていた。

 暇があれば仕事、労基に違反してまでも仕事。仕事ができないのなら、動画やSNSで仕事。

 本当に何もないのなら、後輩にちょっかいとアドバイス。

 しかし、それら全ての予定は、明日からなかった。

 そう、私は圧倒的に暇になってしまった。仕事が趣味なので、私は暇になってしまったのだ。

「旅行でもするんだな」

 男が、私の父親兼社長がそう言う。

 キャリーケースは、どこにしまったっけね。










 光道リンは、天才である。生まれついてからの、天才である。

 しかし、理由はない。親の遺伝子や社会的な地位が高いわけではないし、何か劇的なことがあったわけでもない。

 つまり、生まれた時に完成された人間なのだ。

 故に、凡人の両親は、リンを持て余した。だから、リンは光道という名を手に入れた。

 アイドル事務所の経営者、その養子となり、事務所へ所属する。六歳のことであった。

 そのまま、今日の、二十年間、芸能界で活動してきたのが光道リンである。

 そしてその結果こそが、国民的なユニットの、一員であったのだ。








 デザインナイフの刃先が、ダンボールについたガムテープを切る。その中にある衣服を取り出して、タンスへ。もしくはハンガーに。

 次のダンボールには、IHのコンロがあった。鍋のシーズンは、まだ先だけど。

(あの時の表情)

 別れを告げた時の、両親の、安心したような顔。

 私はあの二人のことは、今でも血縁的な親だとは思っているけど、他人と変わりはないのだ。私の、感覚的な家族は、今は一人なのだ。

 荷作りが終わり、外の暗さに時の流れを見る。

 テーブルの上に置かれたチケットは、新幹線のものであった。

 宿は、予約してあるし、料金も振り込んである。

「はあ」

 両親の元を離れ、芸能界に馳せ参じた私は、すぐに売れた。

 子役として話題になり、テレビのバラエティーにも出させてもらい、自分というものをとことん売った。

 学校なんて行かず、台本の暗記とオーディションばかりやっていた。


それでもって、歌を歌った。


歌って、歌って、歌い続けた。


声変わりをしても歌った。


(本当に売れたのは、売れ始めたのは、中学生のあたり)

 外見も声も大人に近づき、大衆の支持を得やすくなったお陰で、安定して売れるようになった。

 天才的な子供として売り出された私は、ちゃんとした成果を積み上げて、それを芸能界は判定してくれたのだ。

 CDも売れてくれて、テレビにもより出た。

 私は頭が良くて、運動もできるし、空気が読めないわけではないから、テレビ側もよく呼んでくれた。

 そうやってファンを獲得していって、アイドルデビューすれば、人気にはさらに火がついた。

 そうやって作られたユニットが、今や国民的なもの。

(ほんと、めんどくさかったなあ)


私は、天才だ。


けれどそのことを理解できる人は少ない。

 小学生の頃、テレビでよく出演者から「学校には行かないのか」と言われた。

 私は「はい、そうです」というと、ソイツは笑いながら「ダメだよー」とかほざく。

 周りもそれを否定せず、肯定の笑いを産むから、やりにくくて敵わない。

 あの時の私は、あの場面にいたどんな人間より優れていたというのに。

 それに、私は学校に行くと、虐められるものだから、いく理屈もないのだけど。

 小学生の頃、ゴミ箱へ捨てられた上履き。

 優秀なだけでは、人には懐かれない。周りに合わせたり、話したりする必要があるのだ。が、私なんてものは、必要なプリントのために、月に一度ぐらいしか学校に来ない。来れば才能故目立つ。そう言う生活。

