7.不死身な私がいばら姫
夏休みまで残り一週間となり、クーラーのよく効いた教室では、セミの鳴き声を他所に、沈黙が続いていた。
小出しにすると言っていた文化祭の話題である。沈黙である理由は今日の朝のホームルームへと遡り、
「今日の帰りのホームルームにどんな劇の内容がいいのか訊きたいと思います。考えておいてください。」と、林檎は促した。
無理難題だとは思ったがやはり沈黙になってしまった。
ならば、キャストの人数からできることを考えようとしたのだが、演劇の経験がない生徒が多く、役に参加したいと乗り気ではない生徒も多い。
林檎の眉が見るからに下がっているのを見る。
「いばら姫」と、私は気がついたときには発していた。特別な意味は何もない。キャストの数と、制作に必要な負担を少なくしようと思ったのだ。
林檎までキョトンとした顔で私を見つめるので
「大まかな脚本は存在し、間章の姫の行動をオリジナルにすることで形にできる。姫以外の出番は少なくて済むことや、大道具も他の童話と比べて必要としない。それと、何よりバットエンドではない。だから私は良いと思いました。」と付け足す。
「エンディングのキスは?」と、どこからか聞こえたので、
「何か不都合があるのならば、王子さまはいらない。他の物語との大きな違いの一つである。いばら姫は王のキスなど無くても目覚める予定だったのだから。王がいなくて目覚めた後の生活が不便だというのならばそうでない道理を姫に追わせればいい。」
というか、目覚めたときに知らない男にファーストキスを奪われていたらもはやバットエンドではなかろうか。なんて、昔の童話に難癖をつけている場合ではない。
王子なしのいばら姫。それは、なぜかクラスの心を動かしたのか、何が必要だろうか。他のキャラは?などと話は動き始める。
林檎はこちらを向くと、
「ありがとう。」と、素敵な笑顔で云うものだから、
「アシストしてねって言われたからね。脚本は自分で書いてよね。私は勝手が分からないから。」そんな風に云うと、いつの間にか静まっていた教室は私の言葉を聞き逃していなかったのか、
「脚本を木森さんに任せるなら星和さんが姫をやるの?」と、たちまち声は大きくなる。
確かに。クラスとしてもすべてを林檎に投げる訳にもいかないのか。
「誰か、やる方はいませんか?」
急いで質問をするが手遅れだろう。この『王子なきいばら姫』という物語の言い出しっぺは私なのである。
林檎までもが「みかんちゃんでいいと思うよ。」などと、言う。
林檎が私にもうつったのか、今年くらいはいいだろうと寛容になっていた。
「ちょっとダウナーな姫でいいなら。」と、私は小声で云う。
「現代チックでいいんじゃないか。」と、「大道具しかできない。やらない。」と宣言していた男子生徒の三人組が言うので、そこからはあっという間に様々なことが決まった。
これ以上は脚本次第というところまで話が進んだところで、お開きとなる。教室に林檎と私の二人になった。
「本当にありがとう!」と、たちまち抱き着いてくる。暑苦しい。なんで長袖なんだ。
「やれることはできるだけやるから。私ができるだけ楽な脚本頑張って創ってね。」
私は私の労働力のすべてを林檎に預ける。
「任せて。書きたいことはあるから。」と、私から目線を外して云うものだから
「その意気込みに任せるよ」としか答えられない。
午後六時十二分。
「さて帰ろう。」と林檎に声を掛ける。
帰り道は、まだ湿度も高く蒸し暑く涼しい教室から出た後では少し苦しい。
「体の涼しさに慣れた状態を治したいな。」と、気がつくと声にしていた。
「ダメだよ。」と、何を言いたいのか彼女は察したようだ。
「リセットって優秀なんだよね。」と、呟く。
「不快値が高いからみかんが腐ってる!夏休みのさ、約束を練り直そう!楽しいことを考えるといいよ!」
「花火だよね。私一度打ち上げられてみたいな。」おっと。ブラックジョークが過ぎたか。こっそり林檎の顔を覗う。
「それは少し分かるかも。」思っていた返事とは違うものだったので私は驚いてしまう。
「タンパク質は燃える時に綺麗に光らないから。匂うだけになっちゃうか。」
