8.夏休み課題は永久を見つめる
私たちの気分も五分もするとある程度落ち着いた。
「授業が始まっちゃうね。」と私の手を少し引き、離す。
林檎と共に教室に続く階段を上る。一歩前を歩く彼女に訊きたいことが沢山ある。
彼女は彼女自身の、それと、私の特殊体質についてどこまで理解しているのだろうか。重い話からでなくていい。少しずつ知っていけたらいいと思う。
廊下は蒸し暑く、彼女との歩幅も、教室までもが遠く感じる。
教室の扉を開くと、涼しい風が体に触れる。
「姫が目覚めたみたいだぞ。」
「現代版いばら姫の役作りに気合が入りすぎ。」など、教室は私の登校を見逃しはしなかった。
今までの私は、遅刻しようが何らかの理由があるのだろうと、誰にも聞かれることも、遅刻の理由でボケを入れられることなど一度もなかった。
新鮮な雰囲気の教室を私は見渡し、先ほどの「現代版いばら姫」というセリフが耳のに残るので嚙砕く。
林檎が朝のホームルームで発表したのだろうか。席に着き、鞄の中身を引き出しに入れるべく、引き出しの中に配布物の有無を確認する。
冊子状になったものが入っている。私はそれを取り出す。
そこには、脚本「 」と、空白の鍵括弧の中には名前がない表紙に、次のページにはキャストが順に並べられている。いばら姫の下にある格子に私の名前が入っているところ以外は空白である。
「私は仕事が早いのです。」と、横でドヤと、効果音の出てきそうな態度の林檎が立っている。
耳元に寄ってきた林檎はそっと云う。
「少し変えたんだ。いばら姫が刺されるところ。」
私は脚本をパラパラとめくり、例のページを見る。
「どうして?」
刺さる前に精霊によって阻まれるだけとなっている。しかし、このシーンが元のままでないと自殺が可能で精霊によって強制された人生だというインパクトが消えてしまう。さらに彼女は私に役でやってほしいことだと語っていた。それなのになぜだろう。
「やっぱり。普通の劇でいいかなって。特殊体質を利用してインパクトの強い演出をしてもそれは、特殊体質を持った女子高生の青春で、普通の女子高生でなくなってしまうから。私は、普通を楽しみたい。だから使わないことにしたんだ。」
確かにそうなのだが、林檎は使えるものを使う、精一杯の文化祭をしたかったのではなかったのか。
「それと。」何か付け加えるべく彼女は口を開く。
「いくら自分の前だからって、みかんには死んでほしくないんだ。万が一復活しなかったら大事故になっちゃうからさ。」
そうなのだが、私の回復ミスは今までに一度もない。彼女には無敵ではなかった瞬間があるのだろうか。だから私は問う。
「林檎は、一度でも無敵ではない瞬間があったの?」しかし、彼女は少し悩むと
「私たちは普通の女子高生なんだよ。何も特別なんかじゃない。そうでないとね。」
そうやって静かに彼女は笑うと、「次は怒るからっ」と、自分の席へと戻っていった。
彼女のくれた答えからは、彼女の体質には何か条件がある可能性があるような気がする返答であった。
階段ではゆっくりでいいと思ったことだ。しかし、私はこの違和感を勘違いだと切り捨てることができそうにない。
私は自身の様々な不安を解くべく、最後には「彼女は時の概念にすら無敵であるのか。」の問いの答えが得られるまで、彼女の近くで見守り、観察すると、決意をするのだ。
次の授業の休み時間に私は、彼女に声を掛ける。
「花火大会のことなんだけど。どこか遠いところでも構わないから、経済的に許す限りの、大きい花火を見に行きたい。」と。
朝の寂寥の想いを抱いたテンションからいきなり遊びに行く計画に前向きな私のギャップに驚きつつも。
「みかんがしたいことなら私もしたいからいいよ。」
と、了承の答えだ。自ら遊びの計画を再構築しなくてはならない手間は増えてしまった。しかし、あの保健室で『不死身』だと暴露した日と同じように、今、この機を逃せばどこかで後悔するような気がしてたまらなかったからだ。私は私為にしか動くことができないのだろうか。と、寂しさを感じながら様々な花火の写真の並んだ画面の向こう側を想像するのだった。