 だから、いつも学校にいる、リーダーからは虐められていたのだ。

 中学生でも変わりはしないし、高校だって、行ってないからわからないが、きっと変わらないだろう。

 才能だけを撒き散らし、人と触れ合わなければ、その人は鼻につくのだ。


















「いってきます」

 誰もいない部屋に呟くと、私は旅行用の荷物を持って玄関を開ける。

 強い風と、眩しい朝日が、体で感じさせられる。うるさい風の音になれると、朝の陽気は、熱さになる。

 背後にある、クーラーの残り香に名残をつけて、私は一歩を踏み出した。

 空が見える。高層マンションの、上の方だから、当たり前だ。

 空を飛ぶ鳥は、私より下にいるのだ。

 足を投げ出すと、あるはずの地面がない。

「え」

 玄関の先は、空であった。

 柵なんてなく、地面なんてなく、ただ地上から離れた、空であった。

「えええ」

 マンションの廊下へつながってあるはずなのに、私は手荷物を二つ、キャリーケースとギターケースと共に落下していった。

「なんでさ」

 高く、高く、地上からは五十メートルはありそうだった。

 だから遠くは見えて、巨大な、海のような湖だってあった。山々に囲まれているから、そう判断した。

「山火事……?」

 遠くに見える、灰色の煙。

 そこは、私の視界に広がる森の中で、木々が少ない場所でもあった。

 家のようなシルエットが見えれば、村という物だとわかり、そこで火事が起きたのだと判断する。

 しかしそれよりも、そこには、巨大な何かが、あったのだ。

 フォルムだけで言えば、蛇なのだろうが、それは空を飛んでいた。

「よくわかんないけど」

 落下して、地面にぶつかる直前、そばにあった木を思いっきり蹴る。

 両足の力が私を横に飛ばし、縦の、落下の速度を殺した。

 だから私は無事に着地して、村の方へ走り出した。

「人が困ってそうなら助ける!」















今は太陽が真上にあって、その時間にとる食事を作る人がいた。

 そのための炎が、村に燃え移り、煙を立てている。

 炎が散った原因の、雄叫びを上げる動物が、ジロリと瞳を輝かせる。

 あまりにも巨大故に生命らしさはないが、狼ではあった。

 その瞳は人の顔を飲み込めるほどはあるが、見ているものは、その瞳より大きい。

 生命は、その巨大に似合わぬ足で、確かに地面に立つ。

 ゾウの足が太いのは、自身のスケールに対応するため。

 だからその生命は、巨大故に、足の体積比は、通常の狼のそれより大きくなくてはならない。

 しかし、その四つ足は通常のそれと変わらなかった。

「いきなり現れて、ワシじゃなくて村を襲うってか!」

 その言葉を話したのは、人の言葉を話す、竜であった。

 蛇のようなフォルムであり、中国の昔の絵に載っていそうなそれは、青い鱗で空を舞う。

 その竜の先、口から水が大量に出る。

 ブレスというのか、竜巻を描く水は、触れたものを粉々にした。

「ちっ!」

 が、割れたのは地面だけであり、狼は空に跳躍、鋭い牙で竜を掴み、地面に投げつけた。

 一瞬地震のようなものが起きて、竜はグッタリと倒れ込む。

 流れる紫の血が、生命の終わりだ。

(まずい)

 獲物を狩った狼は、次なる標的を見る。


それは少女であった。


 酷く綺麗で、人形のような、少女であった。その瞳はまさしく人形そのものであり、眩しいほどの輝きは、狼を見つめている。

 だけれど、牙が自身に向けられていても、少女は怯えてもいない。


ただ見ている。


 平静に、壊れた自分の家の中で、立っている。力強さもない、ただそこにあるだけの、人形だった。

 けれども狼は容赦せず、牙を開く。その牙、まさしく噛み砕かんとすその一瞬。

「はぁ!」

 狼の側面に、蹴りがお見舞いされた。

「状況一切わからないけど、人が死ぬなら助けます。だって私、アイドルだから!」

 キャリーケースとギターケースを地面に置き、困惑している、威嚇してある狼を男は見ている。

「竜胆プロダクション所属、光道リン!一瞬の永遠、見せてやる!」

 光道リンは走り出す。自身の何倍も大きく、何倍も重い獣を掴み、投げ飛ばす。

 空中に放り出された狼へ向かい、跳躍。見えた睾丸に飛び蹴り。

「全然効いてない」

 急所を狙った、なんだったら破壊もしたのに、狼は何もないようにたっている。

 が、確かに足取りが揺れているのは見えた。ということはつまり、私は操り人形の糸を一つ破壊しただけか。

「おい!これを使え!」

 声のした方、変な蛇から青い宝玉が飛び出して、思わず私はそれを掴んでしまった。

 しまったらそれは、私の中に入り込んだ。

「なるほど、よくわからん」

 科学的でないことばかりが我が身に降り注ぐ。まあ、自分という存在も、一般的のない、マジカルな名南限ではあるのだということは、重々承知の上。

「が、けれども私は、お前を倒せる!」


狼は、今度こそと私に向かってくる。


私は両手を合わせ、こう叫ぶ。


「水魔法!」


手のひらの間から、勢いよく噴出した水は、獣を貫いた。


貫いた跡、爆発した。


内部で爆発させた水が、そのまま肉体を破壊したのだ。


肉片と、血と、魔法で作られた雨が降る。


鎮火されていく惨状に、男と女だけがいた。


「I win.My win.私はリン!」


決めポーズで私は立って、知らぬ世界に飛び入り参加。


私は、光道リンは、なぜこんな場所に?

 しかしともかくとして、言えることは一つだけあった。私は、家に帰れるのかという、不安である。

 何故なら、予約した宿には、チェックインできていないからだ。

 そこそこの金は、払っていたのだった。

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