「くさい花火。」と、ふふふと、肩を揺らしている。
「脚本さ。私が言うのも変な話になるのだけど。」
というところで静寂が過ぎる。もう十分振り回されているなんの問題もない。
「一度死んで貰えない?」
傍から聞いたら恐ろしいセリフだ。しかし、まさかのセリフに返事に悩む。
「いいよ。少しでも私の手間が減って、ある程度劇に見えるようなものなら。」
この答え以外は持ち合わせていないようだった。
「へへへ。良かった。傑作が書けそう。」
「それは良かった。」
駅にはあっという間についてしまう。慣れてきたから短く感じられるのだろうか。十八時半を告げるチャイムが聞こえる。
私が乗る電車にはクーラーが搭載されていないので、まるでサウナのような車内に嗚咽が漏れそうだった。特に走っていなければ状況は悪化する一方である。
人身事故で遅延というアナウンスは私の知らない町の駅で止められた車内に響く。
私以外は下車したため車内はガランとしている。そんな中、バイブレーションが座席を揺らす。
私のスマホの通知だ。林檎からだ。
メモをシェアしました。のメッセージである。
時間つぶしになるだろう。私はメモを開く。
脚本と書いてあり、題材はない。
始まりは普通のいばら姫だ。精霊によって、運命が定められ、その道しか歩くことのできない可哀想な姫だ。
彼女は彼女なりの幸せの形を手に入れるため、自分が眠りにつく日まで眠りにつくための用意をする。彼女が生きるべき時代の最先端技術のすべてが眠りにつくべき森へと次々と用意し運び込んだ。
十五歳。運命の日はやってきた。彼女は人形のように眠りにつく。
「百年程度では世界の形は変わらない。」と、眠りについたいばら姫に声を掛け彼女の父親は眠り籠へと運び入れる。母親はどうにかして運命に抗いたくて、いばら姫の心臓をナイフで突くが、胸に突き立てられたナイフは精霊によって引き抜かれ、拒まれ、弾き飛ばされてしまう。
精霊たちは、「今回は先に眠るための対策をされてしまったので、百年後にもう一度眠ってもらうことになっている。」と言葉を残し消えていく。逃げられない運命を与えられてしまったいばら姫にその趣旨を伝えるべく、手紙を彼女の眠る麓に置いたのだ。
最先端の集うこの場所は、いつしか彼女の眠る地は産業の中心地となり、世界は競うように目まぐるしい速度で成長し、彼女が手にしていた最先端はもう耳にすることのない世界へ移り変わった。
王子なきいばら姫はそんな中、一人目覚める。
蠟燭でも油でもないもので発光する不思議な形をした木を眺める。
変わり果てた世界に困惑した彼女は置き手紙に目を通し、自分が再び眠りにつかされることを知る。
物語に終止符を打つべく死を選ぼうとするが精霊によって拒まれ阻まれる。
再び、いつ眠りについてしまうのか分からないいばら姫は、必死でこの世界で生きていく術をひとつずつ手に入れる。
しかし、怯えながら毎日眠り、次目覚めることが明日でない日が訪れることに怯え生きた彼女はいつしか、立ち上がる勇気を失い倒れ泣いてしまう。
それを見かけた沢山の住民はどんどん集まってくる。すると遠くから白馬が大きな声で他の馬を退け進んでくるではありませんか。赤のラインをチャームポイントとする白馬は大勢の王子様をのせてやってきた。
向かうは王子様のいるお城だ。そこは光の宿る要塞であり、中には、白いマントを羽織る王子様たちが溢れていた。さらには女性がマントを羽織っていることも。
必死に集めた新しいお金を握りしめ、差し出す彼女を見た王子様たちは、彼女を匿い。メイドまでつけた。
そして、彼女の悲劇の物語はここで終了する。なぜなら現代医学によって精霊の思惑は討たれたからだ。
とてもオチのとれているよいストーリーではないだろうか。一作品として欲しい完成度をしたその脚本に私は再び目を通し終わる頃には、いつの間にか電車は動き、最寄り駅についていた。
街灯には虫が集まり、まるで樹液に群がる木に見える。
私はいばら姫になる。
白と黒の馬を磨く、女性騎士様に
「ご苦労様」と声を掛ける。
とても楽しい。私は、林檎のストーリーを読み解くべく足を急がせるのだった。
リアル、立て込んでおります。




